Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

28 (U327.593)

さて行け、わが近親ハリー卿の命に従い、

第28投。327ページ、593行目。

 

 

So be off now, says he, and do all my cousin german the lord Harry tells you and take a farmer’s blessing, and with that he slapped his posteriors very soundly. But the slap and the blessing stood him friend, says Mr Vincent, for to make up he taught him a trick worth two of the other so that maid, wife, abbess and widow to this day affirm that they would rather any time of the month whisper in his ear in the dark of a cowhouse or get a lick on the nape from his long holy tongue than lie with the finest strapping young ravisher in the four fields of all Ireland.

 

さて行け、わが近親ハリー卿の命に従ひ、農夫の祝福を受けよ、かく曰ひて、臀部ぴしゃりと叩きぬ。その打擲と祝福により農夫は味方になりと、ヴィンセント曰く、農夫はその補ひに、並びなき策略を牛に教へし故。娘、人妻、尼、後家、今日に至るまでかく首肯せり、愛蘭全土四州の最上の屈強な若き乱暴者と寝るよりも、月の何時でも牛小屋の暗がりにて、その耳に囁き、はたまた、その長き聖なる舌で以つてうなじをひと舐めされたしと。

  

このブログでは乱数に基づいて行き当たりばったりのところを読んでいますが、はからずも、新年1回目は牛にまつわるところに当たりました。

 

国立産科病院の談話室で、スティーヴンとブルーム、医学生らが談笑している。

 

第14章は、過去から現在に至る英語散文の文体史を文体模写でなぞる趣向となっている。この箇所はジョナサン・スゥイフト(1667-1745)の『桶物語』(1704)の文体によるという。寓意、諷喩の文章となっている。

 

オデュッセイア』のモティーフとの対応では産科病院は太陽神の島トリナキエ島にあたる。オデュッセウスの部下は、禁じられたにも関わらす、太陽神の家畜の牛を食べてしまう。

 

そのため、第14章では牛が主要なモティーフとして現れる

 

bullには、①牡牛、②ローマ教皇の大勅書、③John Bullとして典型的な英国人の意味があり、この前後の一節では、教皇と英国王とアイルランドの歴史が牛にからめて語られている。読み解くのに骨が折れる。

 

一つ目の文のheは、農夫ニコラスで、彼が牛に「それ行け」と言っている。
ニコラスとは教皇ハドリアヌス4世、牛はカトリック教会と教皇の大勅書を指していると思われる。ハリーとはヘンリー2世。

 

ハドリアヌス4世(1100年頃 - 1159年)はローマ教皇(在位:1154年 - 1159年)で唯一のイングランド出身の教皇。本名はニコラス・ブレイクスピア(Nicholas Breakspear)。1155年、ハドリアヌス4世はラウダビリテル(Laudabiliter)と題する教皇勅書を発し、イングランド王ヘンリー2世に対してアイルランドを攻めることを許可した。異端の広まっていたアイルランドの教会をカトリック教会のもとに置き全島の教化を図ろうとした。

 

ヘンリー2世(1133年 - 1189年)は、イングランドの国王。1171年アイルランドへ侵攻し、イングランド王としては初めてアイルランドに上陸。初代のアイルランド卿(Lord of Ireland)となり、アイルランドの諸王に恭順を誓わせた。

 

ヴィンセントは、医学生でスティーヴンの友人のヴィンセント・リンチ。第2文は彼の語りで、ヘンリー2世のアイルランド侵攻とカトリック教会による教化のことを言っている。

cowhouseとは告解室の意。

『桶物語』に牛と勅書をかけてbullと言った箇所がある。「ピータァ」はカトリックを擬人化したもの。

「しかしピータァがその貴重品の中でも一番珍重していたのは一組の牡牛(bulls)で、かの金羊毛を守護した牡牛の直系の後裔として幸運にもその種が保存されていたもの尤も綿密に観察してみると、血の純潔が完全には保たれたとは思えず、或る特性では先祖より堕落しているし他の血が交じってたいへん違った性質を獲得していると言う人もある。」

スウィフト「桶物語」『桶物語 書物戦争』(深町弘三訳、岩波文庫、1968年)

 

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John Bull triumphant

 File:John Bull triumphant. (BM 1851,0901.22).jpg - Wikimedia Commons