Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

80 (U483.4498)

(パリのケヴィン・イーガン、黒いスペイン風の房付きシャツに

第80投。483ページ、4498行目。

 

 

 (Kevin Egan of Paris in black Spanish tasselled shirt and peep-o’-day boy’s hat signs to Stephen.)

 

 KEVIN EGAN: H’lo! Bonjour! The vieille ogresse with the dents jaunes.

 

 (Patrice Egan peeps from behind, his rabbitface nibbling a quince leaf.)

 

 PATRICE: Socialiste!

 

 DON EMILE PATRIZIO FRANZ RUPERT POPE HENNESSY: (In medieval hauberk, two wild geese volant on his helm, with noble indignation points a mailed hand against the privates.) Werf those eykes to footboden, big grand porcos of johnyellows todos covered of gravy!

 

 

 (パリのケヴィン・イーガン、黒いスペイン風の房付きシャツに曙隊の帽子を着用、スティーヴンに合図して。)

 

 ケヴィン・イーガン:やあ。ボンジュール。キイロイ歯のロウバの輩よ。

 

 (パトリス・イーガンが後ろから顔を出す。兎さん顔でマルメロの葉をかじっている。)

 

 パトリス:シャカイシュギシャだぞ。

 

 ドン・エミール・パトリツィオ・フランツ・ルパート・ポープ・ヘネシー:(中世の鎧を身に着け、兜の上に2羽のワイルドギースの飾り、高貴な憤りをもって鎖帷子の手を配下に指し示して)そのものらアイクを床に投じ、キイロいジョンの大きなグランドポルコをすべてグレービーにまみれさせよ。

 

 

第15章。ベラ・コーエンの娼館を出たスティーヴンが英国の兵士2人にからまれている。ブログの第39回のすぐ後のところ。このブログは乱数に基づいてランダムに『ユリシーズ』を読んでいるが、なぜかここのあたりがよく当たる。

 

第15章は幻想で構成されているのでその場にいない人物が現れる。短い場面だが、意味を取るのには骨が折れる。

 

ケヴィン・イーガンは、スティーヴンがバリの留学時代に知り合った人物で第3章の回想したシーンから召喚されている。

 

His fustian shirt, sanguineflowered, trembles its Spanish tassels at his secrets. M. Drumont, famous journalist, Drumont, know what he called queen Victoria? Old hag with the yellow teeth. Vieille ogresse with the dents jaunes.

(U36.232)

 

The blue fuse burns deadly between hands and burns clear. Loose tobaccoshreds catch fire: a flame and acrid smoke light our corner. Raw facebones under his peep of day boy’s hat.

(U36.241)

 

ケヴィン・イーガンは、アイルランドの独立と共和国樹立に傾注した団体、フェニアンのメンバーであった、ジョゼフ・ケイシー(Casey, Joseph Theobald, 1846-c.1907)をモデルとしている。ケイシーは、ロンドンで警官への暴行で収監された後、フランスに渡り、普仏戦争では仏軍に従軍している。彼の弟がジョイスの父と知り合いだった縁で、1903年パリに留学したジョイスの世話をしている。

 

スペイン風の房付きシャツとというのは、西部劇でカウボーイが着ているスダレのような房の付いたシャツではないか。カウボーイのルーツはメキシコを拠点としていたスペイン人で、衣服のルーツもスペインにあるというから。

 

Peep o' Day Boysとは18世紀末のアイルランドにおけるプロテスタントの農民の結社。カトリックに対抗して結成された。夜明け(at peep of day)にカトリック教徒の家を襲撃たことからこの名がついた。peep-o’-day boy’s hatとはどんな帽子かわからない。イーガンはカトリックだと思うのでこの帽子をかぶっているのは妙である。

 

彼のセリフは、フランスの反ユダヤ主義のジャーナリスト、エドゥアール・ドリュモン (Edouard Drumont)が英国のヴィクトリア女王のことを「黄色い歯の婆さん」と言ったことからきている。仏語でvieille ogresse が老婆、 dents jaunesが黄色い歯。彼はスティーヴンに話しているのではなく、スティーヴンにからんできた英国兵を挑発している。

 

パトリス・イーガンはケヴィンの息子だが、彼のモデルはジョゼフ・ケイシーの息子のパトリス・ケイシーという。パトリスは、無神論者、社会主義者フランス軍の兵士だった。それで彼は Socialiste! と叫んでいる。

 

パトリスが兎顔なのも第3章にでてきた。

Patrice, home on furlough, lapped warm milk with me in the bar MacMahon. Son of the wild goose, Kevin Egan of Paris. My father’s a bird, he lapped the sweet lait chaud with pink young tongue, plump bunny’s face.

(U34.165)

 

彼がマルメロの葉を噛んでいる理由が分からない。マルメロの葉はハーブティーになるので健康にいいのだろう。

 

         

Quince (Cydonia communis) illustration from Traité des Arbres e

by Free Public Domain Illustrations by rawpixel

 

ドン・エミール・パトリツィオ・フランツ・ルパート・ポープ・ヘネシーという長い名前の人物は、「ワイルギース」を人格化したものと思われる。

 

1690年プロテスタントのオレンジ公ウィリアム3世の軍が、フランスの支援を受けアイルランドに上陸したカトリックジェームズ2世の軍にボイン河の戦いで勝利したのち、アイルランド側で指揮してきたパトリック・サースフィールド(Patrick Sarsfield)は、兵士を連れてフランスに渡った。彼らは祖国アイルランドに帰ることを祈念して、ヨーロッパ各地で、傭兵・職人・商人などとして生き延びた。彼らを称して「ワイルドギース」という。さらに広い意味では16世紀から18世紀にかけて、ヨーロッパ大陸で活動したアイルランド人傭兵のことを言う。

 

ワイルドギースはヨーロッパ各地で活動したので、スペイン、イタリア、ドイツ・オーストリア、英国、フランス人の混在した名前となっている。彼の話す言葉も各国語が混ざっている。

 

werf はドイツ語で「投げる」。footboden の boden はドイツ語で「床」。porco はイタリア語で「豚」。todos スペイン語で「全部」の意味。johnyellows はアイルランドで、プロテスタントの英国人の蔑称。黄色がヴィクトリア女王とつながる。全体として意味がよくわからない。訳文は翻訳ソフトの訳のような、わからない感じにしてみた。

 

ここもプロテスタントの英国に対立するワイルドギースが英国兵に挑みかかっている幻想ということ。先のケヴィン・イーガンもワイルドギースの末裔なのだ。

 

        

         Portrait of a Gentleman, possibly Patrick Sarsfield (d.1693)

 

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Portrait_of_a_Gentleman,_possibly_Patrick_Sarsfield_.PNG

 

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