Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

24 (U244.213)

額に汗して稼いだ金さ

第24投。244ページ、213行目。

 

 

—Sweat of my brow, says Joe. ’Twas the prudent member gave me the wheeze.

—I saw him before I met you, says I, sloping around by Pill lane and Greek street with his cod’s eye counting up all the guts of the fish.

 

―額に汗して稼いだ金さ、ジョウが言う。分別会員が妙案をくれたんでね。

―お前に会う前にそいつを見かけたぜ、俺は言う、ピル小路とグリーク通りの角をうろうろと、出っ鱈目で魚のはらわたを数え上げてたって。

 

 

こういう所を読むのは実に面白い。

 

第12章。バーニー・キアナンの酒場で、新聞記者のジョー・ハインズが「市民」たちと飲みだした所。ハインズが1ポンド金貨をぽんと出してみんなにおごる。1904年の1ポンドは今の価値では1万円に相当する。

 

一つ目はハインズの台詞。

 

「額に汗」は、聖書から。神様がアダムに言ったこと。

 

  汝は面に汗して食物を食ひ終に土に歸らん 

  其は其中より汝は取れたればなり 

  汝は塵なれば塵に皈るべきなりと (創世記第3章第19節)

 

今朝ハインズは新聞社で、ブルーㇺ氏から「今経理をつかまえれば給料がもらえる」とアドバイスをうけて給料にありつくことができたのだ。ブルーム氏はハインズに金を貸しているのでその返金を促すためにいったのだが、ハインズは気がついていない。(U99.112)

 

prudent memberとはブルーム氏のことで、彼がフリーメイソンのメンバーであると言っている。ブルーム氏は父がユダヤ系であるうえに、フリーメイソンとおもわれていて、カトリック社会であるダブリンの仲間内で、いわば差別されている。

 

思慮(prudence)(慎重とはちがう)は、勇気 (fortitude)、節制 (temperance)、正義 (justice)とともに古代ギリシア以来の西洋の中心的徳目、枢要徳(cardinal virtues)とされている。フリーメイソンの教義にこれがあるのか確かめられなかった。ブルーム氏をからかって言っているので「分別会員」と訳した。

 

ブルーム氏が本当にフリーメイソンなのかは定かでない。筆者は違うと思う。彼はとかく誤解される人だから。

 

wheezeは、「喘息のようなゼーゼーいう音」という意味だが、アイルランドスラングで「名案」.や「しゃれ」という意味とのこと。ここではブルーム氏に経理のことで助言をもらったことを指す。額の汗といっているので、勝ち馬の情報のことではない。

 

ユリシーズ』にはここ以外に、3か所にでてくる。

 

Didn’t catch me napping that wheeze.(U62.178)

  鞄を貸りようとするマッコイの「いつもの手」について

 

The Rose of Castile. See the wheeze? Rows of cast steel. Gee!(U111.591)

  レネハンお得意の「しゃれ」について

 

The wife was playing the piano in the coffee palace on Saturdays for a very trifling consideration and who was it gave me the wheeze she was doing the other business? (U211.487)

  ブルーム家でズボンを借りるという「妙案」について(プログの19回に出てきた話)

 

すべてスラングの方の意味で使っている。しかもどれもユーモラスな見せ場でつかわれている。ジョイスにとってwheezeは特権的な語彙なのだ。

 

さて、2つ目はこの章の語り手の台詞。

 

ブログの15回で触れたように、柳瀬尚紀さんは、この語り手は「犬」だと論じた。(岩波新書ジェイムズ・ジョイスの謎を解く』、1996年)。

slop は、口語で、ぬかるみをバシャバシャ歩く、ぶらぶらする、との意味。たしかに犬の使いそうな言葉だ。

 

また、柳瀬さんによると、says は said の訛りという。(同書P.70)

 

東西に走るPill lane(現在はChancery street)から南北に走るGreek streetを北上すると東側に、魚市場があった(今世紀初めに取り壊された)。その隣、St.Michan’s streetをはさんで東側にはダブリン市野菜果実市場がある(2019年より再開発中)ブルーム氏は魚市場を歩いてバーニー・キアナンへやってくる途中、語り手に目撃された。

 

なぜかブルーム氏は後の13章で、Pill lane で時計を見たことを思い出している。(U306.986) 

 

鱈の目 cod’s eye、これもスラングだが、調べると色々な可能性がある。

 

  愚か者の目

  どんよりした目

  酔っ払いの目

  形が崩れた目

  眇目

 

そして驚くべし、日本語には「出鱈目」という言葉があり、これを使わせてもらった
「出鱈目」は、当て字で、そもそもは博徒の隠語で、賽の目の出るままを意味する「出たらその目」からといわれる。なんだ、このブログ  ”Ulysses at Random”  にふさわしい。

 

魚のはらわたを数えながら歩く、とはいったいどういうことなのかわからないが、言葉としてとんでもなく面白い。

 

ブルーム氏は朝食に豚(羊ではないようだ)の腎臓のソテーを食べたのだが、4章の冒頭で鱈子のソテー fried hencod’s roes も好みといっている。12章の語り手はブルーム氏の好みを知っているようである。

 

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City Fruit and Vegetable Wholesale Markets

 "CONSTRUCTION WORK UNDER WAY - FISH MARKET CAR PARK [ST. MICHAN'S STREET DUBLIN]-147082" by infomatique is licensed under CC BY-SA 2.0

 

魚市場の跡地の駐車場。その向こうに見えるのは野菜果実市場。

 

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