Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

5 (U62.199)

かわいそうなパパ!

 

5投目、62、199とでた。

Poor papa! How he used to talk of Kate Bateman in that. Outside the Adelphi in London waited all the afternoon to get in. Year before I was born that was: sixtyfive. And Ristori in Vienna. What is this the right name is? By  Mosenthal it is. Rachel, is it? No.

 

かわいそうなパパ! ああ、よくあれに出ていたケイト・ベイトマンの話をしていたな。ロンドンのアデルフィ劇場に入るのに昼から外で待ったとか。ぼくの生まれる前の年、65年。それからウィーンのリスト―リ。あの正式な名前はなんだったかな。モーゼンタールの作品。『レイチェル』だったか。ちがう。

 

平常文のHowは感嘆詞か。

was-was,  is-is,  it is-is it,  の繰り返しのリズム。

 

ブルーム氏は街角で『見捨てられたリア』(Leah, the Forsaken)の公演のポスターを見て父親のことを回想している。ユダヤ系のドイツ人、サロモン・ヘルマン・フォン・モーゼンタール(1821-1877)の作品『デボラ』(Deborah)はいくつもの言語に翻訳された。『見捨てられたリア』は、アメリカ人Augustin Daly 翻案によるその英語版。ユダヤ人の娘が主人公。

 

かわいそうなパパ、というのは、ブルーム氏の父は服毒自殺をしたことから。

 

ブルーム氏の父ルドルフはユダヤ系で、少なくとも1852年まではハンガリーにいて(U594.1876)、その後ウィーン、ミラノ、フィレンツエ、ロンドンを遍歴し、ダブリンに落ち着いている。(U558.535) (U595.1908)

 

ロンドン居住時にアデルフィ劇場で『リア』を見たのだろう。『リア』はアメリカ女優ケイト・ベイトマン(Kate Bateman)の当たり役だった。そして彼はウィーンに居たとき、イタリアの女優リストーリ(Adelaide Ristori)演じる、原典のほうの『デボラ』を見たのではないか。

 

生まれる前の年が65年と言っているので、ブルーム氏は1866年生まれであることがここでわかる。というか、ここでしかわからない。1866年生まれと言えば漱石の1つ上である。

 

ブルーム氏は『リア』の原題を思い出そうとして間違えている。レイチェル(Rachel)でなく『デボラ』だ。旧約聖書創世記の人物ヤコブの妻となった姉妹の姉がレア(Leah)で妹がラケル(Rachel)なので、とり違えてレイチェルと思ったのだろう。

ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』の第9章のはじめ、221ページに、こういう箇所があるのをたまたま見つけた。

”KATE (Miss Rachel Lea Varian, she tells forkings for baschfel-lors, under purdah of card palmer teaput tosspot Madam d'Elta,during the pawses), ・・・” 

 

ジョイスの頭の中でレイチェルとリアは結びついているのだろう。

 

もうひとつ、プルーストの『失われた時を求めて』に元娼婦の女優でラシェル(Rachel)と呼ばれるユダヤ人が出てくる。彼女は脇役だがこの大長編にはじめからおわりまででてくる重要な登場人物である。

 

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 ケイト・ベイトマン(Kate Bateman)

 

"Kate Bateman" by Mathew Brady Studio, active 1844 - 1894 is marked with CC0 1.0