Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

80 (U483.4498)

(パリのケヴィン・イーガン、黒いスペイン風の房付きシャツに

第80投。483ページ、4498行目。

 

 

 (Kevin Egan of Paris in black Spanish tasselled shirt and peep-o’-day boy’s hat signs to Stephen.)

 

 KEVIN EGAN: H’lo! Bonjour! The vieille ogresse with the dents jaunes.

 

 (Patrice Egan peeps from behind, his rabbitface nibbling a quince leaf.)

 

 PATRICE: Socialiste!

 

 DON EMILE PATRIZIO FRANZ RUPERT POPE HENNESSY: (In medieval hauberk, two wild geese volant on his helm, with noble indignation points a mailed hand against the privates.) Werf those eykes to footboden, big grand porcos of johnyellows todos covered of gravy!

 

 

 (パリのケヴィン・イーガン、黒いスペイン風の房付きシャツに曙隊の帽子を着用、スティーヴンに合図して。)

 

 ケヴィン・イーガン:やあ。ボンジュール。キイロイ歯のロウバの輩よ。

 

 (パトリス・イーガンが後ろから顔を出す。兎さん顔でマルメロの葉をかじっている。)

 

 パトリス:シャカイシュギシャだぞ。

 

 ドン・エミール・パトリツィオ・フランツ・ルパート・ポープ・ヘネシー:(中世の鎧を身に着け、兜の上に2羽のワイルドギースの飾り、高貴な憤りをもって鎖帷子の手を配下に指し示して)そのものらアイクを床に投じ、キイロいジョンの大きなグランドポルコをすべてグレービーにまみれさせよ。

 

 

第15章。ベラ・コーエンの娼館を出たスティーヴンが英国の兵士2人にからまれている。ブログの第39回のすぐ後のところ。このブログは乱数に基づいてランダムに『ユリシーズ』を読んでいるが、なぜかここのあたりがよく当たる。

 

第15章は幻想で構成されているのでその場にいない人物が現れる。短い場面だが、意味を取るのには骨が折れる。

 

ケヴィン・イーガンは、スティーヴンがバリの留学時代に知り合った人物で第3章の回想したシーンから召喚されている。

 

His fustian shirt, sanguineflowered, trembles its Spanish tassels at his secrets. M. Drumont, famous journalist, Drumont, know what he called queen Victoria? Old hag with the yellow teeth. Vieille ogresse with the dents jaunes.

(U36.232)

 

The blue fuse burns deadly between hands and burns clear. Loose tobaccoshreds catch fire: a flame and acrid smoke light our corner. Raw facebones under his peep of day boy’s hat.

(U36.241)

 

ケヴィン・イーガンは、アイルランドの独立と共和国樹立に傾注した団体、フェニアンのメンバーであった、ジョゼフ・ケイシー(Casey, Joseph Theobald, 1846-c.1907)をモデルとしている。ケイシーは、ロンドンで警官への暴行で収監された後、フランスに渡り、独仏戦争では仏軍に従軍している。彼の弟がジョイスの父と知り合いだった縁で、1903年パリに留学したジョイスの世話をしている。

 

スペイン風の房付きシャツとというのは、西部劇でカウボーイが着ているスダレのような房の付いたシャツではないか。カウボーイのルーツはメキシコを拠点としていたスペイン人で、衣服のルーツもスペインにあるというから。

 

Peep o' Day Boysとは18世紀末のアイルランドにおけるプロテスタントの農民の結社。カトリックに対抗して結成された。夜明け(at peep of day)にカトリック教徒の家を襲撃たことからこの名がついた。peep-o’-day boy’s hatとはどんな帽子かわからない。イーガンはカトリックだと思うのでこの帽子をかぶっているのは妙である。

 

彼のセリフは、フランスの反ユダヤ主義のジャーナリスト、エドゥアール・ドリュモン (Edouard Drumont)が英国のヴィクトリア女王のことを「黄色い歯の婆さん」と言ったことからきている。仏語でvieille ogresse が老婆、 dents jaunesが黄色い歯。彼はスティーヴンに話しているのではなく、スティーヴンにからんできた英国兵を挑発している。

 

パトリス・イーガンはケヴィンの息子だが、彼のモデルはジョゼフ・ケイシーの息子のパトリス・ケイシーという。パトリスは、無神論者、社会主義者フランス軍の兵士だった。それで彼は Socialiste! と叫んでいる。

 

パトリスが兎顔なのも第3章にでてきた。

Patrice, home on furlough, lapped warm milk with me in the bar MacMahon. Son of the wild goose, Kevin Egan of Paris. My father’s a bird, he lapped the sweet lait chaud with pink young tongue, plump bunny’s face.

(U34.165)

 

彼がマルメロの葉を噛んでいる理由が分からない。マルメロの葉はハーブティーになるので健康にいいのだろう。

 

         

Quince (Cydonia communis) illustration from Traité des Arbres e

by Free Public Domain Illustrations by rawpixel

 

ドン・エミール・パトリツィオ・フランツ・ルパート・ポープ・ヘネシーという長い名前の人物は、「ワイルギース」を人格化したものと思われる。

 

1690年プロテスタントのオレンジ公ウィリアム3世の軍が、フランスの支援を受けアイルランドに上陸したカトリックジェームズ2世の軍にボイン河の戦いで勝利したのち、アイルランド側で指揮してきたパトリック・サースフィールド(Patrick Sarsfield)は、兵士を連れてフランスに渡った。彼らは祖国アイルランドに帰ることを祈念して、ヨーロッパ各地で、傭兵・職人・商人などとして生き延びた。彼らを称して「ワイルドギース」という。さらに広い意味では16世紀から18世紀にかけて、ヨーロッパ大陸で活動したアイルランド人傭兵のことを言う。

 

ワイルドギースはヨーロッパ各地で活動したので、スペイン、イタリア、ドイツ・オーストリア、英国、フランス人の混在した名前となっている。彼の話す言葉も各国語が混ざっている。

 

werf はドイツ語で「投げる」。footboden の boden はドイツ語で「床」。porco はイタリア語で「豚」。todos スペイン語で「全部」の意味。johnyellows はアイルランドで、プロテスタントの英国人の蔑称。黄色がヴィクトリア女王とつながる。全体として意味がよくわからない。訳文は翻訳ソフトの訳のような、わからない感じにしてみた。

 

ここもプロテスタントの英国に対立するワイルドギースが英国兵に挑みかかっている幻想ということ。先のケヴィン・イーガンもワイルドギースの末裔なのだ。

 

        

         Portrait of a Gentleman, possibly Patrick Sarsfield (d.1693)

 

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Portrait_of_a_Gentleman,_possibly_Patrick_Sarsfield_.PNG

 

このブログの方法については☞こちら

79 (U280.1805)

メンデルスゾーンユダヤ人だ。カール・マルクス

第79投。280ページ、1805行目。

 

 

 —Mendelssohn was a jew and Karl Marx and Mercadante and Spinoza. And the Saviour was a jew and his father was a jew. Your God.

 

 —He had no father, says Martin. That’ll do now. Drive ahead.

 

 —Whose God? says the citizen.

 

 —Well, his uncle was a jew, says he. Your God was a jew. Christ was a jew like me.

 

 

 ―メンデルスゾーンユダヤ人だ。カール・マルクスもメルカダンテもスピノザも。で救世主もユダヤ人でその父親もユダヤ人だ。おまえの神様がさ。

 

 ―救世主に父はいないよ、とマーティン。もういいだろ。馬車を出して。

 

 ―誰の神様だと、市民が言う。

 

 ―そう彼のおじさんもユダヤ人だ、おまえの神様もユダヤ人。キリストは僕とおなじユダヤ人だったんだ。

 

第12章。バーニーキアナンの酒場。ユダヤ人である主人公のブルーム氏は、差別的なナショナリストの「市民」と口論になる。ブルーム氏と落ち合ったマーティン・カニンガムが馬車に彼を乗せて去ろうとする。ブルーム氏が「市民」に悪態をついたところ。

 

ブルーム氏があげつらう人名は、マルクスを除き、みんなこの小説の特権的な固有名詞だ。

 

まず、スピノザ。バールーフ・デ・スピノザ(Baruch De Spinoza、1632年 - 1677年)は、オランダの哲学者で、ポルトガルユダヤ人。デカルトライプニッツと並ぶ 17世紀を代表する形而上学者。

 

ブルーム氏は父の蔵書でスピノザを読んでいて、その内容を妻のモリーに聞かせている。

 

Clove her breath was always in theatre when she bent to ask a question. Told her what Spinoza says in that book of poor papa’s. Hypnotised, listening. Eyes like that. She bent. Chap in dresscircle staring down into her with his operaglass for all he was worth.

(U233.1058)

 

第17章。ブルーム氏はユダヤ人の著名な人物としてスピノザを挙げている。

 

 Were other anapocryphal illustrious sons of the law and children of a selected or rejected race mentioned?

 

 Felix Bartholdy Mendelssohn (composer), Baruch Spinoza (philosopher), Mendoza (pugilist), Ferdinand Lassalle (reformer, duellist).

(U563.722)

 

 

第17章でブルーム家の書棚の蔵書があきらかになるが、そこにスピノザの著作がある。

 

Thoughts from Spinoza (maroon leather).

(U582.1372)

 

 

第18章。寝床のモリーは、ブルーム氏が劇場でスピノザについて話をしたことを思い出している。

 

I was fit to be tied though I wouldnt give in with that gentleman of fashion staring down at me with his glasses and him the other side of me talking about Spinoza and his soul thats dead I suppose millions of years ago

(U632.1115)

 

次に、メンデルスゾーン。先に引用した一節にもでてくるように、おそらく作曲家のメンデルスゾーン・バルトルディ(Mendelssohn Bartholdy, 1809年 - 1847年)のこと。第32回のブログの箇所にでてきた。ブルーム氏の好みの作曲家。

 

第15章の幻想場面。ブルーム氏が演じる奇跡で様々な歴史上の人物に変身するが、そのなかにモーゼス・メンデルスゾーンがいる。モーゼス・メンデルスゾーン(Moses Mendelssohn、1729年 - 1786年)は、ドイツのユダヤ人哲学者で、フェリクス・メンデルスゾーンのおじいさんにあたる。

 

(…contracts his face so as to resemble many historical personages, Lord Beaconsfield, Lord Byron, Wat Tyler, Moses of Egypt, Moses Maimonides, Moses Mendelssohn, Henry Irving, Rip van Winkle, Kossuth, Jean Jacques Rousseau, Baron Leopold Rothschild, Robinson Crusoe, Sherlock Holmes, Pasteur, …)

(U404.1847)

 

モーゼス・メンデルスゾーンは、この小説では。ブログの第56回にでてきたモーゼス・マイモニデスと対になっている。メンデルスゾーンは、友人のレッシングがスピノザ主義者か否かをめぐって哲学者ヤコービらと、汎神論論争をしており、スピノザとも関係がある。

 

第17章で、ブルーム氏は偉大なユダヤ人として彼を挙げている。

 

 Accepting the analogy implied in his guest’s parable which examples of postexilic eminence did he adduce?

 

 Three seekers of the pure truth, Moses of Egypt, Moses Maimonides, author of More Nebukim (Guide of the Perplexed) and Moses Mendelssohn of such eminence that from Moses (of Egypt) to Moses (Mendelssohn) there arose none like Moses (Maimonides).

(U563.713)

 

そしてメルカダンテ。サヴェリオ・メルカダンテ(Saverio Mercadante, 1795年 - 1870年)は、イタリア人の作曲家。オペラ作曲家として大量の作品を発表した。ブルーム氏はメルカダンテの『十字架上のキリストの最後の七つの言葉』(Le sette ultime parole di nostro Signore sulla croce)を称賛している。ところが彼はユダヤ系ではない。

 

Some of that old sacred music splendid. Mercadante: seven last words. Mozart’s twelfth mass: Gloria in that.

(U67.403)

 

            

         サヴェリオ・メルカダンテ(Saverio Mercadante)

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Mercadante-young-b-w.jpg

 

第11章でもブルーム氏はメルカダンテを想起している。

 

Molly in quis est homo: Mercadante. My ear against the wall to hear. Want a woman who can deliver the goods.

(U232.975)

 

第16章でブルーム氏はスティーヴンと音楽について談義している。メルカダンテの『ユグノー教徒』、マイアベーアの『十字架上のキリストの最後の七つの言葉』を好むと言っているが、メルカダンテとマイアベーアを取り違えている。ジャコモ・マイアベーアGiacomo Meyerbeer, 1791年 - 1864年)はドイツ人の歌劇作曲家。そしてマイアベーアのほうがユダヤ系である。

 

Wagnerian music, though confessedly grand in its way, was a bit too heavy for Bloom and hard to follow at the first go-off but the music of Mercadante’s Huguenots, Meyerbeer’s Seven Last Words on the Cross and Mozart’s Twelfth Mass he simply revelled in, the Gloria in that being, to his mind, the acme of first class music as such, literally knocking everything else into a cocked hat.

(U540. 1737)

 

第11章の別の所でも、ブルーム氏はマイアベーアとメルカダンテを間違えている。とかく、物知りだけど、いいかげんなところのある人である。

 

Bloom viewed a gallant pictured hero in Lionel Marks’s window. Robert Emmet’s last words. Seven last words. Of Meyerbeer that is.

(U238.1275)

 

         

         ジャコモ・マイアベーアGiacomo Meyerbeer)  

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Giacomo_Meyerbeer_Kriehuber_(cropped).jpg

   

このブログの方法については☞こちら

    

78 (U296.530)

―何を考えているの。

 

第78投。296ページ、530行目。

 

 

   —A penny for your thoughts.

 —What? replied Gerty with a smile reinforced by the whitest of teeth. I was only wondering was it late.

 Because she wished to goodness they’d take the snottynosed twins and their babby home to the mischief out of that so that was why she just gave a gentle hint about its being late. And when Cissy came up Edy asked her the time and Miss Cissy, as glib as you like, said it was half past kissing time, time to kiss again. But Edy wanted to know because they were told to be in early.

 —Wait, said Cissy, I’ll run ask my uncle Peter over there what’s the time by his conundrum.

 

 

 ―何を考えているの。

 ―えっ、微笑むガーティーの真っ白な歯が輝く。もうかなり遅い時間かなって。

 なぜかというとあの二人が鼻ったれの双子と赤ちゃんを連れてとっとと家に帰ってほしいと思ったのでそれとなくもう遅い時間とほのめかしたのです。シシーが戻ってきたとき、イーディが今何時って聞いたら、ミス・シシーは減らず口で、そうね大体ねという。でもイーディーは早く帰るように言われたので何時か知りたかったのです。

 ―まって、とシシー、走ってってあそこのお金持ちのおじさんに發條式で何時か聞いてくる。

 

 

第13章。午後8時。サンディマウントの海岸。三人の少女が子供のおもりをしている。

 

イーディー・ボードマンは乳母車に赤ちゃんを乗せ,シシー・キャフリーは双子の弟トミーとジャッキーを連れてきている。イーディーが、ガーティーマクダウェルに話しかけたところ。

 

ここは何でもないシーンだが、意味を取るのが難しい。

 

“A penny for your thoughts.” とは「何を考えているのか教えてくれたら1ペニーあげる」ということから「何を考えているの?」という意味。

 

“wish to goodness …” は「ぜひ…であってほしい」の意。.

 

“to the mischief” がわからない。

 

ところで、今年はユリシーズ出版100年だからでしょう、オックスフォード大学出版局から新しい注釈本が出た。早速注文したのが届いた。

Annotations to James Joyce's Ulysses. Sam Slote, Marc A. Mamigonian and John Turner. Oxford University Press; 1st edition May 21, 2022.

                                                    

                                             

 

このSloteの注釈本をみてみると、mischief は devil の意とあった。「いたずら」ではないのだ。辞書をしらべると確かにこうある。

 

mischief:mis′chif (coll.) the devil, as in 'What the mischief,' &c

                   Chambers's Twentieth Century Dictionary

 

“go to the devil” は「くたばってしまえ, どこへでも行っちまえ」なので、“take … home to the mischief" は「…を家に連れて帰っちまえ」という意味になると思われる。

 

さらに ”out of that”  もSloteの注釈本によるとアイルランド英語で「直ちに」の意味とのこと。それで意味が通じる。

 

ちなみに、この本は1367ページ、5㎝の厚さの大著だが、Giffordの注釈と違って1段組で、字も大きいので、さほど詳細ではない。これまで謎だったところを引いてみたが明らかにはならなかった。『ユリシーズ』読解の楽しみが奪われることはなささそう。

 

さて、つづく “it was half past kissing time, time to kiss again” は、ネット検索するかぎり、どうも詩の一節のよう。子供向けの詩で有名なアメリカの作家ユージン・フィールド (Eugene Field Sr.   1850 – 1895) の詩、“Kissing Time” にこの句のリフレーンがある。

 

Sometimes, maybe, he wanders

⁠A heedless, aimless way—

Sometimes, maybe, he loiters

⁠In pretty, prattling play;

 But presently bethinks him

⁠And hastens to me then,

 For it's half-past kissing time

⁠And time to kiss again!

 

“uncle Peter” がよくわからない。 uncle は質屋という意味がある。金持ちのおじさんという意味になるのではないか。これは浜辺にいるブルーム氏のことである。

 

uncle:  A pawnbroker: so called in humorous allusion to the financial favors often expected and sometimes received from rich uncles.

                       Century Dictionary and Cyclopedia

 

“by his conundrum” の “conundrum” だが、このラテン語風のむずかしい単語は「なぞ、難題」という意味。ここの一節にあてはまらない。ブルーム氏の時計を指しているはずだが。思案したが、シシーは「時計の振り子」 “pendulum” のつもりで “conundrum” と言い違えたのではないか、とうのがとりあえずの解釈。

 

第13章は個性のある文体だが、その個性を味わう力がないのが残念。ほかの章は文体の面白さは、なんとなくわかるのだが。

 

            サンディマウントの海岸

"Looking South on Sandymount" by Michael Foley Photography is marked with CC BY-NC-ND 2.0.

 

このブログの方法については☞こちら

77 (U93.937)

27日には墓参りにいかなきゃ。

第77投。93ページ、937行目

 

Twentyseventh I’ll be at his grave. Ten shillings for the gardener. He keeps it free of weeds. Old man himself. Bent down double with his shears clipping. Near death’s door. Who passed away. Who departed this life. As if they did it of their own accord. Got the shove, all of them. Who kicked the bucket. More interesting if they told you what they were. So and So, wheelwright. I travelled for cork lino. I paid five shillings in the pound. Or a woman’s with her saucepan. I cooked good Irish stew.

 

27日には墓参りにいかなきゃ。庭師に10リング。雑草を始末するのが仕事。すでに老人。体を折り曲げてハサミで刈る。死に際の人たち。だれが逝った。かれが旅立ったって。まるで自発的みたいに。押しだされたんだ、みんな。踏み台をドンと蹴られ。墓で死人が何者かわかれば面白いのにな。なにがしは車大工だった。コルクリノリウムのセールスマンだった。1ポンド借りて5シリング返済した。女の墓ならシチュー鍋。アイリッシュシチューが得意だった。

 

 

第6章。ブルーム氏は友人のディグナム氏の葬儀で、グラスネヴィン墓地に来た。墓場で死について彼らしい思考をめぐらせる。

 

ブログの5回で触れたように、彼は父を自殺で亡くしている。1886年6月27日にクレア州エニス市で亡くなっているので、今月6月27日に彼は墓参りに行く予定なのだ。

 

 What suggested scene was then reconstructed by Bloom?

 

 The Queen’s Hotel, Ennis, county Clare, where Rudolph Bloom (Rudolf Virag) died on the evening of the 27 June 1886, at some hour unstated, … (U574.1070)

 

 

kick the bucket は 慣用句で「死ぬ、亡くなる」と言う意味だが、その由来はいくつかあるという。

 

  1. 首吊り自殺の際に、踏み台にした、ひっくり返して置いたバケツを蹴って死ぬと言う状況から。
  2. bucket” は家畜を屠殺する際に吊るす角材(beam)を意味し、豚などが脚から逆さに”bucket”に吊るされ、屠殺される際に”bucket”を蹴った事から
  3. カトリック教の習慣として、死者の足元に聖水の入ったバケツを設置し、弔問に訪れた人が死者の身体に聖水を撒くようにしていた事から。

 

このフレーズは小説にあと2回出てくる。この小説ではバケツにおいて左官屋のバケツ(72回)と死のバケツが交叉する。

 

ブルーム氏による死者と生者の妄想。

Since I fed the birds five minutes. Three hundred kicked the bucket. Other three hundred born, washing the blood off, all are washed in the blood of the lamb, bawling maaaaaa

(U134.481)

 

マリガンがスティーヴンの母の死をからかう。

BUCK MULLIGAN: (Shakes his curling capbell.) The mockery of it! Kinch dogsbody killed her bitchbody. She kicked the bucket. (Tears of molten butter fall from his eyes on to the scone.) Our great sweet mother! Epi oinopa ponton.(U473.4179)

 

cork linolinoリノリウム  linorium のこと。主に床材として使われる建材で、亜麻仁油石灰岩、木粉、松脂、コルク粉、天然色素などを混ぜたものという。コルク・リノは、コルク粉を混ぜたリノリウム。当時流行の床材だったのだろうか。

 

リノリウムもこの小説の何か所かに出てくる。

 

第13章の主要人物、ガーティーマクダウェルが病床の父のため、街中の父の事務所からケイツビー製のコルク・リノ関係の手紙とサンプルを運んでいる。

 

On Grattan bridge Lenehan and M’Coy, taking leave of each other, watched the carriages go by. Passing by Roger Greene’s office and Dollard’s big red printinghouse Gerty MacDowell, carrying the Catesby’s cork lino letters for her father who was laid up, knew by the style it was the lord and lady lieutenant… (U208.1207)

 

And her mother said to him to let that be a warning to him for the rest of his days and he couldn’t even go to the funeral on account of the gout and she had to go into town to bring him the letters and samples from his office about Catesby’s cork lino, artistic, standard designs, fit for a palace, gives tiptop wear and always bright and cheery in the home. (U291.323)

 

ガーティーの父はリノリウムを扱う商売をしているのか。彼は病気でディグナムの葬儀に来られなかった。ということはブルーム氏とガーティーの父は知り合いかもしれない。ブルーム氏が墓場で唐突にリノリウムの商売人のことを思いつくのは、ガーティーの父のことを思い出したのではないだろうか。

 

ケイツビー Catesby リノリウムのメーカー。1904年のロンドンに立派なビルが建った。今も家庭用品の会社として存在するようだ。

 

ブルーム氏は墓石で死人の職業が分かると面白いと空想している。こういうお墓は実際にあることを昔テレビか何かで見た。ルーマニアサプンツァ村(Săpânța)では、村人が生前に自分の職業や生活をデザインした墓をつくるという。

 

           サプンツァ村の陽気な墓

File:The Good Cook-Happy Cemetery - panoramio.jpg - Wikimedia Commons

 

このブログの方法については☞こちら

76 (U245.231)

アイリッシュすべてはアイルランドのためのインデペンデント』

 

第76投。245ページ、231行目。

 

Listen to the births and deaths in the Irish all for Ireland Independent, and I’ll thank you and the marriages.

 And he starts reading them out:

 —Gordon, Barnfield crescent, Exeter; Redmayne of Iffley, Saint Anne’s on Sea: the wife of William T Redmayne of a son. How’s that, eh? Wright and Flint, Vincent and Gillett to Rotha Marion daughter of Rosa and the late George Alfred Gillett, 179 Clapham road, Stockwell, Playwood and Ridsdale at Saint Jude’s, Kensington by the very reverend Dr Forrest, dean of Worcester. Eh? Deaths. Bristow, at Whitehall lane, London: Carr, Stoke Newington, of gastritis and heart disease: Cockburn, at the Moat house, Chepstow...

 

 

アイリッシュすべてはアイルランドのためのインデペンデント』の出生訃報欄をご清聴あれ。謹んで婚姻欄もだ。

 と、読み上げる。

 ―ゴードン、エクスター市バーンフィールド・クレセント。レッドメイン、セント・アンズ・オン・シー市イフリー。ウィリアム・T・レッドメインに男子。はぁ。ライトとフリント。ヴィンセントとジレット、ストックウェル・クラパムロード179番地、ローザと故ジョージ・アルフレッド・ジレットの娘ローサ・マリオンと。プレイウッドとリズデール、ケンジントン、セント・ジュード教会にてウスター首席司祭ドクター・フォレスト師により。へえ。訃報。ブリストウ、ロンドン、ホワイトホール・レーン。カー、ストーク・ニューイントン、胃炎および心臓病にて。コックバーン、チェプトウ市モート・ハウス…

 

第12章。酒場バーニーキアナンで、「市民」というあだ名のナショナリストとジョー・ハインズらの酔客が会話している。

 

「市民」は本日1904年6月16日の『アイリッシュ・デイリー・インデペンデント』紙の出生、婚姻、訃報欄を読み上げる。

 

ブログの65回で触れた通り、アイルランド自治運動の指導者パーネルが同僚議員の妻であるキャサリン・オシェアと長年にわたって関係を持っていたことが発覚し、アイルランド議会党は分裂。『アイリッシュ・デイリー・インディペンデント』紙は、パーネル派を推進するために1891年に創刊された。1905年『アイリッシュ・インデペンデント』紙として再編され今日まで発行されている。

 

アイルランド独立のための新聞でありながら。出生婚姻欄に掲載されているのは英国人ばかりであることを「市民」は嘆く。

 

「市民」が、わざわざ出生婚姻欄を読みあげるのは、驚いたことに、これが新聞の第1面の冒頭に載っているから。第1面はすべて広告だ。

 

「当時の新聞というのは、ニュースとかオピニオンの伝達機関であったと同時に、読者の通信・連絡手段をも提供していた。」 『われらはロンドン・シャーロッキアン』河村幹夫(ちくま文庫 1994)

 

ちなみに、主人公のブルーム氏も『アイリッシュ・タイムズ』紙にタイピストの求人広告を出して、文通相手マーサと交信している。彼は新聞の広告欄が犯罪の通信に利用されていることを空想している。

 

He passed the Irish Times. There might be other answers lying there. Like to answer them all. Good system for criminals. Code. … O, leave them there to simmer. Enough bother wading through fortyfour of them. Wanted, smart lady typist to aid gentleman in literary work.(U131.323)

 

データベースで『アイリッシュ・デイリー・インデペンデント』を検索してみた。新聞の画像(下に添付)を元に読解すると。

 

出生欄

①ゴードン(エクセター市バーンフィールド・クレセント)に男児誕生

 エクセターは、イングランド南西部、デヴォン州の都市

②ウィリアム・T・レッドメイン(セント・アンズ・オン・シー市イフリー)に男児誕生

 セント・アンズ・オン・ザ・シーはイングランドランカシャー州ブラックプールの南、リブル川河口にあるマリン・リゾート地

 

婚姻欄

③ライトとフリント夫妻

④ヴィンセントとジレット夫妻

 ローザと故ジョージ・アルフレッド・ジレット(ロンドン市ストックウェル・クラパムロード179番地)の娘ローサ・マリオン・ジレットとヴィンセントの結婚。

⑤プレイウッドとリズデール夫妻。

 ロンドン市ケンジントン、セント・ジュード教会にてウスター首席司祭ドクター・フォレスト師により

 

死亡欄

⑥ブリストウ氏(ロンドン市、ホワイトホールレーン)

⑦カー氏(ロンドン市ストーク・ニューイントン)

 死因は胃炎および心臓病

⑧コックバーン氏(チェプトウ市のモート・ハウス)

 チェプトウはウェールズの南部、モンマスシャー州の都市

 

     f:id:ulysses0616:20220413204947j:plain

 

Giffordの注釈によると、「市民」はアイルランド人の名前を飛ばして英国人の名前だけ読み上げているという。新聞を見る限り、住所から、掲載されているのはほぼ英国在住の人たちだけとわかる。姓でルーツがアイルランドか英国かがわかるのだろうか。婚姻欄の O‘Neilさんは別として、私には「市民」が読み飛ばしている Bennett, Carr, Coghillといった姓がアイルランド系とは思われないのだが。

 

出生欄冒頭の Bennett と Carr はジョイスがこの小説で不名誉な役回りの人物に与えた姓なのだが偶然だろうか。(ブログの39回

 

また、⑤は新聞では Playwood でなく Haywood、⑦は Carr でなく Cann となっている。ジョイスが活字を読み間違えたか、書き間違えたのか、あるいは、誤植か。

 

この小説『ユリシーズ』と『オデュッセイア』との対応では、「市民」は一つ目の巨人キュークロプスであり、第12章は「目が悪いこと」「見間違い」を要素にしている。だからジョイスはわざと間違えているのかもしれない。

 

f:id:ulysses0616:20220413205319j:plain

                                          Saint Anne’s on Sea の桟橋

"St Annes Pier 3" by Bay Photographic is marked with CC BY-NC 2.0.

 

このブログの方法については☞こちら

75 (U212.100)

―お茶をどうぞ、と言った

 

第75投、212ページ、100行目。

 

 —There’s your teas, he said.

 

 Miss Kennedy with manners transposed the teatray down to an upturned lithia crate, safe from eyes, low.

 

 —What is it? loud boots unmannerly asked.

 

 —Find out, miss Douce retorted, leaving her spyingpoint.

 

—Your beau, is it?

 

 A haughty bronze replied:

 

 —I’ll complain to Mrs de Massey on you if I hear any more of your impertinent insolence.

 

 —Imperthnthn thnthnthn, bootssnout sniffed rudely, as he retreated as she threatened as he had come.

 

 

 ―お茶をどうぞ、と言った

 

 ミス・ケネディはしずしず紅茶の盆を反転したリチア水の木箱の上に移転した。目に触れないよう、低いポジションに。

 

 ―なにそれ。靴磨きが大きな声でずけずけ聞いた。

 

 ―あててごらん、ミス・ドゥースが観察ポジションから移動して、言い返した。

 

 ―いい人からかい

 

 横柄にブロンズが応答。

 

 ―ミセス・ドマシーにいいつけるよ、ずうずうしく生意気言ってると。

 

 ―ずうずうしんしん。しんしん。鼻小僧、下品に鼻を鳴らして、引き返す、しかられたので、もと来たほうへ。

 

第11章。オーモンド・ホテルのバー。金髪のミス・ドゥースとブロンズの髪のミス・ケネディがカウンターで給仕をしている。

 

"Boots" は英国で、ホテルの靴磨きや雑用の係りのこととか。辞書にこの定義がある。

 

Boots:The porter or servant in a hotel who blacks the boots of guests and in some cases attends to the baggage. Formerly called a boot-catcher.

                                                                        Century Dictionary and Cyclopedia

 

ここはホテルのバーなのでホテルの靴磨きの係りがいるのだ。彼が給仕にお茶を持ってきたところ。

 

"Transpose" は「移す」ということだが、「転調」の意味もある。第11章は音楽的な用語が多用されている。この一節でもTranspose, low, loud が音楽にかかわる。

 

リチア "lithia"とはジョージア州リチアスプリングスで産出するミネラルウォーター。1880年代から第一次世界大戦にかけて、瓶入りのリチア水は大流行したが、天然の鉱泉水ではなく水に炭酸水素チリウムを加えたものであったという。

 

リチア水は、第3章にも登場した。スティーヴンが叔父のリチー・グールディングのセリフを想起するところ。

 

 —Call me Richie. Damn y hia water. It lowers. Whusky! (U32.90)

 

                   リチア水の木箱

                           f:id:ulysses0616:20220408222950j:plain

                                        リチア水の瓶

                                       f:id:ulysses0616:20220408222628j:plain

 

靴磨きが「なにそれ」 "What is it?" と聞いているのは何のことか?

 

一つの可能性は、ミス・ケネディが胸につけているバラのこと。この一節の直後にflowerという言葉が出る。この後で、ケネディは黒い服にバラをつけていることが明らかになる、このバラはこの章で何度も言及されることになる。

 

On her flower frowning miss Douce said: (U211.133)

 

―O saints above! miss Douce said, sighed above her jumping rose. (U214.181)

 

もう一つは、貝殻。貝殻はバーのカウンターに置いてある。ケネディは、おそらく恋人と、北アイルランドロスターヴァー Rostrevor という海水浴場に行ってきた。貝を客の弁護士のリドウェルの耳にあてさせ音を聞かせる。

 

Miss Douce halfstood to see her skin askance in the barmirror gildedlettered where hock and claret glasses shimmered and in their midst a shell.

(U212.120)

 

To the end of the bar to him she bore lightly the spiked and winding seahorn that he, George Lidwell, solicitor, might hear.

(U240.923)

 

「なにこれ」って聞くのは、やはり貝のほうだと思う。

 

”Beau” はフランス語で「美しい」。英語の上では、恋人、ボーイフレンドの意味になる。

 

ミセス・ドマシーとは、この小説のここにしか出てこない。靴磨きの雇い人にあたる人だろう。

 

f:id:ulysses0616:20220408224315j:plain

"Mermaid's Comb" by arbyreed is marked with CC BY-NC-SA 2.0.

 

このブログの方法については☞こちら

74 (U16.582)

バック・マリガンはあっけらかんとあけすけな笑いの仮面を

 

第74投。16ページ、582行目。

 

 Buck Mulligan at once put on a blithe broadly smiling face. He looked at them, his wellshaped mouth open happily, his eyes, from which he had suddenly withdrawn all shrewd sense, blinking with mad gaiety. He moved a doll’s head to and fro, the brims of his Panama hat quivering, and began to chant in a quiet happy foolish voice:

 

 —I’m the queerest young fellow that ever you heard.

My mother’s a jew, my father’s a bird.

With Joseph the joiner I cannot agree.

So here’s to disciples and Calvary.

 

 

 バック・マリガンはあっけらかんとあけすけな笑いの仮面をさっとかぶる。ふたりを見ると、きれいな口をぽかんとあけて、抜け目のなさをにわかに引っ込め狂躁的にまばたきする。木偶の頭をふらふら揺らし、パナマのつばがぶるぶる震え、ちいさく能天気な声で詠唱する。

 

 ―おれってありえないほど変な人

母はユダヤで父は鳩

大工のヨゼフとは馬が合わない

そんで弟子らとゴルゴタに乾杯

 

 

第1章。住居のマーテロー塔を出発した、スティーヴン、マリガン、ヘインズの一行は、第40回で触れた水浴場フォーティフットへ向かっている。ヘインズが神学の話をしだしたところでマリガンが歌いだす。

 

副詞、形容詞が多用され描写のトーンが変化している。マリガンの様子が腹話術の人形や操り人形の動作になぞらえられているように感じる。

 

マリガンが歌うのは、マリガンのモデルである、ジョイスの友人、オリバー・セント・ジョン・ゴガティ(Oliver St. John Gogarty)の冒涜的な戯れ歌  『陽気な(しかしいささか皮肉な)イエスの唄』 “The Song of the Cheerful (but slightly sarcastic) Jesus” の一節。この小説中では『戯れイエスのバラッド』”The ballad of joking Jesus” とよばれている。(U16.608)

 

1905年、ゴガティは共通の知人であるヴィンセント・コスグレイヴを通じて、当時トリエステに住んでいたジョイスにこの詩を送った。ジョイスはこれを小説に引用した。

(P.234-6 リチャード・エルマン『ジェイムズ・ジョイス伝』 宮田恭子訳、みすず書房、1996年)

 

ブログの第71回の少し前、エドワード7世の幻影もこの唄の一節(第3スタンザ)を歌う。

 

 EDWARD THE SEVENTH: (Levitates over heaps of slain, in the garb and with the halo of Joking Jesus, a white jujube in his phosphorescent face.)

 

 My methods are new and are causing surprise.

To make the blind see I throw dust in their eyes. (U482.4475)

 

バラッド(ballad)とは、物語や寓意のある歌で、武勇伝やロマンス・社会諷刺・政治がテーマとなる。最後は破局がで終わることが多い、という。確かに、イエスの死でおわるこの歌はこのバラッドの形式に合致している。2行づつ脚韻を踏んでいるので、そんな感じで訳してみた。

 

       f:id:ulysses0616:20220405222128j:plain

      ヤン・ファン・エイクー受胎告知(Jan van Eyck - Annunciation)

 

File:Jan van Eyck - Annunciation - WGA7612.jpg - Wikimedia Commons

 

このブログの方法については☞こちら