Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

148(U190.464)

そばを通ると、びくついた馬は緩んだ馬具を引いて進みだした。

 

第148投。190ページ、464行目。

 

 The horses he passed started nervously under their slack harness. He slapped a piebald haunch quivering near him and cried:

 

 —Woa, sonny!

 

 He turned to J. J. O’Molloy and asked:

 

 —Well, Jack. What is it? What’s the trouble? Wait awhile. Hold hard.

 

 With gaping mouth and head far back he stood still and, after an instant, sneezed loudly.

 

 —Chow! he said. Blast you!

 

 —The dust from those sacks, J. J. O’Molloy said politely.

 

 —No, Ned Lambert gasped, I caught a... cold night before... blast your soul... night before last... and there was a hell of a lot of draught...

 

 He held his handkerchief ready for the coming...

 

 —I was... Glasnevin this morning... poor little... what do you call him... Chow!... Mother of Moses!

 

          *    *    *

 

 

 そばを通ると、びくついた馬は緩んだ馬具を引いて進みだした。斑馬のゆれる尻が近くにきたところでぴしゃりと叩いて大きな声でいった。

 

 ―どうどう、坊や。

 

 J.J.オモロイの方を向いて聞いた。

 

 ―ところでジャック。なに。どうかしたの。ちょっとまって。止まって。

 

 大口あけ天を仰ぎ一瞬固まったあとでっかいくしゃみをした。

 

 ―へっくしょん、ちくしょうめ。

 

 ―袋の粉のせいかな。J.J.オモロイが穏やかに言った。

 

 ―いや、と、ネッド・ランバートがあえぐ、風邪を … 引いたんだ … おととい … くそっ … 晩に … いまいましいすきま風がやたらと …。

 

 ハンカチをつかむと続いて … 。

 

 ―おれは…今朝グラスネヴィンに…気の毒な幼い…なんてなまえだっけ…へっくしょん … もぅ、うぜえ。

 

                  *    *    *

 

第10章は、19個の断章で構成されていて、ダブリンのさまざまな場面が描かれる。ここはその第8番目の断章のおわり。ブログの第50回のすぐ後の場面。

 

穀物商のネッド・ランバートは、聖マリア修道院の集会場の遺構を倉庫に使っていて、訪ねてきた弁護士のJ.J.オモロイと、倉庫からマリア修道院通(Mary’s abbey)に出てきたところ。

 

      

 

馬は商品の運送用の馬車をひいていると考えられる。

 

“woa” は、馬を止める時のかけごえで普通は、”whoa",  "woah" とつづるよう。

 

“sonny” は、男の子の対する呼びかけのことば。“son” に接尾語 ”y” がついたものとか。

 

ランバートがジャック(オモロイ)に聞いているのは、何しにここに来たのか、ということだと思う。それは読者にとっても疑問なのだが、オモロイは零落した弁護士なので金を貸してもらう相談に来たのではないかと思う。

 

くしゃみの擬音語は、英語ではふつう “achoo”(アチュー)。ランバートは ”chow” とくしゃみをしている。

 

この小説は、ブルーム氏の屁やら、パブの主のあくびやら、マリガンの唾やら、モリーの小便やらそういったこともくまなく律儀に描写している。

 

英米ではくしゃみをした人に 対しそばにいる人が “(God) bless you." (お大事に)という習慣がある。世界的にくしゃみをした人にはその人の健康を気遣う言葉をかけるよう。世界の、くしゃみの擬態語と周囲の反応についいて → Wikipedia

 

しかし日本や韓国などの東南アジアでは、周りの人が声をかける習慣はない。

 

一方で、日本では、くしゃみをした後、本人が「チクショウ」とか罵りを発することがある。

 

中世の日本では鼻から魂が抜けたものがくしゃみとされていて、くしゃみをするたびに寿命が縮むと信じられていた。そこで「くさめ」と呪文を唱えれば早死にしないとされた。その後「くさめ」が「くしゃみ」を表す言葉になる一方、「くさめ」は「糞食め(くそはめ)」に転じて、くしゃみの後、罵倒語を発する習慣につながっているらしい。

 

ランバートの発する “blast you!”, “blast your soul”, “Mother of Moses!” はみんな日本語でいうと「チクショウ」という罵倒語に相当するので、ランバートのふるまいは日本と同じ型になっている。アイルランドではそういう習慣なのか、その情報は調べてもつかめなかった。

 

西欧では、驚きや罵りに神聖な言葉を使うとがよくある。"Mother of Moses!” (モーゼの母)は辞書をしらべても載っていないが、"Holy Moses"  や "Mother of God" というのはあるので、同じたぐいの言葉と思う。 → wiktionary

 

グラスネヴィンは墓地で、ランバートは午前、この小説の主人公ブルーム氏とともにディグナムの葬儀に参列している。

 

三つの星(*    *    *)は次の断章との区切りである。

 

  

           

イタリア人宣教師ジュゼッペ・カスティリオーネ (Giuseppe Castiglione、1688 - 1766、中国名、郎世寧) の描く『十駿馬』中の斑馬。

File:郎世宁阚虎骝轴.png - Wikimedia Commons

 

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