(急いで道を渡ろうとすると、浮浪児たちが大声を出す。)
第160投。355ページ、179行目。
(He darts to cross the road. Urchins shout.)
THE URCHINS: Mind out, mister!
(Two cyclists, with lighted paper lanterns aswing, swim by him, grazing him, their bells rattling.)
THE BELLS: Haltyaltyaltyall.
BLOOM: (Halts erect, stung by a spasm.) Ow!
(He looks round, darts forward suddenly. Through rising fog a dragon sandstrewer, travelling at caution, slews heavily down upon him, its huge red headlight winking, its trolley hissing on the wire. The motorman bangs his footgong.)
(急いで道を渡ろうとすると、浮浪児たちが大声を出す。)
浮浪児たち:気負付けな、おっさん。
(2台の自転車が、紙のランタンを揺らゆら、すうっとやって来てベルをガタガタ言わせて脇をすり抜ける。)
ベル:停まれい令令令令。
ブルーム:(痙攣に襲われ立ち尽くす。)いてて。
(周りを見て急いで横断する。立ち込める霧の向こうから徐行運転の化け物じみた散砂電車がのっそり向きをかえて迫ってくる。大きな赤いヘッドライトを点滅させ、トロリーが架線に接触してシューシュー言う。運転手が足で警鐘を鳴らす。)
第15章の冒頭。ブルーム氏はスティーヴンとリンチの後を追って、アミアンズ通り駅を出て、娼館街へやってきたところ。現在彼はタルボット通りとマボット通りの交差点にいる。
自転車の灯火
“lighted paper lantern”とは紙の提灯だが、当時(1904年)自転車は灯火として紙の提灯を使っていたのだろうか。検索したがそういう記録は見つけられなかった。
日本についてのブログで「黎明期・明治期の自転車ライトには提灯が使われていた=光源はロウソク( 蝋燭 )。」という記事は見つかった。
"Haltyaltyaltyall." は自転車のベルが発しっているセリフだが、”halt you all. halt you all.” が縮まっているのではないかと思う。
路面電車の進路
砂を撒く路面電車については、ブログの第140回 のところですでに出てきた。砂を撒くのは掃除のためか、線路の摩擦のためか、定かでない。
“slew” は和英辞典では意味がよくわからないのだが、英文の辞書で調べると“(of a vehicle) to turn or be turned round suddenly and awkwardly:” Cambridge Dictionary 「(車両が)突然、ぎこちなく旋回する」との意味がある。
ブルーム氏と路面電車の位置関係は定かではない。ブルーム氏はタルボット通りを北へ渡ろうしていると思われる。下の地図で路面電車の路線は茶色で示されている。①路面電車が南から来て右折したという可能性(下の地図で水色の矢印)と②北東から来て120度向きをかえたという可能性(黄緑の矢印)が考えられる。この一節の表現からして、②がマッチするように思う。
★ ブルーム氏の位置
A & C Black map of Dublin showing main tram routes. (c. 1912)
OW! ー 痛みのリスト
“ow”は、日本語で「おお」にしてしまうと、いろんな意味に使えてしまえそうだが、辞書をしらべると “used to express sudden pain:” (Cambridge Dictionary) とあり、英語では「突然の痛み」を表す間投詞ということである。
この小説では大事な場面でこの "ow" が意識的に使われているような気がする。
順にみてみる。
①第6章。ディグナム氏の葬儀に参列したブルーム氏はお祈りのためひざまずき、膝に痛みを感じる。ひざまずくというのもこの小説の大事な動作だ。
My kneecap is hurting me. Ow. That’s better.
(U86.613)
②第11章。ブルーム氏は、オーモンドホテルのレストランで食事をすましたあと、帰ろうと立ち上がる。
Well, I must be. Are you off? Yrfmstbyes. Blmstup. O'er ryehigh blue. Ow. Bloom stood up. Soap feeling rather sticky behind. Must have sweated: music. That lotion, remember. Well, so long. High grade. Card inside. Yes.
(U235.1126)
ここでいう ”ow” の意味は定かでない。集英社版は「おや」。河出書房新社版は「おっと」と訳している。 "ow" は痛みだとすると、立ち上がった時に腰が痛んだのではないかと思う。第15章で彼は父からの遺伝で左臀部に座骨神経痛を患っているという。
BLOOM: (Cowed.) ・・・I have felt this instant a twinge of sciatica in my left glutear muscle. It runs in our family. Poor dear papa, a widower, was a regular barometer from it. He believed in animal heat. ・・・ (He winces.) Ah!
(U431.2782)
③第12章。バーニー・キアナンの酒場で、この章の語り手がおごってもらったビールを飲んで ”ow!" と言う。
集英社版の邦訳では、「うめえ!」と訳している。河出書房新社版の訳者、柳瀬さんは、語り手は犬なのでビールをもらえてたわけではなく、飲みたくて、「胃の腑にキューっと痛みを感じた」という解釈。(P.80『ジェイムズ・ジョイスの謎を解く』 岩波新書、1996年) "ow" の意味からして、後者が整合すると思う。
—Health, Joe, says I. And all down the form.
Ah! Ow! Don’t be talking! I was blue mouldy for the want of that pint. Declare to God I could hear it hit the pit of my stomach with a click.
(245.242)
③同じく第12章。語り手は店の裏で用足しする。内心の声で2回 "ow!" という。集英社版では、語り手は小便をしており、性病のため痛みを感じていると注釈で説明している。河出書房新社版は、語り手は犬という説なので、ビールを飲んでいない。犬が下痢をしていて腹が痛んでいるとの解釈。(P.195『ジェイムズ・ジョイスの謎を解く』 岩波新書、1996年)
Goodbye Ireland I’m going to Gort. So I just went round the back of the yard to pumpship and begob (hundred shillings to five) while I was letting off my (Throwaway twenty to) ・・・ (ow!) all a plan so he could vamoose with the pool if he won or (Jesus, full up I was) trading without a licence (ow!) Ireland my nation says he (hoik! phthook!) never be up to those bloody (there’s the last of it) Jerusalem (ah!) cuckoos.
(U275.1568)
④第13章。サンディマウントの浜辺でポケットに手を突っ込んでいかがわしいことをしたブルーム氏(ブログの第152回のところ)は、おそらく下着に引っかかった〇〇の包皮を戻そうとして "ow!" と痛がる。
This wet is very unpleasant. Stuck. Well the foreskin is not back. Better detach.
Ow!
(U306.981)
⑤第15章。今回の個所。
ブルーム氏は痙攣におそわれて "ow" と言っている。少し前の個所で走ったために脇腹に痛みを感じたといっている。
BLOOM: (Halts erect, stung by a spasm.) Ow!
(U355.183)
⑥おなじく第15章。⑤のすぐ後の箇所。ブルーム氏は頭痛のようなものを感じている。これは何のことだかわからない。この章の大部分は幻想の場面でできているが、そのことと関係があるのだろうか。これは案外とても大事な箇所かもしれない。
Bit light in the head. Monthly or effect of the other. Brainfogfag. That tired feeling. Too much for me now. Ow!
(U356.210)
⑦おなじく第15章。娼館にて。娼婦のフロリーが立ち上がったとき足がしびれて "ow!" という。そのあと、娼婦たちのうちで誰が言ったわからないが、だれかにつねられたのかで、"ow!" という。
FLORRY: (Strives heavily to rise.) Ow! My foot’s asleep. (She limps over to the table. Bloom approaches.)
BELLA, ZOE, KITTY, LYNCH, BLOOM: (Chattering and squabbling.) The gentleman... ten shillings... paying for the three... allow me a moment... this gentleman pays separate... who’s touching it?... ow! ... mind who you’re pinching... ・・・
(U414.3553)
ジョセフ・ ピューリッツァー発行の新聞ニューヨーク ワールドの日曜版サンデー ワールド(1896年5月3日)の宣伝ポスター。
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