Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

111(U580.1324)

彼の次の作業はいかに。

第111投。580ページ、1324行目。

 

 His next proceeding?

 

 From an open box on the majolicatopped table he extracted a black diminutive cone, one inch in height, placed it on its circular base on a small tin plate, placed his candlestick on the right corner of the mantelpiece, produced from his waistcoat a folded page of prospectus (illustrated) entitled Agendath Netaim, unfolded the same, examined it superficially, rolled it into a thin cylinder, ignited it in the candleflame, applied it when ignited to the apex of the cone till the latter reached the stage of rutilance, placed the cylinder in the basin of the candlestick disposing its unconsumed part in such a manner as to facilitate total combustion.

 彼の次の作業はいかに。

 

 マジョリカ焼き敷きのテーブルの上の箱から高さ1インチの小指大の黒い円錐を取り出すとブリキの小皿にその円形の底を下に置き、マントルピースの右の角に燭台を置き、チョッキから畳まれた、アジェンダス・ネッテイムを表題とする趣意書(絵入り)を取り出すと、それを広げ、表面的に一覧し、細い筒状に丸め、それに蝋燭の炎で点火し、点火された円筒を円錐の先へ接し、発火段階へと至らしめ、円筒を燭台の皿に置くことにより、その残存部が完全に燃焼し尽くすのを促進した。

 

第17章。この章は始めから終わりまで、問と答で書かれている。自宅に連れて帰ったスティーヴンが帰ってしまった後、居間にもどったブルーム氏は、なぜかお香に点火する。

 

ブルーム氏の動作と点火の現象が科学的に分解されて描写される。

 

アジェンダス・ネッテイム ”Agendath Netaim" と書かれた趣意書とは、ブルーム氏が今朝、朝食のため豚の腎臓を買った近所の肉屋ドルーガックの店先においてあった紙切れで、肉屋はこれを包み紙に使っていたのだが、ブルーム氏は一枚取って持ち帰ったのだ。

 

He took a page up from the pile of cut sheets:…

 

He walked back along Dorset street, reading gravely. Agendath Netaim: planters’ company. To purchase waste sandy tracts from Turkish government and plant with eucalyptus trees. Excellent for shade, fuel and construction. Orangegroves and immense melonfields north of Jaffa. You pay eighty marks and they plant a dunam of land for you with olives, oranges, almonds or citrons. Olives cheaper: oranges need artificial irrigation. Every year you get a sending of the crop. Your name entered for life as owner in the book of the union. Can pay ten down and the balance in yearly instalments. Bleibtreustrasse 34, Berlin, W. 15.

(U49.191‐)

 

この紙はドイツのシオニストが発行するパンフレットかなにかをばらしたもので、新聞ではないと思われる。

 

アジェンダス・ネッテイムは、ユダヤのためのオピニオンサイト“Mozaic” の記事 "The Real Zionist Planters' Society in James Joyce's Ulysses" に よると、実在した会社である。1905年に設立され、オスマン帝国支配下のバレスチナで土地を購入し、将来ユダヤ人農民へ再販するためのジョイントストックカンパニー。コンスタティノープルに登記されていたが、管理はベルリンのブライブトロイ通り34番地で行われていた。1933年に負債と世間からの批判により清算されたという。

 

”Agendath Netaim” は、綴りがまちがって、正しくは ”Agudath (またはAgudat) Netaim”。"agudat" は "agudah" 「団体」の所有格、"n’ta’im" は「プランテーション」を意味するという。 

 

シオニズムは、ユダヤ系ジャーナリスト、テオドール・ヘルツル(ドイツ語: Theodor Herzl、1860年 - 1904年)を創始者とする、ユダヤ人国家を建設しようという運動。ヘルツルはブルーム氏とルーツを同じくし、ハンガリー系のユダヤ人。ブルーム氏より6つ年上となる。シオニストは最終的にエルサレムのあるパレスチナユダヤ人の国家の樹立する候補地とし、パレスチナへのユダヤ人の移民を斡旋した。アジェンダス・ネッテイムはそのための会社の一つで、趣意書は会社への投資を募るものと考えられる。

 

ちなみに、ベルリンのブライブトロイ通り34番地を調べてみると、今はHotel Kurfürst am Kurfürstendamm – Berlinというホテルになっている。

 

       

 

この日、ブルーム氏は度々アジェンダス・ネッテイムのことを考えている。この単語は『ユリシーズ』の特権的な単語のひとつ。それを追ってみよう。

 

①第8章。デューク通りへと昼食の場所を求めていく途中。ヤッファの地の農園の果物と富を思い浮かべる。

 

High voices. Sunwarm silk. Jingling harnesses. All for a woman, home and houses, silkwebs, silver, rich fruits spicy from Jaffa. Agendath Netaim. Wealth of the world.

(U138.635)

 

②第8章の終わり。ブルーム氏は妻のモリーの愛人のボイランと偶然会いそうになるが回避し博物館へ入る。何か探すふりをしてアジェンダス・ネッテイムをポケットから出してまたしまう。ポケットはチョッキのポケットであることが今回のブログの箇所で分かる。

Look for something I.

His hasty hand went quick into a pocket, took out, read unfolded Agendath Netaim. Where did I?

Busy looking.

He thrust back quick Agendath.

(U150.1184)

 

③第11章。ブルーム氏の妻のもとへ貸馬車で向かうボイランがドルーガック肉店の前を通る場面にアジェンダスが言及される。

 

By Dlugacz’ porkshop bright tubes of Agendath trotted a gallantbuttocked mare.

(U230.884)

 

④第13章の終わり。サンディマウントの浜辺で少女を眺めるブルーム氏の夢想。さまざまのイメージが混在する文章、赤いスリッパというのブログの43回でふれたように、ブルーム氏の夢に出てくる妻モリーのトルコ風の装束であり、その連想でアジェンダスがでてくる。

O sweety all your little girlwhite up I saw dirty bracegirdle made me do love sticky we two naughty Grace darling she him half past the bed met him pike hoses frillies for Raoul de perfume your wife black hair heave under embon señorita young eyes Mulvey plump bubs me breadvan Winkle red slippers she rusty sleep wander years of dreams return tail end Agendath swoony lovey showed me her next year in drawers return next in her next her next.

(U312.1284)

 

⑤第14章。産院でのブルーム氏の夢想。黄金時代が過ぎ去り荒地と化す幻想にアジェンダスとネッテイムが呼び出される。

They fade, sad phantoms: all is gone. Agendath is a waste land, a home of screechowls and the sandblind upupa. Netaim, the golden, is no more. And on the highway of the clouds they come, muttering thunder of rebellion, the ghosts of beasts.

(U338.1086)

 

⑥第15章。幻想の裁判場面で告発されるブルーム氏を弁護する弁護士オモロイの台詞。ブルーム氏が零落しているのはアジェンダス・ネッテイムに所有する資産が抵当に入っているためという。

J. J. O’MOLLOY:・・・I regard him as the whitest man I know. He is down on his luck at present owing to the mortgaging of his extensive property at Agendath Netaim in faraway Asia Minor, slides of which will now be shown. (To Bloom.) I suggest that you will do the handsome thing.

(U378.981)

 

⑦第15章。ブルーム氏の幻想上の告発にて、教皇使節ブリーニの台詞。『マタイ伝』のキリストの系図のようにブルーム氏の系図が述べられるが、祖先のなかに「アジェンダスがネッテイムを生み…」とまぎれこむ。

 

BRINI, PAPAL NUNCIO: ・・・Moses begat Noah and Noah begat Eunuch and Eunuch begat O’Halloran and O’Halloran begat Guggenheim and Guggenheim begat Agendath and Agendath begat Netaim and Netaim begat Le Hirsch ・・・・Szombathely begat Virag and Virag begat Bloom・・・.

(U404.1857)

 

⑧第15章。そのすぐ後の場面。ホーンブローアー(トリニティカレッジの門衛)がブルーム氏への布告を告げる。「アジェンダス・ネッテイムから、ミツライム(エジプトの意)から来る人に石を打たしめよ」と。

HORNBLOWER: ・・・And they shall stone him and defile him, yea, all from Agendath Netaim and from Mizraim, the land of Ham.

(U405.1900)

 

⑨第17章。この場面。アジェンダスはずっとチョッキのポケットにあった。

… produced from his waistcoat a folded page of prospectus (illustrated) entitled Agendath Netaim, unfolded the same, examined it superficially, …

(U580.1325)

 

この問答の直後に、「東洋の香を彷彿する薫りが立った」とある、アジェンダスとお香が東洋の主題で連繋する。ブルーム氏が旅の始めで入手した持ち物はこの日の旅の終わりに焼失する、

The truncated conical crater summit of the diminutive volcano emitted a vertical and serpentine fume redolent of aromatic oriental incense.

(U581.1331)

 

⑩さらに第17章。ブルーム氏は巨万の富を築く方法としてアジェンダス・ネッテイムへの投資を想起する。

 Was vast wealth acquirable through industrial channels?

 

 The reclamation of dunams of waste arenary soil, proposed in the prospectus of Agendath Netaim, Bleibtreustrasse, Berlin, W. 15, by the cultivation of orange plantations and melonfields and reafforestation.

(U590.1700)

 

 

振り返って見ると、アジェンダス・ネッテイムはブルーム氏にとって次のようなイメージを担った。

①死の地、死海、太古からの不毛な砂漠の地

②オレンジ、メロン、シトロン、果樹の生い茂る楽園

③投資による巨万の富の源泉

アラビアンナイトに代表される東洋への憧憬と興味

⑤エキゾチックな風貌の妻あるいはハーレムの女

⑥祖先の言語における意味不明の固有名詞

 

そして、彼は、シオニズム運動といった民族的、政治的な概念とは無縁だった。

 

    

http://www.palestineposterproject.org/poster/genie-of-jaffa

 

1925年ごろのヤッファ(現在はイスラエル、テルアビブに属する地区)産のオレンジのポスター。『貴方の健康を守るためヤッファの魔人を呼び出す』(Summon the Genie of the Jaffa to guard your health)

 

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110 (U91.844)

ブルーム氏は恰幅のいい親切な管理人の後ろに移動した。

 

第110投。91ページ、844行目。

 

Mr Bloom moved behind the portly kindly caretaker. Wellcut frockcoat. Weighing them up perhaps to see which will go next. Well, it is a long rest. Feel no more. It’s the moment you feel. Must be damned unpleasant. Can’t believe it at first. Mistake must be: someone else. Try the house opposite. Wait, I wanted to. I haven’t yet. Then darkened deathchamber. Light they want. Whispering around you. Would you like to see a priest? Then rambling and wandering. Delirium all you hid all your life. The death struggle. His sleep is not natural. Press his lower eyelid. Watching is his nose pointed is his jaw sinking are the soles of his feet yellow.

ブルーム氏は恰幅のいい親切な管理人のうしろに移動した。仕立てのいいフロックコート。次は誰になるのか品定め。いやはや、長いお休み。もう何も感じない。感じるのはその時だけ。ひどく不快に違いない。はじめは信じられない。きっと間違い、誰か他の人と。向かいの家に当たってみてよ。待て。おれは生きて。まだ。で、暗い死に部屋に。光を求めるもんだ。周りで小声が。神父さんを呼ぼうか。うろうろばたばた。これまで聞いたこともなかった突拍子もないことを言い出す。死戦期。眠り方が普通じゃないぞ。下瞼を押してみて。鼻が尖ってくるか顎が下がってくるか足の裏が黄色いか見てて。

 

第6章。ブルーム氏ら会葬者はパティ―・ディグナムが埋葬のためグラスネヴィン墓地に来た。管理人とは墓地の管理人のジョン・オコンネル。棺が墓穴に下ろされた所。ブルーム氏は死について通俗的な空想を繰り広げている。

 

ここは単語は難しくないが、意味が取りにくい。死につつある者の視点と生者の視点が混在しているから。

 

”death struggle” とは、死に際の苦しみ、という一般的な意味でなく「死戦期」という専門用語で、「死に至る直前の状態」をいう。(小学館 日本大百科全書(ニッポニカ))

 

この事典の記述によると、死戦期に現れる症状として「皮膚の色は一般に蒼白土色となり、身体の末端に触れると冷たく感じる。また鼻先は鋭くなり、眼球は落ち込んでまぶたが下垂し、半分閉じたようになる。下顎は下垂し、口唇も弛緩するなどのいわゆる死相を呈する。」とある、

 

“is his jaw sinking” は「下顎は下垂し」

“is his nose pointed” は「鼻先は鋭くなり」

“are the soles of his feet yellow” は「皮膚の色は一般に蒼白土色となり」

にちょうど対応する。河出書房版の柳瀬さんは “is his nose pointed” を「鼻が詰まって」と訳しているが、ふつうに「鼻が尖っている」で正しい。

 

“Press his lower eyelid” がなんのことかわからないが、これは「瞳孔が開いている」か確かめるということだろうか。

 

また「終末期譫妄」といって、急に奇声をあげたり、理解できないようなことを口走ったり、意識障害が出てきたりするという。これが ”delirium"  のことだろう。

 

ブルーム氏はとかく、もの知りな人だ。

 

  

エドヴァルド・ムンク『病室での死』

File:Munch deathSickroom.jpg - Wikimedia Commons

 

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109 (U462.3792)

ボイラン:(振り向いて肩越しに)鍵穴から覗いて自分で楽しんでな

 

第109投。462ページ、3792行目。

 

 BOYLAN: (To Bloom, over his shoulder.) You can apply your eye to the keyhole and play with yourself while I just go through her a few times.

 

 BLOOM: Thank you, sir. I will, sir. May I bring two men chums to witness the deed and take a snapshot? (He holds out an ointment jar.) Vaseline, sir? Orangeflower...? Lukewarm water...?

 

 KITTY: (From the sofa.) Tell us, Florry. Tell us. What...

 

 (Florry whispers to her. Whispering lovewords murmur, liplapping loudly, poppysmic plopslop.)

 

 ボイラン:(振り向いて肩越しに)鍵穴から覗いて自分で楽しんでな、おれが奥さんと二三回やってる間にな。

 

 ブルーム:ありがとうございます。そういたします。連れを2人を呼んできて立会わせ、スナップ写真を撮らせてもよろしゅうございますか。(軟膏瓶を差し出し)ヴァセリンはいかがですか。どうですオレンジフラワー。ぬるま湯はいかが。

 

 キティ:(ソファーから)フロリー、おしえて、おしえてよ。なんて。

 

(フロリーがささやく。睦語密々。喋々喃々、クチピリ、ピチクリ。)

 

第15章。娼婦の館にて。ブログの第91回のところの後の場面。ブルーム氏の落書きをきっかけに、出現した馬車からブルーム氏の妻の愛人であるボイランが現れる。

 

ブルーム氏は召使に変身し、ボイランとモリーの浮気を覗き見させてもらおうとしている場面。ブルーム氏の自虐的深層心理が幻想になって表れているのだろう。

 

ヴァセリン(Vaseline)は、ユニリーバ社が販売する保湿剤、クリームのブランド名。

 

オレンジフラワー…はオレンジフラワーウォーター。ブログの66回でふれたように、ブルーム氏が今日モリーのために薬屋で注文したが、取りにいかなかった化粧水。

 

第15章は現実と幻想が混在していて、キティ、フロリー、ゾーイはブルームと同じ部屋にいる娼婦だが、彼女らは幻想ではない。91回のところでふれたように、ブルーム氏はゾーイに手相をみてもらっており、彼女らがささやきあっているのは、その手相についてだと思う。

 

フロリーのさささやきは突然音楽的で特殊な造語で描写されるのだがなぜなのか分からない。

 

“liplap”は ”lip” 「唇」と、”lap” 「ぴちゃぴちゃなめる」の合成だろう。

 

“poppysmic”ラテン語の "poppysma" に由来することばで、唇や舌で立てる音とのこと。

“Poppysmic refers to the noise produced by smacking the lips together.”

 

“plopslop” は”plop”「ドブンと音がする」と”slop”「こぼす」の合成。

 

この場面の直前で、モリーが風呂からドブンとしぶきを上げて出てくるのだが、その場面と響き合っている。

 

 MARION: He ought to feel himself highly honoured. (She plops splashing out of the water.) Raoul darling, come and dry me. I’m in my pelt. Only my new hat and a carriage sponge.

(U461.3768)

 

 

ブルーム氏が呼んで来ようと言っている友達とは、彼の少年時代の友人パーシー・アプジョン(Percy Apjohn)に違いない。17章に、彼がスナップ写真を撮るとの記述がある。

 

 In what posture?

 

 Listener: reclined semilaterally, left, left hand under head, right leg extended in a straight line and resting on left leg, flexed, in the attitude of Gea-Tellus, fulfilled, recumbent, big with seed. Narrator: reclined laterally, left, with right and left legs flexed, the index finger and thumb of the right hand resting on the bridge of the nose, in the attitude depicted in a snapshot photograph made by Percy Apjohn, the childman weary, the manchild in the womb.

(U.606.2317)

 

この時代(1904年)にスナップショット写真機などあったのだろうか。

 

検索してみると、スナップショットの写真機が普及したのはイーストマン・コダック社の「ブローニー」”Brownie”というカメラによるという。1900年、ブローニーNo1が発売されている。価格は1ドルで1年で10万個売れたという。翌年にはブローニーNo2を発売。価格は2ドル。英国では5シリング。小説の現在1904年の5シリングは現在の価値では19ポンド相当で約3200円。これなら子供が持っていてもおかしくない。

 

                                         

Advertisement for the Brownie camera, 1901, Science Museum Group collection

                    

https://collection.sciencemuseumgroup.org.uk/objects/co8095724/packaging-for-the-no-1-brownie-model-b-camera-packaging

 

しかし、これもやはり17章で分かるのだが、アプジョンはボーア戦争に従軍し、おそらく1899年にモダー川 ”Modder River” の戦闘ですでに死亡している。

 

 Of what did bellchime and handtouch and footstep and lonechill remind him?

 

 Of companions now in various manners in different places defunct: Percy Apjohn (killed in action, Modder River), Philip Gilligan (phthisis, Jervis Street hospital), Matthew F. Kane (accidental drowning, Dublin Bay), Philip Moisel (pyemia, Heytesbury street), Michael Hart (phthisis, Mater Misericordiae hospital), Patrick Dignam (apoplexy, Sandymount).

(U.578.1252)

 

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108 (U179.1221)

争うのはやめよう。シンベリンのドルイド僧の平和。秘教の祭司。

第108投。179ページ、1221行目。

 

 Cease to strive. Peace of the druid priests of Cymbeline: hierophantic: from wide earth an altar.

 

このブログでは、乱数に基づいてランダムに『ユリシーズ』読んでいます。ここは第9章の終幕。第97回と同じところに当たりましたので、前回に引き続き、2回連続パスです。

 

          

"Cymbeline, by William Shakespeare" by Make It Old is licensed under CC BY-NC-SA 2.0.

 

107 (U280.1805)

メンデルスゾーンユダヤ人だ。カール・マルクスもメルカダンテもスピノザも。

 

第107投。280ページ、1805行目。

 

 —Mendelssohn was a jew and Karl Marx and Mercadante and Spinoza. And the Saviour was a jew and his father was a jew. Your God.

 

 ―メンデルスゾーンユダヤ人だ。カール・マルクスもメルカダンテもスピノザも。で救世主もユダヤ人でその父親もユダヤ人だ。おまえの神様がさ。

 

このブログでは、乱数に基づいてランダムに『ユリシーズ』読んでいます。市民との口論でブルーム氏が放つ名台詞ですが、第79回と同じところに当たりましたので今回はパスです。

 

 

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106 (U520.881)

私の妻は、いわばスペイン人、ハーフです。

 

第106投。520ページ、881行目。

 

My wife is, so to speak, Spanish, half that is. Point of fact she could actually claim Spanish nationality if she wanted, having been born in (technically) Spain, i.e. Gibraltar. She has the Spanish type. Quite dark, regular brunette, black. I for one certainly believe climate accounts for character. That’s why I asked you if you wrote your poetry in Italian.

私の妻は、いわばスペイン人、ハーフです。事実上希望するなら実際にスペイン国籍を取得することができました。法律的にはスペイン即ちジブラルタルの生まれですから。妻はスペイン人の特性を有しています。きわめて濃い、標準的なブルネット、黒。私見では性格は気候が決めると確信しています。それであなたはイタリア語で詩を書いたのですかとお尋ねしたわけです。

 

第16章。真夜中。馭者溜まりで、ブルーム氏がスティーヴンに問いかけている。この章は意図的に悪文で書かれている。

 

Point of fact、Actually、Technically、Certainlyといった語句と裏腹に、彼の言っていることは不正確で、疑わしい。

 

ブルーム氏の妻、モリーはスペインで生まれたという。ジブラルタルイベリア半島の南東端に突き出した小半島だが、英領なので、法律的にスペインではない。またそこで生まれたからスペイン国籍が得られるとは思われない。母の血統でスペイン国籍が得られるというならわかるが。

 

ブルーム氏は、気候が性格を決めるというが、モリーの母はスペイン人なので、気候が決めるという説の裏づけにならない。しかも彼のあげているのは性格でなく外見のことばかり。

 

さらには、彼の言っていることは、なぜ彼がスティーブンにイタリア語で詩を書くのかと聞いている理由になっていない。

 

モリーの母親はどんな人なのか。

 

モリーは、英国軍所属でジブラルタルに勤務していたアイルランド人(当時アイルランドは英国に属しているが)ブライアン・クーパー・トゥィーディー少佐(Major Brian Cooper Tweedy)と、ジブラルタルにいたスペイン人と思われるルニタ・ラレード(Lunita Laredo)の間に生まれた。モリーに母の記憶はない。

 

モリーは第18章で、ブルーム氏とルーク・ドイルの家で初めて会った時、リホボス・テラス(Rehoboth terrace)に住んでいたことを思い出している。どこかで会ったことがあるみたいにお互い10分も見つめ合った、母に似てユダヤ女のように見えたからだと思う、と考えている。ルニタ・ラレードはユダヤ人だったようにも読めるが断定していない。

it was he excited me I dont know how the first night ever we met when I was living in Rehoboth terrace we stood staring at one another for about 10 minutes as if we met somewhere I suppose on account of my being jewess looking after my mother he used to amuse me the things

(U634.1181)

 

やはり第18章でモリーは、ブルーム氏は婚約したときモリーの母親のことを知らなかった、そうでなかったら私とあんな簡単に結婚できなかったばず、と回想している。

he hadnt an idea about my mother till we were engaged otherwise hed never have got me so cheap as he did he was 10 times worse himself anyhow

(U614.282)

 

合わせて考えると、「ブルーム氏はモリーの母親はユダヤ人と勝手に思って結婚したのだが、後にユダヤ系ではないスペイン人の娘と知った」とモリーは思っている、ということだと思う。そして、ブルーム氏はモリーのスぺイン的なところを自慢に思っている。

 

ブルーム氏はブログの第43回のところでみたようにモリーをトルコの女と結び付けているのでユダヤ人と思っているということはもちろんないし、思っていた、ということもやはりないと思う。

 

彼はモリーがスペイン系であることを今日何度も頭にのぼらせている。特にその黒い目はスペイン人の母譲りと考えている。

Brings out the darkness of her eyes. Looking at me, the sheet up to her eyes, Spanish, smelling herself, when I was fixing the links in my cuffs.

(U69.494)

 

モリーの住んでいた、リホボス・テラスを探してみる。

 

Eason's new plan of Dublin and suburbs / Eason & Son, Ltd.(1908)

 

A ドルフィンズ・バーン(Dolphin's Barn) ブルーム氏の知人、ルーク・ドイルの家

B リホボス・テラス(Rehoboth terrace) モリーの住居はこのあたり

 

①クランブラシル通り52番地 (52 Clanbrassil St)

.    1866年~ ブルーム氏生まれたときの住所

②プレザンツ通り (Pleasants St.)

  1888年~ ブルーム氏がモリーと結婚した頃の住所

 

Love Lane (現Donore Avenue) から Camden Streetあたりまではリトル・エルサレム(Little Jerusalem,  Little Jerusalem and a History of the Jewish Community in Dublin)とよばれるダブリンのユダヤ人街で、ユダヤ系のブルーム氏はもともとこの地区に住んでいた。(ブルーム氏の引っ越しの記録についてはブログの99回。)

 

リホボス・テラスはユダヤ人街に近いことから、やはりその近所に住むドイルを介して、モリーとブルーム氏と出会ったのだろう。

 

File:Goya Maja ubrana2.jpg - Wikimedia Commons

フランシスコ・デ・ゴヤ(Francisco de Goya)の 『着衣のマハ』(La maja vestida)

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105 (U597.1962)

出奔は不合理でないことについていかなる検討がなされたか。

 

第105投。597ページ、1962行目。

 

 What considerations rendered departure not irrational?

 

 The parties concerned, uniting, had increased and multiplied, which being done, offspring produced and educed to maturity, the parties, if not disunited were obliged to reunite for increase and multiplication, which was absurd, to form by reunion the original couple of uniting parties, which was impossible.

 

 出奔は不合理でないことについていかなる検討がなされたか。

 

 結合した関係当事者が既に増加、増殖し又しつつあるその産出された所産の成熟は達成されたのだが、当該当事者が仮に分離されない場合、増加、増殖のため再結合せざるを得ないが、それは不条理であり、再結合により結合する当該当事者が元の一組を構成することは不可能であった。

 

第17章は、始めから終わりまで問いと答えの形式により進行する。

 

帰宅したブルーム氏は、ブログの第46回で触れたような悲惨な境遇におちいることを回避するには、死亡または出奔しかない、と考える。ここは出奔について検討するブルーム氏の思考。

 

なぜ、家族を捨てて失踪すれば、悲惨な境遇を回避できるのだろう。彼の稼ぎでは家族を養いきれないということだろうか。前回のブログで見たように、彼は今日のもらった報酬約1ポンド7シリングに対し、一日で約1ポンド5シリング支出しているのだから無理もない。

 

ここは、学術的な言い回しを用いているが、その意味はにこういうこと。

 

ブルーム氏は妻のモリーと結婚し、ミリーとルディーの2人の子供をもうけた。しかし11年前に生まれたるルディーは生後11日目で亡くなっている。妻のモリーは愛人のボイランと関係をもっているわけだし、ブルーム氏としてはさらに子供をつくる気持ちはない、と。

           

                                                        科学の結婚

File:Alchemy - Mercury and sulfur personified - Wellcome Collection.jpg - Wikimedia Commons

 

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