Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

17 (U224.632)

リッチーは唇を突き出した。

 第17投。224ページ、632行。

 

 Richie cocked his lips apout. A low incipient note sweet banshee murmured: all. A thrush. A throstle. His breath, birdsweet, good teeth he’s proud of, fluted with plaintive woe. Is lost. Rich sound. Two notes in one there. Blackbird I heard in the hawthorn valley.

 

  リッチーは唇を突き出した。低い出だしの音、美しい声の妖精がささやいた。すべては。ツグミ。ウタツグミ。彼の息、美しい鳥鳴き声、自慢のきれいな歯、悲しげな嘆きが笛吹き声で。失われ。豊かな音。そこでニつの音が一つに。サンザシの谷で僕の聞いたクロウタドリ

 

 

第11章。午後4時ごろ、ブルーム氏はスティーヴンの叔父、リッチー・グールディングとオーモンド・ホテルのレストランで食事している。ホテルのサルーンではサイモン(スティーヴンの父親)がピアノを弾いている。

 

第11章は音楽的手法で書かれていている。

 

All - is lost サイモンが弾いている曲の歌詞

Richie – Rich,  A thrush - A throstle がつながる

sweet, note, bird の繰り返し

数えあげるまでもなく、ほとんどが音や音楽にまつわる単語で書かれている。

 

11章の冒頭にはこの章のモチーフが圧縮されて序曲として示される。
Lost. Throstle fluted. All is lost now. (U210.22) 一行はこの一節に相当する。

 

 サイモンが弾いているのは、ヴィンチェンツォ・ベッリーニのイタリア語のオペラ『夢遊病の娘』“La sonnambula”(1831)から「すべては失われ」。エルヴィーノが,恋人のアミーナが伯爵と関係を持ったと疑い、愛が失われたと嘆く。ボイランが、いま妻のモリ―のもとへ向かっていることを知るブルーム氏の心中と重なる。

 

カウリー氏がサイモンに歌を促すが、彼は拒み、ピアノを弾いている。曲にのせて、リチー•グールディングが口笛を吹いている。

 

夢遊病は、都市の遊歩を主題とするこの小説『ユリシーズ』のキーワードの一つ。(U375.950)(U496.4926)(U567.849)(U568.854)(U570.929)に出る。
夢遊病はブルーム氏の家系の病気とされている。

 

第6章でブルーム氏は、妻モリ―の声をツグミ、ウタツグミに譬えている。モリ―は歌手なのだ。(U77.240)

 

第1章でマリガンの歌声がbirdsweet criesとされていた。(U16.602)

 

サンザシは4~5月くらいに白い花を咲かせ、秋には赤色や黄色の果実が実る低木。その含意として、

ケルトの暦で、6月の守護樹。(この小説『ユリシーズ』の現在は6月16日)

②古代信仰上、豊穣・子孫繁栄のシンボル。

③枝には鋭い棘があり、キリストが戴く冠はサンザシで作られていたといわれる。

④魔除けの力があるといわれる。

花言葉は「希望」。

⑥メイフラワーとも呼ばれ、アメリカに渡ったメイフラワー号(1620)にサンザシが描かれていた。

⑦17世紀ボストンのピューリタン社会を舞台とした姦通を主題とする小説『緋文字』の作者はナサニエル・ホーソーンNathaniel Hawthorne、1804年–1864年

 

ブルーム氏がサンザシの谷でクロウタドリの声を聞いたのがいつなのか、小説からは分からないが、上の含みからすると、モリ―と一緒の時ではないだろうか。

 

そしてサンザシと言えば、プルースト。少年時代の語り手がスワン家の生垣で出会うジルベルト。

 

「すると早くも、その名前をふたりして聞いたバラ色のサンザシを見上げる場所に匂いたつ魅力が、ジルベルトに近しいすべてのものにとり憑き、それに塗りこめ、芳香でみたそうとした。」プルースト失われた時を求めて』「第1篇 スワン家のほうへ」 吉川一義訳(岩波文庫、2010年)

 

ジョイスが「失われた」というフレーズともにサンザシに触れるのは、1913年刊の「スワン家のほうへ」を意識してのことではないかと空想する。

 

 

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サンザシとクロウタドリ(Blackbird in hawthorn)

"Blackbird in hawthorn" by Roger Bunting is licensed under CC BY-NC-ND 2.0

 

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