Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

140(U369.634)

ブルーム:こりゃ当てのない捜索だ。

 

第140投。369ぺージ、.634行目。

 

 BLOOM: Wildgoose chase this. Disorderly houses. Lord knows where they are gone. Drunks cover distance double quick. Nice mixup. Scene at Westland row. Then jump in first class with third ticket. Then too far. Train with engine behind. Might have taken me to Malahide or a siding for the night or collision. Second drink does it. Once is a dose. What am I following him for? Still, he’s the best of that lot. If I hadn’t heard about Mrs Beaufoy Purefoy I wouldn’t have gone and wouldn’t have met. Kismet. He’ll lose that cash. Relieving office here. Good biz for cheapjacks, organs. What do ye lack? Soon got, soon gone. Might have lost my life too with that mangongwheeltracktrolleyglarejuggernaut only for presence of mind. Can’t always save you, though. If I had passed Truelock’s window that day two minutes later would have been shot. Absence of body. Still if bullet only went through my coat get damages for shock, five hundred pounds. What was he? Kildare street club toff. God help his gamekeeper.

 ブルーム:こりゃ当てのない捜索だ。紊乱の巷。どこに行ってしまったのか。酔っぱらいの足は速い。上等な混乱ぶり。ウェストランド・ロウでの騒動。三等の切符で一等の車両に飛び乗った。それでえらく遠くに行ってしまった。機関車が後ろについた列車。マラハイドまでいってしまったかもしれない、それとも側線で一晩、それともはねられたかも。2杯呑んだせい。1杯が適量。どうして彼を追いかけているのだろう。あいつらの中では彼が一番。ビューフォイ氏だかピュアフォイ氏だかのことを聞かなかったら行ってなかったし会ってなかった。運命。あのお金は無くなっちゃうだろう。ここは慰安庁だから。いかがわしい組織には適した商売。何がご入用で。悪銭身に付かず。おれだって命を取られかけた、さっき有人警鈴車輪軌道滑触眩光不可抗拒的路面電車に、助かったのはひとえに冷静さのおかげ。いつも無事でいられるわけじゃない。あの日もし2分後にトゥルーロックの窓の外を通りかかっていたら弾で撃たれていた。体は木端微塵。でも弾が上着を貫いただけなら慰謝料500ポンドもらえた。ところで彼は何者だ。キルデアクラブの紳士か。彼の番人は気の毒だ。

 

 

第15章。ブルーム氏はスティーヴンとリンチの後を追って、アミアンズ通り駅(Amiens Steet Sation /現コノリー駅 Connolley Station)を出て、娼館街へやってきた。現在彼はマボット通りとメクレンバーク通りの角あたりにいる(下の地図参照)。そのブルーム氏の独白。

 

 

この小説には1904年6月16日のブルーム氏とスティーヴン、2人の主人公の動向が詳細に書かれているが、書かれていない出来事もある。このブルームの台詞は書かれていない場面(第14章のバークの酒場から第15章の夜の町の間)にかかわるので興味ぶかい。

 

ウェストランド・ロウ駅にて

 

“wild-goose chase” とは、野生のカモ猟は難しいことから「当てのない捜索,むだ足」の意味。

 

マーテロ―塔にスティーヴンと一緒に住むマリガンと居候のへインズは第14章の産科病院の章でウェストランド・ロウ駅 (Westland Row Station / 現 ピアース駅 Pearse Station) で11時10分に待ち合わせするよう申し合わせている。

 

Meet me at Westland Row station at ten past eleven.

(U337.1027)

 

第16章でブルーム氏がスティーヴンに語る次の一節のよると、そのウェストランド・ロウ駅でなにかひどいことがあったようだ。スティーヴンとマリガンは喧嘩になったのではないかと思われる。

 

―A gifted man, Mr Bloom said of Mr Dedalus senior, in more respects than one and a born raconteur if ever there was one. He takes great pride, quite legitimate, out of you. You could go back perhaps, he hasarded, still thinking of the very unpleasant scene at Westland Row terminus when it was perfectly evident that the other two, Mulligan, that is, and that English tourist friend of his, who eventually euchred their third companion, were patently trying as if the whole bally station belonged to them to give Stephen the slip in the confusion, which they did.

(U507.260―)

 

1904年当時、ダブリンの中心部(ウェストランド・ロウ駅 )から南方、サンディコーヴグレイストーンズ方面への路線はダブリン・ウィックロー・ウェックスフォード鉄道(Dublin, Wicklow and Wexford Railway)により運営されていた。

 

ダブリンの中心部(アミアンズ・ストリート駅)から北方のホウス、マラハイド方面までの路線は、グレートノーザン鉄道(Great Northern Railway (Ireland))により運営されていた。

 

ウェストランド・ロウ駅とアミアンズ・ストリート駅は1891年にループラインで接続された。ループラインはダブリン市ジャンクション鉄道(City of Dublin Junction Railway)による運営であった。(現在の近郊路線の全体図は第121回参照。)

 

〇ウェストランド・ロウ駅

アミアンズ・ストリート駅

★ブルーム氏の現在位置

Eason's new plan of Dublin and suburbs 1908

 

マリガンとヘインズはウェストランド・ロウ駅からダブリン・ウィックロー・ウェックスフォード鉄道乗車しサンディコーヴまで行ってマーテロ―塔へ帰ったと考えられる。

 

一方、マリガンと喧嘩別れしたスティーヴンはマーテローへは帰らず、リンチとともにダブリン市ジャンクション鉄道に乗車し北へ向かった。

 

アミアンズ・ストリート駅にて

 

ダブリン市ジャンクション鉄道は後から敷設された路線(別会社の運営)なので、アミアンズ・ストリートにおけるその駅は独立した「アミアン・ストリート・ジャンクション駅」であり、別の出入り口があったという。 

→ Wikipedia コノリー駅

  National Inventory of Architectual Heritage

 

ティーヴンとリンチはアミアンズ・ストリート・ジャンクション駅で下車し、「アミアン・ストリート・ジャンクション駅」の出入り口から出て娼館街へ向かったと思う。

 

アミアンズ・ストリート・ジャンクション駅

アミアンズ・ストリート・ジャンクション駅の入り口

白丸 アミアンズ・ストリート駅

アミアンズ・ストリート駅の側線

Map of the city of Dublin and its environs, constructed for Thom's Almanac and Official Directory  1898

 

ブルーム氏は、彼らを追って、ウェストランド・ロウ駅から、たぶん同じ列車に乗車した。

 

さて、この一節はどういう意味か。

 

Then jump in first class with third ticket. Then too far. Train with engine behind. Might have taken me to Malahide or a siding for the night or collision. Second drink does it. Once is a dose.

 

私は、以下のように推測する。

 

  1. この時、ループラインの列車は機関車が最後尾にある編成だった。つまり先頭車両が客車だった。
  2. 先頭にある車両が1等車両で、ブルーム氏は3等のチケットでこの先頭車両に乗った。
  3. ブルーム氏は駅へ来る前のバークの酒場で酒を2杯飲んだだめ(あるいは今日2回酒を飲んだためということか)酔っぱらって寝てしまった。
  4. ループラインの終点はアミアン・ストリート・ジャンクション駅だった。ブルーム氏は駅員に起こしてもらったのではないか。先頭車両は駅の入り口から遠いので “Then too far.” と言っている。
  5. ブルーム氏は、こう思った。「もし眠ったまま、列車が、グレートノーザン鉄道に乗り入れていたなら、マラハイドまで行ってしまったかもしれない。ここが終点だったとしても、アミアンズ・ストリート駅の側線に入庫してしまって車両から出られなくなったかもしれない。車両から脱出できたとしても操車場で他の列車にはねられたかもしれない。」
  6. 寝過ごしてさらに北の方の駅に行ってしまい、戻ってきたとの考えもあるが、そうするとかなり時間がたってしまう。「酔っぱらいは足が速い」と2人を追っていることから考えると、それはないと思う。

 

“dose” は「薬の1回分の服用量、いやなものの1回分」、という意味なので

”Once is a dose.” は(酒は)1回が限度という意味と思う。

 

散砂路面電車

 

ブルーム氏はここで、なぜスティーヴンを追っているのか語っている。ピュアフォイ氏のお産のお見舞いにきたブルーム氏は、医学生の一団と出会った。その中のだれかと妻のモリーを交際させたいと思った。これは第136回のメロンの夢と一致する。また、スティーヴンが金を巻き上げられないよう見張ってやりたいと思っている。ブルーム氏はこの章の後半でスティーヴンの金を預かることになる。

 

先ほど、タルボット通り(冒頭の地図参照)のあたりでブルーム氏は砂を散布する路面電車にはねられかけた。タルボット通りは路面電車が走っていた。

 

 (He looks round, darts forward suddenly. Through rising fog a dragon sandstrewer, travelling at caution, slews heavily down upon him, its huge red headlight winking, its trolley hissing on the wire. The motorman bangs his footgong.)

 

 THE GONG: Bang Bang Bla Bak Blud Bugg Bloo.

 

 (The brake cracks violently. Bloom, raising a policeman’s whitegloved hand, blunders stifflegged out of the track. The motorman, thrown forward, pugnosed, on the guidewheel, yells as he slides past over chains and keys.)

 

 THE MOTORMAN: Hey, shitbreeches, are you doing the hat trick?

 

 (Bloom trickleaps to the curbstone and halts again. He brushes a mudflake from his cheek with a parcelled hand.)

(U355.184)

 

“mangongwheeltracktrolleyglarejuggernaut” という長い単語はこの散砂路面電車のことを指している。何のために砂を撒くのか。掃除のためか、滑り止めのためか、検索したが突き止められなかった。

 

"Juggernaut"(ジャガーノート)とは、そもそもヒンドゥー教で言われる神の化身の事で、Juggernautが乗った車にひかれて命を落とすと天国に行けると信じられたとの事で、それに由来して、命を犠牲にするもの、接待的な力、不可抗力、などといった意味でも使われる

 

トゥルーロック

 

トゥルーロックというのは銃製造業者。銃が暴発して通行人に被害が出た事件があったのだろうか。検索したがそのような事故は見つけられなかった。

 

しかし次のような記事があった。→ 『アイリッシュタイムズ』

1906年3月22日の午後、トゥルーロック、ハリス、リチャードソン社の敷地内で火薬の爆発が起こり、隣地が破壊され、従業員5人が負傷、うち2人は重体で入院したという。

 

ひょっとしたらジョイスはこの事故の記憶を利用したのかもしれない。

 

 

アミアンズ・ストリート駅  (1915 Postcard)

アミアンズストリートから北の方を望む図。奥の方でループラインが合流する。

 

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