Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

86 (U63.240)

利口なトラ猫、瞬きするスフィンクス

 

第86投。63ページ、240行目。

 

A wise tabby, a blinking sphinx, watched from her warm sill. Pity to disturb them. Mohammed cut a piece out of his mantle not to wake her. Open it. And once I played marbles when I went to that old dame’s school. She liked mignonette. Mrs Ellis’s. And Mr? He opened the letter within the newspaper.

 A flower. I think it’s a. A yellow flower with flattened petals. Not annoyed then? What does she say?

 

利口なトラ猫、瞬きするスフィンクスが、暖かい戸口に居て、目が合った。どっちも邪魔するのは悪いな。モハメットは猫を起こさないようマントを切り取った。開けてみよう。おばさん先生の学校に通っていた頃、石玉で遊んだっけ。先生は木犀草が好きだった。エリス先生。誰の夫人だっけ。新聞の内側で手紙を開いた。

 花が。何かな。黄色い花、押し花にした。じゃ気を悪くしてないのか。なんて書いてあるかな。

 

 

第8章、ブルーム氏は、サー・ジョン・ロジャーズ河岸通りから、ライム通りを南下し。ハノーヴァー通りを西進、ロンバート通りを南下、ウェストランド・ロウ駅の郵便局(◇印)で局留めになっている秘密の文通相手マーサの手紙を受け取ったのち、ロンバート通りを戻り、グレイト・ブランズウィック通りをカンバーランド通りへ折れ、ミードの材木置き場(☆印)のあたりに来たところ。秘密の手紙をこっそりよむため裏道に入ったのだ。その心中。

今気がついたが、彼はなぜ郵便局にいくのに遠回りしているのだろう。

           

      

1.Sill ー 窓台?敷居?

 

”Tabby” はトラ猫。

 

「どっちも邪魔するのは悪い」というのは、子供が地面で石玉遊びをして、そのこととと、猫が日向ぼっこをしていることを指している。

 

"Sill" とは何か。調べると、窓または戸の下の水平の部分を意味するよう。

“a flat piece of wood, stone, etc. that forms the base of a window or door.”

                                                                                                        Cambridge Dictionary

 

窓の下部は "windowsill"、戸の下部は "doorsill"。大体猫が寝るのは "windowsill" なのだが、石玉遊びをする子供と並列にとらえられるととうことから "doorsill" と考える。

 

                                 

 

                                                 

File:Panel door.jpg - Wikimedia Commons

 

2.モハメットと猫

 

モハメットはムエザ(Muezza)という名の猫を飼っていた。ある日モハメットが礼拝に行こうとすると、着ようとした服の袖の上でムエザが眠っていた。モハメットはムエザを起こすことを忍びなく、服の袖を切り落とし片袖のない服で礼拝に出かけたという。

 

この伝説の典拠を調べたが明らかではなかった。私の検索では、イスラム神秘主義スーフィズムの一派、リファーイー教団の創始者アフマド・アル・リファーイー (Shaykh Ahmed er Rifai  1119年‐1183年)の逸話であるようだ。アル・ダハビ(Al-Dhahabi  1274 – 1348) の著書『高貴な人物の伝記』(Siyar a'lam al-nubala')に記されている。

 

「ある金曜日、リファーイーは寝ていて、目を覚ますとお祈りの時間になっていた。ところが彼の衣の上で猫が寝ていた。彼は妻にハサミを頼み、猫が寝ている衣の部分を切り落とし、礼拝に出かけた。猫が目を覚まして出て行ってしまったのち、妻に糸を頼んで、衣を縫い合わせてもらった。彼は妻が不愉快に思っているのを見て、"心配無用、良きこと以外のなにも起こってはいないし、なにも失わなかった。これは良きことであった "と言った。」

 

たった2行で、ブルーム氏のやさしさと物知りぶりを表している。

 

3.Marble gameー石玉遊び

 

子供が遊んでいる "marbles" とは何だろうか。

 

玩具としての "marble" は19世紀には大理石や陶器で生産されていた。1890年代に米国で粘土の "marble" が大量生産され、米国でガラスの"marble" が機械生産されたのは1903年とある。1904年ダブリンで子供が遊んでいるのは、石か陶器か粘土の玉で、ガラスの玉ではなかろうと考える。それでビー玉とせず「石玉遊び」と訳した。

 

ブルーム氏も子供のころ、石玉遊びをしたことを思い出している。ブルーム氏はエリス夫人の営む幼稚園に通っていた。

 

 Why with satisfaction?

 

 Because the odour inhaled corresponded to other odours inhaled of other ungual fragments, picked and lacerated by Master Bloom, pupil of Mrs Ellis’s juvenile school, patiently each night in the act of brief genuflection and nocturnal prayer and ambitious meditation.

(U585.1495)

 

4.花の行方

 

ブルーム氏は秘密の文通相手のマーサからの手紙を開こうとして、手紙にピンでとめられていた花を発見した。この小説で、彼のさまざまな持ち物の出入りを追いかけることは、登場人物の動きを追いかけるのと同様の楽しみとなる。花と手紙について、その行程を見てみよう。

 

第5章

ブルーム氏は郵便局で局留めになっているマーサの手紙を受けとり脇ポケット”sidepocket”(上着の脇のポケットと思われる)に入れる。(U59.65)

 

歩きながらポケットの中で封筒を開封し手紙を取り出し、封筒をくしゃっと丸める。

手紙にはピンで何か止めてあった。(U59.76-)

 

ブランズウィック通りで、ポケットから手紙を取り出し、手に持った新聞(フリーマンズ・ジャーナル。第5章の前にどこかで買ったもの)の内側へくるむ。(U93.221)

 

ミードの材木置き場、新聞でくるんだ手紙をひらいて読む。(今回の箇所)

 

読んだ後、ピンでとめてある花を取って、胸ポケット”heartpocket”(上着の胸のポケットと思われる)にいれる。(U64.260-)手紙は脇ポケットにもどす。(U64.267)

 

脇ポケットの中の手紙を探り、ピンを引き抜く。道にピンを捨てる。(U64.275-)

 

その後、ながらく花はブルーム氏の胸ポケットに、手紙は脇ポケットに収まったままとなる。

 

第15章

夜の町、メクレンバーク通りで、夜警に尋問される場面で、胸ポケットから花を取りだす。(U372.738)

 

第17章

脇ポケットにしまわれていたマーサの手紙は、帰宅したブルーム氏によりサイドボードの鍵のかかる引き出しにしまわれる。(U593.1840-)

 

手紙に花が添えられていたのは、ブルーム氏がヘンリー・フラワーという偽名で交信しているからだろう。

 

花の行方は小説には記されていない。

 

                礼拝する猫

 

"Praying to Cat Mecca" by mikecogh is licensed under CC BY-SA 2.0.