Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

50 (U190.446)

―しまった。と、大声で言った。

第50投。190ページ、446行目。

 

 

 —God! he cried. I forgot to tell him that one about the earl of Kildare after he set fire to Cashel cathedral. You know that one? I’m bloody sorry I did it, says he, but I declare to God I thought the archbishop was inside. He mightn’t like it, though. What? God, I’ll tell him anyhow. That was the great earl, the Fitzgerald Mor. Hot members they were all of them, the Geraldines.

 

 ―しまった。と、大声で言った。あいつにキルデア伯がキャシェルの大聖堂に火をかけた後日談をしてやるのを忘れた。知ってるかいこの話。「まじ、バカなことをしたぜ」、伯爵はいったんだ。「神にかけて、おれは大司教が中にいると思ったんだ。」でもあいつの好みの話じゃないかも。えっ。きっと、いつか話してやろう。これぞ大伯爵、偉大なフィツジェラルドだ。荒っぽい輩さ、ジェラルド一家はみんな。

 

 第10章は、19の断章で、ダブリンのさまざまな場面が描かれる。ここはその第8番目の断章。

 

穀物商のネッド・ランバートが、聖職者のヒュー・ラヴ師に穀物倉庫を案内したところ。ラヴ師の退出後、同席のJ.J.オモロイに話すランバートの台詞。

 

ラヴ師は、歴史を研究していて、フィツジェラルド家の本を書こうとしておりここに見学に来た。聖マリア修道院の集会場の遺構が倉庫に利用されていたのだが、ここは、1534年、第10代キルデア伯爵トマス・フィツジェラルド(Thomas FitzGerald, 10th Earl of Kildare 1513 – 1537) が英国王に反乱の旗揚げをした場所だった。

 

聖マリア修道院の集会場は12世紀の建築で、ダブリンに残る最も古い建造物の一つだがこの小説の時代(1904年)には穀物倉庫に利用されていた。ロケーションは、このブログの24回でふれた、ダブリン市野菜青果市場(1892年開業)のすぐ東側にあたるので、穀物倉庫に利用されたいたことに納得がいく。

 

中世後期のアイルランドを支配していたのは、英国から渡ってきたアングロ・アイリッシュと呼ばれる貴族たちだった。つまり、土着のケルトの王様でもなく、英国の王様でもなかった。

 

その中でも最も有力だった人物が、第8代キルデア伯爵ジェラルド・フィッツジェラルド(Gerald FitzGerald, 8th Earl of Kildare 1456 – 1513) だった。先のトマスの祖父にあたる。彼は、「偉大なギャレット」"Garret the Great" (Gearóid Mór) とか「大伯爵」 "The Great Earl" と呼ばれた。Morとはアイルランド語でgreatの意。

 

キルデア伯は謀叛の廉で、英国王ヘンリー7世に召喚され、ロンドンで審問を受けた。その時、彼が1491年にキャシェルの大聖堂を焼いたことを咎められた。彼はこう答えたという。「大司教が中にいないと知っていたら焼かなかったのに。」(キャシェルの大司教は英国王派だったのだろう。検索してもそこまではわからなかった。)

 

ランバートは、このキルデア伯のセリフを語っている。

 

”bloody” は20世紀の初頭(つまり小説の現在)英国の労働者が使った罵倒語・強調語で、中世の伯爵がいう言葉ではないところが面白い。

 

ランバートは涜神的なエピソードに God という言葉を何度も使っている。

 

アメリカの小説家、F・スコット・フィッツジェラルド(Francis Scott Fitzgerald, 1896 - 1940)はアイルランド系だというので、遠かれ近かれ、大伯爵の子孫に違いない。彼の代表作のタイトル「グレート・ギャッツビー」(1925年)というのは「偉大なギャレット」"Garret the Great" が発想の元になっているのではないでしょうか。

 

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キャシェル大聖堂(Cashel cathedral)

"Rock of Cashel" by Bernie Goldbach is licensed under CC BY-SA 2.0

 

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