Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

88 (U140.740)

さて何を飲もうかな。と、時計を取り出した。

 

第88投。140べージ、740行目。

 

 What will I take now? He drew his watch. Let me see now. Shandygaff?

 —Hello, Bloom, Nosey Flynn said from his nook.

 —Hello, Flynn.

 —How’s things?

 —Tiptop... Let me see. I’ll take a glass of burgundy and... let me see.

 Sardines on the shelves. Almost taste them by looking. Sandwich? Ham and his descendants musterred and bred there.

 

 

 さて何を飲もうかな。と、時計を取り出した。えっと。シャンディガフにするかな。

 ―やあブルーム。ノージー・フリンが奥からぬっと声をかけてきた。

 ―やあフリン。

 ―元気かい。

 ―上々。えっと。バーガンディ一杯に、えっと。

 棚にサーディン。見るだけで結構。パンになにをはサンドくか。ハムとマスタードに賛同一致。

 

 

第8章。午後1時時ごろ。ブルーム氏は軽食をとりにデイヴィー・バーンの店 (Davy Byrnes) に入ったところ。

 

先客のノージー・フリンが話しかけてきた。“nosey” は 鼻から派生しているが、「おせっかいな、穿鑿好きな」の意味で、フリンのあだ名。

 

“nook”は、「部屋などの隅、人目につかない所」。“say from his nook” というのは見事なフレーズと思う。ブルーム氏の気のつかない奥のいつもの席に陣取っていた感じを簡潔に表す。ブルーム氏は嫌だったろう。

 

ブルーム氏が注文を決めるのに、懐中時計を見ているのが奇妙である。のちの場面でブルーム氏がトイレに行っている間に、フリンが店主に言っている。ブルーム氏は酒をすすめられると必ず時計を見て何を飲むか考えるのだという。

 

 —God Almighty couldn’t make him drunk, Nosey Flynn said firmly. Slips off when the fun gets too hot. Didn’t you see him look at his watch? Ah, you weren’t there. If you ask him to have a drink first thing he does he outs with the watch to see what he ought to imbibe. Declare to God he does.

 —There are some like that, Davy Byrne said. He’s a safe man, I’d say. (U146.979)

 

このやりとりを読んでみると、ブルーム氏は酔っぱらわないし、慎重な男だと言っている。今日の予定をふまえて、酔いがさめる時間を考えて飲むものを決めるということだろうか。今日、彼は午前中に葬儀に出て、新聞社で広告取の仕事をしたのだが、午後にはたいした用事はないので、あまり考える必要はなさそうなのだが。あるいは、大事な用がある男のふりをしているということだろうか。

 

ブルーム氏は “Let me see” と何度もいう。口癖なのだろう。すごく迷っている。

 

彼は夕方、オーモンドホテルでシードルを注文するが、その時もしきりに “Let me see”と言っている。こういうところがすごい小説だと思う。

 

And Bloom? Let me see. Not make him walk twice. His corns. Four now. How warm this black is. Course nerves a bit. Refracts (is it?) heat. Let me see. Cider. Yes, bottle of cider.(U220.445-)

 

シャンディガフは、ビールベースのカクテルで、ジンジャーエールと合わせたもの。名前の由来は不明という。

 

シャンディガフはやめて、バーガンディ(ブルゴーニュワイン)を飲んでいる。

 

今日、ブルーム氏の飲むものを考えてみる。

  • 朝食は自宅で紅茶
  • お昼にここでブルゴーニュワイン
  • 夕刻、オーモンドホテルでシードル
  • 夜、産科病院の後バークで、ジンジャーコーディアル
  • 夜中に、馭者溜りでコーヒーらしきもの
  • 自宅でココア

 

他の男性登場人物と異なり、彼はビールやウイスキーを飲まない。また酒は飲むがアルコール度の低いものを好む。紅茶は妻にあわせて飲んでいる。ワインは英国人の好むクラレット(ボルドー)ではなくブルゴーニュ。シードルはフランスのブルターニュやノルマンディーからの伝来。彼の好みは、非英国的、非男性的。健康志向。

 

“Tiptop” は「頂上」だが、口語では「最高、極上」。今も使うことばなのかわからない。この小説ではブルーム氏以外も使っているので彼の口癖というわけではない。
(U214.196) (U291.324)

 

サーディン を Almost taste them by looking というが、どういう意味がよくわからない。

 

彼はここの少し前で、鮭の缶詰めについて、霊安室のよう、と思考している。だから魚は嫌いなのではないか。見るだけでうんざりとの意味だろうと考えた。

 

Provost’s house. The reverend Dr Salmon: tinned salmon. Well tinned in there. Like a mortuary chapel. Wouldn’t live in it if they paid me. Hope they have liver and bacon today. Nature abhors a vacuum.

(U135.496)

 

”Ham” は、旧約聖書創世記に出てくる物語ノアの方舟のノアの3人の息子セム、ハム、ヤペテの一人。兄弟共々子孫を各地に広げた。

 

「ハムとその子孫が召集され(mustered)養育された(bred)」というのは、サンドイッチの食材のハムとマスタード(mustard)と パン(bread)にかけたしゃれ。よくできているので彼が考えたのでなく当時有名なしゃれだったのだろう。しゃれで訳してみた。

 

しかし彼は結局、ゴルゴンゾーラチーズのサンドイッチを注文することになる。

 

       デイヴィー・バーンのゴルゴンゾーラのサンドイッチ

(1) Davy Byrnes - 投稿 | Facebook

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