Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

146(U304.898)

あそこで彼女はみんなと花火を見ようとしている。

 

146投。304ページ、.898行目。

 

 There she is with them down there for the fireworks. My fireworks. Up like a rocket, down like a stick. And the children, twins they must be, waiting for something to happen. Want to be grownups. Dressing in mother’s clothes. Time enough, understand all the ways of the world. And the dark one with the mop head and the nigger mouth. I knew she could whistle. Mouth made for that. Like Molly.

 あそこで彼女はみんなと花火を見ようとしている。おれの花火。昇るは火箭の如く落ちるは棒の如し。それと子供たち、双子に違いない、何事かを待っている。大人になりたい。お母さんの服を着たり。まだまだ時間がかかる、世の中の事情に通じるには。それと黒髪の子、モップ頭で黒人のような唇をした。口笛を吹いてたな。それ向きの唇。モリーもそう。

 

第13章。午後8時。サンディマウントの海岸。三人の少女ガーティーマクダウェル、イーディー・ボードマン、シシー・キャフリーが子供のおもりをしている。チャリティーマーケットで花火が打ち上げられる。その少女たちを眺めるブルーム氏の独白。

 

“Going up like a rocket and coming down like a stick.”「上がるときはロケットのごとく飛びだし、下がるときは棒きれのように落ちる」というのは英語の慣用句で「はじめは威勢がいいのに、終わるころにはだらしない」という意味。日本語でいうと「竜頭蛇尾」に相当。

 

下の写真のような花火をsky rocketとかbottle rocketと呼び、火薬の下に、軌道を安定させるため棒がついている。それで落ちる時は棒のようというのではないか。

 

       

"Bottle Rockets" by User:Surachit is licensed under CC SA 1.0.

ブルーム氏は「おれの花火」といっているので、自分の勃起と射精の後のことを考えているに違いない。あるいはブルーム氏は、自分のこれまでの人生のことを考えているのかもしれない。昔は幸せだったが、息子の死を境に、今の人生は下り坂。ああ、だから赤ちゃんの将来のことの思考につながるのか。

 

さらにこういうことを思いついた。第13章はなぜか前半と後半に分かれていて前半は婦人雑誌に載る小説の文体で書かれていて、花火を境に、後半は今回の所のようなブルーム氏の独白となる。上昇と落下というのはこの章の構成につながるのかもしれない。

 

さらに言えば、『ユリシーズ』全体の構成のことに関係しているかもしれない、第13章はこの小説の全体の分量からいってちょうど真ん中あたりになる。(厳密にページ数でいうと真ん中は次の第14章の初めの方になるが。)この章の花火が、この小説の前半と後半の境目になっているではないだろうか。

 

ブルームが今いる海岸は今日一日の行程で家からいちばん遠い地点といえる。また第13章までは日が出ているが、この章の後で日が暮れ、その後文体はますます難解で読みにくいものになっていく。

 

この場面のしばらく後でブルーム氏は、砂浜で棒を拾う。その棒で砂浜に文字を書いたあと、棒を放り投げると偶然にも地面に突っ立っつ。

 

・・・What’s this? Bit of stick.

・・・

 Mr Bloom with his stick gently vexed the thick sand at his foot. Write a message for her. Might remain. What?

・・・

 He flung his wooden pen away. The stick fell in silted sand, stuck. Now if you were trying to do that for a week on end you couldn’t. Chance.

(U312.1252―1272)

 

棒の落下というのはこの場面を予告しているようだ。

 

モップのような髪の少女とは、ブログの第135回でふれたように、真っ黒な顔でもじゃもじゃ頭のキャラクターゴリウオッグにたとえられた、シシー・キャフリー。

 

シシーはさっき、口笛を吹いており、ブルーム氏はそれを目撃している。

 

  Cissy Caffrey whistled, imitating the boys in the football field to show what a great person she was: and then she cried:

 

 —Gerty! Gerty! We’re going. Come on. We can see from farther up.

 

(U301.754)

 

 

晩の8時とはいえ、夏のダブリンの空はまだ明るいので、花火は明るい空に打ち上げられている。

 

 


"18/52 Daytime Fireworks" by krow10 is licensed under CC BY 2.0.