Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

『ユリシーズ』と『2001年宇宙の旅』

2つの作品の類似について

 

ランダムに小説『ユリシーズ』を読んできましたが、ちょうど100個まで来たので2度目の踊り場として脱線、小休止です。

 

映画『2001年宇宙の旅』(2001: A Space Odyssey、1968年公開)の製作50周年を記念して2018年に出版された『2001:キューブリック、クラーク』(マイケル・ベンソン著, 添野知生監修, 中村融 他翻訳、早川書房)は、映画の構想から公開までを綴ったドキュメンタリーで興味深く読みました。冒頭のプロローグはこうはじまります。

 

20世紀はホメロスの『オデュッセイア』の偉大な現代版を二作生み出した。まずはジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』。 ・・・ もうひとつがスタンリ―・キューブリックアーサー・C・クラークの『2001年宇宙の旅』だ。 

 

小説『ユリシーズ』(1922年出版。今年は出版100周年)と、映画『2001年宇宙の旅』(以下『2001年』とします)、それぞれのジャンルで一番好きな作品ですが、これを読んで、どちらもホメロス叙事詩をモチーフにしていることに気が付かされました。

 

まず固有名詞の確認です。『オデュッセイア』は古代ギリシア語で、詩人ホメロスの作として伝承された、オデュッセウスを主人公とする長編叙事詩のタイトル。オデッセイ(Odyssey)は、その英語表現。『オデュッセイア』は、ラテン語にするとUlixes(ウリクセス)あるいはUlysseus (ウリュッセウス)となり、されにこの英語表現がUlysses(ユリシーズ)となります。

 

よく考えてみると両者には意外な類似点がたくさんあります。それを12個挙げてみました。なお『オデュッセイア』をモチーフにしているのだから似ているのは当然、というところは省きます。

 

手持ちの本を色々見てみましたが、キューブリックとクラークがジョイスの『ユリシーズ』を参考にしたという事実は確認できないので、これら類似点は偶然であり、単に面白がっているだけであることをお断りしておきます。

 

①3部構成

『2001年』は、第1部ー人類の夜明け(The Dawn of Man) 第2部ー木星への旅(Jupiter Mission) 第3部ー木星 そして無限の宇宙の彼方へ(Jupiter and Beyond the Infinite)の3部構成。

 

ユリシーズ』も、が第1部(第1章~第3章)、第2部(第4章~第15章)、第3部(第16章~18章)の3部構成。

 

ユダヤの印を帯びた主人公

『2001年』の人間の主人公は、ヘイウッド・R・フロイド博士とデヴィッド・ボーマン船長。

 

船長の名前が、デヴィッド・ボーマン(David Bowman)にきまったのは、『2001:キューブリック、クラーク』(P.111)によると1964年の8月ごろのこと。しかし弓(bow)の名手であるオデュッセウスとのつながりは偶然とのこと。このことは触れられていないが、デヴィッドは古代イスラエルの王、ダビデに由来する名前。ボーマンはユダヤ人かどうかはわからないが。

 

フロイド博士(Dr. Floyd)については、日本人としては、ユダヤ人で精神分析学者のジークムント・フロイト博士(Sigmund Freud)を思い出してしまうが、綴りがちがう。Floydはウェールズ系の名前のようだ。

 

ユリシーズ』の主人公の一人はレオポルド・ブルーム氏(1864年生れ)だが、彼はハンガリーからアイルランドに移住してきたユダヤ人の息子。

 

オデュッセウスに対応する2人の主人公はともにユダヤ的な印を帯びている。

 

ハンガリーといえば、『2001年』にその音楽が使われたジェルジュ・リゲティ(Ligeti György Sándor 1923年 - 2006年)はユダヤ系のハンガリー人。キューブリック(Stanley Kubrick 1928年 - 1999年)も中欧にルーツを持つユダヤ系移民の子孫。彼らはブルーム氏の孫くらいの世代になる。

 

③平凡な主人公

フロイド博士とボーマン船長は、映画の主人公らしくない個性のない人物。私ははこの映画を見るたびフロイド博士が月面基地でおこなう演説に中身がないので笑ってしまう。

 

ボーマンBowmanというのは、Noman にも通じて、これも偶然でしょうが、オデュッセウスに通じる。オデュッセウスは、一つ目巨人キュークロプスの島で名前をたずねられたとき「ウーティス」(ギリシャ語で「誰でもない」の意)と名乗った。

 

ユリシーズ』の主人公ブルーム氏も、長編小説の主人公にはとてもなれそうもない平凡な人物との設定となっている。

 

④夜明けで始まりベッドで終わる

『2001年』の第1部は「人類の夜明け」で、地球の向こうに太陽が昇るところから始まる。映画の最後から2番目のシーンは、白い部屋のベッドに横たわるボーマン。白い部屋は、「ロココ調のルイ14世様式の部屋」(P.291『2001:キューブリック、クラーク』)といわれる。つまり18世紀の様式。

 

ユリシーズ』は、1日の物語なので、小説のもう一人の主人公であるスティーヴン・デッダラスの住むマーテロー塔の朝の場面で始まる。最後の章の舞台はブルーム家のベッドルームで、眠る妻モリーの夢うつつの意識で終わる。エクルズ通り7番地のブルーム家の建物は18世紀末に建てられた英国ジョージアン様式。映画のような立派な部屋ではないけれど。(ブログの83回

 

ちなみに、世界各国のホテルの平面図をイラストにした本、『旅はゲストルーム』(浦 一也 著、知恵の森文庫) には、『2001年』の部屋の平面図のイラストがある。

 

"Image" by jrmyst is licensed under CC BY-NC 2.0.

 

⑤「ツァラトゥストラはかく語りき

『2001年』では、Rシュトラウス交響詩ツァラトゥストラはかく語りき』の導入部「日の出」が使われている。これは、曲がマッチすることに加えて、ニーチェの超人思想と映画のテーマを重ねているのと、太陽が昇る場面であることに重ねていると考えられる。

 

ユリシーズ』の冒頭第1章で、スティーヴンの友人のマリガンがふざけてニーチェ「超人」に言及する。1904年当時の流行の思想だったのだろう。キンチはスティーヴンのあだ名。

 

ー12番目のあばら骨がなくなった、と大声で、おれは超人だ。歯なしのキンチとおれはスーパーマン

 

―My twelfth rib is gone, he cried. I'm the Űbermensch. Toothless Kinch and I, the supermen.

(U19.708)

 

⑥豹が現れる

『2001年』の第1部では、猿が豹に襲われる。

 

ユリシーズ』の冒頭第1章で、スティーヴンの住居マテーロー塔に居候しているイングランド人、ヘインズは前の晩「黒豹」の夢を見て銃を振りまわした。

 

⑥食事の場面、トイレの描写

『2001年』に食事の場面が多いことはかねてよりよく指摘されている。

 

猿が草と水たまりの水と獏の肉を/豹が猿とシマウマを/宇宙ステーションでソ連の科学者が酒らしきものを/宇宙船でフロイド博士と乗務員が宇宙食を/ムーンバスで乗員がサンドイッチとコーヒーを/ディスカバリー号でボーマンとプールが宇宙食を/白い部屋でボーマンはフランス料理らしきものとワインを。

 

            

"2001 A Space Odyssey Flat Screen TV" by Dallas1200am is licensed under CC BY-NC-ND 2.0.

 

またキューブリック監督の他の作品と同様、トイレが描かれる。

フロイドは宇宙船エリアスの無重力トイレを使う。ラストの白い部屋のバスルームにトイレがある。

 

ユリシーズ』において、ブルーム氏の食事は律儀に描写される。

 

朝は自宅で豚の腎臓のソテーと紅茶/昼はデイヴィー・バーンでゴルゴンゾーラチーズのサンドウィッチとバーガンディのワイン/夕刻にはオーモンドホテルでレバーとベーコンにシードル/バーニーキアナンで葉巻/産院の後、酒場バークでジンジャーコーディアル/夜の町でチョコレートとソーダブレッド/馭者溜でコーヒーらしきものとロールパン/帰宅して台所でココア。

 

またブルーム氏の排泄も言及される。

朝に自宅の裏庭のトイレで大。昼はデイヴィー・バーンの裏庭のトイレで小。

 

⑦主人公と娘の交信

フロイド博士は宇宙ステーションで、地球にいる娘とテレビ電話で会話をしている。娘は誕生日に猿を買ってほしいという。

 

ユリシーズ』で、ブルーム氏は娘のミリーからの手紙を受け取る。ミリーは15歳になったばかりで、写真館に住み込みで働いている。手紙ではブルームに、誕生日祝いにもらった帽子の礼を述べる。

 

⑨親しい人物の死

ボーマン船長の同僚である副船長フランク・プールの死は『2001年』のストーリ上の大きな事件となる。ボーマンはプールの死骸を葬ることになる。

 

プルーム氏にとって今日の主要な用事は友人ディグナムの葬儀に参列することである。

 

⑩ストーリーと受胎発生の関連

木星へ向かうディスカバリー号精子の形をしている。(P.422『2001:キューブリック、クラーク』)意図的か確証がないが、ボーマンのスターチャイルドへの転生に関連づけられていると思われる。

 

                   

"Stanley Kubrick in EYE" by FaceMePLS is licensed under CC BY 2.0.

 

ユリシーズ』の第14章は、産院を舞台とし、過去から現在に至る英語散文の文体史を文体模写でなぞる趣向となっている。その構想に関して、ジョイスはフランク・バッジェン宛の手紙で述べている。(ブログの34回

 

場面:産科医院。技法:サルティウスータキトゥス的序曲(未授精の卵子)に続く区切りのない9パートの挿話、・・・ブルームは精子、病院は子宮、看護婦は卵子ティーヴンは胎児

 

Scene, lying-in hospital. Technique: a nineparted episode without divisions introduced by a Sallustian-Tacitean prelude (the unfertilized ovum), … Bloom is the spermatozoon, the hospital the womb, the nurse the ovum, Stephen the embryo.

(Letter from Joyce to Frank Budgen, 20 March 1920)

 

⑪天体と胎児

『2001年』は、地球と傍らのスターチャイルドのシーンで終わる。

 

ユリシーズ』の最後から2つ目の第17章では、ブルーム氏は妻モリーの寝ているベッドにもぐりこみ、半球 (hemisphere) と描写されたモリーの尻の傍らで胎児 (childman) の姿勢で眠る。

 

 そして?

 彼はキスした、ふっくら、まろやか、イエローの、匂やか、メロンの尻に、両のメロン半球に、まろやかイエローの畝に、秘められ引き延ばされ誘われて、メロン匂やかな接触

 Then?

 He kissed the plump mellow yellow smellow melons of her rump, on each plump melonous hemisphere, in their mellow yellow furrow, with obscure prolonged provocative melonsmellonous osculation.

(U604.2240-)

 

 いかなる姿勢で?

・・・チャイルドマンは倦み、マンチャイルドは子宮に。 

 

 子宮に? 倦む?

 床に就いた。彼は旅した。 

 

 In what posture?

・・・the childman weary, the man child in the womb.

 

 Womb? Weary?

 He rests. He has travelled.

(U606.2311-)

 

第18章について、ジョイスやはりフランク・バッジェン宛の手紙で述べている。彼はこのモリーの章を天体としてイメージした。

 

ひとつ目のセンテンスは2500語なら成り、この章は8つのセンテンスから成ります。女性の語Yesで始まり、Yesで終わります。それは大きな地球のようにゆっくり着実に等速でぐるりぐるりと回転します。

 

The first sentence contains 2500 words. There are eight sentences in the episode. It begins and ends with the female word yes. It turns like the huge earth ball slowly surely and evenly round and round spinning,

(Letter from Joyce to Frank Budgen, 16 August 1921)

 

⑫神についての映画。芸術家による世界の創造

 

最後に、これはますます主観的な意見になりますが。

 

神のごとき監督が、現実世界に拮抗するようなリアルな映画を創造したのが『2001年』。そしてそれは神についての映画でもあった。

 

キューブリック:『2001年』の核心には神の概念があると言っておこう ― だが。それはこれまでの伝統的な、人間の形をした神ではない。」

(1968年「プレイボーイ」誌のインタビュー 『メイキング・オブ・2001年宇宙の旅』ジェローム・アジェル編、富永和子訳、ソニー・マガジンズ

 

そして神の分身のようなモノリスを作品の中に置いた。

 

さらに、驚いたことにボーマン船長の呼吸音は、監督が吹き込んだものという。(P.492『2001:キューブリック、クラーク』)

 

旧約聖書』で「霊」は神の「息」あるいは「風」を意味し、人間の生命原理とみなされる。『新約聖書』の「精霊」(Pneuma)がこれに相当する。(『日本大百科全書』)

 

ヱホバ神土の塵を以て人を造り生氣(いのちのいき)を其鼻に嘘入(ふきいれ)たまへり人即ち生靈となりぬ

(『創世記』第2章第7節)

 

ジョイスは、神の世界創造と、芸術家の作品創造をパラレルに考えた。そして神に張り合ってこの世界に匹敵する作品を創造しようとした。それが『ユリシーズ』。(ブログの30回)そして作者である自分の分身であるスティーヴンを作品の主人公として小説のなかに登場させた。

 

  Monolith as displayed at the École normale supérieure in Paris, France.

File:ENS 2001 Monolith LILA.jpg - Wikimedia Commons

 

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