過去のブルーム氏にとって如何なる職業が未来において可能であったか
第254投。565ページ、788行目。
What future careers had been possible for Bloom in the past and with what exemplars?
In the church, Roman, Anglican or Nonconformist: exemplars, the very reverend John Conmee S. J., the reverend T. Salmon, D. D., provost of Trinity college, Dr Alexander J. Dowie. At the bar, English or Irish: exemplars, Seymour Bushe, K. C., Rufus Isaacs, K. C. On the stage, modern or Shakespearean: exemplars, Charles Wyndham, high comedian, Osmond Tearle († 1901), exponent of Shakespeare.
過去のブルーム氏にとって如何なる職業が未来において可能であったか、またその範例となる人物とは。
羅馬教会、英国国教会、又は非国教会聖職界:耶穌会士ジョン・コンミー神父、三位一体学院長、神学博士T・サーモン司祭、アレクサンダー・J・ダウィー博士。英国又は愛蘭法曹界:国王顧問シーモア・ブッシュ、国王顧問ルーファス・アイザックス。現代又は古典演劇界:卓越した喜劇俳優チャールズ・ウィンダム、沙翁劇の第一人者オズモンド・ティアール(1901年没)。
第17章。この章は始めから終わりまで問いと答えの形式により進行する。深夜、ブルーム氏は、自宅に連れて来たスティーヴンと会話している。ブルーム氏が過去に夢見た将来の職業について、あるいは、ブルーム氏が就き得た職業の抽象的な可能性について、問いと答えになっている。
ここでは聖職者、法曹、俳優が挙げられている。ブルーム氏は宗教には批判的なので、聖職者になりたかったとは考えられない。しかし彼は、第251回で見たように、大衆伝道者を身入りの良い稼業と考えている。ブルーム氏は法学とは縁がないが弁護士は儲かる職業と考えたのかもしれない。演劇に関しては彼は大いに興味を持っていて、現実の問題に直面した場合シェイクスピアの作品に解決を求めるという。
さて範例とされる人物についてみてみよう。
ジョン・スティーブン・コンミー(John Stephen Conmee、1847 – 1910) については第222回で一度触れた。コンミー神父はイエズス会の司祭、著述家、教育者。ジョイスがクロンゴウズ・ウッド・カレッジの学生だったころったコンミー神父が学長だった

ジョージ・サーモン(George Salmon, 1819 - 1904) はアイルランドの数学者、聖公会神学者。20年間代数幾何学を研究し、晩年の40年を神学に捧げた。生涯トリニティ・カレッジで過ごし1888年から1904年まで第32代学長を務めた。
第8章で、ブルーム氏は学長公邸のまえでサーモン司祭のことを想起している。彼はそのとき缶詰のサーモン(tinned salmon)を連想している。それでここはG. Salmon でなく、T. Salmonになっているのだ。
Provost's house. The reverend Dr Salmon: tinned salmon. Well tinned in there. Like a mortuary chapel. Wouldn't live in it if they paid me.
(U135.496)

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Portrait_of_George_Salmon.jpg
アレクサンダー・J・ダウィー(John Alexander Dowie、1847 – 1907)については第247回で詳しく述べた。
スコットランド出身でアメリカで活動したキリスト教伝道者・信仰治療師。つまり非国教会の新興宗教ということになる。ブルーム氏は今日、ダウィー氏の伝道集会のビラをもらった。

シーモア・ブッシュ (Seymour Bushe, 1853–1912)はアイルランド出身の法廷弁護士。チャイルズ兄弟殺人事件で被告を弁護し、その雄弁な弁論が高く評価された。彼は名門法曹一家の出身であったものの、人妻との不倫問題によって裁判官への昇進を逃したことでも知られている。(ああ、不倫つながりでこの人がこの小説に出てくるのか。)
ブッシュについては第127回で触れた。1899年、17歳のジョイスは、弁論術の勉強のためチャイルズ兄弟殺人事件の裁判を傍聴している。また第7章で、優れた雄弁家はだれかとマッキュー先生に聞かれて、J.J.オモロイが挙げたのがシーモア・ブッシュの弁論だった。
ブッシュ氏の肖像はどうしても見つからない。
ルーファス・ダニエル・アイザックス(Rufus Daniel Isaacs,1860 - 1935)は、英国の政治家、法曹、貴族。法務長官・大法官を経て、1913年にユダヤ系として初の英国最高裁長官(Lord Chief Justice)に就任。のちにインド総督(1921–26)を務め、初代レディング侯爵に叙せられた。ブルー氏の父はユダヤ人であることから、ユダヤ人で出世したアイザックスが挙げられているのだろう。

サー・チャールズ・ウィンダム(Charles Wyndham、1837 - 1919)は英国の俳優、劇場経営者。喜劇を得意としロンドン演劇界で名声を得た。
オスカー・ワイルドはウィンダムのために『真面目が肝心』The Importance of Being Earnestを書いたが、事情によりウィンダムは出演できなかった。
ちなみに、ジョイスはチューリヒ時代(1918年)に「イギリス俳優劇団」”The English Players”を立ち上げたが、劇団の最初の演目は『真面目が肝心』だった。

File:Charles Wyndham actor 2162675873 28d2648f2e o.jpg - Wikimedia Commons
オズモンド・ティアール(Osmond Tearle、1852 - 1901)は英国の俳優。とくにシェイクスピア劇の解釈で評価され、重厚で知的な演技で知られた。欧米各地を巡演し、イギリス演劇の国際的普及にも貢献した。

https://cabinetcardgallery.com/2009/02/06/osmond-tearle-english-theatre-actor/
これら華々しい経歴の模範的人物に対し、ブルーム氏の現在の職業はフリーランスの広告取である。
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