Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

62 (U132.375)

スッ、チッ、チッ、チッ。三日もベッドで呻いて、

第62投。132ページ、375行目。

 

 Sss. Dth, dth, dth! Three days imagine groaning on a bed with a vinegared handkerchief round her forehead, her belly swollen out. Phew! Dreadful simply! Child’s head too big: forceps. Doubled up inside her trying to butt its way out blindly, groping for the way out. Kill me that would.

 

 スッ、チッ、チッ、チッ。三日もベッドで呻いて、酢を染みこましたハンカチを額にあてて、お腹を張り出して。ひゃー。考えるとぞっとするよ。赤ちゃんの頭が大きすぎる、そうすると鉗子で。胎内で体を折り曲げて、やみくもに頭から出ようとする、出口を求めて。おれなら死んじゃう。

 

 

第8章。ブルーム氏は先ほど街角で、昔の恋人であるブリーン夫人と出会い、ピュアフォイ夫人が難産で産科医院に入院していることを聞かされる。そのことを思いだしているところ。

 

まず、”Sss. Dth, dth, dth!” というのが何なのかよくわからない。擬音語なのだろうが。出版されている和訳や注釈書を見てもわからない。ピュアフォイ夫人の呻き声を空想しているのだろうか。それにしては音が合わない。

 

作者が他のところで "sss, dth" を使っていないか調べてみる。そうするとおよそ80行前にあった。ブリーン夫人と会った時に、ブルーム氏は Dth! Dth! と言っている。

 

—Yes, Mrs Breen said. And a houseful of kids at home. It’s a very stiff birth, the nurse told me.

—O, Mr Bloom said.

 His heavy pitying gaze absorbed her news. His tongue clacked in compassion. Dth! Dth!

—I’m sorry to hear that, he said. Poor thing! Three days! That’s terrible for her.

(U130.288)

 

”His tongue clacked in compassion” というのだから、これは舌打ちの音なのだ。しかしなぜ彼は舌打ちするのか。

 

「舌打ち」を英語でどういうのか辞書でしらべてみると。

click [clack, cluck] one's tongue

とある。

 

”cluck” の語義の2つ目に、こうあった。

2.to express sympathy or disapproval by saying something, or by making a short low noise with your tongue                 

 (Longman Dictionary of Contemporary English)

 

なんと、英米では同情するときに舌打ちするのか! これで意味がわかった。しかしボディランゲージは翻訳では伝えられない。

 

酢をつけたハンカチを頭に巻くのは解熱か鎮痛のためだろうが、そういう医療慣習が西洋にあったのか調べても分からなかった。わが国では昔、頭痛のときには梅干しをこめかみに張った。これは梅干しの匂いの成分ベンズアルデヒドでリラックス効果が生まれる、ということなのだそうだ。酢もこれと同じようなことなのではないかと思います。

 

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                                                       鉗子(forceps)

 

"File:Plate showing the birth of a baby, using forceps (2 of 4) Wellcome L0050179.jpg" is licensed under CC BY 4.0

 

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