Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

165(U220.441) ー 禿の給仕にシードルを注文

ため息をついて、デッダラス氏が広間から出て来た。

 

第165投。220ページ、441行目。

 

 Sighing Mr Dedalus came through the saloon, a finger soothing an eyelid.

 

 —Hoho, we will, Ben Dollard yodled jollily. Come on, Simon. Give us a ditty. We heard the piano.

 

 Bald Pat, bothered waiter, waited for drink orders. Power for Richie. And Bloom? Let me see. Not make him walk twice. His corns. Four now. How warm this black is. Course nerves a bit. Refracts (is it?) heat. Let me see. Cider. Yes, bottle of cider.

 ため息をついて、デッダラス氏が広間から出て来た、指で瞼をなぜて。

 

 ―はは。そうしよう、ベン・ドラードがよーでる声で陽気に言った。サイモン、一曲歌ってくれよ。ピアノを弾いてたな。

 

 光頭のパット面倒の給仕、飲物の注文を求待する。リチーはパワーにする。ブルームは。えっと。2度来さしちゃ悪いな。彼の胼胝。ちょうど4時か。暑いな黒服は。もち、気にも障る。熱を屈折(だったか)。えっと。シードル。うん、シードル1本。

 

小説『ユリシーズ』は1904年6月16日に起こった出来事を描くので、小説の主人公の姓にちなんで、6月16日はブルームズデイとよばれる。今日は小説の現在から120年目のブルームデイ。

 

第11章。午後4時ごろのオーモンド・ホテル。サルーンは広間といったことろか。食堂の隣にバーがあってバーの奥がサルーンで、そこにはピアノがあり音楽会に使えるようになっている。

 

広間でピアノを弾いていたサイモン(この小説のもう一人の主人公スティーヴンの父親)がホテルのバーの方へやって来たところ。巨漢で弁護士のベン・ドラードはバーにいてサイモンに声をかける。サイモンは John L. Halton 作曲の Good-bye, Sweetheart, Good-bye を弾いていた

 

ブルーム氏はリチー・グールディングとレストランで食事している。

 

リチ―はコリス・アンド・ウォード法律事務所に勤務する弁護士で、スティーヴンの母方の叔父にあたる。サイモンはスティーヴンの父なのでリチーとサイモンは義理の兄弟の関係になる

 

禿のパットは耳の不自由な給仕。

 

ユリシーズ』はホメロスの『オデユッセイア』のモチーフを利用している。『オデュッセイア』には、美しい歌声で航行中の人を惑わし、難破させるセイレーンという海の魔物が登場するが、オデュッセウスは船員に耳栓をさせて切り抜けるという場面がある。パットの耳が不自由なのはこの話に対応している。

 

リッチーの注文するパワーとはアイリッシュウィスキーのブランド "Powers"。

 

1791 年、ダブリンの宿屋の主人ジェームス・パワー(James Power)がパブに設けた蒸留所に端を発する。現在はペルノ・リカール(Pernod Ricard)の子会社であるアイリッシュ・ディスティラーズ(Irish Distillers)が製造する。

 

 

”His corns” 「彼の胼胝」とはどういうことか。パットの足裏に胼胝(たこ)があって歩きにいのだろうか。それがうかがえる場面は小説にはない。一方、ブルーム氏の足裏には胼胝がある(か、あった)ようだ。

 

第17章に、足裏に痛みを感じたとある。

 

Did the process of divestiture continue?

Sensible of a benignant persistent ache in his footsoles・・・

(U584.1479)

 

第18章で、妻のモリーはブルーム氏が足指の胼胝を剃刀で切ったと言っている

・・・I hate bandaging and dosing when he cut his toe with the razor paring his corns afraid hed get bloodpoisoning・・・

(U31.608)

 

”Four now.” とは「今ちょうど4時」。ブログの第88回で見た通り、彼はなぜか飲み物を注文するとき時計を見る癖がある。だからここでも彼は時計を見たのではないか。ホテルには時を打つ柱時計があるので、時刻はすでに知っているのだが。注文するときに、"Let me see."と何度もいうのも癖だ。

 

そして4時とは、彼の妻のモリーが自宅で愛人のボイランと会う約束の時間であり、そそのことを彼は知っている。

 

ブルーム氏が ”Refracts (is it?)” というのは、下に引用した第4章の場面のことを想起している。かれは今日ディグナムの葬儀にいくため黒い喪服を着ている。朝食を買いに表へ出たところで黒は熱を吸収するので暑いと思考している。物理用語の ”conducts"(伝導),を思い出し"reflects"(反射)を連想し、"reflects"(反射)と"refract"(屈折)の意味についてどっちがどうだったか混乱している。

 

He crossed to the bright side, avoiding the loose cellarflap of number seventyfive. The sun was nearing the steeple of George’s church. Be a warm day I fancy. Specially in these black clothes feel it more. Black conducts, reflects, (refracts is it?), the heat. But I couldn’t go in that light suit. Make a picnic of it. His eyelids sank quietly often as he walked in happy warmth.

(U46.77-)

 

ブルーム氏はシードルを注文する。シードルとはまたはリンゴ酒のことで、リンゴを発酵させて造られるアルコール飲料

 

どんなブランドのシードルだろう。調べてみると Irish Calling に Irish cider – enjoyed for thousands of years という記事があった。

 

まとめてみると。

  • 何世紀もの間シードルはアイルランド全土で作られていた。
  • 16世紀から19世紀にかけてシードルは流行しその品質は高かった。
  • 19世紀半ば、大飢饉でシードル産業は衰退。
  • それから数十年後、シードル生産は復活。複数の農園が独自のブランドを開発しシードル産業は繁栄し始めた。

 

ウィリアム・マグナ― (William Magners)によって ”Bulmer”ブランドでシードルがアイルランドで商業生産されたのは1935年ということなので、ブルーム氏が飲んだのは、”Bulmer”といったメジャーブランドではなく、どこかの農園で生産されたマイナーブランドのサイダーだったと推測する。

 

 

 

パワーズ・ウィスキーのジョンズ小路にあった蒸留所は閉鎖後、建物の多くは取り壊されたが、蒸留所のポットスチル3基はアート & デザイン国立大学(National College of Art and Design)で保存されている。

The preserved pot stills of the former Powers Distillery and the School of Design, NCAD, Dublin

"NCAD, pot stills and School of Design" by Twilson r is licensed under CC BY-SA 4.0.

 

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