Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

35 (U78.259)

デッダラス氏はよぼよぼ歩くその姿を見送り、

第35投。78ページ、259行目。

 

今日はジェイムズ・ジョイスの誕生日なのですね、生誕から139年。『ユリシーズ』がパリのシェイクスピア・アンド・カンパニー書店から出版されて99年目の2月2日。

 

 

  Mr Dedalus looked after the stumping figure and said mildly:

 —The devil break the hasp of your back!

 Mr Power, collapsing in laughter, shaded his face from the window as the carriage passed Gray’s statue.

 —We have all been there, Martin Cunningham said broadly.

 His eyes met Mr Bloom’s eyes. He caressed his beard, adding:

 —Well, nearly all of us.

 

 デッダラス氏はよぼよぼ歩くその姿を見送り、声を落として言った。

 ―悪魔に背中の留め金を折られるといい。

 パワー氏が、窓から顔を隠して、笑いくずれる。馬車はグレイ像を通り過ぎた。

 ―おれたちはみんな世話になったことがあるだろ、マーティン・カニンガムが、あいまいに言った。

 彼の目がブルーム氏の目と合った。彼はあご鬚をなでながら、言い添えた。

 ―まあ、ほぼ、みんなね。

 

 

このブログでは乱数に基づいて行き当たりばったりのところを読んでいますが、ジョイスの誕生日とは縁のないところに当たりました。墓地へ行く道。

 

第6章。午前11時ごろ。ブルーム氏は友人のディグナム氏の葬儀に参列するため、ダブリンの南東に位置するディグナム家から、馬車で市の北西のはずれ、グラスネヴィン墓地まで街を縦断しているところ。

 

馬車には、スティーヴンの父サイモン・デッダラス、警察隊に勤務するジャック・パワー、アイルランド総督政庁に勤務するマーティン・カニンガム、そしてブルーム氏の4人が乗っている。

 

ブログの33回で、ダブリンには、2つの警察組織があると書いたが、パワー氏は武装警察部隊の王立アイルランド警察隊(Royal Irish Constabulary)のほう。(『ダブリナーズ』「恩寵」)

 

馬車なので、4人は向かい合って座る。進行方向にむかって左前方に後ろ向きにサイモン、その右にパワー氏、その向かいにカニンガム氏、その隣にブルーム氏が座っていると考えられる。          

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第6章のおもしろさは、語り合うカルテットが馬車の速度でランドスケープを移動することを読むことにある。

 

よぼよぼと歩く姿は、ルーベン・J・ドッド。ユダヤ人の金貸しで弁護士。同名の人物は実在し、ジョイスの父親は彼に多額の借金をしていた。借金の返済のため、ジョイス家の財産は競売にかけられ一文無しとなる。(P.42 - 44、リチャード・エルマン『ジェイムズ・ジョイス伝』 宮田恭子訳、みすず書房、1996年)

 

馬車はオコンネル橋を南から渡り、左側通行で、南北に走るサックヴィㇽ通り(現オコンネル通り)を北上する。東西に交差するミドル・アビー通りとの交差点、南西角に、エルヴァリの店がある。この直前の一節に、ルーベンはエルヴァリの角を曲がった、背にのせた手を彼らに見せて、とある.

“A tall blackbearded figure, bent on a stick, stumping round the corner of Elvery’s Elephant house, showed them a curved hand open on his spine.
—In all his pristine beauty, Mr Power said. ”

 

おそらくサックヴィㇽ通りから角を左にミドル・アビー通りへと曲がったのだと思う。だからまず前向きに乗っているカニンガム氏が彼をみつけ、後ろ向きのサイモンが彼を見送る形となる。

    

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しかし、パワー氏が窓から顔を隠す、というのが分からない。ルーベンは背を向けて歩いているのだから。葬儀馬車で笑っているのを人に見られないようにしたのか。

 

「背中の留め金を折られるといい」というのは、ルーベンは背中が曲がっているからである。(U200.892)。第10章、カウリー氏が彼に金を借りているという場面で明らかになる。ブログの19回を書いたときに、このことに気がついた。

 

We have all been there とはどういう意味か定かでない。おそらく金を借りにルーベンの所にいったことがあるという意味ではないか。

 

broadly は「露骨に、無遠慮に」という意味と「大まかに,概括的に」という意味がある。ここは前者でなく後者ではないか。はばかられるので広めの表現で言ったということ。

 

カニンガム氏はあご鬚をはやしているが、顔はシェイクスピア似である。(U79.345)

 

彼はなぜ、ブルーム氏と目が合って言い直すのか。

 

カニンガム氏は、ブルームはルーベンから金を借りたことがないと思ったということだ。聖書は同族から利息を取ることを禁じていたので、古くからユダヤ人はキリスト教徒に金を貸して利息を取った。ルーベンは、同胞のユダヤ人つまりブルーム氏には金を貸さないだろうと思った、ということではないか。

 

ジョン・グレイの大理石像がオコンネル通りとアビー通りの交差点に立つ。ジョン・グレイ (1815-1875) は、アイルランドの医師、外科医、新聞経営者、ジャーナリスト、政治家。

 

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サー・ジョン・グレイ(Sir John Gray)

"Sir John Gray statue" by Phil Guest is licensed under CC BY-NC-ND 2.0