Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

250 (U333.884) - 風習喜劇の完成者

そこで男は、胸中の思ひの一端を

 

第250投。333ページ、884行目。

 

 Accordingly he broke his mind to his neighbour, saying that, to express his notion of the thing, his opinion (who ought not perchance to express one) was that one must have a cold constitution and a frigid genius not to be rejoiced by this freshest news of the fruition of her confinement since she had been in such pain through no fault of hers. The dressy young blade said it was her husband’s that put her in that expectation or at least it ought to be unless she were another Ephesian matron. I must acquaint you, said Mr Crotthers, clapping on the table so as to evoke a resonant comment of emphasis, old Glory Allelujurum was round again today, an elderly man with dundrearies, preferring through his nose a request to have word of Wilhelmina, my life, as he calls her.

 

 そこで男は、胸中の思ひの一端を、あへて隣人にのみに吐露して、かう言つた。此の一件について、私の所見を述べるとすれば――まこと、本來はか様なこと、軽々に口にすべきではなからうが――此度のお目出度成就といふ報せに接して、もし心の底よりの悦びを覺えぬ者があるとすれば、それは餘程に感情の枯渇した、頑なな精神の所有者であるに違ひない。この女は、己の過ちによるのでもなく、かくのごとき苦痛を味ははされた身であるのだからね。めかし屋の若者は、半ば冗談めかした調子で、こんなふうに言つた、女に身重をもたらしたのは、まあその夫と考へるのが穏當だらうね。少なくともその女が、あのエフェソスのご婦人でもない限りは、さう見て差し支へあるまい。ひとこと断つておかねばならないな、とクローザース氏、指先でテーブルをこつこつと叩き乾いた音を響かせて人々の注意を集めた。それから改めて口を開きかう続けた。老グローリ・アレルユールム氏が――ダンドリアリー風の、ふさふさしたもみあげをたくはへた年嵩の男だが――今日ふらりと此處へ立ち寄つてね。鼻にかけた、あの独特の声で、言つたのだよ。わが愛するウイルヘルミアと――彼はさう呼んだ――ひとことお話しすることは出来ますかな、とね。

 

第14章。午後10時ごろ。産科病院の談話室でスティーヴン、ブルーム氏、医学生らが談話している。ピュアフォイ夫人の出産について告げられた後の場面。

 

この章は、過去から現在に至る英語散文の文体史を文体模写でなぞる趣向となっている。Giffordの注釈によると、この箇所はリチャード・ブリンズリー・シェリダン(Richard Brinsley Sheridan, 1751 - 1816)の文体という。シェリダンはダブリン生まれの英国の劇作家、政治家。機知と風刺に富んだ喜劇で知られる。

 

内容について

 

冒頭の”he”はブルーム氏のことで、彼は要するに「ピュアフォイ氏が夫人の出産の知らせを受けたら喜ぶだろう」といっているに過ぎない。

 

“The dressy young blade”「めかし屋の若者」とはマリガンのことだろう。

 

“Ephesian matron”「エフェソスの貴婦人」とは古代ローマの作家ペトロニウスが書いた風刺小説『サテュリコン』の中に挿入されたエピソードで「エフェソスの未亡人」として知られる話をふまえている。要するに身持ちの悪い女ということ。そのあらすじはこういうもの。

 

エフェソス(トルコ西部の古代都市)に、夫の死を悲しみ、墓にこもって断食するほど貞節だと評判の未亡人がいた。処刑された罪人の死体を見張る兵士が墓のそばに配置される。兵士は未亡人を気遣い、食べ物を差し入れるうちに二人は親しくなる。やがて未亡人は悲嘆から立ち直り、兵士と関係を結ぶようになる。その間に、見張っていた罪人の死体が盗まれてしまう。兵士が処罰を恐れて絶望すると、未亡人は機転を利かせ、亡き夫の遺体を代わりに十字架に掛けることを提案。こうして兵士は助かり、二人は難を逃れた。

 

クローザースはスコットランド出身の医学生。彼が言っているのは要するに「今日ピュアフォイ氏が見舞いにきていた」ということ。

 

“old Glory Allelujurum” (ハレルヤ “Allelujah” にラテン語風の語尾 -rumを付けたもの)とは、ピュアフォイ氏のことを指している。

 

ピュアフォイ氏は、ブルーム氏の第8章での思考によると、メソジスト派メソジスト派は18世紀英国国教会内部に誕生した宗教運動でプロテスタントの一教派。のちにイギリス国教会から独立した。1904年当時のダブリンでメソジストというとどう言う位置づけなのかわたしにはピンとこない。メソジストは賛美歌を多く歌うとのことで、それでこういう名前でからかわれているのだと思う。

 

Poor Mrs Purefoy! Methodist husband. Method in his madness.

(U132.357)

 

夫人の名前は“Mina”なのに、彼が妻のことを “Wilhelmina”と呼んだというのも彼をからかっているのだろう。お高く留まっているのが、からかわれているのか。

 

1904年当時、ウィルヘルミナといえばオランダ女王ウィルヘルミナ(Wilhelmina, 1880 - 1962)で、それがイメージされているのかもしれない。

 

オランダ女王ウィルヘルミナの肖像写真(1909年)

File:Wilhelmina of the Netherlands, 1909.jpg - Wikimedia Commons

 

ちなみに、ピュアフォイ氏はダブリン城(アイルランド総督府)の財務記録官事務所(Treasury Remembrancer's office)に勤務している。その職務は英国政府のために、アイルランドにおける国庫・法的権利を確保するための、記録と監督を行う官僚職。

 

Young hopeful will be christened Mortimer Edward after the influential third cousin of Mr Purefoy in the Treasury Remembrancer's office, Dublin Castle.

(U343.1333)

 

彼はプロテスタントでダブリン城の官僚であるので、『ユリシーズ』の登場人物のなかでは比較的高い階級に属していて、お堅い仕事をしている人なのだ。

 

ダンドリアリー(dundrearies)というのは、英国の劇作家トム・テイラー (Tom Taylor、1817 – 1880)の戯曲『我がアメリカ人のいとこ』(Our American Cousin、1858年)の登場人物、ダンドリアリー卿‘(Lord Dundreary)風の長くふさふさしたもみあげのことを言う。

 

ダンドリアリー卿を演じる、E.A.ソセム(1881年

File:E. A. Sothern as Dundreary.jpg - Wikimedia Commons

 

文体について

 

シェリダンは、英文学史上きわめて重要な人物だが、現在の日本ではほとんど読まれることはないだろう。しかし代表作の喜劇『悪口学校』(The School for Scandal、1777年の初演)は岩波文庫で読むことができる。

 

『悪口学校』の原文はこちら。

→ Gutenberg

 

検索したところ、今回の箇所に出てくる特徴的な単語 、「体質、気質」の意味の“constitution”の出てくるところがあるので、拾ってみた。

 

LADY SNEERWELL. Yes a Tale of Scandal is as fatal to the Reputation of a prudent Lady of her stamp as a Fever is generally to those of the strongest Constitutions, but there is a sort of puny sickly Reputation, that is always ailing yet will outlive the robuster characters of a hundred Prudes.

キャンダー夫人 なるほど、身体の強い方が熱病にかかるといっぺんに参ってしまうように、ああいう型の慎み深いご婦人にはスキャンダルが致命的になるのね。反対に、いつでも病気にかかってるような、ひ弱な、病弱な評判の持主は、かえって、頑丈な性格の、おすまし屋さんより長生きするわけね。

菅 泰男訳『悪口学校』(岩波文庫、1981年)第1幕第1場

(なお英文とこの和訳ではこのセリフの話者名が違っている)

 

SIR BENJAMIN. True Madam there are Valetudinarians in Reputation as well as constitution—who being conscious of their weak Part, avoid the least breath of air, and supply their want of Stamina by care and circumspection—

サー・ベンジャミン 全くです、奥様、体質と同じように、評判というものにも、虚弱者というものがありましてね、そういう連中は、自分の弱味を知っているものだから、ちょっとした風のそよぎも避けて、スタミナの欠乏を注意と用心で補うのです。

同上

 

気障で、冷笑的で、回りくどいところは、似ている感じはする。

 

またmシェリダンの劇では登場人物の名前に意味があってあてつけになっている。例えば、スニアウェル令夫人(Lady Sneerwell)は、スニイア・ウェル(Sneer well)「うまく嘲笑する」の意味。

 

今回の箇所で、ピュアフォイ氏のことを“old Glory Allelujurum”と呼ぶのはそこを真似しているのだと思う。

 

John Hoppner (1758–1810)による、シェリダンとされる肖像画

File:John Hoppner - Portrait of a Gentleman, traditionally been identified as Richard Brinsley Sheridan.jpg - Wikimedia Commons

 

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249(U355.173) - コーマックの角

(群衆をかき分けてタルボット通りの向こう側の方へ

 

第249投。355ページ、173行目。

 

このブログでは、乱数に基づいてランダムに『ユリシーズ』読んでいます。第145回 と同じところに当たりましたので今回はパスです。

 

(He catches sight of the navvy lurching through the crowd at the farther side of Talbot street.)

(群衆をかき分けてタルボット通りの向こう側の方へよろよろ進む道路工事人を見つけて)

 

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Dublin._Year_2000_-_panoramio_(2).jpg

Mother Kelly's Pub, 74 Talbot Street, Dublin. Year 2000

 

今、ブルーム氏はタルボット通りとストア通りの角あたりにいる。小説の現在(1904年)ここ(南東角)には酒場コーマック(Cormack’s)があった。上は2000年当時ここにあったMother Kelly's Pubの画像。現在(2026年)は空き家になっているよう。

 

248 (U123.1067) - 桃李成蹊

老師ヴァージルを尚び、桃李の教えを説くも

 

第248投。123ページ、1067行目。

 

VIRGILIAN, SAYS PEDAGOGUE. SOPHOMORE PLUMPS FOR OLD MAN MOSES.

 

 —Call it, wait, the professor said, opening his long lips wide to reflect. Call it, let me see. Call it: deus nobis hæc otia fecit.

 

 —No, Stephen said. I call it A Pisgah Sight of Palestine or The Parable of The Plums.

 

 —I see, the professor said.

 

 He laughed richly.

 

 —I see, he said again with new pleasure. Moses and the promised land. We gave him that idea, he added to J. J. O’Molloy.

 

老師ヴァージルを尚び、桃李の教えを説くも、青実の学徒はモーセ翁を推す

 

 題して如何に。まてよ、先生が言った。横に長い口を大きく開いて考えた。題して、そうさなあ。題して『神此ノ閑暇ヲ我ラニ賜フ』でどうだい。

 

 ―いいえ、とスティーヴン。ぼくならこうします。『ピスガよりパレスチナを望む、またはプラムの諷喩』

 

 ―なるほど、と先生。

 

 景気よく笑う

 

 ―なるほど、と面白さに気づいたように繰り返した。モーゼと約束の地か。俺たちのアイデアだよな、とJ.J.オモロイに向かって言った。

 

 

新年第1回目。なんとなくおめでたいところの当たりました。

 

 

新聞社フリーマン・ジャーナル社を出た、編集長クローフォード、古典語教師マッキュー先生、競馬予想のレネハン、弁護士J.J.オモロイ、記者のオマッデン・バーク、小説の主人公スティーヴン。一行はパブのムーニーに行こうと、オコネル通りに差しかかる。

 

スティーヴンは、自作の寓話を披露したところ。「2人のダブリンの婆さんが弁当とプラムを持ってネルソン塔に登る。展望台から街を眺めて、ネルソン像を見あげる。2人はプラムを食べると種を展望台の柵から吐き出す。」といったもの。

 

マッキュー先生がこの寓話に題をつけようとしている。

 

ウェルギリウスの『牧歌』

マッキュ―先生の案 “Deus nobis haec otia decisit” は「神が私たちにこれらの余暇を与えた」という意味で、ラテン文学の黄金期を代表する詩人ウェルギリウス(Publius Vergilius Maro、B.C,70 – B.C.19)の『牧歌』Eclogae (B.C.42)第1歌(6)から来ている。

 

マッキュー先生は、第168回で見たように、ユダヤモーセと対比してローマ人をけなしている。しかしここではローマ時代の詩人ウェルギリウスを引いている。

 

モーセと約束の地

スティーヴンの案は、 A Pisgah Sight of Palestine or The Parable of The Plums.

 

ピスガ山は、旧約聖書申命記』で、神がイスラエルの民に与えられた約束の地カナンを、エジプから脱出してきた預言者モーセに眺望させた場所。ピスガ山は現在のヨルダン西部、ネポ山とされる。

 

モーセの死」、プロビデンス リトグラフ カンパニーによって 1907 年に発行された聖書カード

File:The Death of Moses.jpg - Wikimedia Commons

 

スティーヴンの寓話が何を意味しているのかよくわからないし、どうしてこの題になるのかよくわからない。

 

ともかく、Pisgah - Palestine – Parable - Plums がPの頭韻になっていることはわかる。

そこで訳もハ行でそろえた。『スガよりレスチナを望む、またはラムのうゆ』。

 

マッキュー先生がJ.J.オモロイとヒントを提供したというのはどういうことか。

 

先ほど、優れた雄弁家はだれかと、マッキュー先生に聞かれて、J.J.オモロイが挙げたのがシーモア・ブッシュ(Seymour Bushe)の弁論、一方マッキュー先生が一番雄弁な演説として引用したのがジョン・F・テイラー(John Francis Taylor)のものだったのだ。これら両方にモーセが出てきたのだ。また始めにあげたマッキュー先生の台詞にもモーセが出てくる。

 

マッキュー先生のレトリックとしては、大国ローマやエジプトを大英帝国に対応させ、小国のギリシアユダヤアイルランドに対応させている。先生は持論と裏腹に、オコネル通りの眺めに対し、ヴェルギリウスを引いて英国の繁栄を謳ったのに対し、スティーヴンは、アイルランドへの期待の票を投じた、ということではないかと思う。

 

ネルソン塔よりオコネル通りを望む(1964年)

"O'Connell Street from Nelson's Pillar in 1964" by Phillip Capper from Wellington, New Zealand is licensed under CC BY 2.0.

プラムの意味

最後に、第7章は断章ごとに新聞の見出しのようなものが付されているのだが、その訳について。

 

“pedagogue”は、古語で、「教師, 先生」のこと。語源はギリシャ語の「paidagōgos」で、これは「子供を導く人」(paid-子ども+agogos=導く人)を意味する。マッキュー先生は古典語の教師なのでこの言葉が用いられているのだろう。

 

“sophomore”は、4 年制大学・高校の「2 年生」のこと。ギリシャ語の「sophos」(賢い)と「moros」(愚か)から成り立っていて、2年生が1年生よりは知識や経験があるものの、まだまだ学ぶべきことが多いことを示している。ちなみに“freshman”は1年生、“junior”は3年生、“senior”は4年生。こちらはスティーヴンを指す。

 

“plump”は、「投票する、選ぶ、支持する」という意味だが、ここでは”plum”「プラム、スモモ」と掛けていると思う。

 

プラムの意味を出すため、「桃李の教え」、「青実」という類語を使って訳を考えた。これはさんざん考えた末の会心の出来と満足。

 

さらに言うと“plump”には、「ふくよかな、丸々と太った」との意味もあって、これはこの小説の冒頭の一文でスティーヴンの同居人マリガンを形容する語だ。

 

 Stately, plump Buck Mulligan came from the stairhead, bearing a bowl of lather on which a mirror and a razor lay crossed.

(U3.1)

 

この小説では、果物のプラム(plum)―瓶詰肉のプランド(plumtree)―太ったマリガン(plump)―たなびく煙または羽毛(plume)の観念の連鎖が意図的に使われていると見た。

 

plumtree”については、第61回で、“plume”については第97回で述べました。

 

ピスガよりパレスチナを望む

"Mount Nebo" by mayanais is licensed under CC BY 2.0.

 

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247 (U349.1576) - エリヤの再来

しーっ。光に背く罪を犯せし者

第247投。349ページ、1576行目。

 

Hush! Sinned against the light and even now that day is at hand when he shall come to judge the world by fire. Pflaap! Ut implerentur scripturae. Strike up a ballad. Then outspake medical Dick to his comrade medical Davy. Christicle, who’s this excrement yellow gospeller on the Merrion hall? Elijah is coming! Washed in the blood of the Lamb. Come on you winefizzling, ginsizzling, booseguzzling existences! Come on, you dog-gone, bullnecked, beetlebrowed, hogjowled, peanutbrained, weaseleyed fourflushers, false alarms and excess baggage! Come on, you triple extract ofinfamy! Alexander J Christ Dowie, that’s my name, that’s yanked to glory most half this planet from Frisco beach to Vladivostok. 

しーっ。光に背く罪を犯せし者、而して主、火をもて此の世を審き給はんと顯はれ給ふ日尚ほ近し。罵多罵多。為應驗預言者所書者也。バラッドを歌えよ。されば医学生ディック声を寄せ、その同朋デイヴィに語りかく。小癪にさわるな、メリオン・ホールに貼ってあるこのクソ詐欺色の伝道師はどこのどいつだ。エリヤ来たらむ。子羊の血に洗はるべし。来たれそなたら、葡萄気泡者、杜松子発泡者、斗酒暴飲者よ。来たれ、犬も食わぬ、牛首の、げじげじ眉の、豚面の、落花生頭の、鼬目の、ペテン師、大法螺吹き、御荷物者よ。来たれそなたら非行の三倍濃縮者よ。アレクサンダー・J・クライスト・ダウィーそは我が名、フリスコの浜からウラジオの港までこの惑星の大半を栄光へと引き上げし者なり。

 

第14章の最後の段落。夜の11時ごろ。国立産科病院をでたスティーヴン、ブルーム氏、医学生らの一行は、近くの酒場バークで飲んだ後、外へとくりだした。スティーヴンとリンチ、それを追うブルーム氏。

 

第14章は、過去から現在に至る英語散文の文体史を文体模写でなぞってきたが、ここはその最終の部分で、小説の現在1904年当時の口語、俗語、隠語、方言などの混合体。どの台詞を誰が言っているのかも定かでないように書かれている。

 

このブログの第31回の直後に当たる。

 

台詞を分解して読解してみよう。(いまやスティーヴンとリンチしかいないのだが。)

 

STEPHEN:Hush! Sinned against the light and even now that day is at hand when he shall come to judge the world by fire.

スティーヴン:しーっ。光に背く罪を犯せし者、而して主、火をもて此の世を審き給はんと顯はれ給ふ日尚ほ近し。

 

直前で、リンチが、「あの黒服の男は誰」と訊いたので、スティーヴンが答えている。黒服の男はブルーム氏である。「光に背く罪を犯せし者」とはユダヤ人のことで、第2章でデイジー校長がユダヤ人について述べた台詞に由来する。

 

They sinned against the light, Mr Deasy said gravely. And you can see the darkness in their eyes. And that is why they are wanderers on the earth to this day.

(U28.361)

 

それに続く句は、旧約聖書の『イザヤ書』あたりに基づくものと思う。

 

視よヱホバは火中にあらはれて來りたまふその 車輦ははやちのごとし 烈しき威勢をもてその怒をもらし火のほのほをもてその譴をほどこし給はん

ヱホバは火をもて劍をもてよろづの人を刑ひたまはん ヱホバに刺殺さるるもの多かるべし

イザヤ書66章15-16節

 

THE FIRE BRIGADE: Pflaap!

消防隊罵多罵多

 

第145回でみたように火事が発生しているようで消防隊(The Fire Brigade)が出動している。当時の消防車がどんな音を発したのかもわからないし、Pflaapがどんな音を表す擬音なのかもわからない。flap は、「軽く打ち付ける音」と「ひらひらと揺れる音」のイメージがあるのでバタバタとして、当て字で訳した。

 

STEPHENUt implerentur scripturae.

スティ―ヴン為應驗預言者所書者也

 

『マタイ福音書』26章56節のラテン語訳に基づく。ゲッセマネの園でイエスが捕らえられた場面。

 

Hoc autem totum factum est ut implerentur scripturae prophetarum. Tunc discipuli omnes relicto eo fugerunt.

されどかくの如くなるは、みな預言者たちの書の成就せん爲なり ここに弟子たち皆イエスを棄てて逃げさりぬ。

 

ラテン語なので漢文にした。

 

LYNCH:Strike up a ballad.

リンチ:バラッドを歌えよ。

 

STEPHEN.  Then outspake medical Dick to his comrade medical Davy.

スティーヴン:されば医学生ディック声を寄せ、その同朋デイヴィに語りかく

 

ブログの第22回でふれたが、マリガンのモデルとなっている実在の人物、オリバー・セントジョン・ゴガティ(Oliver St. John Gogarty)の戯れ歌  “Song of Medical Dick and Medical Davy” の一節に由来する。

 

この一節を第9章でマリガンが唄っている。

 

 BUCKMULLIGAN: (Piano, diminuendo)

   Then outspoke medical Dick

   To his comrade medical Davy...

(U172.908)

 

LYNCH.:Christicle, who’s this excrement yellow gospeller on the Merrion hall?

リンチ: 小癪にさわる、このメリオン・ホールに貼ってあるクソ詐欺色の伝道師はどこのどいつだ。

 

“Christicle”は検索しても意味が分からない。“Christ” に「小さなもの」を意味する接尾語 “-icle”をつけたのだろう。または”Christ“と”testicle“(睾丸)をくっつけたのか。いずれにせよ罵倒語だろう。

 

第118回で触れたように、西洋では黄色はユダの来ている服の色で、この小説ではマリガンが黄色の外衣を着ていた。半キリリスト的という意味合いで黄色と言っているのだろう。

 

一行はメリオン・ホール(プリマス・ブレザレン“The Plymouth Brethren”の教会)でまでやってきた。ここに伝道師の集会の予告ポスターが張られている。

 

国立産科病院

バークの酒場

メリオン・ホール

Dublin OS 1912 map 

 

THE POSTER.:Elijah is coming! Washed in the Blood of the Lamb. Come on you winefizzling, ginsizzling, booseguzzling existences! Come on, you dog-gone, bullnecked, beetlebrowed, hogjowled, peanutbrained, weaseleyed fourflushers, false alarms and excess baggage! Come on, you triple extract of infamy! Alexander J. Christ Dowie, that’s my name that’s yanked to glory most half this planet from Frisco Beach to Vladivostok.

 

ポスター:エリヤ来たらむ。子羊の血に洗はるべし。来たれそなたら、葡萄気泡者、杜松子発泡者、斗酒暴飲者よ。来たれ、犬も食わぬ、牛首の、げじげじ眉の、豚頬の、落花生頭の、鼬目の、ペテン師、大法螺吹き、御荷物者よ。来たれそなたら非行の三倍濃縮者よ。アレクサンダー・J・クライスト・ダウィーそは我が名、フリスコの浜からウラジオの港までこの惑星の大半を栄光へと引き上げし者なり。

 

ブルーム氏は第8章の冒頭、オコンネル橋のたもとでこのポスターと同様の内容のチラシをYMCAの青年からもらっている。しかしここでは酔っ払ったリンチが読んでいるからか内容は変形されている。

 

 Heart to heart talks.

 Bloo .... Me? No.

 Blood of the Lamb.

 His slow feet walked him riverward, reading. Are you saved? All are washed in the blood of the lamb. God wants blood victim. Birth, hymen, martyr, war, foundation of a building, sacrifice, kidney burntoffering, druids' altars. Elijah is coming. Dr John Alexander Dowie restorer of the church in Zion is coming.

 Is coming! Is coming!! Is coming!!! All heartily welcome.

(U124.7 - )

 

伝道師は、ジョン・アレクサンダー・ダウィー(John Alexander Dowie、1847 – 1907)。スコットランド出身でアメリカで活動したキリスト教伝道者・信仰治療師。この人のことはWikipediaで読めるが、とてつもない人物だ。興味深いので彼について知りたいが日本語で読める資料はみつからない。ポール・トーマス・アンダーソンコーエン兄弟に映画化してもらったらとても面白いのだが。

 

Wikipediaの記事をちょっと長めに翻訳・要約して掲載します。

 

生い立ち

  • スコットランドエディンバラ生まれ。幼少期に家族でオーストラリアへ移住。
  • オーストラリアで神学を学び、合同教会(Congregational Church)の牧師として働いた後、独立した伝道活動を開始。

 

アメリカへの移住と伝道活動

  • 1888年、家族とともにアメリカ合衆国へ移住。 最初はカリフォルニア州サンフランシスコに定住し、信仰治療の活動を広める。
  • 信仰治療を実践する団体 International Divine Healing Association を設立し、会員から収入を集め、郵便や電話で治療を行う仕組みを作った。
  • 一方で、破産企業の有価証券を信者に売却するなどの商業活動を行い、詐欺訴訟を起こされて敗訴したこともある。
  • 1890年代初頭にはシカゴに移り、1893年万国博覧会の来場者を前に盛大な「癒しの集会」を開催して注目を集めた。

 

シカゴでの成功と教会組織の形成

  • シカゴでは「癒し」を売り物にして信者を増やし、1894年に中心会堂「Zion Tabernacle」を設立。
  • 定期礼拝、出版活動、週刊誌『Leaves of Healing』などで教義を広めた。
  • 1896年には伝道団体を改組し、Christian Catholic Church in Zion(後の Christian Catholic Apostolic Church)を創設。
  • 信仰治療や「聖霊の賜物の復興」を強調し、1899年には自らを「神の使者」と宣言、1901年には旧約聖書預言者エリヤの再来と称した。

ユートピア都市「Zion(ザイオン)」の設立

  • 信者が約6,000人に達した後、1900年前後にシカゴ北方のミシガン湖畔に土地を購入し、宗教共同体「ザイオン」を建設。
  • ザイオンはダウィーが所有する神権政治的な都市であり、飲酒・喫煙・豚肉・近代医療を禁止。
  • 街には教会、学校、企業や「癒しの家」などがあり、信者が集住したが、資金管理や証券詐欺などの問題が指摘され、都市運営は常に財政的困難に直面。
  • Zion は商業・宗教活動の面で成功もしたが、内部で不正会計や経営トラブルが表面化した。

(この小説の現在1904年はこの時期に当たる。ダウィーは実際にはダブリンに布教に来たことはない。)

 

失脚と晩年

  • 1905年、健康を損ないメキシコへ療養に向かう間に、教会の副官であったウィルバー・グレン・ヴォリヴァ(Wilbur Voliva)に権力を奪われる。
  • 財政上の不正や説明責任の欠如が批判され、教会と都市の運営から事実上排除される。
  • その後は年金を受け取りながら引退生活を送り、1907年にザイオンで死去。

神学的影響と評価

  • ダウィーは初期ペンテコステ運動の先駆者とされ、信仰治療や教会復興の理念が後の広範なキリスト教運動に影響した。
  • また、彼の影響は南アフリカの「ザイオニズム系教会」などにも及び、多数の信徒を持つ宗教運動を生んだ。
  • 一方で、財政・経営面の不正や自己神格化などで批判も強く、「カリスマ的指導者とユートピア運動の光と影」を象徴する人物とされる。

ジョン・アレクサンダー・ダウィーとその妻の写真

File:Mr. & Mrs. J.A. Dowie LCCN2014681371.jpg - Wikimedia Commons

 

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246(U328.633)  - 雄牛は偉大な王の相棒

其の後、ヴィンセント氏が申すには、ハリー卿

 

第246投。328ページ、633行目。

 

After that, says Mr Vincent, the lord Harry put his head into a cow’s drinkingtrough in the presence of all his courtiers and pulling it out again told them all his new name.Then, with the water running off him, he got into an old smock and skirt that had belonged to his grandmother and bought a grammar of the bulls’ language to study but he could never learn a word of it except the first personal pronoun which he copied out big and got off by heart and if ever he went out for a walk he filled his pockets with chalk to write it upon what took his fancy, the side of a rock or a teahouse table or a bale of cotton or a corkfloat. In short, he and the bull of Ireland were soon as fast friends as an arse and a shirt.

 

其の後、ヴィンセント氏が申すには、ハリー卿、居並べる廷臣らが見守る中、牝牛の水桶に突つ込みたる頭を引き上げしが早きか面々に向かひて己が新たなる名を高らかに告げたり。しかのみならず水滴り落つるままに祖母傳來の古きスモックとスカートを身に纒ひ、雄牛の言葉を學ばんが爲に文法書を買ひ求めたり、しかといへども一言として習ひ得しこと無く、唯だ一人稱代名詞のみ正確に大書筆寫し、聲高に誦しけるとぞ、かくて散歩に出づる折は懷に白墨を詰め込み、岩の肌、茶屋の卓、綿の俵、コルクの浮き袋に至るまで、目に觸るるものことごとくに其の語を書き付けて歩みたり。要するに、ハリー卿と愛蘭土の雄牛とは尻とシャツのごとく忽ちにして刎頸の友となりたり、といふ。

 

第14章。午後10時ごろ。産科病院の談話室でスティーヴン、ブルーム氏、医学生らが談話している。ヴンセント・リンチは医学生でスティーヴンの友人

 

この章は、過去から現在に至る英語散文の文体史を文体模写でなぞる趣向となっている。Giffordの注釈によると、この箇所はジョナサン・スウィフト(Jonathan Swift  1667-1745)の『桶物語』Tale Of A Tub(1704)の文体によるという。ブログの第218回の直前のところにあたる

 

このくだりは、イングランド、ローマカトリックアイルランドの歴史が寓意的、諷喩的に議論されている。

 

ハリー卿というのは英国王のヘンリー8世(Henry VIII, 1491 - 1547)のことだと思われる。何が何の喩えなのか一読して理解は難しいが、ヘンリー8世についてwikipediaで調べたレベルでだいぶわかって来た。

 

ハリー卿の宣言した “new name”は何かというと、「アイルランド王」(King of Ireland)ということではないかと思う。

「1541年、イングランドヘンリー8世が、形式的にはアイルランド議会の決議に基づき、それまでの称号であったアイルランド卿(Lord of Ireland)に代えてアイルランド王(King of Ireland)を自称した」

 

“cow” 「牝牛」や ”bull“ 「雄牛」 はアイルランドのことではないか。

 

“bull” は「ローマ教皇の大勅書」の意味があるので、ハリー卿が勉強しようとした“bulls’ language”とはラテン語かもしれない。ちなみに、ヘンリー8世は教勅(bull)でカトリック教会から破門されている。

 

ヘンリー8世の2番目の妃で、先の王妃キャサリンとの離婚ひいてはイングランド宗教改革の原因となったアン・ブーリン(Anne Boleyn、c. 1501 or 1507 – 1536)の姓はBullenと表記されることもあり、ブーリン家の家紋の一部を成す雄牛(bull)の頭部の由来となっているという。だから、“a cow’s drinkingtrough” 「牝牛の水桶」とはブーリンのこととの含みがあるのかもしれない。

 

 

 

 

 

(左)アン・ブーリンの肖像(ヘーヴァー城所蔵、1550年頃)

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:AnneBoleynHever.jpg

(右)ブーリン家の紋章

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:BoleynArms_(ancient).svg

 

ハリー卿が祖母から継承したものとは、「王位の正統性」かもしれない。ヘンリー8世の祖母マーガレット・ボーフォートMargaret Beaufort,  1443 - 1509)は、ランカスター家の血を引く人物で、彼女の血統があったからこそ、息子のヘンリー7世、つまりヘンリー8世の父は、薔薇戦争後に王位に就く正統性を主張できた。

 

ハリー卿が文法を勉強したというのは、ヘンリー8世の語学好きをふまえている。

「ヘンリーはイングランド王室史上最高のインテリであるとされ、ラテン語スペイン語、フランス語を理解した。多くの本に注釈をつけ、自らも著作を行った。」

 

「尻とシャツのように仲が良い」という言い回しがそもそもあるのかは検索したが見つからなかった。昔の中世ヨーロッパでは、シャツは下着だった。長い丈の裾を股の部分で留めることで、パンツの役割をするタイプのものもあったという。だから尻とシャツのように仲が良いというのはおかしくはない。

→ 日本シャツアパレル協会 

 

最後に、『桶物語』から “Cow”の出てくるところを引いてみる。

→ InternetArchiev 

 HOWEVER, it is certain, that Lord Peter, even in his lucid Intervals, was very lewdly given in his common Conversation, extream wilful and positive, and would at any time rather argue to the Death, than allow himself to be once in an Error. Besides, he had an abominable Faculty of telling huge palpable Lies upon all Occasions; and swearing, not only to the Truth, but cursing the whole Company to Hell, if they pretended to make the least Scruple of believing Him. One time, he swore, he had a Cow f at home, which gave as much Milk at a Meal, as would fill three thousand Churches; and what was yet more extraordinary, would never turn Sower.

Tale Of A Tub Section Ⅳ

 

しかし、実際、ピータァ卿は気のたしかな時でも普段の会話に好んで淫らな言葉を使う癖があり、恐ろしくわがまま横柄で自分の過誤を認めるくらいなら死ぬまで議論を続けることも敢えて辞さないという風だった。それに、時を選ばず尤もらしい大嘘を吐くという嫌な癖があり、神かけて本当だと頑張るだけでなく、少しでも信ずることを躊躇する素振り見せる者があると、座に連なる者すべてに烈しい呪詛の言葉を浴せかけた。或る時、家に一頭の牝牛が居るが、一回の搾乳に三千の教会を満たすぐらい乳を出す、しかももっと不思議なことには、その乳が決して酸っぱくならない。

 

スウィフト「桶物語」第4章『桶物語・書物戦争 他一篇』(深町弘三訳、岩波文庫1968年)

 

ジョイスの戯文の調子はどれも基本的にスィフトの文章とよく似ていると思う。

 

  ヘンリー8世を描いたパブ看板 (ロンドン・サザーク ・バラ・ハイストリート)

"The Celebrated Old King's Head - pub sign - Southwark - Borough High Street - Henry VIII" by ell brown is licensed under CC BY 2.0.

 

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245(U574.1092)ー 恩寵の適用範囲

人類を想定した場合、ある種族が他の惑星又はその衛星のいずれかに

第245投。574ページ、1092行目。

 

 Did he find the problems of the inhabitability of the planets and their satellites by a race, given in species, and of the possible social and moral redemption of said race by a redeemer, easier of solution?

 

 Of a different order of difficulty. Conscious that the human organism, normally capable of sustaining an atmospheric pressure of 19 tons, when elevated to a considerable altitude in the terrestrial atmosphere suffered with arithmetical progression of intensity, according as the line of demarcation between troposphere and stratosphere was approximated from nasal hemorrhage, impeded respiration and vertigo, when proposing this problem for solution, he had conjectured as a working hypothesis which could not be proved impossible that a more adaptable and differently anatomically constructed race of beings might subsist otherwise under Martian, Mercurial, Veneral, Jovian, Saturnian, Neptunian or Uranian sufficient and equivalent conditions, though an apogean humanity of beings created in varying forms with finite differences resulting similar to the whole and to one another would probably there as here remain inalterably and inalienably attached to vanities, to vanities of vanities and to all that is vanity.

 

 人類を想定した場合、ある種族が他の惑星又はその衛生のいずれかに居住していることの不可能性について、及び救い主が当該種族を社会的かつ道徳的に救済することの可能性についての回答はより容易と考えたか。

 

 別段の困難を感知した。人類の生体機構は通常19トンの大気圧に耐えうる能力を有するものの地球大気圏で相当の高度に上昇した場合、対流圏と成層圏の境界線に近づくにつれ鼻出血、呼吸困難、眩暈といった症状を等差数列的強度で発症することを認識したうえで、この問いへ回答を提案する場合、不可能とは論証しえない作業上の仮設として、より適応力が高く解剖学的構造の異なる種族であれば火星、水星、金星、木星土星海王星又は天王星と十分かつ同等の環境下で何らかの形で生存可能であろうと推測した。しかしながらこのような最遠隔的人類は、様々な形態で創造され限定された差異を有しつつも全体及び相互に類似しており、おそらく彼の地において当地と同様に不変化的かつ付可奪的に、空、空の空, いっさいは空に囚われているであろう。

 

第17章。この章は始めから終わりまで、問と答で書かれている。夜中の2時過ぎ。ブルーム氏はスティーヴンを自宅に連れて帰った。2人はブルーム家の裏庭に出て星空の下で会話している。そのブルーム氏の思考または発言を質問と答えの形式にしたもの。

 

“able”“または”ible“ の辞のつく単語がことさら多用されている。

inhabitability

possible

capable

considerable

impossible

probably

inalterably

inalienably

 

ブルーム氏は要するに「他の惑星に人が住んでいるかというと、その可能性はあるが、人である以上煩悩からは逃れえない。」と言っている。

 

さて人間が19トンの大気圧に耐えられるというのは本当だろうか。

 

調べてみると。

 

地上の大気圧というのは約1気圧。1気圧=約1 kg/1 cm²。人体の表面積はだいたい 1.5〜2.0 m²なので、身体全体には約15,000〜20,000 kgつまり15〜20トンということになる。19トンはだいたい正しいということになる。

 

対流圏というのは、地表から約 10~20 kmで、その上は成層圏という。人間が地表から20kmまで上昇するとどうなるか。

 

  1. 即座の低酸素症
    酸素分圧は地上の約1/20で、呼吸はほぼ不可能。酸素が極端に少ないため、呼吸できたとしても脳へ十分な酸素が行かず血中の酸素が維持できず死亡する。

  2. 人体の水分が沸騰する
    地上20 kmでは水の沸点が37°C以下になり結果として体液が泡立つ。ガス膨張により体が膨らむ。

  3. 低温による凍傷
    −60°℃以下の気温となり、皮膚の露出部分は 数十秒で凍傷。体温は急速に低下し、数分で生命維持が困難。

 

ということでブルーム氏の想定よりはるかに深刻な事態となる。

 

“vanities, to vanities of vanities and to all that is vanity.”は、旧約聖書の『傳道之書』(Ecclesiastes)第1章第2節にある有名な句から来ている。

 

傳道者言く 空の空 空の空なる哉 都て空なり

Vanity of vanities, saith the Preacher, vanity of vanities; all is vanity.

 


英国のタバコ会社W.D. & H.O. Will'sがタバコの箱に封入していたタバコ・カードより。

(上)火星の眺め No.19 TWO VIEWS OF MARS Romance of The Heavens (1928)

(下)火星の想像上の風景 No.20 MARS A IMAGINARY LANDSCAPE Romance of The Heavens (1928)

 

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244 (U260.911) ー 伝説の英雄もしたスポーツ

いと高貴なる結社の尊き長、議長の席に就き

第244投。260ページ、911行目。

 

 The venerable president of the noble order was in the chair and the attendance was of large dimensions. After an instructive discourse by the chairman, a magnificent oration eloquently and forcibly expressed, a most interesting and instructive discussion of the usual high standard of excellence ensued as to the desirability of the revivability of the ancient games and sports of our ancient Panceltic forefathers. The wellknown and highly respected worker in the cause of our old tongue, Mr Joseph M’Carthy Hynes, made an eloquent appeal for the resuscitation of the ancient Gaelic sports and pastimes, practised morning and evening by Finn MacCool, as calculated to revive the best traditions of manly strength and prowess handed down to us from ancient ages.

 いと高貴なる結社の尊き長、議長の席に就き、各界の列席者の數や夥しかりき。議長の有益なる論説はまことに壯麗なる演説にして雄辯かつ力強く提示せられ、これに續きて我らが古の汎ケルト父祖の營みし古代の競技、遊戯の復興を待望する議論、常のごとく卓越せる水準を以て展開せられたり。また我らが古の言語の為の高名にして尊敬すべき盡力者ジョセフ・マッカーシー・へインズ氏は、朝な夕なにフィン・マックールの勤しみし古式ゆかしきゲール式スポーツおよび娯樂の復活につき雄辯に訴へた、曰くそは古の時代より我らに傳へられし雄々しき屈强と剛毅とのこの上なき傳統の再興にこそ相應しきものなりと。

 

第12章は語り手の語るストーリーに、さまざまのパロディ的断章が突然さしはさまれながら進行する。このブログの第48回のところの直前の箇所。

 

酒場の面々は、アイリッシュ・スポーツを話題にしたが、その場面に続くパロディ断章の冒頭の一節。アイリッシュ・スポーツの復興団体の会議報告文のパロディーとなっている。

 

議長を務めるのは、民族主義者で「市民」というあだ名をもつ人物。へインズは、たまたま前回のブログで触れたとおり、スティーヴンの住居に滞在している英国人で、アイルランドの民間伝承を研究するため当地に来ている。

 

へインズは現実にはこの場にいないし、酒場の連中が彼のことを知っているとは思えない。そうするとこのパロディ断章は誰が語っているのだろうか、との疑問を禁じ得ない。やはり柳瀬さんが言うように「語り手」は「犬」という説ももっともらしく思えてくる。

 

フィン・マックールは、ケルト神話における英雄で、エリン(アイルランド)の平和を守るフィアナ騎士団の団長として有名。

 

 

"Finn MacCool" by (Carrie Sloan) is licensed under CC BY-NC-SA 2.0.

北アイルランドのアントリム県にある村ブッシュミルズにあるホテル兼パブ「フィン・マックール」。この建物は18世紀に遡る古いものだが、今年許可なく取り壊されてしまったという。

→ The Irish News

 

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