Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

157(U62.168) ー マッコイのおしゃべり頭

―なんで、彼がどうしたって、

第157投。62ページ、168行目。

 

 —Why? I said. What’s wrong with him? I said.

 

 Proud: rich: silk stockings.

 

 —Yes, Mr Bloom said.

 

 He moved a little to the side of M’Coy’s talking head. Getting up in a minute.

 

 —What’s wrong with him? He said. He’s dead, he said. And, faith, he filled up. Is it Paddy Dignam? I said. I couldn’t believe it when I heard it. I was with him no later than Friday last or Thursday was it in the Arch. Yes, he said. He’s gone. He died on Monday, poor fellow.

 

 

 ―なんで、彼がどうしたって、おれが言ったんだ。

 

 高慢。金持ち。絹のストッキング。

 

 ―それで、ブルーム氏が言った。

 

 彼はマッコイのおしゃべり頭をかわして少し脇へ動いた。もうすぐ乗るぞ。

 

 ―彼がどうしたって、だと、死んだんだよって、あいつが言ったんだ。まじで、あいつ泣きそうだったよ。本当にパディ・ディグナムかい、とおれ。信じられなかったんだ。ついこの前の金曜だか木曜にアーチで一緒に飲んだんで。そう、死んじゃったんだ、とあいつが言う。月曜のことさ、かわいそうに、って。

 

 

第5章。街角でブルーム氏はマッコイ氏と出会う。ここは2人の会話。英語そのものは難しくないが、ここだけ切り取ると何のことだか分からない。文脈を見れば意味が分かってくる。

 

マッコイ氏は、いまは検視官の下働きをしている男で、ここに来る前まで、コンウェイ(Conway)の酒場にいてボブ・ドーランと会話した。(今まだ午前中なのだが。ドーランが飲んでいる理由は第45回でふれた。)

 

ドーランから、「ディグナムは気の毒なことだったね」といわれたことをここでブルーム氏に話している。

 

一方、ブルーム氏は、向いのグローヴナーホテル(The Grosvenor Hotel)の前で上流階級の婦人が二輪馬車(アウトサイダー第91回でふれたジョーンティングカーと同じもの)に乗ろうとしているのを眺めつつ、面倒くさいと思いながらマッコイの受け答えをしている。

 

そういうわけで、ここには5つの層が組み合わさっている。この小説の見事なところで、読みどころだと思う、

 

①マッコイが再現するドーランとマッコイの会話(この小説では引用は斜体で示される)

②マッコイの現在の台詞(この小説では、台詞はダッシュ(“―”)で示される)

③ブルーム氏の心中の声(2行目と4行目後半)

④ブルーム氏の現在の台詞(3行目)

⑤ブルーム氏についての描写(4行目前半)

 

 

言葉を補うとこういうことになるだろうか。

 

「『なんで、彼がどうしたって』、おれがドーランに聞いたんだ。」マッコイが言った。

 

「高慢そうな女だな。金持ち。絹のストッキングをはいているぞ。」とブルーム氏は思った。

 

「それで」。ブルーム氏がうわの空でマッコイに言った。

 

ブルーム氏は女をよく見るため、マッコイのおしゃべり頭をかわして少し脇へ動いた。彼は思った。あの女、もうすぐ馬車に乗るぞ。」

 

マッコイが言った。「『彼がどうしたってだと、死んだんだよ』ってドーランが言ったんだ。まじで、あいつ泣きそうだったよ。『本当にパディ・ディグナムかい』、とおれは言った。信じられなかったんだ。ついこの間の金曜だか木曜にアーチでディグナムと一緒に飲んだからさ。『そう、死んじゃったんだ。月曜のことさ、かわいそうに。』とあいつは言った。」

 

このへんを略して書くのがこの小説の文体の基本形になっている。

 

 

 ブルーム氏とマッコイ氏が会話している場所

⬟ ブルーム氏が眺めているグローヴナーホテル

◆ マッコイ氏がここ★に来る前にいた酒場コンウェイ

▲ マッコイが先週ディグナムといたという酒場アーチ

 

 

グローヴナーホテルの絵葉書

(この小ぶりな高級ホテルは2005年に取り壊された。跡地にはCRANN〈応用ナノ構造ナノデバイス研究センター〉がある。)

 

コンウェイの酒場。

(伝統あるパブだったが2008年に閉店し現在は現在はKennedy’sになっている。)

"Patrick Conway" by the justified sinner is licensed under CC BY-NC-SA 2.0.

 

  

在りし日の酒場アーチが写っている写真(右側、1907年頃)

Tower Bar, Henry Street (ucd.ie)

 

アーチの場所は今、貸店舗になっているよう。

 

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