Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

96 (U629.972)

あれはきっと人がつけたあだ名ね

第96投。629ページ972行目。

 

I suppose the people gave him that nickname going about with his tube from one woman to another I couldnt even change my new white shoes all ruined with the saltwater and the hat I had with that feather all blowy and tossed on me how annoying and provoking because the smell of the sea excited me of course the sardines and the bream in Catalan bay round the back of the rock they were fine all silver in the fishermens baskets old Luigi near a hundred they said came from Genoa

あれはきっと人がつけたあだ名ね管をもって女から女へ渡り歩いたわけ塩水でだめになった白い靴を変えることもできなかったし風が強くでわたしの帽子の羽がふわふら揺れていらいらむしゃくしゃ潮の香りのせいもちろんイワシやタイも岩山の向こうあたりのカタラン湾できらきらぴちぴちルイジじいさんの魚カゴのなか歳は100近くで、ジェノバの出らしい

 

第18章。最終章。ブルーム氏の妻のモリ―の寝床での心中。ピリオドもコンマもない単語の長大な連なり、8つでできている。ここはその6つ目のなかの一節。

 

モリーがニックネームではないか、といっているのは、ポール・ド・コック(Charles-Paul de Kock, 1793 – 1871)のことで、フランスの作家。パリの生活を描いた小説は19世紀ヨーロッパで大変な人気を博した。英国でも「英国で最もよく知られるフランスの作家はポール・ド・コック氏である」といわれるほど人気があった。

 

モリーは第4章、朝の場面で、ブルーム氏に、ポール・ド・コックの本を借りてきてほしいと言っている。

 

 —Did you finish it? he asked.

 —Yes, she said. There’s nothing smutty in it. Is she in love with the first fellow all the time?

 —Never read it. Do you want another?

 —Yes. Get another of Paul de Kock’s. Nice name he has. (U53.358)

 

Kockはcockに通じて、cock は英語のスラングで男性器を意味する。それでモリーは通俗小説を書くポール・ド・コックはペンネームと思った。わたしもそう思っていた。しかし、バイオグラフィーをみると彼の父親の姓もド・コックなので本名である。

 

そのあと、なぜか、モリーは生まれ故郷のジブラルタルのことを回想している。

 

カタラン湾(Catalan bay)はジブラルタルの東岸の湾。ジブラルタル半島の真ん中にはザ・ロックとよばれる大きな岩山がある。ジブラルタルの市街地は半島の西側にあり半島の東側は急な崖となっている。“round the back of the rock” とあるのは市街から見てカタラン湾は裏にあるいうこと。

 

                           

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Map_of_Gibraltar_-_Places_mentioned_in_Simon_Susarte_episode_-_Adapted_from_W.H._Smyth_1831.jpg

 

カタラン湾とはカタルーニャ人の湾との意味になるが、1704年のスペイン継承戦争ジブラルタルを占領した英国、オランダ軍を支援したカタルーニャの軍人ここに定住したことからこの名があるという。

 

また17世紀から18世紀にかけて、イタリアのジェノヴァの漁師がこの湾に移住し漁業をしていた。ルイジ爺さんはジェノヴァの出というのはそういう背景。

 

                         

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