Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

150(U725.769)

海洋冒険号がバミューダから帰国すると

 

第150投。725ページ、769行目。

 

The Sea Venture comes home from Bermudas and the play Renan admired is written with Patsy Caliban, our American cousin. The sugared sonnets follow Sidney’s. As for fay Elizabeth, otherwise carrotty Bess, the gross virgin who inspired The Merry Wives of Windsor, let some meinherr from Almany grope his life long for deephid meanings in the depths of the buckbasket.

海洋冒険号がバミューダから帰国するとルナンが称賛した戯曲が書かれる。あのアメリカ人の従弟、パッツイ・キャリバンが登場する。砂糖漬けのソネット集がシドニーに続く。妖精エリザベスまたの名を赤毛のべス、『ウィンザーの陽気な女房たち』を書かせた不品行な処女のことは、独逸の先生方にお任せし、一生かけて洗濯籠の奥底に秘められた奥義を探っていただきましょう。

 

 

第9章。図書館でスティーヴンがシェイクスピアについて自説を論じている、その一節。ブログの第4回第126回のちょうど間の個所。シェイクスピアが同時代のどんなできことでも利用して劇を書いたということを言っている。

 

海洋冒険号(Sea Venture)は17世紀のイギリスの帆船。北アメリカのジェームズタウン植民地への入植者船団の旗艦だったがバミューダ群島に座礁した。シェイクスピアは、海洋冒険号の遭難から、戯曲『テンペスト』(1611年)の着想を得たという。

 

海洋冒険号が漂着した島でその廃材から作られた船はジェームズタウンに到着したが、海洋冒険号はバミューダから帰国(comes home)していない。

           

Bermuda Stamps 375th Anniversary Of Settlement 1984

 

ブログの第113回でふれた通り、フランスの思想家。ジョゼフ・エルネスト・ルナン(Joseph Ernest Renan 1823年 - 1892年)は、二つの哲学劇で『テンペスト』の後日談を書いている。ルナンの称賛する劇とは『テンペスト』ということになる。

 

アメリカ人の従弟』Our American Cousin(1858年)は、イギリスの劇作家トム・テイラー(Tom Taylor)による3幕からなる戯曲。不器用で粗野なアメリカ人エイサ・トレンチャード(Asa Trenchard)を主人公にした笑劇。

 

キャリバン(Caliban)は、『テンペスト』の舞台となる島に住む怪物。

 

Joseph Noel Patonの描くキャリバン。(1868年)

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Caliban-paton.jpg

 

“patsy” は、「だまされやすい人、カモ、濡れぎぬを着せられる人」の意味。起源は不明で、イタリア語の pazzo(狂人)の変形、または南イタリア方言の paccio(愚か者)から来ている可能性があるとか。

 

愚かなアメリカへの植民者が、未開の島の怪物キャリバンの原型になっていることを示唆する言い回しとなっている。

 

サー・フィリップ・シドニー(Sir Philip Sidney, 1554年- 1586年)は、エリザベス朝のイングランドの詩人、廷臣、軍人。ソネット連作『アストロフェルとステラ』を書いた。『アストロフィルとステラ』の出版をきっかけに、イギリスではたくさんのソネット集が出版された。シェイクスピアの『ソネット集』もその一つ。

 

サー・フィリップ・シドニーの肖像

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Philip_Sidney_portrait_(cropped).jpg

 

イギリスの聖職者、作家であるフランシス・メレス(Francis Meres,  1565/1566年 – 1647年)は1598年にシェイクスピアの詩と戯曲に関する最初期の批評を書いている。 "sugared sonnets" はそこで使われたことば。

→ Internet Shakespeare Editions

 

As the soul of Euphorbus was thought to live in Pythagoras, so the sweet witty soul of Ovid lives in mellifluous and honey-tongued Shakespeare, witness his Venus and Adonis, his Lucrece his sugared Sonnets among his private friends, etc.

ユーフォルブスの魂がピタゴラスの中に宿っていると考えられていたように、オヴィッドの甘美で機知に富んだ魂は、まろやかで蜜のような口調のシェイクスピアの中に宿っている、 彼の『ヴィーナスとアドニス』や『ルクリース』、私的な友人たちの間での砂糖漬けの『ソネットなどを見ればわかるだろう。

 

”fay Elizabeth” は、詩人エドマンド・スペンサー(Edmund Spenser, 1552年頃 – 1599年)の『妖精の女王』(The Faerie Queene)をふまえている。この長詩はイングランド女王エリザベス1世に捧げられた。

 

エリザベス1世赤毛で、エリザベス朝時代のイギリスでは、赤毛の女性が流行だったという。 → Wikipedia(赤毛)

 

エリザベス1世の肖像

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Elizabeth_I_Darnley_portrait_crop.jpg

 

ウィンザーの陽気な女房たち』(The Merry Wives of Windsor)はシェイクスピア作の喜劇。最初の現代版シェイクスピア全集を編集したニコラス・ロウ(Nicholas Rowe)によると、エリザベス1世が『ヘンリーⅣ世』二部作を見て「恋するフォルスタッフ」を見たいと願ったことからシェイクスピアがこの劇を書いたという。

 

「独逸の先生方」といのは、ドイツでシェイクスピアの研究がさかんだったからとのこと。シェイクスピアの影響は、イギリスをはるかに超えて広がり、18世紀にはシェイクスピアはドイツで広く翻訳され、大衆化され、「ドイツ・ワイマール時代の古典」となったという。 → Wikipedia (Reputation of William Shakespeare)

 

"buckbasket" とは「洗濯籠」。『ウィンザーの陽気な女房たち』にこのことばが出てくる。

 

Ford. And did he search for you, and could not find you?

 

Falstaff. You shall hear. As good luck would have it, comes

in one Mistress Page; gives intelligence of Ford's

approach; and, in her invention and Ford's wife's

distraction, they conveyed me into a buck-basket.

 

Ford. A buck-basket!

フォド で、あなたを探してゐながら、目附け得なかつたのですね?

 

フォル お聞きなさい、かふいふわけだ。実は、いい塩梅に、ペーヂの妻て女がやつてきて、フォードがやつて来るて事を知らせたんだ。で其女の工夫とフォードの妻の狼狽の結果、わしは洗濯籠へ押し込まれた。

 

フォド 洗濯籠へ!

 

ウィンザーの陽気な女房』第3幕第5場 (坪内逍遥譯)

 

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