―入口の連中の気質は
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—The temperaments at the door, Stephen interposed with, were very passionate about ten shillings. Roberto ruba roba sua.
—Quite so, Mr Bloom dittoed.
—Then, Stephen said staring and rambling on to himself or some unknown listener somewhere, we have the impetuosity of Dante and the isosceles triangle miss Portinari he fell in love with and Leonardo and san Tommaso Mastino.
―入口の連中の気質は、スティーヴンが口をはさんだ、10シリングのことで激しく昂っていたね。ロベールト、ルーバ、ローバ、スーア。
―正に、ブルーム氏が相槌を打った。
-それから、スティーヴンが、うわの空で独り言が誰かその場にいない聞き手に対するように取り留めなく話した、激烈なダンテがいる。彼が恋したミス・ポルティナリの二等辺三角関係。そしてレオナルドに聖トンマーゾ・マスティーフ。
第16章。真夜中。馭者溜まりでのブルーム氏とスティーヴンの会話。ブルーム氏が妻はジブラルタルの生まれなのでスペイン人の気質を持つと言った場面に続き、スティーヴンが発言する。
彼は馭者溜まりの入口でイタリア人たちがお金のことでもめていたことを言っている。
“Roberto ruba roba sua” はイタリア語で、直訳すると、「ロベルトは彼の物を盗んでいる」(Roberto steals his own belongings.)と変な意味になってしまう。正しくは“Roberto mi ruba la roba.”「ロベルトが私の物を盗んでいる」だろうか。
トリエステに住んでいたジョイスはイタリア語が分かるわけだから、ここはスティーヴンが①イタリア語に疎くてをまちがえたか、②わざとまちがえたか、だ。なにしろこの章は「誤り」が特徴だから。
ブルーム氏は “ditto” したと描写されていて、これは「同意する」の意味。“ditto”の語源は、イタリア語の「detto」で、これは「言われたこと」という意味とのこと。この章の誰かわからない語り手がイタリアつながりで機知を示している。
スティーヴンの次の台詞の意味が分かりにくい。おそらく情熱的なイタリア人を列記しているのだと思う。しかし、これら偉人たちがとりわけ情熱家なのか疑問だ。先に書いた通りこの章に正しさを求めてはいけないのだろう。
ダンテは、もちろんフィレンツェ出身の詩人、政治家、で『神曲』の作者、ダンテ・アリギエーリ(Dante Alighieri、1265 - 1321)
ポルティナリは、フィレンツェの名門フォルコ・ディ・リコーベロ・ディ・ポルティナリの娘ベアトリーチェ・ポルティナリ(Beatrice "Bice" di Folco Portinari、1265 – 1290)のことだろう。
ダンテとベアトリーチェはそれぞれ9歳のときに初めて出会い、さらに9年後にまた巡り会ってダンテは詩的霊感を受けるが、彼女は銀行家シモーネ・ディ・バルディと結婚して若くして亡くなってしまう。彼女は『神曲』の『煉獄』の結末から『天国』でダンテの案内人となるベアトリーチェと同一視されている。
二等辺三角関係というのが何なのかがまたよくわからない。ダンテとポルティナリ夫妻の関係が三角関係ということではないかと思う。

『天国のダンテとベアトリス』、ポール・サイモン・クリスチャンセン(1895年)
レオナルドは、フィレンツェ出身のルネッサンスを代表する芸術家、レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci、1452 - 1519)。
トンマーゾ・マスティノ ”Tommaso Mastino" これは『神学大全』で知られる中世イタリアの神学者、哲学者、トマス・アクィナス(Thomas Aquinas、1225 - 1274)のこと。
“mastino”はイタリア語でマスティフ犬 (mastiff) のこと。一方、トマスの属するドミニコ会は異端審問の審問官に任命されることが多かったため、「ドミニコ会士 (Dominicanis)」をもじって「主の犬 (Domini canis)」とも呼ばれた。これにひっかけて、スティーヴンはトマスのことをトンマーゾ・マスティーノと呼んでいるのだ。彼は、第9章でも、トマスのことを “The bulldog of Aquin”「アクイーノのブルドッグ」と呼んでいる。

『シチリア王フランチェスコ1世のマスティフ犬』、ヨハン・ハインリヒ・ヴィルヘルム・ティシュバイン
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