スティーヴン:(微笑み、笑いながら、うなずく)
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STEPHEN: (Nods, smiling and laughing.) Gentleman, patriot, scholar and judge of impostors.
PRIVATE CARR: I don’t give a bugger who he is.
PRIVATE COMPTON: We don’t give a bugger who he is.
STEPHEN: I seem to annoy them. Green rag to a bull.
スティーヴン:(微笑み、笑いながら、うなずく) ぼくは紳士、愛国者、学者、詐欺師の審判さ。
カー兵卒:おれははやつが誰かどうだっていい。
コンプトン兵卒:おれたちはやつが誰かどうだっていい。
スティーヴン:彼らを怒らせたみたいだね。牡牛に緑の布。
第15章の終盤。娼館を出たブルーム氏とスティーヴン。スティーヴンが英国兵士の女に声をかけたことから諍いとなる。
2人の兵卒は15章の初めに出てきた2人と同一と思われる。(ブログの第25回)
ジョイスのチューリヒ時代、1918年のこと。彼は俳優のクロード・W・サイクスと「イギリス俳優劇団」”The English Players”を立ち上げた。ジョイスは英国領事館に劇団の公的な承認を求めたが当時の英国総領事A・パーシー・ベネットは偉そうな態度で対応した。
劇団の最初の演目はワイルドの「真面目が肝心」”The Importance of Being Ernest”。ジョイスは主役のアルジャーノン・モンクリッフ役に、領事館の職員で元英国高地連隊のヘンリー・カーを抜擢。ところが公演後、カーとジョイスは出演料やチケット代の件でもめて訴訟沙汰となる。
カーはジョイスにこう怒鳴ったという。
「礼儀知らず! おれをだまして儲けを自分のものにしやがって! 詐欺師! 出て行け! 出ていかないと階段から突き落とすぞ! 今度表で会ったら、首を締めてやる!」(P.535 リチャード・エルマン『ジェイムズ・ジョイス伝』 宮田恭子訳、みすず書房、1996年)
“You’re a cad. You’ve cheated me and pocketed the proceeds. You’re a swindler. If you don’t get out, I’ll throw you down stairs. Next time I catch you outside I’ll wring your neck.”
『フィネガンズ・ウエイク』に登場する、HCEの敵「ごろつき」”cad” というのは、ここに起因するのかな。
今回の一節の “judge of impostors” というのは、このセリフ(impostors でなくswindlerだが)に関係しているのかもしれない。
ジョイスはカーに恨みをもって、この場面の兵卒の名前をカーにした。総領事のベネットはボクシングでアイルランド人に打ち負かされる英国特務曹長の名前にされた。(ブログの第27回) コンプトンは劇団の仕事をしくじった経営マネージャーの名前という。
1904年6月、ジョイスは聖スティーヴンズ公園で連れのいる若い女に声をかけ、言い争いになった。男はジョイスを「目にはあざ。手首、足首は捻挫、あごは裂傷、手も裂傷」の状態にして去った。(P.185『ジェイムズ・ジョイス伝』) 今回の一節のあとでスティーヴンはカーに殴り倒されるが、これはこの記憶と結びついている。
bugger とはスラングで、damn と同じ。
bugger / damn とは「つまらないもの」ということで、
I don't give a bugger. / I don't give a damn とは「つまらないものすら与えない」ということから「どうでもいい」という意味になる
like a red rag to a bull は、闘牛に赤い布を見せると興奮することから、「ひどく怒って」という意味の成句。スティーヴンは。赤い布をアイルランドの象徴である緑の布に置き換えた。牡牛bullは英国を表す。(ブログの第28回)
(Royal Dublin Fusiliers)
Royal Dublin Fusiliers. - NYPL Digital Collections
これは20世紀の初めころタバコのパッケージにオマケとして封入されていた。シガレットカード(Cigarette card)の一枚。当時ダブリンにいた英国兵卒の制服はこんな感じではないかと思う。
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