衰えがこなければ。
前回のブログのすぐ近くに落ちました。225ページ、699行目。
If he doesn’t break down. Keep a trot for the avenue. His hands and feet sing too. Drink. Nerves overstrung. Must be abstemious to sing. Jenny Lind soup: stock, sage, raw eggs, half pint of cream. For creamy dreamy.
衰えがこなければ。通りを早足で駆けられる。手も足も歌ってる。酒。神経がぴんと張り詰める。歌うには節制が必要。ジェニー・リンド・スープ。ストック、セージ、生卵、クリーム半パイント。クリーミー、夢見。
第11章、オーモンド・ホテル。ブルームはレストランで食事している。
ピアノを弾くカウリー氏に促され、ようやくサイモン(スティーヴンの父親)が歌い出す。ドイツの作曲家フリードリッヒ・フォン・フロトー(Friedrich von Flotow)のオペラ『マルタ』"Marthe" (1847)から「夢のように」(その英訳)。
農場主ライオネルが、奉公人に化けたアン王女の女官ハリエット(マルタMarthaとの偽名を名乗る)のことが忘れられず歌う曲。
ブルーム氏は、ヘンリー・フラワーという偽名で会ったこともない女性と秘密の文通をしている。その相手がマーサ(Martha)で、偶然の一致となる。マーサも偽名であろう。私は、書いているのは女性ですらないかもしれないと空想する。
通りを早足で駆けられる、とはサイモンの歌いっぷりのことを言っているが、妻の愛人ボイランが馬車でブルーム家に向かっていることをブルーム氏は知っており、そのことからの連想もあるだろう。
overstrungは楽器の弦に掛けている。『オデュッセイア』との対応で言うと、オデユッセウスの弓の弦を思わせる。
手も足も歌ってるというが、位置関係から、サイモンはブルーム氏からは見えない場所にいるので、空想である。
ジェニー・リンドとは、スウェーデンのオペラ歌手ヨハンナ・マリア・リンド(Johanna Maria Lind, 1820年 - 1887年)。
ミュージカル映画、『グレイテスト・ショーマン』で興行師、P・T・バーナムとアメリカツアーを行ったあの歌手がこの人。
19世紀のもっとも有名な歌手といえる人だった。そのため色々なものに彼女の名前が付けられた。彼女が喉のために飲んだというスープがジェニー・リンド・スープと呼ばれた。
調べた限り、レシピからすると、セージ(sage)ではなく、サゴ(sago)が材料のようだ、サゴとはサゴヤシからとれる澱粉のこと。われわれのなじみのもでは、麺の「うち粉」がサゴ。
ブルーム氏がレシピを思い出すということは、彼は妻で歌手であるモリ―のためにスープを作ったことがあるのではないか。サゴとセージは、ブルーム氏の思いちがいなのか、小説の作者ジョイスの思いちがいなのか、あるいは、原稿の校正ミスなのか。
モリ―の愛人のボイランは興行主。リンドとバーナムのことがここに響いている。
"Eduard Magnus - Portrait of Singer Jenny Lind" by irinaraquel is licensed under CC BY 2.0
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