Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

147(U230.885)

貸馬車324番、馭者はバートン・ジェイムズ

 

第147投。230ページ、885行目。

 

 A hackney car, number three hundred and twentyfour, driver Barton James of number one Harmony avenue, Donnybrook, on which sat a fare, a young gentleman, stylishly dressed in an indigoblue serge suit made by George Robert Mesias, tailor and cutter, of number five Eden quay, and wearing a straw hat very dressy, bought of John Plasto of number one Great Brunswick street, hatter. Eh? This is the jingle that joggled and jingled. By Dlugacz’ porkshop bright tubes of Agendath trotted a gallantbuttocked mare.

 

 貸馬車324番、馭者はバートン・ジェイムズ、ドニーブルック・ハーモニーアヴェニュー1番地在住、に乗客が、若い紳士が乗っている。仕立屋ジョージ・ロバート・メサイアス、イーデン河岸5番地で誂えた藍色のサージのスーツを粋に着こなし、帽子屋ジョン・プラストウ、グレート・ブランズウィック通り1番地で購入した洒落た麦藁帽をかぶっている。ん。これはゆらゆらチリンチリンがたくり馬車。ドル―ガックの肉屋、アジェンダスの色鮮やかな肉管の前、早足で行く、堂々とした尻の牝馬

 

第11章。午後の4時ごろ。オーモンドホテルのレストランでブルーム氏は夕食を取っている。一方でブルーム氏の妻モリーの愛人ボイランは、貸馬車でブルーム家へと向かっている。ここはボイランの客観描写なのか、ブルーム氏の空想なの定かでない。

 

ブログの第91回ですでに読んだ第15章の幻想場面の元になっている箇所。

 

ブログの第2回で見た通り、仕立て屋のメサイヤスはブルーム氏も利用していて、ボイランとブルーム氏はこの店で知り合っている。

 

またブルーム氏の山高帽もプラストーの帽子屋で買ったものである。(U46.69)

ブルーム氏は、妻の愛人と仕立て屋と帽子屋も共有しているという皮肉。

 

麦藁帽は、英国では "Boater" と呼ばれ、日本ではカンカン帽と呼ばれた帽子のこと。世界的に19世紀末から20世紀の初めに流行した。

 

    

映画『セカンドコーラス』のフレッド・アステア

File:Astaire in Second Chorus 2.jpg - Wikimedia Commons

 

サージ “serge” とは梳毛糸(そもうし)という羊毛の長い毛から作った滑らかな糸を使用した綾織で織った毛織物。ツイードのように毛羽立っておらず、スムーズな表面と滑らかな手触りが特徴。

 

日本においては、昔は “serge” を「セルジ」と読んだうえ、これを「セル地」と解してその「地」を略し「セル」とよばれた。

 

たまたま読んでいた田山花袋(1872 - 1930)の『蒲団』(1908年出版)に、こんな一節があった。主人公である作家、竹中時雄の描写。

 

縞セルの背広に、麦稈帽、藤蔓の杖をついて、稍々前のめりにだらだらと坂を下りて行く。時は九月の中旬、残暑はまだ堪へ難く暑いが、空には既に清涼の秋気が充ち渡つて、深い碧の色が際立つて人の感情を動かした。

 

ボイランと『蒲団』の主人公は同じいで立ちなのだ。私小説『蒲団』のもとになったのは1904年ごろから3年くらいの出来事なので『ユリシーズ』の現在(1904年)と同時代の小説となる。竹中時雄は34、5歳の男で、ボイランもちょうど同じくらいの年かもしれない。

 

ブログの第52回でふれたように、Jingleには①チンチンリンリンという音、②馬車そのもの、③ブルーム家のベットの金具の鳴る音、との含意がある。

 

アジェンダス“Agendath”はシオニストの設立したパレスチナの会社のことで、第111回で詳しくみた。肉屋はこの会社への投資勧誘広告の切れ端を肉の包み紙に利用している。

 

そして “bright tubes” は何か。

 

見通しの明るい (bright) 投資広告の切れ端が巻いてあるのか、と思った。うまいな。いや、しかし切れ端は、巻いてなくて、平積みのようなので違う。(U48.154)

 

やはり、肉屋の店先のソーセージということか。

 

第11章は、音楽的な言語で書かれているので、明るい音色 (bright) 楽器の管 (tube) に掛けて、わざわざこういう言い方にしているのだ。さらに tube に性的な意味も持たしているにちがいない。

    

    

ダブリンの昔の肉屋


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