Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

124(U494.4864)

コーニー・ケラハー:(笑いながら、工事の足場に寄せて止めた馬車を肩越しに親指で指して)

第124投。494ページ、4864行目。

 

 CORNY KELLEHER: (Laughs, pointing his thumb over his right shoulder to the car brought up against the scaffolding.) Two commercials that were standing fizz in Jammet’s. Like princes, faith. One of them lost two quid on the race. Drowning his grief. And were on for a go with the jolly girls. So I landed them up on Behan’s car and down to nighttown.

 

 BLOOM: I was just going home by Gardiner street when I happened to...

 コーニー・ケラハー:(笑いながら、工事の足場に寄せて止めた馬車を肩越しに親指で指して)巡回セールスマン2人。ジャメットで泡をふるまってたんだ。王子気取りよ、マジ。片方はレースで2ポンドすったと。憂さ晴らし。それから、かわいいおねえちゃんとこに来たところさ。で、べーハンの車に乗せて夜の町にやって来たのさ。

 

 ブルーム:ガーディナー通りからうちに帰る所なんだ、ここには、たまたま‥‥

 

第15章。ト書きと台詞だけの戯曲の形式で書かれている。スティーヴィンとブルーム氏がベラ・コーエンの娼館から出てきた後、スティーヴンが英国兵にからまれて騒ぎになったところに葬儀屋のコーニー・ケラハーが現れた場面。

 

コニー・ケラハーは葬儀屋で、今日の午前のディグナムの葬儀も仕切っている。『ユリシーズ』の登場人物はみな個性的ではあるが善良で平凡な人ばかりであるが、この人はめずらしく凄みのある人物で、異彩を放っている。

 

彼は、警察への内通者でもある。正しくは、そう疑われている。葬儀屋が警察に通じているというのは実にありそうだ。

 

第5章のはじめ、オニールの葬儀屋を見てコーニー・ケラハーのことを思い出すブルーム氏の思考。

 

And past Nichols' the undertaker. At eleven it is. Time enough. Daresay Corny Kelleher bagged the job for O'Neill's. Singing with his eyes shut. Corny. Met her once in the park. In the dark. What a lark. Police tout.

(U58.11-)

 

"tout"はアイルランドで「警察への情報提供者」 

https://en.wikipedia.org/wiki/Tout

 

"commercials" というのは、我々の思うような「ビジネスマン」「商売人」というのではなくて、英語でいう "commercial traveller" , "travelling salesman"つまり「巡回セールスマン」「販売外交員」というやつだと思う。地方各地へ出張旅行で渡り歩き、顧客を訪問して商品を売りこみ、注文を取る職業。

 

昨年『セールスマン』Salesman(1969) というアルバート&デヴィッド・メイズルス兄弟のドキュメンタリー映画リバイバル上映されたが、あの映画にでてくる聖書を訪問販売するセールスマンのイメージがこれなのではないかと思った。

→ 公式サイト

 

Salesman(1969)

 

"fizz"とは「シャンペン」のことで、"stand" は「おごる」だろう。

 

”Jammet” は、1901年セントアンドリューズ通りにオープンしたフレンチ・レストラン。長い間、ダブリンで唯一のフレンチ・レストランだったという。1967年に閉店している。

 

この "commercials" の一人は、ブルーム氏の妻の愛人のボイランではないかとの説があある。しかし彼らはケラハーにベラ・コーエンの店に連れてきてもらってるのだから、どうもそうではないと思う。街随一のレストランでシャンパンを飲んで、ダブリン名物の夜の町にある高級娼館を訪れるというのはやはり他所から来た旅のセールスマンにふさわしい。

 

ケラハーがなぜ、今、夜の町ににいて、どういう動きをしたのかは、記述が離れていて、説明の順が前後するので分かりにくい。順番にみてみよう。

 

まず、スティーヴンとリンチ、ブルームの3人がベラ・コーエンの娼館を出てくる。

 

A.  左手、ということは東の方のからケラハーの乗ったハックニーカーがやってきて停車。(ハックニーカーについては第91回)2人の好色な男は下車し娼館へ。彼らは馭者へ支払いをする。ケラハーは馭者ではなく同乗してきたのだ。

 

From the left arrives a jingling hackney car. It slows to in front of the house. Bloom at the halldoor perceives Comy Kelleher who is about to dismount from the car with two silent lechers. He averts his face. Bella from within the hall urges on her whores. They blow ickylickysticky yumyum kisses. Corny Kelleher replies with a ghastly lewd smile. The silent lechers tum to pay the jarvey.

(U478.4317)

 

 ベラ・コーエンの娼館

★ ビーヴァー通り(青線)の工事現場

 

C. ティーヴンがベラ・コーエンの娼館をでて南へ曲がった所、ビーヴァー通りで2人の英国兵(英国兵については第39回)にからまれ喧嘩になる。(ビーヴァー通りに工事の足場が組まれていたことは第72回)野次馬で大さわぎになる。騒ぎを聞きつけて2人の夜警がやってきてブルーム氏は尋問される(夜警については第86回)。

 

そこにケラハー現れる。ブルーム氏は、渡りに船と、ケラハーに、スティーヴンははサイモンの息子だ、といって助けを求める。ケラハーは警察に通じている人物だからだ。

 

 BLOOM:(quickly) O, the very man! (he whispers) Simon Dedalus' son. A bit sprung. Get those policemen to move those loafers back.

(U493.4807)

 

ケラハーのとりなしで2人は夜警から見のがしてもらう。

 

そして今回のブログの場面となる。ハックニーカーはビーヴァー通りの足場の所に駐車されていた。ケラハーはどういうわけか不明だが2人の巡回セールスマンと知り合い、ジャメットでシャンパンをおごってもらった(あるいはそれを見た)。馭者のべーハンのハックニーカーに同乗して2人を夜の町の娼館に連れてきた。彼はコーエンの店を紹介してやったように思える。

 

B. このあとのケラハーの台詞によると、彼が2人の男をコーエンの娼館で降ろして引き上げようとしたところ、馭者のべーハンが騒ぎを見つけたことから、ビーヴァー通りで車を止め、下車して見に来た、ということが分る。そして彼は2人を送ってやろうかという。

 

 CORNY KELLEHER :Sure it was Behan our jarvey there that told me after we left the two commercials in Mrs Cohen's and I told him to pull up and got off to see. (he laughs) Sober hearsedrivers a speciality. Will I give him a lift home? Where does he hang out? Somewhere in Cabra, what?

(U495.4880)

 

D. ティーヴンの家がサンディコーヴのほうと聞くと、遠方なので断る。明日も葬儀あるからと馬車を出して行ってしまう。2人はビーヴァ―通りに置き去りとなる。

 

 CORNY KELLEHER: Ah, well, he’ll get over it. No bones broken. Well, I’ll shove along. (He laughs.) I’ve a rendezvous in the morning. Burying the dead. Safe home!

(U495.4895)

 

そして第16章につながり、ブルームはここからスティーヴンを連れてベレスフォードプレイスの税関(Custom House)のそばの馭者溜まりへ行くわけだ。

 

 

ジャメット・ホテル・レストラン(1900~1920年の写真)

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Jammet_Hotel_and_Restaurant.jpg

 

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