Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

82 (U118.880)

風と共に去りぬ。王たちのマラグマストとタラの群衆。

第82投。118ページ、880行目。

 

 

 —That is oratory, the professor said uncontradicted.

 

 Gone with the wind. Hosts at Mullaghmast and Tara of the kings. Miles of ears of porches. The tribune’s words, howled and scattered to the four winds. A people sheltered within his voice. Dead noise. Akasic records of all that ever anywhere wherever was. Love and laud him: me no more.

 

 I have money.

 

 —Gentlemen, Stephen said. As the next motion on the agenda paper may I suggest that the house do now adjourn?

 

 

 ―これぞ雄弁だ、と教授。反論の余地なし。

 

 風と共に去りぬ。王たちのマラグマストとタラの群衆。何マイルもの耳の玄関の連なり。演壇の言葉、咆哮が四方の風に散る。民衆は彼の声の懐に抱かれた。静まる騒めき。アーカーシャの記録、いまだかつてあらゆる場所の。彼を愛し褒め称える。ぼくはもうたくさん。

 

 今日は金がある

 

 ―諸君、スティーヴンが言った、ここに本会議の次の動議として暫時休会を提案致します。

 

 

小説『ユリシーズ』は1904年6月16日の出来事を描くので、6月16日は小説の主人公の姓にちなんでブルームズ・デーよばれる。今日は小説出版から100年目のブルームズ・デー。

 

第7章。新聞社の編集室。J.J.オモロイ、マッキュー先生、スティーヴンたちの会話。マッキュー先生が雄弁家、弁護士のジョン・F・テイラーの演説を引用した所。それを聞いたスティーヴンの内心。

 

テイラーの演説では、大国エジプトの高僧がユダヤのモーゼをたしなめる場面が描写された。これはエジプトを英国に、ユダヤアイルランドになぞらえている。

 

ティーヴンは、テイラーの演説を古代アイルランドの情景に重ねて空想している。

 

風と共に去りぬGone with the wind、はマーガレット・ミッチェル(Margaret Munnerlyn Mitchell、1900年 - 1949年)の長編小説(1936年出版)の題名として有名、1939年には映画化された。

 

しかし『ユリシーズ』の出版は1922年なので、ミッチェルの小説は関係ない。ミッチェルの小説のタイトルは。英国19世紀の詩人アーネスト・ダウスン(Ernest Christopher Dowson, 1867年- 1900年)の恋愛詩『シナラ』(Cynara)の詩の一句から引用された。こっちをジョイスは知っていたかもしれない。

 

I have forgot much, Cynara! gone with the wind,

Flung roses, roses riotously with the throng,

Dancing, to put thy pale, lost lilies out of mind;

But I was desolate and sick of an old passion,

Yea, all the time, because the dance was long:

I have been faithful to thee, Cynara! in my fashion.

 

われは多くをうち忘れ、シナラよ、風とさすらひて、

世の人の群にまじはり狂ほしく薔薇をなげぬ、薔薇をば。

色香も失せし白百合の君が面影忘れんと舞ひつつ踊りる。

さはれ、かのむかしの恋に胸いたみ、こころはさびぬ。

そのをどりつねにながきに過ぎたれば。

われはわれとてひとすぢに恋ひわたりたる君なれば、

あはれシナラよ。

                   (矢野峰人訳)

 

タラの丘(The Hill of Tara)は、アイルランドにおける伝説上の上王たちの国のあった土地。タラは、ミッチェルの小説で、アイルランドの移民であるオハラ家が経営したアトランタ近郊農園の所在地の名前でもある。『ユリシーズ』のここにタラが出てくるのも大変な偶然。

 

マラグマスト(Mullaghmast)も、先史時代の末期、初期キリスト教時代のアイルランドの王宮があった土地。

 

Host が分らなかったが辞書を調べると “a vast multitude” の語釈があった。

 

Miles of ears of porches は『ハムレット』から。有名な第1幕第5場、父の亡霊が弟クローディアスに耳に毒を注がれたことを語る台詞。

 

Brief let me be. Sleeping within mine orchard,   

My custom always in the afternoon

Upon my secure hour, thy uncle stole

With juice of cursèd hebenon in a vial,

And in the porches of mine ears did pour

The leperous distillment, whose effect

Holds such an enmity with blood of man

That swift as quicksilver it courses through

The natural gates and alleys of the body,

 

言葉短かに物語らん。日ごろの習ひ、眞晝過に、 予園内に眠れる折から、 油斷を見すまし、忍びより、汝の叔父が小瓶より我耳に注ぎ入れし大毒液の 效力は覿面、 水銀のやうに、我五體のありとあらゆる血管を走り傳って血汐に觸るゝや

                              (坪内逍遥訳)

                               

耳を家の玄関に見立てている。ここは聴衆の耳がずらっと連なっているイメージ。

 

ほんの少し前のところでスティーヴンは兄弟の殺人事件のはなし連想でこのフレーズを思い出していてここにつながっている。

 

 J.J. O’Molloy turned to Stephen and said quietly and slowly:

 —One of the most polished periods I think I ever listened to in my life fell from the lips of Seymour Bushe. It was in that case of fratricide, the Childs murder case. Bushe defended him.

 And in the porches of mine ear did pour.

(U114.750)

 

 

“scatter…to the four winds” は「を四方八方にまき散らす」の意。

 

旧約聖書『エレミア書』49章36節に由来するという。

 

”And upon Elam will I bring the four winds from the four quarters of heaven, and will scatter them toward all those winds; and there shall be no nation whither the outcasts of Elam shall not come.”

「われ天の四方より四方の風をエラムに來らせ彼らを四方の風に散さんエラムより追出さるる者のいたらざる國はなかるべし。」

 

四方の風は、冒頭の Gone with the wind につながる。

 

アーカーシャの記録(akashic records)とは、宇宙誕生以来のすべての事象、想念、感情が記録されているという世界記憶の概念という。

 

神智学協会のブラヴァツキー(1831年 – 1891年)が最初に使った言葉とか、同協会に属し、のちに人智学を提唱したルドルフ・シュタイナー1861年 - 1925年)が作った言葉と言われる。心霊主義や神智学はこの小説の現在(1904年)に流行していた。

 

やはり少し前のところでJ.J.オモロイがスティーヴンにブラヴァツキー一派の思想をどう思うか聞いていて、そこから連想が生じている

 

 —Professor Magennis was speaking to me about you, J. J. O’Molloy said to Stephen. What do you think really of that hermetic crowd, the opal hush poets: A. E. the mastermystic? That Blavatsky woman started it. She was a nice old bag of tricks.

(U115.782)

 

 

ティーヴンが金を持っているのは、今朝デイジー校長から教員の給料をもらったから。スティーヴンはアイルランド民族主義的話題は嫌いなよう。散会を宣言し酒場へ向かう。

 

           

タラの丘の日没(Sunset of Hill of Tara)

File:Sunset-hill-of-tara.jpg - Wikimedia Commons