Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

23 (U510.432)

窓に顔。ゴールのテープを胸で切り、

第23投。510ページ、432行目と出ました。

 

The face at the window! Judge of his astonishment when he finally did breast the tape and the awful truth dawned upon him anent his better half, wrecked in his affections. You little expected me but I’ve come to stay and make a fresh start.

 

 窓に顔。ゴールのテープを胸で切り、伴侶に関して恐るべき真実が彼の心中に立ち現れたとき、彼の驚きの判断は感情の海で座礁した。お前は思ってもみなかったのだろうが俺はここに留まり再出発するために帰ってきたのだ。

 

第16章。真夜中。娼館を後にしたブルーム氏はスティーヴンを介抱するため馭者溜りへとやってくる。そこでマーフィーと名乗る船乗りの話を聞いている。ブルーム氏の心中。

 

ユリシーズ』は、章ごとに様々な文体と手法が用いられており、それを味わうのが楽しみとなる。筆者がはじめて通読したとき、第16章の語りが好きだった。

 

たわいのないことを難しい言い回しで述べたり、ことさら外国語をつかったり、陳腐な慣用句やことわざを多用したりする。文才を欠く人が修辞を凝らした言い回しをしようとし、アマチュア研究者が学のある文章を書こうとしているような、不思議な効果を出している。ジョイスはなぜこのような仕掛けを採用したのだろうか。

 

今回の一節も、言葉がいいたいことと微妙にズレていて、意味の取りにくい悪文となっている。真実(truth) やその類語は、事実(fact)などとともにこの章でよく使われる。ちっとも本当のことや事実がわからないのが、皮肉となっている。

 

さて、ブルーム氏はもう7年も家に帰っていないという船員の話を聞いて、その帰還の場面を空想している。

 

航海や出征など何らかの事情で長らく家庭を不在にした夫が、妻のもとへ不意に帰ってくる。さらに妻は別の男と暮らしている場合も・・・。こういう事件は実際にあったし、フィクションでもなんども取り上げらて来た。

 

Thomas Dunn Englishの詩、 Nelson Kneassの曲による『ベン・ボルト』(1843年)(U510.425)⇒Youtube


アルフレッド・テニスンの詩『イノック・アーデン』(1864年)(U510.425)

ワシントン・アーヴィングの短編小説『リップ・ヴァン・ウィンクル』(1819年)(U510.426)

1860年代から1870年代にイギリスで起こった事件「ティッチボーン事件」(U531.1343)

 

これらは『ユリシーズ」作中で言及されている。

 

あと筆者が思いつくのは、

16世紀フランスで起こった「マルタン・ゲール事件」

(『帰ってきたマルタン・ゲール―16世紀フランスのにせ亭主騒動』ナタリー・ゼーモン・デーヴィス、平凡社ライブラリー)

 

ナサニエル・ホーソーンの小説『ウェイクフィールド』(1835年)、『緋文字』(1850年)

バルザックの小説『シャベール大佐』(1832年

サマセット・モームの戯曲『夫が多すぎて』(1923年)

 

そもそも『ユリシーズ』の下敷きになっている『オデュッセイア』が、出征したオデュッセウスが長年の遍歴を経て妻ペネロペイアの元に帰還するという話で、この枠組はこの小説の重要なモティーフとなっている。

 

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映画『イノック・アーデン』のポスター(Poster for Enoch Arden)

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Enoch_Arden_(1911_film).jpg?uselang=ja

 

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