Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

126 (U168.762)

われながら万事快調。神学論理言語学の混交混ぜ合わせ

第126投。168べージ、762行目。

 

 I think you’re getting on very nicely. Just mix up a mixture of theolologicophilolological. Mingo, minxi, mictum, mingere.

 

 —Prove that he was a jew, John Eglinton dared, expectantly. Your dean of studies holds he was a holy Roman.

 

 Sufflaminandus sum.

 

 —He was made in Germany, Stephen replied, as the champion French polisher of Italian scandals.

 

 —A myriadminded man, Mr Best reminded. Coleridge called him myriadminded.

 

 われながら万事快調。神学論理言語学の混交混ぜ合わせ。ムスバズ、ムスビテ、ムスブ、ムスベ。

 

 ―彼がユダヤ人であることを証明せよ、ジョン・エグリントンが興味本位にわざわざ言う。君の学監は、彼は聖ローマカトリックだったとの説だ。

 

 ヨクセイサレルベシ

 

 ―彼はドイツ製だ、スティーブンは答えた。イタリアの醜聞をフレンチポリッシュ仕上げした優品。

 

 ―万の心を持つ男、ベスト氏が想起を促した。コールリッジは彼を万の心を持つ男と呼んだ。

 

第9章、図書館の場面。主人公のスティーヴン、図書館主任のウィリアム・リスター、副主任でエッセイストのジョン・エグリントン、副主任で学者のリチャード・ベスト、スティーヴンの友人バック・マリガンがシェイクスピアについて論議をしている。文中の「彼」というのはシェイクスピアのこと。

 

ティーヴンが、シェイクスピアの作品は当時の時事的問題に影響を受けているという長セリフをぶったところ。ブログの第4回で取り上げたところの直後の個所。例によって彼が何を言っているのか読み取るのはとても厄介。

 

 

 

詩と小便

始めの一節はスティーヴンの思考。

”mingō” はラテン語で「排尿する」。

 

ラテン語の動詞は複雑に格変化し、mingōの格変化はこのとおり → wiktionary.

そのうちの4つを並べている。

 

mingō は「直接法・能動態・現在・一人称・単数」

mīnxī は「直接法・能動態・現在完了・一人称・単数」

mingere は「不定詞・能動態・現在」

mictum は「スピーヌム・動名詞・目的分詞・対格」

 

ラテン語の辞書には上の4つの「主要部分」(principal parts)が掲載されているので、この4つなのだと思う。

 

なぜ「小便」を活用させるのか。

ふしぎなことにジョイスは排泄と芸術作品の創作を結び付けている。

 

そのことを示す材料を、ここでは、2つ挙げよう。

 

ジョイスは自分の詩集に『室内楽Chamber Music というタイトルとつけている。1904年のこと、ジョイスの友人で、マリガンのモデルであるゴガティがジョイスをジェニーという未亡人のところへ連れて行った。ジョイスが自分の詩を朗読していたところ、この未亡人は途中で衝立の向こうの室内便器で用を足した。これを聞いてゴガティが「君の批評家だ!」と叫んだ。室内便器はchamber potというので、chamber pot の音は Chamber Music の批評になっているということ。

(P.176 リチャード・エルマン『ジェイムズ・ジョイス伝』 宮田恭子訳、みすず書房、1996年)

 

この小説の第11章。オーモンドホテルで食事をとるブルーム氏は、室内楽 chamber music というのは一種のシャレになっていると思考する。妻が小便する音を聞いてchamber pot の音響は chamber music とかねがね思っていたという。

 

 O, look we are so! Chamber music. Could make a kind of pun on that. It is a kind of music I often thought when she. Acoustics that is. Tinkling. Empty vessels make most noise. Because the acoustics, the resonance changes according as the weight of the water is equal to the law of falling water. Like those rhapsodies of Liszt’s, Hungarian, gipsyeyed. Pearls. Drops. Rain. Diddleiddle addleaddle ooddleooddle. Hissss. Now. Maybe now. Before.

(U232.979)

 

 

そういうわけで「つなぐ」と「生み出す」という意味のある「むすぶ」の活用で訳した。 

 

ベン・ジョンソンと大セネカ

”Sufflaminandus sum.” というラテン語の句はスティーヴンの思考。

 

シェイクスピアと同時代人のイギリスの劇作家・詩人、ベン・ジョンソン(Ben Jonson, 1572年- 1637年)の批評集『森または発見』 Timber or Discoveries から来ている。

 

シェイクスピアについて述べた一節。

He was, indeed, honest, and of an open and free nature ; had an excellent fancy, brave notions, and gentle expressions, wherein he flowed with that facility that sometime it was necessary he should be stopped. " Sufflaminandus eraty“ as Augustus said of Haterius.

彼は(実に)正直で、自由闊達な性格を備えていた。素晴らしい空想力と、見事な着想と、優雅な表現を持っていた。ただその才能があまりにも溢れんばかりだったので、時々それはせき止められる必要があった。アウグストゥスがハテリウスについて述べたように、彼は「歯止めを掛けられるべきだった」のである。

ベンジョンソン「わが同胞シェイクスピアについて」『古典的シェイクスピア論叢』川地美子 編訳(みずず書房、1994年)

Sufflaminandus eraty は「止めるべき 」(ought to be stopped)の意味。

 

さらにその原典は古代ローマにさかのぼる。

 

古代ローマの修辞学者、著述家。ルキウス (あるいはマルクス)・アンナエウス・セネカ(Lucius{Marcus) Annaeus Seneca, B.C.54年頃 – A.D.39年頃、小セネカの父であり大セネカと呼ばれる)の『論争問題』Controversiae 第4巻の7

 

元老院議員で弁論家のクイントゥス・ハテリウスはしゃべるのが早かったので、皇帝アウグストゥスは彼の息にはブレーキが必要だといったという話。

 

Haterius noster sufflaminandus est「われらのハテリウスは止められるべきであった]

(Our Haterius ought to be stopped)とある。

 

ティーヴンは、あまり調子に乗って論を進めるな、と自分を戒めている。

 

万の心を持つ男

フレンチポリッシュ(French polish)とは「カイガラムシの分泌物から精製した樹脂をアルコールに溶いてタンポ摺りを繰り返す塗装法で、深みのあるしっとりとした艶が特色。

 

"made in Germany" "Itarian scandal"はよくわからないが、シェイクスピアがドイツ、フランス、イタリアで自分の国の文学のように扱われているということが言いたいのかと

 

”myriad-minded” はイギリスのロマン派詩人、批評家、哲学者サミュエル・テイラー・コールリッジ(Samuel Taylor Coleridge, 1772年- 1834年)の『文学的自叙伝』Biographia Literaria CHAPTER XV  に出ることば。→ gutenberg

 

In this investigation, I could not, I thought, do better, than keep before me the earliest work of the greatest genius, that perhaps human nature has yet produced, our myriad-minded Shakespeare.

この調査において、私は、おそらく人間の自然が生み出した最大の天才、万の心を持つ シェイクスピアの最も初期の作品を目の前に置くこと以上に、良いことはないと考えた。

 

                                     

サミュエル・テイラー・コールリッジ( Samuel Taylor Coleridge)

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