Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

142(U435.2933)

ベロ:(ぶつくさ言いながらあおむけのブルームの顔の上にしゃがみ込む。

第142投。435ページ、2933行目。

 

 BELLO: (Squats with a grunt on Bloom’s upturned face, puffing cigarsmoke, nursing a fat leg.) I see Keating Clay is elected vicechairman of the Richmond asylum and by the by Guinness’s preference shares are at sixteen three quarters. Curse me for a fool that didn’t buy that lot Craig and Gardner told me about. Just my infernal luck, curse it. And that Goddamned outsider Throwaway at twenty to one. (He quenches his cigar angrily on Bloom’s ear.) Where’s that Goddamned cursed ashtray?

 

 BLOOM: (Goaded, buttocksmothered.) O! O! Monsters! Cruel one!

 

ベロ:(ぶつくさ言いながらあおむけのブルームの顔の上にしゃがみ込む。葉巻の煙をぷっと吐き太い脚を撫でて。)ほう、キーティング・クレイがリッチモンド精神病院の副理事長に選任されたって、それはそうと、ギネスの優先株が16ポンドと3/4とな。ひでえドジ踏んだぜ、クレイグ・アンド・ガードナーが勧めてくれたのに買わなかったとは。死ぬほどツイてねえ、まったく。それであのくそったれ穴馬のスローアウェイが20倍だって。(怒りにまかせて葉巻をブルームの耳でもみ消す)くそひでえ灰皿はどこへいった。

 

 ブルーム:(ねじ込まれ、尻敷かれて)おお、おお、鬼、ひどい人。

 

 

第15章。娼館の女主人ベラ・コーエンが、男性化し、ベロとなり、女性化したブルームを責め立てている幻想場面。

 

 

リッチモンド精神病院

ベロは、Licensed Victualler’s Gazette という冊子を読んでいる。(U434.2898)  "licensed victualler"とは英国で、酒類を販売する免許を有する飲食店という意味。Licensed Victualler’s Gazette というのは検索しても見つけられなかったが Licensed Victuallers’ Guardian というのはあった。「酒類販売公認業者ガーディアン」 Licensed Victuallers’ Guardian は1866年創刊の酒類販売免許業者協会が発行する業者向けのコミュニケーション紙で、毎土曜に発行され、1部2ペンスだったとのこと。

 

 Licensed Victualler’s Gazette は、こういった類のものだろう。

 

 

キーティング・クレイ(Keating Clay)は、Lesser-Known Writersというブログ

 

によれば、Keating Clay という作家の父でダブリンの事務弁護士 Robert Keating Clay (1835-1904) のことのようだ。

 

リッチモンド精神病院 "Richmond asylum" は、そもそも1815年にアイルランド全島から治療可能な精神病患者を受け入れる国立精神病院として建設された施設で、1830年にはリッチモンド地区精神病院と改名。1925年にははグランジゴーマン精神病院、1958年には聖ブレンダン病院と呼ばれる。1980年代後半に、病院は縮小期に入り、古い施設は2010年11月に閉鎖された。現在はフェニックス・ケア・センターとして近代的な精神医療施設の敷地となっている。

 

リッチモンド精神病院の廃墟

"THE RICHMOND LUNATIC ASYLUM [LOWER HOUSE]-137258" by infomatique is licensed under CC BY-SA 2.0.

 

ギネス醸造

 

ギネス社は、18世紀からダブリンでビールの醸造を始めているが、1886年に株式公開企業となり、その株式はロンドンの取引所で取引された。

 

ベロが見ているのがいつ発行された優先株のことかわからないが、1889年に発行された6%優先株の画像をみることができる。

 

Arthur Guinness Son & Co. Limited, 6% Preference Stock, issued 5. November 1889

File:Arthur Guinness Son & Co 1889.jpg - Wikimedia Commons

 

クレイグ・アンド・ガードナーとはダブリンの会計事務所。アイルランドの著名な会計士のロバート・ガードナー卿(Sir Rober Gardner, 1838年 - 1920年)が、1866年にウィリアム・G・クレイグ(William G. Craig)とクレイグ・ガードナー事務所を設立。なお同事務所は現在はプライスウォーターハウスグループに吸収されている。

 

スロウアウェイ

 

さて、スロウアウェイ。

 

”throw away”は「捨てる」という意味だが、競馬馬の名前が「スロウアウェイ」"Throwaway" であったことから起こる混乱がこの小説の描く一日の大きな事件となっている。

 

スロウアウェイという競馬馬の名前(馬のテーマ)がこの小説の全体(ブルーム系の章)を転々と流通していくが、第122回でまとめたように、口蹄疫の話題(牛のテーマ)が、スティーヴン系の章を中心に、転々と流通していくのと対なしているように思う。スロウアウェイの関連をざっと眺めてみましょう。

 

この日(1904年6月16日)、ロンドンのアスコット競馬場では恒例の金杯レース(Gold Cup)が開催された。ロンドン時間で午後3時出走。スロウアウェイはノーマークの穴馬だった。

 

第5章

 

街角でブルーム氏は知人のバンタム・ライアンズに出会う。ライアンズは競馬の記事を見たくて、ブルーム氏が持っていた『フリーマン』紙を見せてほしいという。ブルーム氏はもうこれは捨てるつもりなんだ(throw it away)と手渡す。ライアンズはブルーム氏が勝ち馬の名前(Throwaway)を知っていて裏情報を教えてくれたと誤解する。

 

第7章

 

新聞社にて。競馬の予想屋もやっているレネハンは金杯レースの本命はセプター(Sceptre)と皆に話す。

 

第8章

 

デイヴィ―・バーンの店に来たノージー・フリン、店主にジンファンデル(Zinfandel)が本命と店主に語る。店主は競馬はやらない口。(ブログの第42回

 

客のパディ・レナードがフリンに、バンタム・ライアンズがブルーム氏から勝ち馬情報を仕入れたという話を語る。この情報はまたたく間に町中に広まったと考えられる。

 

第10章

 

レネハンとマッコイが賭け屋のライナムに寄る。(ブログの第9回)レネハンはもちろんセプターを買っている。レネハンはそこでライアンズに会い、ライアンズの賭ける馬をスロウアウェイからセプターに乗り変えさせる。

 

第11章

 

オーモンドホテルのレストラン。レネハンの情報で、ブルーム氏の妻の愛人、ボイランもセプターに賭けていることがわかる。モリーと自分の分で2ポンド買っていることが次の章で分かる。

 

次章までの間にレースが行われていることになる。

 

第12章

 

バーニー・キアナンの店。レネハンが、セプターが敗れ、穴馬のスロウアウェイが勝ったことを嘆く。バーテンのテリーはフリンの情報でジンファンデルを買って半クラウンすっている。

 

レネハンはブルーム氏の裏ネタはスロウアウェイであるとライアンズに聞いて知っていたので、ブルーム氏は大穴を当てたと思っていて、そのことを言いふらす。レネハンはブルーム氏は5シリング分の馬券を買って100シリング得たと思っている。

 

第13章

 

夕刊『イヴニング・テレグラフ』紙には金杯レースの結果が掲載されていること描写される。

 

第14章

 

産科病院にて。レネハンは、医学生のマッデンはセプターに賭けて5シリングすったと皆に語る。彼はスロウアウェイに抜かれたセプターの敗北を嘆く。

 

レネハンはとある情報屋のネタでセプターを買ったという。自分のせいでライアンズは損をしたと語る。

 

ブルーム氏はこの場に居合わせているので、この話を聞いている。もちろんライアンズの誤解のことを彼は知らない。

 

第15章

 

この場面。

 

ブルーム氏は第14章でレネハンの話を聞いているので、勝ち馬が穴馬のスロウアウェイと知っている。だからベロの存在はブルーム氏の幻想であるとしてもおかしくはない。

 

夜の町に馬車で来た葬儀屋のケラハーは、夜警にからまれているブルーム氏にたのまれてブルーム氏のことを夜警に説明する。ケラハーはブルーム氏が大穴の馬券を当てた噂話を知っている。(小説には書かれていないが、大穴で儲けたブルーム氏が夜の町にきていたという話はケラハーを通じて翌日町に広まることになるだろう。)

 

ケラハーが馬車で連れて来た客の一人も競馬で2ポンドすったという。(第124回

 

第16章

 

ブルーム氏とスティーヴンが入った馭者溜まり。テーブルに『イヴニング・テレブラフ』紙がありブルーム氏は、金杯レースの勝者はスロウアウェイとの記事を目にする。1着はスロウアウェイ、2着はジンファンデル、3着はセプター。

 

彼は馬券を買ったわけでもなく、レースに興味もない。

 

競馬の結果を報じる記事はブルーム氏に詳しく読みあげられる。ブルーム氏は第14章で聞いたレネハンの話を想起している。

 

第17章

 

帰宅したブルーム氏は食器棚の上に破った馬券を2枚見つける。ブルーム氏の妻との密会に訪れたボイランが捨てていったものだ。

 

第18章

 

寝床で妻のモリーが、ボイランは今日競馬の結果を知るため夕刊を買いに行って戻ってきてから馬券を破いた、と回想する。

 

   

今日のレースでは、3着となったイギリスの牝馬で卓越した競走馬、セプター(1899年 - 1926年)には立派な画像がある。

File:Sceptre by Emil Adam.jpg - Wikimedia Commons

 

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