Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

257 (U340.1199) ー ホイッグ史観の歴史家

其の後に續いた討論は、その規模と推移とに於て

第257投。340ページ、1199行目。

 

 

 The debate which ensued was in its scope and progress an epitome of the course of life. Neither place nor council was lacking in dignity. The debaters were the keenest in the land, the theme they were engaged on the loftiest and most vital. The high hall of Horne’s house had never beheld an assembly so representative and so varied nor had the old rafters of that establishment ever listened to a language so encyclopaedic. A gallant scene in truth it made.

 其の後に續いた討論は、その規模と推移とに於て、恰も人生の經路を一幅の縮圖に寫し出したるが如き觀を呈してゐた。場所も議場も、いささかの威嚴を缺くところなかつた。討論に與つた人々は國中に於て最も鋭敏なる才智の士であり、彼らが取扱つた主題は又、最も崇高にして最も死活に係る重大事であつた。ホーン邸の高き廣間は、未だ曾て斯くも代表的にして變化に富んだ會合を見たことなく、其の建物の古びたる垂木もまた、斯くも博識に滿ちたる言説を聞いた例がなかつた。まことに壯麗なる光景であつた。

 

 

第14章。午後10時ごろ。産科病院の談話室でスティーヴン、ブルーム氏、医学生らが談話している。

 

この章は、過去から現在に至る英語散文の文体史を文体模写でなぞる趣向となっている。Giffordの注釈によると、この箇所は、『英国史』の著者である英国の歴史家、政治家、トーマス・バビントン・マコーリー(Thomas Babington Macaulay,1800 - 1859)の文体によるという。

 

マコーリーの文体といわれる個所は前にこのブログの第47回でみており、今回はそれに続く部分になる。

 

第47回を書いたときは、マコーリーの著書の和訳を見つけられなかったのだが、この度古本で入手ことができた。『世界大思想全集72 マコーレイ論文集』(戸川秋骨訳、春秋社 1933年)で、いわゆる円本とよばれるものだ。今回の箇所に近いそうな一節を選んでみる。

 

 場所も斯くの如き公判に適はしいウイリアム・ルーフアスの大廣間で、其處は三十代の王樣の卽位式の度に喝采の響きを傳へ、又、ベイコンの刑の申渡しやソマーズの無罪の宣吿が行はれた處であつた。ストラツフオードの雄辯が公憤に燃えた優勢な反對黨を威壓して消散させたのも此處であつた。チヤールズが泰然自若たる勇氣を以て高等法院に對抗し、己れの名聲を半ば挽回したのも此處であつた。武官や文官の盛儀も見られなくはなかつた。廣小路には近衞步兵が整列し、街上は騎兵が障碍を除いてゐた。

「ウヲーレン・ヘイスチングス」

 

 The place was worthy of such a trial. It was the great hall of William Rufus, the hall which had resounded with acclamations at the inauguration of thirty kings, the hall which had witnessed the just sentence of Bacon and the just absolution of Somers, the hall where the eloquence of Strafford had for a moment awed and melted a victorious party inflamed with just resentment, the hall where Charles had confronted the High Court of Justice with the placid courage which has half redeemed his fame. Neither military nor civil pomp was wanting. The avenues were lined with grenadiers. The streets were kept clear by cavalry.

WARREN HASTINGS (The Edinburgh Review, October, 1841)

 

原文はGutenbergで読める。

→ Gutenberg

 

 

「ウォーレン・ヘイスティングス」Warren Hastings(1841)は、英国の政治家でインド総督であったウォーレン・ヘイスティングズの生涯と、その弾劾裁判をめぐる歴史を描いたものである。

 

マコーリーの文章というのは華麗なレトリックを使って格調高く歴史評論を叙述するというものであることが分かった。今回の個所も確かにマコーリーの文体模写として納得できる。

 

平田氏の訳文は現代の感覚では古臭いが、マコーリーの文体に合っているような気がするので平田訳に倣って訳した。

 

そこで改めて思うのだが、第47回の個所は、Giffordはマコーリーというものの、どうもマコーリーの文体ではないようだ。誰の文体模写なのだろうか。

 

ウェストミンスター・ホールでのウォーレン・ヘイスティングスの裁判

"Cassell's Illustrated History of England, Volume 5"(1865)

File:P391 TRIAL OF WARREN HASTINGS IN WESTMINSTER HALL.jpg - Wikimedia Commons

 

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