Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

92 (U522.929)

男が周囲の状況を確かめる動作をしながら立ち上がった時、

 

第92投。522ページ、929行目。

 

While he was in the act of getting his bearings Mr Bloom who noticed when he stood up that he had two flasks of presumably ship’s rum sticking one out of each pocket for the private consumption of his burning interior, saw him produce a bottle and uncork it or unscrew and, applying its nozzle to his lips, take a good old delectable swig out of it with a gurgling noise. The irrepressible Bloom, who also had a shrewd suspicion that the old stager went out on a manœuvre after the counterattraction in the shape of a female who however had disappeared to all intents and purposes, could by straining just perceive him, when duly refreshed by his rum puncheon exploit, gaping up at the piers and girders of the Loop line rather out of his depth as of course it was all radically altered since his last visit and greatly improved.

 

 

男が周囲の状況を確かめる動作をしながら立ち上がった時、推定されるところでは船舶用のラム酒の瓶が二つ両ポケットから飛び出しておりそれは胃の腑の渇きを癒す私的な消費のため保有されていたものだが、それらに目を止めたブルーム氏は男が瓶を取り出して栓を抜くか捻るかし瓶の口に唇をあて、大層美味なのをごくりとやるのを見た。ブルーム氏は、その老練な男が女の姿をした反対方向からの誘引を追って、屋外へと作戦を展開したのではないかと、鋭敏な疑いを禁じえなかったが、女の影はいかなる点からみても消失してしおり、目を凝らしてようやく知覚し得たのは、男がラム一樽を飲み尽くし、すっかり活気を得て鉄道ループ線の橋脚と主桁をあっけに取られて見上げる姿であったが、それは男の理解をすっかり超えるものだった、というのも最後にここに来た時からそれは根本的に姿を変え、大幅に改良されていたからである。

 

第16章。真夜中。娼館を後にしたブルーム氏はスティーヴンを介抱するため馭者溜りへとやってくる。そこでマーフィーと名乗る船乗りの話を聞いている。船乗りがおもむろに席を立った場面。

 

第16章は悪文で書かれているが、ここも驚くほど読みにくい文章となっている。こんな小説ってあるだろうか。

 

常套句や外来語の無理な使用。接続詞や関係代名詞を多用して構文を複雑にしながら、節や句を挟んで主語と動詞の続きがわかりにくくなっている。単語を重ねる割に描写は曖昧で像はぼやけてしまう。

 

船舶用ラム酒 "ship’s rum" とあるのは、英国海軍が軍艦に積載して乗員に配給したラム酒のことと思われる。英国海軍とラム酒についての記事の概略は次の通り。

 

  • もともと英国軍艦には水が積まれていたが、長期保存に難があった。
  • そのため、水の代わりにビールやワインが、積まれるようになった。
  • さらには長期保存や調達の観点からブランデーのような蒸留酒が用いられた。
  • 1655年英国がジャマイカをスペインから攻略後、ジャマイカ産のラム酒を搭載し船員に配給するようになった。
  • 1740年には1/2パイントのラム酒と水を 1対4 の割合に薄め1日2回に分けて配給する事になった。)この飲み物はグロッグ“Grog” と呼ばれた。)
  • その後希釈割合や支給量は変化があった。
  • 英国海軍では1970年までグロッグが(ただし士官にはラムのまま)配給された。

 

船乗りは今朝11時にイングランド、ブリッジウオーターから煉瓦を運ぶ、ローズヴィーン号で入港したという。もちろん嘘かもしれないが。

 

 —We come up this morning eleven o’clock. The threemaster Rosevean from Bridgwater with bricks. I shipped to get over. Paid off this afternoon. There’s my discharge. See? D. B. Murphy. A. B. S.

(U511.450-)

 

彼が乗っていたのは海軍の船ではない。普通の船でもラム酒が支給されていたのか、軍から横流しの酒を保有していたということなのか、私の調べでは不明。

 

船乗りが追いかけていったと、ブルーム氏が思った女、とはしばらく前のところで、馭者溜まりをのぞき込んだ麦わら帽子の街娼であろうと思われる。

 

The face of a streetwalker glazed and haggard under a black straw hat peered askew round the door of the shelter palpably reconnoitring on her own with the object of bringing more grist to her mill.

(U517.704-)

 

“manœuvre” はフランス語由来の単語で、軍事用語として「軍隊・艦隊などの機動作戦, 戦術的展開」との意味がある。船乗りの動作なので船にまつわる用語を使って描写している。

 

船乗りが見上げたループ線とは、馭者溜まりの上を走る鉄道の高架橋、ループライン橋   the Loop Line Bridge

 

下の写真で、馭者溜まりは向こう岸の橋の下にあった。右端は税関の建物。

 

File:Loop line (Liffey) viaduct, Dublin - geograph.org.uk - 1754871.jpg - Wikimedia Commons

 

ループライン橋はリフィー川南岸のウェストランド・ロウ駅 Westland Raw Station (現Pearse Railway Station)と北岸のアミアンズ・ストリート駅 Amiens Street Station (現Connolly Station)の間を高架化して結んだ際、1889年から1891年にかけて建設された。

 

 

1908年出版の地図(Eason's new plan of Dublin and suburbs / Eason & Son, Ltd.)南北の駅を結んでいるのがループ線印のところに馭者溜まりがあった。

 

       

 

1883年出版の地図(Plan of the city of Dublin. Letts's popular atlas. Letts, Son & Co. Limited, London. )では駅はつながっていない。

 

       

 

彼が前にここに来たのは、1891年以前で、まだこの橋がなかったので、驚いているのだろう。彼は航海に出て7年女房に会ってないと言っている。(U510.421) 小説の現在は1904年であり、つじつまは合わない。

 

建設中から、この橋は、市の中心からのカスタムハウス(税関)の壮麗な眺めを損なうとして批判にさらされた。

 

       

       1930年代のループライン橋ごしのカスタムハウスのながめ

 

船乗りの見上げる、“pier” は「橋脚」、“girder” は「主桁」ー橋の側面に渡された部分を言う。→ 橋梁の構造と種類について

 

    

 

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