Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

132(U397.1602)

ブルーム:(盲目の若者と握手し。)我が兄弟も同然。

第132投。397べージ、160

 BLOOM: (Shaking hands with a blind stripling.) My more than Brother! (Placing his arms round the shoulders of an old couple.) Dear old friends! (He plays pussy fourcorners with ragged boys and girls.) Peep! Bopeep! (He wheels twins in a perambulator.) Ticktacktwo wouldyousetashoe? (He performs juggler’s tricks, draws red, orange, yellow, green, blue, indigo and violet silk handkerchiefs from his mouth.) Roygbiv. 32 feet per second. (He consoles a widow.) Absence makes the heart grow younger. (He dances the Highland fling with grotesque antics.) Leg it, ye devils! (He kisses the bedsores of a palsied veteran.) Honourable wounds! (He trips up a fat policeman.) U. p: up. U. p: up. (He whispers in the ear of a blushing waitress and laughs kindly.) Ah, naughty, naughty! (He eats a raw turnip offered him by Maurice Butterly, farmer.) Fine! Splendid! (He refuses to accept three shillings offered him by Joseph Hynes, journalist.) My dear fellow, not at all! (He gives his coat to a beggar.) Please accept. (He takes part in a stomach race with elderly male and female cripples.) Come on, boys! Wriggle it, girls!

 

 ブルーム:(盲目の若者と握手し。)我が兄弟も同然。(老夫婦の肩を抱擁し。)懐かしき友よ。(ぼろを着た少年少女と陣取り鬼ごっこをして。)いないないばあ。(双子を乗せた乳母車押して。)チクタクツーおうまのていてつ打ってくださる。(手品を披露、口から赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の絹のハンカチを引っ張り出し。)知らせろ男。秒速32フィート。(未亡人をなぐさめ)遠ざかるほど思いは疎し。(奇妙なおどけた振付でハイランド・フリングを踊り。)もっと早く、お前たち。(寝たきりの退役軍人の床ずれに接吻し。)名誉の負傷。(太った警官にアッパーカットを食らわせ。)しょうべんたれ、アップ。しょうべんたれ、アップ。(ウェイトレスの耳に囁き、赤くなった顔に微笑む。)やあエロいね。(農民モーリス・バタリーから差し出された生の蕪を食べ。)すごく美味い。(新聞記者ジョーゼフ・ハインズから提示された3シリングの受け取りを拒み。)おやおや。どういたしまして。(物乞いに上着を与えて。)どうかお受け取りを。(年配の男女歩行障害者による腹ばい競争に参加して。)がんばれ、のたくれ、お前ら。

 

第15章。夜中の12時過ぎ。ブルーム氏は酔っ払ったスティーヴンとリンチの2人を追って、娼館街へやってきた。この章では幻想と現実が交錯する。娼館の前で、娼婦のゾーイにお守りのジャガイモを取り上げられたからか、ブルーム氏は幻想場面に巻き込まれていく。彼は市長に変身し、市民の歓迎を受ける。

 

ト書きと台詞が組み合わされた長い一節。

 

中世から近世にかけて、王の呪術的権能を示すものとして、王が病人の患部に手を触れて病気を治癒するということがおこなわれた。ロイヤル・タッチ(Royal touch)と呼ばれ英国では17世紀のスチュアート朝,フランスでは18世紀のルイ王朝の時代に盛んにおこなわれた。

 

             

 

この場面はロイヤル・タッチをパロディにしているのではないか。ブルーム氏は不幸な市民たちとこの小説のおなじみの人物たちに接見し、ふざけた祝福を与える。

 

長いリストだが、根気よく見てみよう。

 

(Shaking hands with a blind stripling.) My more than Brother!

(盲目の若者と握手し。)我が兄弟も同然。

 

盲目の若者は、第8章の終わりでブルーム氏が道を渡るのを助けてやった男。第11章で、彼はオーモンドホテルにピアノの調律にやってくる。

 

(Placing his arms round the shoulders of an old couple.) Dear old friends!

(老夫婦の肩を抱擁し。)懐かしき友よ。

 

老夫婦とはだれのことか、分からない。

 

(He plays pussy fourcorners with ragged boys and girls.) Peep! Bopeep!

(ぼろを来た少年少女と陣取り鬼ごっこをして。)いないないばあ。

 

“pussy fourcorners” は “puss in the corner” とも呼ばれる子供の遊び。

 

正方形の場所で行われ、4人のプレーヤーは四隅に、中央に一人「猫」が陣取る。4人のプレーヤーは互いに場所を交換するが「猫」に場所を取られた場合は、余ったプレーヤーが「猫」になる。 → YouTube

 

18世紀に描かれたPuss i the cornerの図

Pierre Fourdrinier after N Lancret The Play of Puss Puss in the Corner J Ryall, London 1761 Engraving 

 

ぼろを着た少年少女は誰だろう。第5章の材木置き場で石玉はじきをしてた子供たちか。(ブログの第86回)

 

(He wheels twins in a perambulator.) Ticktacktwo wouldyousetashoe?

(双子を乗せた乳母車押して。)チクタクツー おうまのていてつ打ってくださる。

 

双子は13章にでてくるシシー・キャフリーの弟トミーとジャッキー。

 

“Ticktacktwo…”はA Book of Nursery Rhymes (by Charles Welsh)にある童謡 Is John Smith within?  の一節より。

 

Is John Smith within?

Yes, that he is.

Can he set a shoe?

Ay, marry, two;

Here a nail and there a nail,

Tick, tack, too.

 

ジョン・スミスはいらっしゃる?

はいよこちらにおりなさる

馬の蹄鉄うってくださる?

ほら そら ふたつ

あっちこっち トカトントン

チック タック ツー

 

tic-tac-toe” といえば「三目並べ」のことでもある。

 

 

(He performs juggler’s tricks, draws red, orange, yellow, green, blue, indigo and violet silk handkerchiefs from his mouth.) Roygbiv. 32 feet per second.

(手品を披露、口から赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の絹のハンカチを引っ張り出し。)知らせろ男。秒速32フィート。

 

Roygbivは英語で虹の七色の覚え方。Red, Orange, Yellow, Green, Blue, Indigo, Violet.

ブルーム氏は13章で、高校時代に教師のヴァンスに習ったことを思い出す。また「秒速32フィート」は落下する物体の速度で、第5章のはじめでヴァンスに習ったことを思い出している。

 

日本語では、紫を「」、藍「」、青「」、緑「く」、黄「」、橙「」、赤「う」と読んで最初の音を繋げて「しらせろおとこ」と覚える方法があるとのことでこれを訳につかった。

 

(He consoles a widow.) Absence makes the heart grow younger.

(未亡人をなぐさめ)遠ざかるほど思いは疎し。

 

未亡人とは、ブルーム氏がシティーアムズ・ホテルに住んでいた頃、知り合いだったリオーダン夫人か。

 

“Absence makes the heart grow fonder.” は「遠ざかるほど思いが募る」という諺だが、ブルーム氏は、fonder を younger に間違えている。

 

(He dances the Highland fling with grotesque antics.) Leg it, ye devils!

(奇妙なおどけた振付でハイランド・フリングを踊り。)もっと早く、お前たち。

 

”Highland fling” スコットランドの活発なダンス。→ YouTube

 

Florence Hardy (nee Small) (British, 1860-1933) Scottish Highland Fling.

 

”leg it" は辞書によると「早く走れ」「逃げろ」という意味だが、ここは「早く踊れ」か。踊っているのがだれなのか、分からない。

 

(He kisses the bedsores of a palsied veteran.) Honourable wounds!

(寝たきりの退役軍人の床ずれに接吻し。)名誉の負傷。

 

軍人は誰のことかかわからない。ボーア戦争の退役軍人だろう。

 

(He trips up a fat policeman.) U. p: up. U. p: up.

(太った警官にアッパーカットを食らわせ。)しょうべんたれ、アップ。しょうべんたれ、アップ。

 

太った警官は、第4章で、ブルーム氏が肉屋で見かけた女の客が付き合っていると空想するでっかい警官のことに違いない。

They like them sizeable. Prime sausage. O please, Mr Policeman, I'm lost in the wood.

(U49.178)

 

”U.P” というのは、ブルーム氏の元カノのブリーン夫人の夫、デニス・ブリーンが今朝うけとった匿名の葉書に書いてあった、彼をからかう言葉。(ブログの112回

 

“trips up” は、「足を掛けて転倒させる」という意味だが、up つながりでU.Pが出てきたのだろう。

 

(He whispers in the ear of a blushing waitress and laughs kindly.) Ah, naughty, naughty!

(ウェイトレスの耳に囁き、赤くなった顔に微笑む。)やあエロいね。

 

ウェイトレスはだれかわからない。”naughty” は、第5章でブルーム氏が受け取る、秘密の文通相手マーサーの手紙に何度もでてくる言葉。

 

(He eats a raw turnip offered him by Maurice Butterly, farmer.) Fine! Splendid!

(農民モーリス・バタリーから差し出された生の蕪を食べ。)すごく、おいしい。

 

モーリス・バタリーは、誰なのか。Giffordの注釈でもはっきりしない。検索してみるかぎり、ダブリンのゲーリック・スポーツの競技場クローク・パーク(Croke Park)がある土地の元地主のようだ。市会議員モーリス・バタリーが1864年以来有していた土地(バタリー・フィールドと称された)は、1894年に新しく設立された会社に売却され、最終的にゲーリック体育協会 (Gaelic Athletic Association)の競技場となった.。
→ facebook

 

1908年出版の地図(Eason's new plan of Dublin and suburbs / Eason & Son, Ltd.)では大きな空き地になっている場所(赤の)がバタリー氏が持っていた広大な土地で現在クローク・パーク・スタジアムとなっている。

 

バタリー氏の蕪なぜ面白いのか分からない。第6章、ディグナムの埋葬のあと、ブルーム氏は鼠に食われるディグナムの死体のことを生の蕪になぞらえて空想している。蕪はこれから来ているにちがいない。

They wouldn't care about the smell of it. Saltwhite crumbling mush of corpse: smell, taste like raw white turnips.

(U93.94-)

 

(He refuses to accept three shillings offered him by Joseph Hynes, journalist.) My dear fellow, not at all!

(新聞記者ジョーゼフ・ハインズから提示された3シリングの受け取りを拒み。)おやおや。どういたしまして。

 

第7章で示されたように、ハインズはブルームに3シリング借りており、ブルーム氏はそれとなく催促したがハインズは返していない。(ブログの24回

 

(He gives his coat to a beggar.) Please accept.

(物乞いに上着を与えて。)どうかお受け取りを。

 

物乞いとはだれのことか。わからない。

 

(He takes part in a stomach race with elderly male and female cripples.) Come on, boys! Wriggle it, girls!

(年配の男女歩行障害者による腹ばい競争に参加して。)がんばれ、のたくれ、お前ら。

 

これら競技者は誰なのか。第15章の始めに出てくる人々か。ブルーム氏は年配の男女にboys, girls, と呼び掛けていて、ひときわ差別的である。

 

 

こうしてみると、この一節は、王の霊的力の行使をタテ糸に、ゲーム、競技、歌謡、舞踏、奇術といった遊戯的身体運動をヨコ糸にして、この小説の全体から要素を縫い込むことで小説全体の小宇宙(ミクロコスモス)を形作っている。

 

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