レネハンの唇がカウンター越しに
第240投。217ページ、330行目。
Lenehan’s lips over the counter lisped a low whistle of decoy.
—But look this way, he said, rose of Castile.
Jingle jaunted by the curb and stopped.
She rose and closed her reading, rose of Castile: fretted, forlorn, dreamily rose.
—Did she fall or was she pushed? he asked her.
She answered, slighting:
—Ask no questions and you’ll hear no lies.
レネハンの唇がカウンター越しに獲物を誘う調子外れで低調の口笛を吹き。
―とにかくこっち見てよ、カスティーリアの薔薇よ、と言った。
シングルと軽輪が縁石で停車した。
小腹立ち読み物を閉じたカスティーリアの薔薇の女、心さざ波、しみじみと、夢見心地で立ちあがった。
―その女は落ちたのかい落とされたのかい、と男は問うた。
女は軽くあしらう。
―聞かぬが花のカスティーリアよ。
第11章。午後4時ごろ。オーモンドホテルのバー。バーのカウンターには女給が2人。バーの客として競馬記者のレネハンがいる。レネハンはボイランと待ち合わせをしている。レネハンが女給のミス・ケネディにちょっかいを出している。
ミス・ケネディは、黒服で、金色の髪を編んだうえ巻き上げ櫛で留めている。彼女は本を読んでいる。
"whistle of decoy"とは何だろう。wikipediaの記事によると、鴨猟には、飼いならした鴨を囮に使って野生の鴨を罠に誘い込む方法があり、鴨猟者が飼いならした鴨を誘導するのに口笛を吹いたという。その口笛のイメージではないかと思う。
第11章は音楽的言語で書かれていて、whistle はもちろん音楽に縁がある。
また、Lenehan - lips - lisped – low が頭韻になっている。
The Rose of Castille『カスティーリャの薔薇』(1857年)は、アイルランド出身の作曲家マイケル・ウィリアム・バルフ(Michael William Balfe, 1808 - 1870)作曲によるオペラ。小説の現在(1904年)は著名な作品だったは現在はほとんど上演されない。
レネハンは第7章で、この作品のタイトルを謎々にしていたので、今日彼の頭にはこれが残っていたのだ。
ケネディーが薔薇の花をつけいるのかと思いきや、薔薇の花をつけているのはもう一人の女給ミス・ドゥースだ。
"rose" に「立った」と「薔薇」の二義をかけている。
”Jingle jaunted” というのはレネハン待っていたボイランが"jaunting car"と呼ばれる2輪馬車でやってきたことを副旋律的に描写している。"jingle" については、第52回 "jaunting car" については、第91回 に触れた。
“fret”は「いらだつ、悩む、やきもきする」の意味だが、ギターの「フレット」(指板上の音程を決める突起した線)も掛けている。
“Ask no questions, and you’ll be told no lies.” は直訳すると「質問しなければ、嘘をつかれることもない」だが、要するに「知らない方が良いこともある」という意味になる。
検索してみると、出典は、18世紀のアイルランドの作家オリバー・ゴールドスミス(Oliver Goldsmith)による戯曲『負けるが勝ち』She Stoops to Conquer(1773)だという記事と、英国の文豪チャールズ・ディケンズ(Charles Dickens)の長編小説、『大いなる遺産』Great Expectations(1860 – 1861)だというのが出てくる。前者が古いので説として有力そうだ。よく知られたフレーズとしていろいろな文学作品で使われているということではないかと思う。
日本語で「言わぬが花の吉野山」という言い回しがあるので、もじって「聞かぬが花のカスティーリア」と訳した。
読書好きのケネディだから、しゃれた台詞で返しているわけだ。今になって気が付いた。

トレド動物園の薔薇
"Toledo Zoo 06-27-2011 - Rose 12" by David441491 is licensed under CC BY-NC-ND 2.0.
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