一行は聖マルコの陰気な説教壇を通り過ぎ
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They went past the bleak pulpit of saint Mark’s, under the railway bridge, past the Queen’s theatre: in silence. Hoardings: Eugene Stratton, Mrs Bandmann Palmer. Could I go to see Leah tonight, I wonder. I said I. Or the Lily of Killarney? Elster Grimes Opera Company. Big powerful change. Wet bright bills for next week. Fun on the Bristol. Martin Cunningham could work a pass for the Gaiety. Have to stand a drink or two. As broad as it’s long.
一行は聖マルコの陰気な説教壇を通り過ぎ、鉄道橋をくぐって、クイーンズ劇場の前を通った。誰もしゃべらない。広告看板。ユージン・スラットン、ミセス・バンドマン・パーマー。今夜『リア』を見に行けるかどうか。今朝言ったんだ。それとも『キラーニーの百合』にするか。エススター・グライムズ・オペラ・カンパニー。劇的演目続々上演。刷りたての鮮やかなポスターに来週の演目。『ブリストル号でのお楽しみ』。マーティン・カニンガムならゲイエティのチケットを都合してくれる。一、二杯おごらなきゃ。結局大同小異か。
第6章。午前11時ごろ。ブルーム氏は友人のディグナム氏の葬儀に参列するため、ダブリンの南東に位置するディグナム家から、馬車で市の北西のはずれ、グラスネヴィン墓地まで街を縦断している。いまグレイト・ブランズウィック通り(現ピアーズ通り)を走行中。そのブルーム氏の思考。
⇒ 馬車の行路
〇 セント・マーク教会
〇 クイーンズ劇場

Dublin OS 1912 map
「聖マルコの陰気な説教壇」とは、セント・マーク教会 (St. Mark's Church) のこと。説教壇(pulpit)は教会の中にあって見えないので比喩で言っているのだと思う。見た通り地味な教会だ。

セント・マーク教会
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:St._Mark%27s,_Pearse_Street.JPG
クイーンズ劇場 (Queen's Theatre) は小説の現在(1904年)ダブリンにあった主な3つの劇場の一つ。あとの二つはシアター・ロイヤル(Theatre Royal)とゲイエティ劇場 (GaietyTheatre)。
下リンク先の情報をもとにクイーンズ劇場の歴史をまとめてみる。
- クイーンズ劇場の建物は元々1829年にアデルフィ・シアターとして建設された。
- 建物は1844年に取り壊され、再建され、同年、クイーンズ・ロイヤル・シアターとして再オープンした。
- (この小説の現在はこの時期にあたる)
- 後に劇場はダブリン・キネ・シアターズ社によってシネ・バラエティ劇場(映画の上映の合間に様々なバラエティショーを楽しめる形式の劇場)として運営された。
- 1948年に劇場はオデオン社に買収された。
- 1951年のアビー劇場の火災後、アビー劇場がこの建物を引き継ぎ、1966年7月まで使用した。
- 劇場は1969年に閉鎖され、1975年に取り壊された。跡地はピアース・ハウスと呼ばれる建物が建設された。
- 現在はトリニティ・カレッジの教育研究施設、アラス・アン・フィアーサイグ (Áras An Phiarsaigh)として使用されている。
”hoardings”というのは劇場の広告看板。下のイラストはクイーンズ劇場の正面だが、入口の脇に見られるものを指すと思われる。

The Queen's Theatre | Dublin City Council
これに続く一節はブルーム氏が広告を読んでいるように読める。
ブログの第54回で検討したところでは、ブルーム氏は左側通行の馬車の後部左の席に座っているので道路の左側にあるクイーンズ劇場がよく見える。しかし走行中の馬車からこれだけの広告の文字が読めるだろか。しかもクイーンズ劇場以外の演目が含まれているのも奇妙だ。
ここはブルーム氏が別のところで見た情報を回想している、ということだと思う。
ブルーム氏は、第5章で、プログの第86回で示した順路で、ウェストランド・ロウからブランズウィック通りへ曲がるあたりで様々な広告看板を見ている(上の地図で▼印を付けた所)。このとき見た情報を回想しているのだと思う。
Mr Bloom stood at the corner, his eyes wandering over the multicoloured hoardings. Cantrell and Cochrane's Ginger Ale (Aromatic). Clery's Summer Sale. No, he's going on straight. Hello. Leah tonight. Mrs Bandmann Palmer. Like to see her again in that. Hamlet she played last night. Male impersonator. Perhaps he was a woman. Why Ophelia committed suicide.
(U62.195)
あとは、固有名詞の連続になるが、がんばっで調べてみよう。
ユージン・ストラットン
Eugene Stratton
ユージン・ストラットン(Eugene Stratton)、本名ユージン・オーガスタス・リュールマン(Eugene Augustus Rühlmann ,1861 - 1918)は、アメリカ生まれのダンサー兼歌手。1880年にアメリカのミンストレル一座と共に英国に渡ったのち、英国に留まりミュージックホールで活躍した。ミンストレルは1840年代からアメリカで発展した娯楽の一形態で、白人の演者が黒人を風刺的に演じた。

ユージン・ストラットンのシガレット・カード
"Eugene Stratton" by hat-archive is licensed under CC BY-NC-ND 2.0.
『リア』
Leah
ドイツ人劇作家、サロモン・ヘルマン・フォン・モーゼンタール (Salomon Hermann Mosenthal、1821-177) の劇作品『デボラ』Deborahをアメリカ人劇作家、オーガスティン・デイリー (Augustin Daly) が翻案した英語版。『見捨てられたリア』Leah, the Forsaken のこと。ブログの第5回で触れた。
バンドマン・パーマー
Bandmann Palmer
ミリセント・バンドマン=パーマー(Millicent Bandmann-Palmer、 1845–1926)はイギリスの女優で、シェイクスピア作品の主役を演じたことで知られる。
バンドマン・パーマーは今日(1904年6月16日)『リア』に主演した。第17章の記述によると(U600.2079)『リア』の公園はゲイエティ劇場でおこなわれた。前日には同劇場でシェイクスピアの『ハムレット』で主役を演じている。男装で演じたということだ。
ゲイエティ劇場の実際のポスターは以下で見られます。

ハムレットに扮したバンドマン・パーマー
File:Millicent Bandman-Palmer (2).jpg - Wikimedia Commons
『キラーニーの百合』
The Lily of Killarney
『キラーニーの百合』The Lily of Killarney(1862年)は、ドイツ出身の英国の作曲家、ジュリアス・ベネディクト(Julius Benedict, 1804 - 1885)作曲のオペラ。ディオン・ブーシコーによる戯曲『コリーン・ボーン』The Colleen Bawnに基づいている。
エルスター・グライム・オペラ・カンパニー
この団体は調べても詳しくわからない。正しくはGrimesでなくてGrime。1つだけ記事がみつかった。この日、ここクイーン劇場で上演されたのは、この劇団による『キラーニーの百合』だった。
『ブリストル号でのお楽しみ』
Fun on the Bristol.
『ブリストル号でのお楽しみ』(1879)は、英国の俳優、劇作家、ジョージ・カーティス・フォーセット・ロウ(George Curtis Fawcett Rowe、 1832 - 1889)作の「バラエティショー」。
『ブリストル号でのお楽しみ』と先述のユージン・ストラットンの出し物は、この日のシアター・ロイヤルの演目だった。
ブルーム氏は、今日の午後に、妻のモリーの愛人のボイランがブルーム家に来ることを知っている。彼は家を空ける口実として、今朝、モリーに今日は『リア』を見にいくと言った。と、いうことがここで分かる。結局彼は『リア』を見に行かなかったが、帰宅後、モリーに『リア』に見に行っていたと嘘をつくことになる。(U605 .2256)
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