Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

300 (U345.1425) ー チェルシーの哲人

面を上げよ。

第300投。345ページ、1425行目。

 

Head up! For every newbegotten thou shalt gather thy homer of ripe wheat. See, thy fleece is drenched. Dost envy Darby Dullman there with his Joan? A canting jay and a rheumeyed curdog is all their progeny. Pshaw, I tell thee! He is a mule, a dead gasteropod, without vim or stamina, not worth a cracked kreutzer. Copulation without population! No, say I! Herod’s slaughter of the innocents were the truer name. Vegetables, forsooth, and sterile cohabitation! Give her beefsteaks, red, raw, bleeding! She is a hoary pandemonium of ills, enlarged glands, mumps, quinsy, bunions, hayfever, bedsores, ringworm, floating kidney, Derbyshire neck, warts, bilious attacks, gallstones, cold feet, varicose veins.

面を上げよ。新たに生れ出づる者一人につき、おまへは熟れた麥一ホーマーを刈入れるであらう。見よ、おまへの羊毛はずぶ濡れだ。其處にゐるダービー・ダルマンとその女房ジョアンが羨ましいか。彼等の子孫といつては、喧しい懸巢と目脂だらけの野良犬があるばかりだ。ふふん。よいか、おまへに言つて置く。彼奴は騾馬だ、死んだナメクヂだ、精力も氣魄もなく、缺けた鐚錢一枚の値打もない。後嗣なき交配。否、私は言はう。寧ろヘロデ王の無辜の嬰児虐殺と呼ぶ方が當つてゐる。野菜だと、聞いてあきれる。不毛の同棲生活とは。女房に牛肉を喰はせてやれ、眞赤な、生の、血の滴るやつを。彼女は年古りたる萬病の巢窟だ、淋巴腺腫脹、耳下腺炎、扁桃周圍膿瘍、外反母趾、枯草熱、褥瘡、白癬、遊走腎、甲狀腺腫、疣、膽汁性發作、膽石、腳冷、靜脈瘤。

 

第14章。午後10時ごろ。産科病院の談話室でスティーヴン、ブルーム氏、医学生らが談話している。

 

 この章は、過去から現在に至る英語散文の文体史を文体模写でなぞる趣向となっている。Giffordの注釈によると、この箇所は、トーマス・カーライル(Thomas Carlyle, 1795 - 1881)の文体によるという。

 

カーライルは、スコットランド生まれの英国の歴史家・思想家・評論家。代表作に『衣装哲学』(1883-4)、『フランス革命史』(1837)、『英雄崇拝論』(1841)がある。力強く警句的な文体で、物質主義や功利主義を批判し、精神と英雄の力を重んじた。

内容

この一節は、出産したマイナ・ピュアフォイの夫でメソジスト派の財務官僚ピュアフォイ氏への呼びかけになっている。ピュアフォイ夫妻は子沢山で、そのことを称賛している。しかし誰が語ってるのか、よくわからない。

 

「羊毛が濡れている」というのは、旧約聖書の『士師記』(第6章)から。

 

ギデオンは、神が自分を通してイスラエルを救おうとしていることを確かめるため、羊毛を使ってそのしるしを求める。羊毛だけが露で濡れ、周囲の地面は乾いているように願うと、実際にその通りになった、というもの。そこで、ここは「ピュアフォイ氏は神に認められたのだ」と言っていものと思う。

 

Darby and Joan というのは、長年連れ添い、互いに仲がよく、静かで穏やかな生活を送る夫婦を指す英語の決まり文句。由来は、ヘンリー・ウッドフォール(Henry Woodfall) が1735年ごろに発表した詩『忘れえぬ愛の喜び』The Joys of Love never forgotとされてる。

 

今回の一節で、ダービーとジョーンの夫妻は、ピュアフォイ夫妻と対比して、子供のいない老夫婦として非難されている。

 

“Dost envy Darby Dullman…”以下はその罵倒になっている。どうやらジョーンは菜食で病気持ちであり、夫婦には子供はいなかったという設定のよう。しかし、どうしてそういう設定になるのか、わからない。誰かのことを指しているのかもしれないがそれもよくわからない。

 

英国のマンチェスター、アニータ・ストリート(Anita Stree])の住宅の前に設置されている、「仲睦まじい老夫婦」の彫像

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Darby_and_Joan_-_geograph.org.uk_-_5877645.jpg

 

文体

カーライルといえば、漱石の短篇 『カーライル博物館』(1905年)を連想する。漱石はロンドン留学中のカーライルの旧居を訪問しており、帰国後それを題材にこの小品を書いている。このように明治、大正期にカーライルは影響力のある作家だったが、現在はほとんど読まれていないだろう。

 

岩波文庫の古本で『衣装哲学』と『英雄崇拝論』が読めるので、ぱらぱらと見てみた。

 

文体の特徴としては

  • 語りの多重 ― 編集者、著者、解説者など、語り手が絶えず揺れ動く。
  • 比喩の連鎖 ― 華麗な修辞を駆使し、比喩が社会・宗教・歴史・宇宙へと拡大していく。
  • 身振りの多い文章 ― 問いかけ、感嘆、命令を多用し、思考が跳躍しながら進む。
  • 荘重さと滑稽さの同居 ― 聖書や説教のような高尚な語りが卑近な話へ急に接続する。
  • 古語・造語・異国語・引用 ― 古風な語、ドイツ語風の表現、学術語、俗語を混在し、聖書やシェイクスピアなどの引用を多用する。

 

修辞の波にのまれた本論を読み取るのが厄介な代物で、とてもじっくり読めるようなものではない。スウィフトの『桶物語』と並んで、ジョイスが得意とする文体の特徴に通じるものがある。特に第14章のトーンによくマッチしていると思う。

 

岩波文庫で『衣装哲学』から、今回の箇所に通じるところを選んでみた。

カーライルのテキストはここから引きました。

→ Editions collective

 

命令形

"I too could now say to myself: Be no longer a Chaos, but a World, or even Worldkin. Produce! Produce! Were it but the pitifullest infinitesimal fraction of a Product, produce it in God's name! 'Tis the utmost thou hast in thee: out with it then. Up, up! Whatsoever thy hand findeth to do, do it with thy whole might. Work while it is called To-day; for the Night cometh, wherein no man can work."

Sartor Resartus by Thomas Carlyle BOOK II. CHAPTER IX. The Everlasting Yea.

「私も亦私自身の言ふことが出来た。最早渾沌であるな、世界になれ、どんな小さな世界でも構はない。作り出せ!作り出せ!どんな詰まらぬ、微塵よりも小さい、製作物のかけらでもいゝから、神かけてそれを作り出せ!それはおまへの神かぎり精一杯なのだ。それならそれを出せ!起て、起て!何でも何でもおまへの手で出来ることを全力を以つて為せ。今日と言はれる間に働け。夜が来れば働くことは出来ないからだ。」

『衣服哲学』第2巻第9章 「永遠の肯定」(石田憲次訳、岩波文庫、1946年)

 

命令形の呼びかけが今回のところと似ている。

また、カーライルは2人称に”thou”,"thy","thee"を使う。今回のところもそこが似ている。

 

Pshaw! 

...Did not the Boy Alexander weep because he had not two Planets to conquer; or a whole Solar System; or after that, a whole Universe? Ach Gott! when I gazed into these Stars, have they not looked down on me as if with pity from their serene spaces; like Eyes glistening with heavenly tears over the little lot of man! Thousands of human generations, all as noisy as our own, have been swallowed up of Time, and there remains no wreck of them any more; and Arcturus and Orion and Sirius and the Pleiades are still shining in their courses, clear and young, as when the Shepherd first noted them in the plain of Shinar. Pshaw! what is this paltry little Dog-cage of an Earth; what art thou that sittest whining there? Thou art still Nothing, Nobody: true; but who, then, is Something, Somebody? For thee the Family of Man has no use; it rejects thee; thou art wholly as a dissevered limb: so be it; perhaps it is better so!"

BOOK II. CHAPTER VIII.  Centre of Indifference.

・・・少年アレキサンダーは地球を二つ征服することが出來ない。いや全太陽系を、その次には全宇宙を征服できないと言つて、泣きはしなかつたか。嗚呼、私が此等の星を見つめた時、其等はその靜かな空間から恰も憐れむ者のやうに、恰も人間のささやかな運命を憐れむ神々しい涙にきらめく眼のやうに、私を見下しはしなかつたか。皆我々自身の時代とおなじやうに喧しい幾千かの時代の人間が時に嚥まれてしまつて、最早何の跡形も殘つてゐない。それに大角星とオリオンと狼星と昴は今も尚、牧人がシナルの平原で初めてそれに氣付いた時と同じ樣に、清らかに若々しく、輝いて運行してゐる。ふふん!このちつぽけ犬小屋のやうな地球は何だ。其處にめそゝ泣いて腰かけてゐる御前は何だ。御前は何物でもなければ、何人でもない。如何にもさうだ。併しそれでは誰が一廉の人間であるか。御前には人類は何の使ひ途も持つてゐない。それは御前を捨ててしまふ。御前は全く切斷された手足のやうなものだ。それならそれでよろしい。多分その方がよいのかも知れぬ。」

第2巻第8章 「無關心の中心」

 

"Pshaw!" はカーライルから取ったに違いない。また、罵倒の調子が似ている

 

羅列

While in Ireland, which, as mentioned, is their grand parent hive, they go by a perplexing multiplicity of designations, such as Bogtrotters, Redshanks, Ribbonmen, Cottiers, Peep-of-Day Boys, Babes of the Wood, Rockites, Poor-Slaves: which last, however, seems to be the primary and generic name;

BOOK III. HAPTER X. The Dandiacal Body.

處が、前述のやうにこの宗徒の偉大な巢窟とも謂ふべきアイルランドでは、沼歩き、赤脛、リボン黨員、水吞小作、黎明靑年隊員、森の子供、ロックの乾兒、貧乏奴隷などといふうやうな、譯が分からなくなる程種々雜多の名前で通つてゐる。

第3巻第10章 「洒落者の團體」

 

見慣れない単語を羅列するのもカーライルはよくやっていて、今回の箇所の珍妙な病名の羅列と通じる。

 

終戦直後の石田憲次氏の訳文は、今の感覚からすると古めかしくて大仰だが格調高い。カーライルのテキストの文体や内容とマッチしていると思う。今回の箇所も石田氏の訳文の調子で訳してみた。

 

ジェームズ・マクニール・ホイッスラー 『灰色と黒の構成 第2番:トーマス・カーライルの肖像』(1872~3)

 File:Whistler James Arrangement in Gray and Black No2 1873.jpg - Wikimedia Commons 

 

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299 (U182.85) - イーストリヴァーの大惨事

コンミー神父がノース・ストランド通りへと歩みを進めると

第299投。182ページ、85行目。

 

 Father Conmee began to walk along the North Strand road and was saluted by Mr William Gallagher who stood in the doorway of his shop. Father Conmee saluted Mr William Gallagher and perceived the odours that came from baconflitches and ample cools of butter. He passed Grogan’s the Tobacconist against which newsboards leaned and told of a dreadful catastrophe in New York. In America those things were continually happening. Unfortunate people to die like that, unprepared. Still, an act of perfect contrition.

 

 コンミー神父がノース・ストランド通りへと歩みを進めると、店の表に立つウィリアム・ギャラガー氏が挨拶をした。コンミー神父はウィリアム・ギャラガー氏に挨拶すると豚半身の塩漬けやバターの大きな塊から漂う香りを嗅いだ。タバコ屋のグローガンの店の前を通り過ぎると、店頭には新聞掲示板が立てかけてあってニューヨークで起きた恐ろしい大惨事を報じていた。アメリカではああいったことがしょっちゅう起きる。あんなふうに命を落とす不運な人々なんの備えもなく。むろん間際にまことの痛悔が。

 

第10章、午後の3時ごろ。この章は19個の断章で構成されていて、ダブリンのさまざまな場面が描かれる。今回の箇所は1つ目の断章の末尾。1つ目の断章は長大で、イエズス会司祭、コンミー神父の道行きが延々描写される。

 

ブログの第222回でみたように、聖フランシスコ・ザビエル教会の司教館を発ったコンミー神父の目的地は、アーティン工業学校で、ニューカメン橋で路面電車に乗るべく、ノース・ストランド通りへと曲がったところ。

 

〇司教館 

◇ウィリアム・ギャラガー食料品店

◇グローガン煙草店

⬠ 路面電車の駅

Dublin and district. Reduced from the 1/10 560 Scale of 1906-8... Partially revised in 1931

 

“newsboard” は、ニュースを掲示するための掲示板で、当時、下の写真のように店頭に立てかけて用いられていた。

ロンドンのタバコ屋の新聞告知板(1908年)

Oswald King - Tobacconist, Newsagent and General Stores at 47 Gillingham Street (on the corner of Vauxhall Bridge Road), Pimlico, London SW1V. Date: 1908.

 

ニューヨークで起きた恐ろしい大惨事とは、1904年6月15日の大型蒸気船の火災事故。ニューヨーク港を回っていた遊覧用の外輪蒸気船ジェネラル・スローカム号 (General Slocum) はイースト川で火災を起こし、乗船者1388人のうち約1000人が死亡した。

 

この事故については、第10章の別の断章で、紅茶商トム・カーナンの長台詞でも触れられてる。

 

Terrible affair that General Slocum explosion. Terrible, terrible! A thousand casualties. And heartrending scenes. Men trampling down women and children. Most brutal thing. What do they say was the cause? Spontaneous combustion. Most scandalous revelation. Not a single lifeboat would float and the firehose all burst. What I can’t understand is how the inspectors ever allowed a boat like that... Now, you’re talking straight, Mr Crimmins. You know why? Palm oil. Is that a fact? Without a doubt. Well now, look at that. And America they say is the land of the free. I thought we were bad here.

(U196.126―)

 

スローカム号の爆発事故は、本当に恐ろしい出来事だった。恐ろしい、恐ろしい! 死傷者は1000人にのぼった。そして、胸が張り裂けるような光景だった。男たちが女性や子供たちを踏みつけにした。実に残忍な出来事だ。原因は何だったとされている? 自然発火だそうだ。とんでもない発表だ。救命ボートは一つとして浮くものがなく、消火ホースはすべて破裂していた。私には理解できないのは、検査官たちがどうしてあんな船を認可したのかということだ…… さて、クリミンズさん、おっしゃるとおりです。その理由が分かりますか? 袖の下です。それは事実ですか? 間違いありません。まあ、ご覧のとおり。アメリカは「自由の国」だと言われているのに。ここもひどいと思っていましたが。(仮訳)

 

19世紀末から20世紀初頭のアメリカでは、実際に大きな事故が相次いでいた。

  - 鉄道の衝突・脱線事故

  - 蒸気船の火災や爆発

  - 炭鉱・工場の爆発事故

  - 都市部の大火災

急速な工業化、交通機関の発達、都市への人口集中に、安全対策が追いついてなかっためと考えられる。

 

1889年5月 ペンシルヴェニア州ジョンズタウン ダム決壊 死者数2,209人(以下同じ)

1900年9月 テキサス州ガルヴェストンのハリケーン 約6,000〜12,000人

1902年5月 テネシー州フレーターヴィル炭鉱爆発 184人

1902年7月 ペンシルヴェニア州ローリング・ミル炭鉱爆発 112人

1903年6月 ワイオミング州ハンナ炭鉱爆発      169人

1903年12月  ペンシルヴェニア州コネルズヴィル付近の列車脱線   約64人

1903年12月 シカゴイロコイ劇場火災 602人

1904年1月 ペンシルヴェニア州ハーウィック炭鉱爆発   約179人

1904年6月15日 ニューヨーク、ジェネラル・スローカム号火災 約1,000人

 

コンミー神父のいう “an act of perfect contrition”  は、カトリックで神への愛から出る完全な痛悔を指す。教理では、それは罪を悲しみ、もう罪を犯すまいとする決意を伴う悔い改め。ここは、コンミー神父は、乗員は死の直前に神への完全な痛悔を心に起こしたかもしれないと考えた、という意味と考える。

 

その日のスローカム号の乗客は、聖マルコ・ドイツ・ルーテル教会(St. Mark’s German Lutheran Church)の催す年次サンデースクールの遠足の参加者だった。乗客は、主にドイツ系の移民の家族で、教会関係の女性や子どもが多かった。この教会は文字通りプロテスタントのルター派の教会なので、コンミー神父の空想は、不幸なことに。的外れということになる。

→ history.com

 

Am 15. Juni 1904 - Die 'General Slocum' Katastrophe und der Beginn des Niedergangs Kleindeutschlands in Manhattan - New York Aktuell

 

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298 (U236.1191)  ー 男の女にあふの路 

河岸通りを上行するライオネルポルド

第298投。236ページ、1191行目。

 

 Up the quay went Lionelleopold, naughty Henry with letter for Mady, with sweets of sin with frillies for Raoul with met him pike hoses went Poldy on.

 

 Tap blind walked tapping by the tap the curbstone tapping, tap by tap.

 

 Cowley, he stuns himself with it: kind of drunkenness. Better give way only half way the way of a man with a maid. Instance enthusiasts. All ears. Not lose a demisemiquaver. Eyes shut. Head nodding in time. Dotty. You daren’t budge. Thinking strictly prohibited. Always talking shop. Fiddlefaddle about notes.

 河岸通りを上行するライオネルレオポルド、悪い人ヘンリーはマディへの手紙とともに、罪の甘さとともに、ラウルのためのフリフリ下着とともに、床の夜巡り玉と管づれ、ポールディは行く。

 

 トン、盲人がトンと叩いて歩む、縁石を、叩く、トン、トン。

 

 カウリーは我を忘れる、ある種の酩酊。程々にすべき、せいぜい途半ばに、男が女に取る方途。好事家達ときたら。総身が耳。32分音符一つも逃さない。目を閉じて。頭で拍子を取る。瘋点。微動だにせず。思考も厳禁。専門的な符牒づくし。音符がらみのよしなし琴。

 

第11章。午後4時ごろ。オーモンド・ホテル。バーの奥のサルーンで、音楽好きたちがコンサートを催している。ベン・ドラードがボブ・カウリーの伴奏で『クロッピー・ボーイ』The Croppy Boy を歌い終わったところ。食事をしたブルーム氏は、席を立ちホテルを出たところ。その思考と描写。

 

冒頭2行は短いが、多くの意味が高密度に集積されている。

 

"Lionelleopold"は "Lionel"とブルーム氏の名前 "Leopold" の合成。ライオネルはフロトーのオペラ『マルタ』Martha の登場人物。農場主の弟ライオネルは変装した宮廷の女官マルタに惹かれて、結婚を申し込むが、マルタは宮廷にこっそリ連れもどされる。

 

先ほどスティーヴンの父親サイモンがこのオペラから「夢のように」を歌ったのだ。

 

ブルーム氏は秘密の文通相手マーサ"Martha"へ書いた手紙を持って郵便局へ行こうとしている。ライオネルとブルーム氏は、マルタへの思いを共通している。

 

"Mady"とはマーサのことということになる。

 

"Henry"はブルーム氏がマーサへの手紙で名乗る偽名。"naughty"はマーサがブルーム氏(つまりヘンリー)への手紙で多用した言葉。

 

“sweets of sin”は、今日ブルーム氏が貸本屋でモリーのために借りて帰ってきた本のタイトル『罪の甘さ』。

 

“frillies for Raoul” はこの本の一節より。主人公は夫からもらった金を愛人ラウルのための下着に使う。ブルーム氏は妻のモリーと愛人のボイランのことを想起しているのだろうか。今はちょうどボイランがブルーム家を訪れている時間だ。

—All the dollarbills her husband gave her were spent in the stores on wondrous gowns and costliest frillies. For him! For Raoul!

(U194.608-)

 

そして、“Poldy” とは妻のもりーがブルーム氏を呼ぶときにつかう愛称。

 

“with met him pike hoses”とは。

 

第4章、朝の場面で、モリーはブルーム氏に、読んでいる本『ルービー、曲芸団の花』に出てくる難しい言葉 ”metempsychosis“ の意味を聞く。これは古代ギリシャ語に由来する言葉で「輪廻転生、生まれ変わり」の意味。この小説のキーワードのひとつ。ブログの第253回で、小説上の使用をすべて見た。

 

モリーは ”metempsychosis“ が “met him pike hoses”(彼に会った槍や管やら、という感じか?)と聞こえると解釈する。そのことは第8章(U126.113)でわかる。“met him pike hoses” のほうも今日のブルーム氏の思考に繰り返し現れる。

 

さてこれをどう訳すか。同音で、一方は輪廻転生の意味に、一方は通俗的猥褻な意味にならなければならない。

 

たまたま、前回のブログで、ギリシア語は「和語」寄りでいくことにした。そこで、

 

”metempsychosis“は、「とこのよめぐりたまぞくだれる」、漢字を当てると「常の世巡り魂ぞ降れる」。

“met him pike hoses”を、「床の夜めぐり玉と管づれ」、音としては「とこのよめぐりたまとくだづれ」とした。

 

盲人の男はピアノの調律師。サルーンのピアノを調律したのだが、音叉を忘れたのでホテルに戻ってきた。

 

ブルーム氏はカウリーの音楽狂ぶりを咎めている。カウリーは借金で首が回らなくなっているので、何か他のこと、例えば女性関係、に溺れているのかもしれない。

 

“the way of a man with a maid”は、旧約聖書の『箴言』(第30章第19節)にある言葉。賢王ソロモンが、「男と乙女との関係」を、「私にとってはあまりにも不思議で、いや、私には理解できないこと」の一つとして挙げている。

 

The way of an eagle in the air; the way of a serpent upon a rock; the way of a ship in the midst of the sea; and the way of a man with a maid.

Proverbs 30:19 King James Bible

 

即ち空にとぷ鷲の路 磐の上にはふ蛇の路 海にはしる舟の路 男の女にあふの路これなり

 

また、The Way of a Man with a Maid は、1908年に出版された匿名のSM的官能小説のタイトルでもある。この小説の時代(1904年)とあわないが、流れ的には、ブルーム氏が想起したのはエロ小説のタイトルであるほうがしっくりくる。

→ wikipedia

 

どうもブルーム氏は、酒でも、音楽でも、色事でも、何かに没頭してしまうことに批判的なようだ。なにごとも中庸をよしとする人なのだ。

 

最後に、第11章は音楽的な文体で書かれており、音楽的な意味のある単語が用いられる。それらについて。

 

Up  ― 「上流へ行く」との意味と、「音階を上がる」との意味がある。

Dotty - 「気がふれた、夢中になって」との意味ともに、付点音符の「点を付す」の意味も感じる。「瘋癲」をもじって「瘋点」と訳した。

Fiddlefaddle - 「ばかげたこと」との意味だが、"fiddle" にはバイオリンの意味があり、「よしなし琴」と訳した。

 

 

A Man with a Maid, Anonymous

New York; Grove Press(1969)

 

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297 (U423.1519) - 酒場巡りの道行き

(シャム双生児の酔いどれフィリップとしらふのフィリップ

第297投。423ページ、2519行目。

 

 (The Siamese twins, Philip Drunk and Philip Sober, two Oxford dons with lawnmowers, appear in the window embrasure. Both are masked with Matthew Arnold’s face.)

 

 PHILIP SOBER: Take a fool’s advice. All is not well. Work it out with the buttend of a pencil, like a good young idiot. Three pounds twelve you got, two notes, one sovereign, two crowns, if youth but knew. Mooney’s en ville, Mooney’s sur mer, the Moira, Larchet’s, Holles street hospital, Burke’s. Eh? I am watching you.

 

 PHILIP DRUNK: (Impatiently.) Ah, bosh, man. Go to hell! I paid my way. If I could only find out about octaves. Reduplication of personality. Who was it told me his name? (His lawnmower begins to purr.) Aha, yes. Zoe mou sas agapo. Have a notion I was here before. When was it not Atkinson his card I have somewhere. Mac Somebody. Unmack I have it. He told me about, hold on, Swinburne, was it, no?

 

 (シャム双生児の酔いどれフィリップとしらふのフィリップ、芝刈り機を押す二人のオックスフォード大学教員が窓の内側の窪みに現れる。二人はマシュー・アーノルドの仮面をかぶっている。)

 

 しらふのフィリップ:愚者の忠告を聞きな。どうも尋常じゃないぞ。鉛筆の尻で計算してみな、間抜けの与太郎みたいによ。3ポンド12シリングもらったよな、紙幣2枚、ソブリン1枚、クラウン2枚、若気の記憶の限りな。街のムーニー、海のムーニー、モイラ、ラーチェット、ホリス通りの病院、それからバークだと。ちゃんと見てたんだぞ。

 

 酔いどれフィリップ:(いらだち)うるせえ馬鹿野郎、失せろ。自分で払ってんだ。オクターヴのことさえ極められたらなあ。人格の二重化。誰だっけ名前を教えてくれたのはあいつの。(芝刈り機がごろごろ言い出す)ああ、そうだ。和賀伊能知余、奈礼乎之多布。前に来たような気がするぞここ。いつだっけいやあれはアトキンソンだったかあいつの名刺ならどこかにある。マクなんとか。そうだアンマックだ。やつがおれに言ったのは待てよスウィンバーンのことだったよな。

第15章。夜中。ベラ・コーエンの娼館。現実にありえない幻想場面がト書きと台詞の戯曲形式で展開する。

芝刈り機を押すシャム双生児は、この小説に登場する奇怪な存在のなかでもひときわ不可解なものだ。素面のフィリップと酔っ払いのフィリップはスティーヴンの思考からでてきたもので、彼のもうひとつの自我と考えられる。ここは意味は取りにくいが、とても大事な情報が含まれている。

 

 

フィリップ

このフィリップというのは「酔っ払いのフィリップから素面のフィリップ」“from Philip drunk to Philip sober”というのは英語のいいまわしからきている。これは古代マケドニア王フィリッポス二世(Philip II of Macedon 382 BC - 336 BC)にまつわる故事に由来する。

 

フィリッポス二世が酒に酔ったまま裁判をして不当な判決を下したところ、敗訴した者が「控訴する」と言い、王が「誰に訴えるのか。自分が王だ」と問う、その者は、「酔ったフィリッポスから、しらふのフィリッポスへ訴えるのです」と答えた。翌日、王が正気で再審し、判決を改めたという話。「酒に酔った判断ではなく、正気の判断に訴える」との意味になる。

 

フェリペ2世とみられる象牙の肖像像(紀元前3世紀)

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Ivory_portrait_of_Philip_II.jpg

 

マシュー・アーノルド

「マシュー・アーノルド」と「芝刈り機」は、第1章のスティーヴンの空想場面から来ている。

 

それは、マシュー・アーノルドの顔をした耳の聞こえない庭師が、大学の中庭で芝刈り機を押している、というイメージ。

 

Shouts from the open window startling evening in the quadrangle. A deaf gardener, aproned, masked with Matthew Arnold's face, pushes his mower on the sombre lawn watching narrowly the dancing motes of grasshalms.

(U7.172)

 

マシュー・アーノルド(Matthew Arnold, 1822 - 1888)は、イギリスの詩人、批評家。アーノルドはオックスフォード出身で同大学のフェローでもあった。スティーヴンはここでは同居の居候のヘインズがオックスフォードの学生なので、アーノルドを想起したのだ。

マシュー・アーノルドのポートレート(1888以前)

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Photo_of_Matthew_Arnold.jpg

 

芝刈り機

英国のオクスフォードやケンブリッジでは、カレッジの中庭に美しく刈り込まれた芝生があり、これを維持することが伝統になっている。芝刈り機はオクスフォード大学の学寮生活を象徴する小道具と考えられる。

 

蒸気エンジン、ガソリンエンジン式の芝刈り機は1904年当時すでに存在したが“pushes his mower”とあるので円筒刃式(リール式)の手押し芝刈り機と考える。

 

19世纪末、英国メーカーであるThomas Green & Sonの手押し式(リール式)芝刈り機を使って芝を刈る庭師

 

1890年製 Green's Lion。英国科学博物館所蔵。

"Man" Lawnmower by Green, 1890 | Science Museum Group Collection

 

“If youth knew,”というには“If youth knew,if age could.”という慣用句の前半。「もし若者に知恵があり、もし老人に実行力があれば。」これは第2章のデイジー校長のセリフの引用(U25.238)。

 

”I paid my way.”(自分の分は自分で払った)もデイジー校長の言葉(U25.251-)。

 

3ポンド12シリング

素面のフィリップのいう「3ポンド12ペンス」とはスティーヴンが今日、教員の給与としてもらった金額のことだ。彼は第2章で、デイジー校長から3ポンド12シリングもらっている。

 ―Three, Mr Deasy said, turning his little savingsbox about in his hand. These are handy things to have. See. This is for sovereigns. This is for shillings. Sixpences, halfcrowns. And here crowns. See.

 He shot from it two crowns and two shillings.

 ―Three twelve, he said. I think you'll find that's right.

(U25.218)

 

すなわち、3ポンドに、クラウン銀貨2枚(5×2=10シリング)、シリング銀貨2枚、で12シリング。

 

ここのフィリプのセリフで3ポンドは、1ポンド紙幣2枚とソヴリン金貨1枚(=1ポンド)であったことが分かる。そのうえで、フィリップはシリング銀貨2枚のことを省略している。ややこしいな。

 

当時の1ポンドは現在の約80ポンドに相当。1シリングは現在の約4ポンドに相当。この考えでいくと、当時の3ポンド12シリングは現在の288ポンド、つまり約6万円。

 

第15章の終盤で、ブルーム氏は酔っぱらったスティーヴンを心配して彼から持ち金を預かる。その金額は、1ポンド6シリング11ペンス。

 BLOOM: I will but is it wise? (He counts.) One, seven, eleven, and five. Six. Eleven. I don’t answer for what you may have lost.

(U456.3606)

 

〈3ポンド12シリング〉-〈1ポンド6シリング11ペンス〉=〈2ポンド5シリング1ペニー〉

スティーヴンは、持ち金がゼロだったと仮定して、今日一日で2ポンド5シリング(現在の価値換算で37,800円)使ってしまったのだ。その使い道は飲み代であろう。

 

はしご酒

素面のフィリップのいう“Mooney’s en ville, Mooney’s sur mer, the Moira, Larchet’s, Holles street hospital, Burke’s.”とは、今日、スティーヴンが飲み代に金を使った場所を羅列していると考えられる。(というか、この箇所で、小説で描かれていない彼の今日の行先がわかるのだ。)

 

”Mooney’s en ville”「街のムーニーズ」と ”Mooney’s sur mer”「海のムーニーズ」についてはブログの第169回で触れた。

 

”The Moira”は、「モイラ・ホテル」(The Moira Hotel and Restaurant)。1973年に廃業したらしい。その場所は現在はPichetというレストランになっている。

→ pichet


 

”Larchet’s”は「ラーチェット・ホテル」(Larchet’s Hotel and Restaurant)。元はフランクリン・ホテル(Franklin’s)。現在建物は現存しない。

 

〇モイラ・ホテル 

〇ラーチェット・ホテル(地図上はフランクリン・ホテル)

 

Insurance Plan of the City of Dublin Vol. 1: sheet 16-2(1893年)を加工

 

”Holles street hospital” は第14章の舞台となった国立産科病院。"Burke’s" は産科病院から繰り出して行った酒場。

 

これらについては「ブルーム氏の移動を地図上で再現する ー その3」の地図16参照。

 

オクターヴ

酔いどれフィリップのいう「もしオクターブについて知ることができたらな。」というのは何だろう。ここは約10ページほど前で、スティーヴンが展開しようとしたイメージの断片に関連する。(U411.2086~411.2121)

 

オクターヴでは、出発点のドから一オクターヴ上のドに到達すると、音の高さは変わっているのに、同じ音名に戻る。つまり、変化しながら同一性を回復するという構造になる。そこから、世界の果てまで出かけ、自分自身ではないものを遍歴したものが、その遍歴を終えると、実は自分自身になっているということに発想が展開する。いまのところ難解で手に負えないが、この小説自体かかわる大事な部分という気がする。またの機会に考えてみたい。

 

酔いどれフィリップのいうことは、さすがに酔っているだけに、意味がよくわからない。わたしの理解では、スティーヴンは、だれか文学活動上の仲間と売春宿に来て詩について議論したことを想起しているのではないかと思う。

 

バイロン

Zoë mou, sas agapo! はバイロン卿の詩"「アテネの乙女よ、別れの前に」Maid Of Athens, Ere We Part(1810年)の一節。詩の各連はこの同じギリシャ語のリフレインで終わり、バイロンはこれを“My life, I love you”と英訳している。

 

Maid of Athens, ere we part,

Give, oh give me back my heart!

Or, since that has left my breast,

Keep it now, and take the rest!

Hear my vow before I go,

Zoë mou, sas agapo!

→ allpoetry

アテネの乙女よ、君と別れるに先立って

ああ、わが心をわれにもどせ

いな、わが心はすでにわがものではないのだから

君の手にいまは委ねよう、いな、そればかりではない。

旅立ちのまえの、わが誓いに耳をかたむけよ

「わがいのちなる君よ、われ君を愛す」

『バイロン詩集』(阿部知二訳、新潮文庫、1951年)

 

このブログでは、ラテン語は漢語に訳してきた。ギリシア語はどう訳すか。和語に寄せたうえで万葉仮名風にすることにした。「わがいのちよ、なれをしたふ」「和賀伊能知余、奈礼乎之多布」。

 

アトキンソン

スティーヴンが思い出そうとしているAtkinsonとは、フレデリック・マカーディ・アトキンソン(Frederick M'Curdy Atkinson)という人物と考えられる。第9章の終盤で、マリガンが、アビー劇場で見かけたといって言及がある。(U177.1141)

 

検索してみても、この人のことはよくわからない。若き日のジョイスが詩を寄稿した同人誌 Dana(第281回で触れた)の1904年8月号には、ジョイスの詩の次に、アトキンソンの文学エッセイ Literary Notices が掲載されている。(その後の号にも連載がある。)

→ Modernist Journals Project

 

だからスティーヴンとは同人誌への寄稿の仲間であったのだろう。そして、アトキンソンの Literary Notices は、冒頭でまさに、スウィンバーンの詩集について触れている。

 

総合してみると、スティーヴンはまず、娼館に文学仲間と来たことを思い出し、「オックスフォード大学」→「マシュー・アーノルド」(ギリシアを文化と精神の理想像にした)→「ギリシア」→「マケドニア」→「バイロン」(詩にギリシア語を交えた)→「スウィンバーン」(ギリシア神話や悲劇の歌唱性にあこがれた)といった網目状の連想がこの場面の反映していると考える。

 

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296 (U254.655) - おお彼の名を囁くな

程なくして二人は悲愴の極みに打ちひしがれ

第296投。254ページ、655行目。

 

But anon they were overcome with grief and clasped their hands for the last time. A fresh torrent of tears burst from their lachrymal ducts and the vast concourse of people, touched to the inmost core, broke into heartrending sobs, not the least affected being the aged prebendary himself. Big strong men, officers of the peace and genial giants of the royal Irish constabulary, were making frank use of their handkerchiefs and it is safe to say that there was not a dry eye in that record assemblage. A most romantic incident occurred when a handsome young Oxford graduate, noted for his chivalry towards the fair sex, stepped forward and, presenting his visiting card, bankbook and genealogical tree, solicited the hand of the hapless young lady, requesting her to name the day, and was accepted on the spot.

 

程なくして二人は悲愴の極みに打ちひしがれ、今生の名殘とばかりに今一度その雙手を固く握り合ひたり。すると新たなる涙の奔流が兩の涙管より滂沱として溢れ出で、居合はせたる夥しき群衆はその光景に心膽深奥を震撼せしめられ斷腸の嗚咽に包まれたり。就中最も胸を衝かれしは實にその老聖職者自身なりき。魁偉屈強の壯漢、治安維持の任に當たる者ども果ては王立アイルランド警察の心優しき巨漢に至るまで躊躇なく懷中よりハンケチを取り出せり、空前の大觀衆のうち落涙せざる者は一人としてなしと稱するも敢へて過言にはあらざるべし。その日最も浪漫的色彩に富む一幕は、婦人に對する騎士道精神にかけて夙に令名高き眉目秀麗なるオクスフォルド大學出の青年紳士が颯然として一歩進み出で己が名刺、銀行通帳、家系圖を恭しく差し出すや、この薄幸の若き淑女に婚姻を申し入れ、何卒佳き日取りを御指定あらんことをと懇願し、その願ひが即座に嘉納せられたる正にその瞬間なりき。

 

第12章。語り手の語るストーリーに、さまざまのパロディ的断章が突然さしはさまれながら進行する。

 

舞台は、バーニー・キアナンの酒場。語り手、新聞記者のジョウ・ハインズ、「市民」というあだ名の民族主義者、アルフ・バーガンらの面々が飲みながら会話している。小説の主人公ブルーム氏もいる。ジョウが、アルフ・バーガンが持っていた死刑執行人の手紙を読み上げたのち、「市民」がアイルランド独立のため蜂起し処刑された志士たちを追悼する。

 

そこに150行にもおよぶ長大なバロディ断章が続く。その途中の一節。

 

誰であるか定かでない人物の絞首刑が、国王の葬儀かのような一大ページェントとして繰り広げられ、それが、新聞記事のレポートだろうか、感傷的で仰々しい通俗文体で語られる。処刑される人物の前に現れたのは彼の婚約者である。

 

1803年9月20日、トーマス・ストリートにて行われたロバート・エメットの処刑を描いた版画。

 

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295 (U525.1099) - 平和的フェビアン的穏健自治的

-もちろん、B氏は続けてこう規定した

第295投。525ページ、1099行目。

 

 —Of course, Mr B. proceeded to stipulate, you must look at both sides of the question. It is hard to lay down any hard and fast rules as to right and wrong but room for improvement all round there certainly is though every country, they say, our own distressful included, has the government it deserves. But with a little goodwill all round. It’s all very fine to boast of mutual superiority but what about mutual equality. I resent violence and intolerance in any shape or form. It never reaches anything or stops anything. A revolution must come on the due instalments plan. It’s a patent absurdity on the face of it to hate people because they live round the corner and speak another vernacular, in the next house so to speak.

 

 -もちろん、B氏は続けてこう規定した、人には各々好尚有り。善悪に絶対的な決まりを設けることは困難だけど万端改善する余地はきっとある、もっともよく言われるようにすべての国民はそれにふさわしい政府を持つ。でも各々が少しばかりの善意を持たねば。互いの優越性を誇り合うのは結構だが、互いの平等についてはどうだろうか。私はあらゆる暴力や不寛容を憎む。それでは何も達成しないし何も止められない。革命は分割払いで段階的になすべきだ。近所に住む人がお国の言葉を話すからといって、言わば隣人だよ、憎むなんて明らかにばかげたことだよ。

 

第16章。夜中の午前1時。ベラ・コーエンの娼館を出たブルーム氏とスティーヴンは、バット橋たもとにある馭者溜まりにいる。ブルーム氏(B氏)はスティーヴンに自分の国家観を述べる。

 

第16章は難解な単語や構文が使われるが、ここはブルーム氏のセリフであるせいか、文章は難解ではない。しかしその主張は慣用句の波に飲まれている。

 

“There are two sides to every question” 「どんな問題にも異なる見方や言い分がある」

“hard and fast rules”  「厳格で融通のきかない決まり」

“in any shape or form” 「どんな形ででも(…ない)、少しも(…ない)」

“on the face of it”  「一見したところでは, 表面上は」

“so to speak”  「言わば, あたかも, まるで」.

"Every country has the government it deserves" 「すべての国民はそれにふさわしい政府を持つ」はフランスの王党派の反革命家、ジョゼフ・マリー・ド・メーストル伯爵(Joseph-Marie, Comte de Maistre, 1753 - 1821)に由来する言葉だが、ブルーム氏はそれと知らず用いているのだろう。

 

論理の筋道は明確ではないが、いいたいことは、おおよそわかる。一見ありきたりの一般論を接続詞と慣用句でつなぎ合わせたように見える。しかしちょっと立ち止まってよく考えてみよう。

 

1.対英国的立場

1904年当時英国の一部であったアイルランドの帰属をめぐる政治的立場には次の三つがあった。

①穏健自治派:アイルランドの自治議会を設ける。ただし英国との政治的結びつきは維持する。穏健な議会主義的ナショナリズム。

② 急進的ナショナリズム派:英国からの独立や、より徹底した民族的自立を目指す。

③ ユニオニスト派:英国との連合を維持し、自治に反対する。

 

ブルーム氏はいつもアイルランドは国家だという前提で話す。そのうえ第279回で見たように、英国との共存共栄を主張する。彼は自治運動の象徴、パーネルへの共感を語るので、①穏健自治派の立場と考えられる。しかし「アイルランド固有の歴史と民族的連帯を重視する」という考えはない。彼は「自分が生まれた国がアイルランドだからアイルランド人である」と語っていて、その国家観は形式的だ。

 

穏健自治派、アイルランド議会党の指導者であるジョン・レドモンド(John Redmond)議員が英国軍への応召を呼びかけるポスター(1915年)

File:Irish Regiment 1914.jpg - Wikimedia Commons

 

2.道徳観、宗教

彼はユダヤ系移民の息子だがユダヤ教を信仰しているわけでなく、宗教に批判的である。またここでは善悪に基準を設けるのは難しいといっている。

唯一絶対の道徳を社会が他人に押しつけることを警戒し、異なる生き方・意見を許容すること、また宗教的権威からの自由という点で、ジョン・スチュアート・ミル(John Stuart Mill) の『自由論』的な世界に近い。

 

 

ジョン・スチュアート・ミルの肖像(絵葉書 1907年頃)

File:Postcard featuring John Stuart Mill,c. 1907. (22780068945).jpg - Wikimedia Commons

 

3.社会政策

マルクス主義的な暴力革命ではなく、議会・行政・教育・地方自治などを通じて改革を少しずつ実現しようとするという意味ではジョージ・バーナード・ショー(George Bernard Shaw) や シドニー・ウェッブ(Sidney Webb) らのフェビアン協会(Fabian Society)に通じるものがある。

この一節には表れていないが、ブルームには社会政策へ異様な関心があって、作中を通じて交通、衛生、電力、住宅、公共施設など社会を実際にどう便利にするかを延々考えている。その点でもフェビアン的だ。

 

ジョージ・バーナード・ショーの劇『キャプテン・ブラスバウンドの回心』(1900年)のポスター(1937年)

"Captain Brassbound's Conversion by George Bernard Shaw" by Fæ is licensed under CC BY 2.0.

 

 

4.勤労

第208回のところで述べたのだが、彼は、個人の頭脳と肉体は国家に属しており、世の中のためになる仕事をして国家の利益に貢献すべき、との考えを持つ。これはその後のドイツでいえばナチ党の支持基盤になったようなヨーローパの中間層にみられる勤労観だと思う。

 

5.国際関係

彼は人の善意を信じ、暴力や戦争を嫌悪する。紛争は話し合いで解決できるという立場をとる。

1899年と1907年のハーグ平和会議で示された「国際平和運動・国際仲裁主義」の考えに沿うものと見える。

 

ブルーム氏の考えは、各側面に分解すると、似た思潮を指摘することはできるのだが、これらを組み合わせたものを、1904年のダブリンの置いてみた場合、それほどありきたりな人物であるとはいえないように思う。

 

一方で、彼の立場は、18-19世紀の欧米の政治思想の流れ着いた先、戦後日本の価値観とよく一致しているのではいだろうか。日本国憲法前文に見られる、「恒久の平和」「人間相互の関係」「平和を愛する諸国民の公正と信義」「他国と対等関係」というような概念とよくマッチする。

 

だから現在の日本人の価値観からみると、彼の論がありきたりの一般論に見えてしまう、ということではないだろうか。

 

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294 (U379.1001) - 動物への生成変化

J. J. オモロイ:(ほとんど聞こえない声で)失礼。

 

第294投。379ページ、1001行目。

 

 J. J. O’MOLLOY: (Almost voicelessly.) Excuse me. I am suffering from a severe chill, have recently come from a sickbed. A few wellchosen words. (He assumes the avine head, foxy moustache and proboscidal eloquence of Seymour Bushe.) When the angel’s book comes to be opened if aught that the pensive bosom has inaugurated of soultransfigured and of soultransfiguring deserves to live I say accord the prisoner at the bar the sacred benefit of the doubt.

 

 J. J. オモロイ:(ほとんど聞こえない声で)失礼。ひどい悪寒がしましてね先ほど病床から起き上がったばかりなのです。厳選した言葉をいささか。(シーモア・ブッシュの禽類の頭、狡狐の口髭、雄弁な長吻を身に纏い)天使の書の開かるる時、沈思する胸中に湧起するところの、魂が変容しまた魂を変容せしむるものこそ生に値するものなれば、私は言おう、疑わしきは罰せずという神聖なる恩恵は法廷に立つこの被告人にこそ与えらるべしと。

 

第15章、現実ではないことが幻想として展開する。ブルーム氏は罪を告発され裁判の場面となる。弁護士であるJ.J.オモロイが登場してブルーム氏の弁護をする。このブログの第156回で取り上げた「ト書き」の直後のオモロイのセリフ。

 

「ト書き」の描写では、オモロイは、法廷弁護士ジョン・フランシス・テイラー(John Francis Taylor  1853 - 1902)に変身している。その風貌はジョイスが1901年に目にした通りの病身となっている。

 

今回の箇所のセリフによると、オモロイは、雄弁で有名だった弁護士のシーモア・ブッシュ(Seymour Bushe, 1853‐1922)の風貌をまとっていると読める。第127回でふれたように、ジョイスは1898年にブッシュの裁判での弁論を傍聴している。

 

シーモア・ブッシュの肖像はどうしても見つからないので。ブッシュの顔が鳥に似ていたのか、口髭をはやしていたのか、鼻が長かったのか、確かめることはできない。

 

今回のオモロイのセリフは、第7章で、彼がブッシュの雄弁をたたえてその弁論を再現したところから変形されて来ている。変形されているので今回のところは意味がよくわからなくなっている。

 J. J. O’Molloy resumed, moulding his words:

 

 —He said of it: that stony effigy in frozen music, horned and terrible, of the human form divine, that eternal symbol of wisdom and of prophecy which, if aught that the imagination or the hand of sculptor has wrought in marble of soultransfigured and of soultransfiguring deserves to live, deserves to live.

(U115.768)

 

“A few wellchosen words”というフレーズもその直前のレネハンのセリフから来ている。

 

―A few wellchosen words, Lenehan prefaced. Silence!

(U115.759)

 

 

人間の顔貌と動物の顔貌との関係を示す一連のリトグラフ画

シャルル・ル・ブラン(1619 - 1690)の原画に基づく

A series of lithographic drawings illustrative of the relation between the human physiognomy and that of the brute creation / From designs by Charles Le Brun

A series of lithographic drawings illustrative of the relation between the human physiognomy and that of the brute creation / From designs by Charles Le Brun: with remarks on the system. [Anon]. | Wellcome Collection

 

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