Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

127 (U114.749)

J.J.オモロイがスティーヴンに向かって、小声でゆっくりと言った。

 

第127投、114ページ、749行目。

 

 J.J. O’Molloy turned to Stephen and said quietly and slowly:

 

 —One of the most polished periods I think I ever listened to in my life fell from the lips of Seymour Bushe. It was in that case of fratricide, the Childs murder case. Bushe defended him.

 

 And in the porches of mine ear did pour.

 

 By the way how did he find that out? He died in his sleep. Or the other story, beast with two backs?

 

 —What was that? the professor asked.

 

 J.J.オモロイがスティーヴンに向かって、小声でゆっくりと言った。

 

 ―これまで聞いたなかで最も洗練された美しいセンテンスは、シーモア・ブッシュの口から発せられたものだ。それはあの兄弟殺しの事件だった、チャイルズ兄弟の事件。ブッシュが弁護人だった。

 

 『我耳に注ぎ入れし』

 

 ところで、どうやってそれを知ったのだろう。寝ている間に死んだのに。それに、二つの背中のある獣のことも。

 

 ―そりゃどんなの。先生が聞いた。

 

第7章。新聞社フリーマンジャーナル社の編集室。編集長クロウフォード、弁護士のJ.J.オモロイ、編集委員のマッキュー先生、スティーヴンの会話。

 

クロウフォードが、最近の弁護士にこれぞという弁論家はいるだろうか、と挑発すると、オモロイがたとえばブッシュがいる、と話し始めたところ。それに反応しているのはスティーヴンの心中の声。

 

”Periods” というには、修辞学で、いわゆる美文のこと。

“(Rhet) A complete sentence, from one full stop to another; esp., a well-proportioned, harmonious sentence.”

     Webster's Revised Unabridged Dictionary

 

チャイルズ兄弟の殺人事件とは、1898年9月2日(小説の現在である1904年の6年前)ダブリンのグラスネヴィンでサミュエル・チャイルズ(Samuel Childs)が76歳の兄トーマス(Thomas Childs)を殺害したとして訴追された事件。審理の結果、彼は無罪とされた。ブルーム氏は第6章でグラスネヴィン墓地へディグナムの葬儀に行く道中、チャイルズ事件の現場を通過している。(U82.468ー)

 

1899年10月、17歳のジョイスは、弁論術の勉強のためこの事件の裁判を傍聴している。シーモア・ブッシュ(Seymour Bushe, 1853‐1922)はアイルランド有数の雄弁家として知られていた。

(P.104 リチャード・エルマン『ジェイムズ・ジョイス伝』 宮田恭子訳、みすず書房、1996年)

 

チャイルズ兄弟のことを聞いてスティーヴンはシェイクスピアの『ハムレット』の兄弟殺しのことを連想する。

 

ハムレットの父である先王は、弟のクローディアスに耳に毒を注がれ殺される。そしてクローディアスは先王の妻と密通の関係にあった。

 

『我耳に注ぎ入れし』はブログの第82回(ここのしばらく先の場面)に一度出てきたとおり、『ハムレット』の第1幕第5場、先王の亡霊が弟クローディアスに耳に毒を注がれたことを語る台詞。

 

『二つの背中のある獣』は『オセロー』から。第1幕第1場、オセローの旗手イアーゴ―が元老院議官ブランバショーに、その娘のデズデモーナがオセローと密通していると告げ口するセリフ。

 

Iago. I am one, sir, that comes to tell you your daughter

and the Moor are now making the beast with two backs.

アゴ もし、私はお嬢さんとムーア人とで以て背中の二ァつある獣類を製造へてることをお知らせ申さうとて来たもんなんで。

坪内逍遥訳)

 

こちらはクローディアスが先王の妻と不義密通の関係にあったことを指している。スティーヴンは、先王は寝ている間に暗殺されたのに毒殺と密通のことをなぜ知っているのかと疑問に思った。

 

     

 

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