そこで男は、胸中の思ひの一端を
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Accordingly he broke his mind to his neighbour, saying that, to express his notion of the thing, his opinion (who ought not perchance to express one) was that one must have a cold constitution and a frigid genius not to be rejoiced by this freshest news of the fruition of her confinement since she had been in such pain through no fault of hers. The dressy young blade said it was her husband’s that put her in that expectation or at least it ought to be unless she were another Ephesian matron. I must acquaint you, said Mr Crotthers, clapping on the table so as to evoke a resonant comment of emphasis, old Glory Allelujurum was round again today, an elderly man with dundrearies, preferring through his nose a request to have word of Wilhelmina, my life, as he calls her.
そこで男は、胸中の思ひの一端を、あへて隣人にのみに吐露して、かう言つた。此の一件について、私の所見を述べるとすれば――まこと、本來はか様なこと、軽々に口にすべきではなからうが――此度のお目出度成就といふ報せに接して、もし心の底よりの悦びを覺えぬ者があるとすれば、それは餘程に感情の枯渇した、頑なな精神の所有者であるに違ひない。この女は、己の過ちによるのでもなく、かくのごとき苦痛を味ははされた身であるのだからね。めかし屋の若者は、半ば冗談めかした調子で、こんなふうに言つた、女に身重をもたらしたのは、まあその夫と考へるのが穏當だらうね。少なくともその女が、あのエフェソスのご婦人でもない限りは、さう見て差し支へあるまい。ひとこと断つておかねばならないな、とクローザース氏、指先でテーブルをこつこつと叩き乾いた音を響かせて人々の注意を集めた。それから改めて口を開きかう続けた。老グローリ・アレルユールム氏が――ダンドリアリー風の、ふさふさしたもみあげをたくはへた年嵩の男だが――今日ふらりと此處へ立ち寄つてね。鼻にかけた、あの独特の声で、言つたのだよ。わが愛するウイルヘルミアと――彼はさう呼んだ――ひとことお話しすることは出来ますかな、とね。
第14章。午後10時ごろ。産科病院の談話室でスティーヴン、ブルーム氏、医学生らが談話している。ピュアフォイ夫人の出産について告げられた後の場面。
この章は、過去から現在に至る英語散文の文体史を文体模写でなぞる趣向となっている。Giffordの注釈によると、この箇所はリチャード・ブリンズリー・シェリダン(Richard Brinsley Sheridan, 1751 - 1816)の文体という。シェリダンはダブリン生まれの英国の劇作家、政治家。機知と風刺に富んだ喜劇で知られる。
内容について
冒頭の”he”はブルーム氏のことで、彼は要するに「ピュアフォイ氏が夫人の出産の知らせを受けたら喜ぶだろう」といっているに過ぎない。
“The dressy young blade”「めかし屋の若者」とはマリガンのことだろう。
“Ephesian matron”「エフェソスの貴婦人」とは古代ローマの作家ペトロニウスが書いた風刺小説『サテュリコン』の中に挿入されたエピソードで「エフェソスの未亡人」として知られる話をふまえている。要するに身持ちの悪い女ということ。そのあらすじはこういうもの。
エフェソス(トルコ西部の古代都市)に、夫の死を悲しみ、墓にこもって断食するほど貞節だと評判の未亡人がいた。処刑された罪人の死体を見張る兵士が墓のそばに配置される。兵士は未亡人を気遣い、食べ物を差し入れるうちに二人は親しくなる。やがて未亡人は悲嘆から立ち直り、兵士と関係を結ぶようになる。その間に、見張っていた罪人の死体が盗まれてしまう。兵士が処罰を恐れて絶望すると、未亡人は機転を利かせ、亡き夫の遺体を代わりに十字架に掛けることを提案。こうして兵士は助かり、二人は難を逃れた。
クローザースはスコットランド出身の医学生。彼が言っているのは要するに「今日ピュアフォイ氏が見舞いにきていた」ということ。
“old Glory Allelujurum” (ハレルヤ “Allelujah” にラテン語風の語尾 -rumを付けたもの)とは、ピュアフォイ氏のことを指している。
ピュアフォイ氏は、ブルーム氏の第8章での思考によると、メソジスト派。メソジスト派は18世紀英国国教会内部に誕生した宗教運動でプロテスタントの一教派。のちにイギリス国教会から独立した。1904年当時のダブリンでメソジストというとどう言う位置づけなのかわたしにはピンとこない。メソジストは賛美歌を多く歌うとのことで、それでこういう名前でからかわれているのだと思う。
Poor Mrs Purefoy! Methodist husband. Method in his madness.
(U132.357)
夫人の名前は“Mina”なのに、彼が妻のことを “Wilhelmina”と呼んだというのも彼をからかっているのだろう。お高く留まっているのが、からかわれているのか。
1904年当時、ウィルヘルミナといえばオランダ女王ウィルヘルミナ(Wilhelmina, 1880 - 1962)で、それがイメージされているのかもしれない。

オランダ女王ウィルヘルミナの肖像写真(1909年)
File:Wilhelmina of the Netherlands, 1909.jpg - Wikimedia Commons
ちなみに、ピュアフォイ氏はダブリン城(アイルランド総督府)の財務記録官事務所(Treasury Remembrancer's office)に勤務している。その職務は英国政府のために、アイルランドにおける国庫・法的権利を確保するための、記録と監督を行う官僚職。
Young hopeful will be christened Mortimer Edward after the influential third cousin of Mr Purefoy in the Treasury Remembrancer's office, Dublin Castle.
(U343.1333)
彼はプロテスタントでダブリン城の官僚であるので、『ユリシーズ』の登場人物のなかでは比較的高い階級に属していて、お堅い仕事をしている人なのだ。
ダンドリアリー(dundrearies)というのは、英国の劇作家トム・テイラー (Tom Taylor、1817 – 1880)の戯曲『我がアメリカ人のいとこ』(Our American Cousin、1858年)の登場人物、ダンドリアリー卿‘(Lord Dundreary)風の長くふさふさしたもみあげのことを言う。

ダンドリアリー卿を演じる、E.A.ソセム(1881年)
File:E. A. Sothern as Dundreary.jpg - Wikimedia Commons
文体について
シェリダンは、英文学史上きわめて重要な人物だが、現在の日本ではほとんど読まれることはないだろう。しかし代表作の喜劇『悪口学校』(The School for Scandal、1777年の初演)は岩波文庫で読むことができる。
『悪口学校』の原文はこちら。
検索したところ、今回の箇所に出てくる特徴的な単語 、「体質、気質」の意味の“constitution”の出てくるところがあるので、拾ってみた。
LADY SNEERWELL. Yes a Tale of Scandal is as fatal to the Reputation of a prudent Lady of her stamp as a Fever is generally to those of the strongest Constitutions, but there is a sort of puny sickly Reputation, that is always ailing yet will outlive the robuster characters of a hundred Prudes.
キャンダー夫人 なるほど、身体の強い方が熱病にかかるといっぺんに参ってしまうように、ああいう型の慎み深いご婦人にはスキャンダルが致命的になるのね。反対に、いつでも病気にかかってるような、ひ弱な、病弱な評判の持主は、かえって、頑丈な性格の、おすまし屋さんより長生きするわけね。
菅 泰男訳『悪口学校』(岩波文庫、1981年)第1幕第1場
(なお英文とこの和訳ではこのセリフの話者名が違っている)
SIR BENJAMIN. True Madam there are Valetudinarians in Reputation as well as constitution—who being conscious of their weak Part, avoid the least breath of air, and supply their want of Stamina by care and circumspection—
サー・ベンジャミン 全くです、奥様、体質と同じように、評判というものにも、虚弱者というものがありましてね、そういう連中は、自分の弱味を知っているものだから、ちょっとした風のそよぎも避けて、スタミナの欠乏を注意と用心で補うのです。
同上
気障で、冷笑的で、回りくどいところは、似ている感じはする。
またmシェリダンの劇では登場人物の名前に意味があってあてつけになっている。例えば、スニアウェル令夫人(Lady Sneerwell)は、スニイア・ウェル(Sneer well)「うまく嘲笑する」の意味。
今回の箇所で、ピュアフォイ氏のことを“old Glory Allelujurum”と呼ぶのはそこを真似しているのだと思う。

John Hoppner (1758–1810)による、シェリダンとされる肖像画
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