Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

112 (U386.1246)

コフィ―神父:(あくびをして、しわがれ声で詠唱する。)ナミネ。ヤコブス。ウォビスクイツ。アーメン。

第112投。386ページ、1246行目。

 

 FATHER COFFEY: (Yawns, then chants with a hoarse croak.) Namine. Jacobs. Vobiscuits. Amen.

 

 JOHN O’CONNELL: (Foghorns stormily through his megaphone.) Dignam, Patrick T, deceased.

 

 PADDY DIGNAM: (With pricked up ears, winces.) Overtones. (He wriggles forward and places an ear to the ground.) My master’s voice!

 

 JOHN O’CONNELL: Burial docket letter number U. P. eightyfive thousand. Field seventeen. House of Keys. Plot, one hundred and one.

 

 コフィ―神父:(あくびをして、しわがれ声で詠唱する。)ナミネ。ヤコブス。ウォビスクイツ。アーメン。

 

 ジョン・オコンネル:(メガホンを使い嵐のような胴間声で。)ディグナム、パトリック、ティー、故人。

 

 パディ・ディグナム:(耳をぴんとたて、たじろぐ。)倍音が残る。(前方へ、体をひねって耳を地面につける。)ご主人様の声だ。

 

 ジョン・オコンネル:埋葬記録番号、U.P.85000。17区。鍵の家。101番。

 

第15章。さまざまな罪でブルーム氏が告発されている幻想場面。黒服を着ていることを怪しまれ、彼は友人のディグイナムの葬式にでていたのだと抗弁する。すると犬の姿をしたディグナムが現れる。

 

第15章の幻想は、この小説の他の場面の素材でパッチワークのように構成されている。

 

コフィー神父は、第6章でディグナムの埋葬でお祈りをした神父。

 

ブルーム氏はその際、神父の唱える “In nomine Domini”(イン・ノミネ・ドミニ/主の御名において)を聞き間違えて、“Dominenamine”(ドミネナミネ)と復唱している。

 

They halted by the bier and the priest began to read out of his book with a fluent croak.

Father Coffey. I knew his name was like a coffin. Dominenamine. 

(U85.595)

 

”Jacobs. Vobiscuits.” は “Jacobs biscuits”(ジェイコブス・ビスケット)をユダヤ人の祖 ”Jacob”(ヤコブ)とラテン語のお祈りの文句  “vobiscum”(あなたたちと共に)をふまえて変形してたもの。

 

第12章のおしまいで、ブルーム氏と口論の末、ナショナリストの「市民」がブルームに投げるのがジェイコブズのビスケットの缶。

 

ジェイコブス・ビスケットは、ウィリアム・ビール・ジェイコブ(William Beale Jacob)と兄ロバート(Robert)によって1851年に設立されたW. & R.ジェイコブ製のビスケット。菓子メーカーValeo Foodsで現在も製造販売されている。

 

                                 

 

ジョン・オコンネルは前々回のブログに出てきた、墓地の管理人。

 

"Foghorn" は、霧などで視界が悪いときに船舶に対し方向を知らせる霧笛。なぜオコンネルがメガホンで発声するのかわからない。オコンネルは冥界の主と化して逃げ出したディグナムを呼んでいる。

 

オコンネルの声を聴いて、ディグナムが” Overtones"「倍音」 という。

 

ある音を鳴らした時、その整数倍の振動数である音が自然に発生する。この最初の音を「基音」と言い、その後に響く音を「倍音」と言う。

 

これは、第4章の末尾でブルーム氏が聴く、ジョージ教会の鐘の「倍音」に通じている。彼はこの鐘を聴いてディグナムのことを想起する。

 

 A creak and a dark whirr in the air high up. The bells of George’s church. They tolled the hour: loud dark iron.

 

 Heigho! Heigho!

 Heigho! Heigho!

 Heigho! Heigho!

 

 Quarter to. There again: the overtone following through the air. A third.

 Poor Dignam!

(U57.549)

 

死んだディグナムにとって墓地の管理人で冥界の主、オコンネルはご主人なので ”My master’s voice!"「ご主人様の声だ」という。”His Master's Voice” とはレコード会社のトレードマーク。

 

メガホンの声に耳を立てる、犬の姿をしたディグナムを、亡き飼い主の声に聴き入るフォックステリア犬ニッパー君に重ねている。

 

ディグナムの埋葬記録番号に含まれている、”U.P” というのは、ブルーム氏の元カノのブリーン夫人の夫、デニス・ブリーンが今朝うけとった匿名の葉書に書いてあった、彼をからかう言葉。

 

この ”U.P” が何を意味するのかについてはこの小説の主要な謎のひとつで諸説ある。

 

すなおに考えれば、“Up yours!”(“shove it up your ass”、直訳で「おまえの尻の穴に突っ込め」の短縮形)つまり「ばかったれ! くそくらえ!」ではないか。しかしピリオドがついていることから、”U.P” は “you pee”  つまり「しょんべんたれ」が正しそうだ。これは柳瀬氏の説。(P.82『ジェイムズ・ジョイスの謎を解く』 岩波新書、1996年)

 

"House of Keys" は、ブリテン島とアイルランドの間のアイリッシュ海にある自治の王室属領マン島の議会のことであり、第7章で、ブルーム氏がアレクサンダー・キーズ酒店のために考案する鍵の図案であり(U99.141)、管理人のオコンネルの持っている墓地の鍵に通じる。

 

ディグナムの埋葬記録番号の数字の意味はわからない。

 

             

File:Grammofono nipperstory his master's voice, USA 1907 ca. collezione Ciagli Ivo, firenze.JPG - Wikimedia Commons

 

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