Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

239 (U398.1652) ー 陛下の法廷による無料相談

知りたがりフリン:火災保険の抵当ではだめですか。

 

第239投。398ページ、1652行目。

 

 

 NOSEY FLYNN: Can I raise a mortgage on my fire insurance?

 

 BLOOM: (Obdurately.) Sirs, take notice that by the law of torts you are bound over in your own recognisances for six months in the sum of five pounds.

 

 J.J. O’MOLLOY: A Daniel did I say? Nay! A Peter O’Brien!

 

 NOSEY FLYNN: Where do I draw the five pounds?

 

 PISSER BURKE: For bladder trouble?

 

 BLOOM:

 Acid. nit. hydrochlor. dil., 20 minims

Tinct. nux vom., 5 minims

Extr. taraxel. lig., 30 minims.

Aq. dis. ter in die.

 

 知りたがりフリン:火災保険の抵当ではだめですか。

 

 ブルーム:(頑なに)諸君、不法行為法に基づき6か月間につき保証金として金5ポンドの納付義務があることに留意されたい。

 

 J.J.オモロイ:ダニエル様だよね。いや、ピーター・オブライエンだ。

 

 知りたがりフリン:5ポンドなんてどこで工面すればいいんだい。

 

 飛ばし屋バーク:膀胱の具合が悪いんですが。

 

 ブルーム

 稀硝酸鹽酸20滴

吐根酊劑5滴

蒲公英液體萃取劑30滴。

與蒸餾水,每天參次服用。

 

第15章。夜中の12時過ぎ。ブルーム氏がスティーヴンとリンチの2人を追ってやってきた娼館が舞台。その場にいるはずのない人物も登場し、幻想場面が展開する。ブルーム氏は市長に国王にそして裁判官に変身し市民の相談を受け付けている。

 

会話は支離滅裂でナンセンスなものになっている。

 

”知りたがり”フリンはブルーム氏が昼食を食べた店に客としていた男。彼が言っていることは定かでないが、「税金を納めるかわりに火災保険の請求権を差し出すのでだめか」と聞いているのだと思う。

 

J.J.オモロイは弁護士。

 

ダニエルは旧約聖書の『ダニエル書』に登場する人物。旧約外典のダニエル書補遺に、ダニエルが争いごとを裁く物語があり、ダニエルは裁判の守護聖人とされた。

 

ライオンの罠に捕らえられたダニエル (John Smith, c. 1652 – c. 1742)

ダレイオスに仕えたダニエルは他の家臣の陰謀でライオンの洞窟に投げ込まれた

File:Daniel trapped with lions. Mezzotint by I. Smith. Wellcome V0034354.jpg - Wikimedia Commons

 

ピーター・オブライエン(Peter O'Brien, 1st Baron O'Brien、1842 - 1914)は、アイルランドの弁護士兼裁判官。 1889年から1913年までアイルランド最高裁判所長官を務めた人なので、小説の現在1904年アイルランドで最もえらい判事といえばこの人だったのだろう。

 

ピーター・オブライエンの肖像

File:1stLordOBrien.jpg - Wikimedia Commons

 

”飛ばし屋”バークは、ブルーム夫妻が、シティー・アームズ・ホテルに住んでいたころ同じホテルに住んでいた男。このブログの第117回で一度触れている。

 

ブルーム氏は膀胱の病の薬として、ラテン語の省略形でレシピを口にする。

 

"Acid. nit. hydrochlor dil" とは ”Acidum nitro-hydrocloricum dilutum”で意味は「硝酸と塩酸の希釈混合酸」。”minim”は、液体の体積単位で、水滴1滴の体積にほぼ相当する。

 

硝酸と塩酸を混ぜたものは「王水」として知られ金・白金など貴金属の溶解・精製に用いられる。非常に強い毒性と腐食性があるため薬どころか危険な劇物だ。

 

しかし昔のヨーロッパの薬局方には、王水を希釈して医薬的に使ったという記録がある。Practical Materia Medica And Prescription Writing (by Oscar W. Bethea 1917)では

"Acidum Nitrohydrochloricum"が胃腸の消化不良、慢性下痢、肝炎、肝硬変、癤症などに用いられるとしている。

 

"Tinct. mix. vom"は ”Tinctura nucis vomicae” 、ただし”mix”は”nux”の誤りとのこと。ジョイスの間違いというより原稿を活字にした時のミスではないかと思う。「ホミカチンキ」の意。ホミカという生薬を原料とする苦味健胃薬で、胃腸粘膜を刺激して唾液や胃液の分泌を促進し、食欲を増進させる効果がある。

 

”Extr. taraxel. lig”は”Extractum taraxaci liquidum”のことで、”lig”は ”liq”の誤り。「液状タンポポ抽出物」の意。利胆・利尿・肝機能改善薬として利用される。これのみ膀胱の薬として正しいかもしれない。

 

”Aq. dis. ter in die”. は   ”Aqua distillata ter in die”で 「蒸留水、1日3回」の意味。

 

こういうのはどう訳すのがいいのだろう。ブルーム氏は読者には意味不明の言語を発しているのだから。わかりにくく訳さないとならないのでしょう。漢文みたいに訳してみた。

 

 

タンポポとライオン

タンポポの英語名 "Dandelion"は、フランス語で「ライオンの歯」を意味する "dent-de-lion"に由来する。葉がライオンの牙のようにギザギザであることによる。

"'dandelion' - 'Löwenzahn'" by marfis75 is licensed under CC BY 2.0.

 

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