Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

110 (U91.844)

ブルーム氏は恰幅のいい親切な管理人の後ろに移動した。

 

第110投。91ページ、844行目。

 

Mr Bloom moved behind the portly kindly caretaker. Wellcut frockcoat. Weighing them up perhaps to see which will go next. Well, it is a long rest. Feel no more. It’s the moment you feel. Must be damned unpleasant. Can’t believe it at first. Mistake must be: someone else. Try the house opposite. Wait, I wanted to. I haven’t yet. Then darkened deathchamber. Light they want. Whispering around you. Would you like to see a priest? Then rambling and wandering. Delirium all you hid all your life. The death struggle. His sleep is not natural. Press his lower eyelid. Watching is his nose pointed is his jaw sinking are the soles of his feet yellow.

ブルーム氏は恰幅のいい親切な管理人のうしろに移動した。仕立てのいいフロックコート。次は誰になるのか品定め。いやはや、長いお休み。もう何も感じない。感じるのはその時だけ。ひどく不快に違いない。はじめは信じられない。きっと間違い、誰か他の人と。向かいの家に当たってみてよ。待て。おれは生きて。まだ。で、暗い死に部屋に。光を求めるもんだ。周りで小声が。神父さんを呼ぼうか。うろうろばたばた。これまで聞いたこともなかった突拍子もないことを言い出す。死戦期。眠り方が普通じゃないぞ。下瞼を押してみて。鼻が尖ってくるか顎が下がってくるか足の裏が黄色いか見てて。

 

第6章。ブルーム氏ら会葬者はパティ―・ディグナムが埋葬のためグラスネヴィン墓地に来た。管理人とは墓地の管理人のジョン・オコンネル。棺が墓穴に下ろされた所。ブルーム氏は死について通俗的な空想を繰り広げている。

 

ここは単語は難しくないが、意味が取りにくい。死につつある者の視点と生者の視点が混在しているから。

 

”death struggle” とは、死に際の苦しみ、という一般的な意味でなく「死戦期」という専門用語で、「死に至る直前の状態」をいう。(小学館 日本大百科全書(ニッポニカ))

 

この事典の記述によると、死戦期に現れる症状として「皮膚の色は一般に蒼白土色となり、身体の末端に触れると冷たく感じる。また鼻先は鋭くなり、眼球は落ち込んでまぶたが下垂し、半分閉じたようになる。下顎は下垂し、口唇も弛緩するなどのいわゆる死相を呈する。」とある、

 

“is his jaw sinking” は「下顎は下垂し」

“is his nose pointed” は「鼻先は鋭くなり」

“are the soles of his feet yellow” は「皮膚の色は一般に蒼白土色となり」

にちょうど対応する。河出書房版の柳瀬さんは “is his nose pointed” を「鼻が詰まって」と訳しているが、ふつうに「鼻が尖っている」で正しい。

 

“Press his lower eyelid” がなんのことかわからないが、これは「瞳孔が開いている」か確かめるということだろうか。

 

また「終末期譫妄」といって、急に奇声をあげたり、理解できないようなことを口走ったり、意識障害が出てきたりするという。これが ”delirium"  のことだろう。

 

ブルーム氏はとかく、もの知りな人だ。

 

  

エドヴァルド・ムンク『病室での死』

File:Munch deathSickroom.jpg - Wikimedia Commons

 

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