Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

162(U470.4073) ー 時の踊り

ピアノラ:ぼくのかわいいシャイなあの子、腰が。

 

第162投。第470ページ、4073行目。

 

 THE PIANOLA:

 

    My little shy little lass has a waist.

 

 (Zoe and Stephen turn boldly with looser swing. The twilight hours advance from long landshadows, dispersed, lagging, languideyed, their cheeks delicate with cipria and false faint bloom. They are in grey gauze with dark bat sleeves that flutter in the land breeze.)

 

 

 ピアノラ:

 

    ぼくのかわいいシャイなあの子、腰が。

 

 (ゾーイとステイ―ヴンはリズムに乗って勢いよく回転する。黄昏の時が陸の長い影から進み出る、散り散りに、佇んで、物憂い目、化粧した頬はかすかな薔薇色。グレーの薄織をまとい暗い色の蝙蝠袖が陸風にひらひらする。)

 

第15章の終盤。ベラ・コーエンの娼館の場面。娼婦たちとスティーヴン、医学生のリンチ、ブルーム氏が部屋にいる。娼婦のゾーイが踊ろうと言い出し、ピアノラにリンチが渡したコイン、2ペンスを入れると、ピアノラが曲を奏でだす。ゾーイがスティーヴンと踊り出したところ。

 

 

 

ピアノラ

 

ピアノラ (pianola)とは自動ピアノの商品名。このブログ第68回に一度出てきた。アメリカの実業家、発明家、エドウィン・スコット・ヴォーティー(Edwin Scott Votey, 1856 - 1931)により1895年に開発され1898年米国エオリアン社から発売された。ペダルによる空気圧と譜面ロールにより作動するという。

 

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:M0354_1951-40-004_2.jpg?uselang=ja

 

僕の彼女はヨークシャー娘

 

ピアノラが台詞として歌っている(またはピアノラの音が歌詞にきこえたのか、まあ同じことか)のは、『僕の彼女はヨークシャー娘』My Girl's a Yorkshire Girl(1908年)という曲。チャールズ・ウィリアム・マーフィー (Charles William Murphy 1870年 - 1913年) がダン・リプトン(Dan Lipton 1873年 - 1935年)の協力をえて作曲した作品。彼の曲はミュージックホールやミュージカルシアターで演奏された。

 

曲の始めの部分はこの通り。ピアノラが歌ったのは5行目のあたり。

 

  Two young fellows were talking about

  Their girls, girls, girls —

  Sweethearts they'd left behind,

  Sweethearts for whom they pined.

  One said, "My little shy little lass

  Has a waist so trim and small.

  Gray are her eyes so bright,

  But best, best of all...

 

  二人の若者が話してた

  あの子、あの子、あの子のことを

  連れてこられなかった恋人よ

  想い焦がれる恋人よ

  ぼくのかわいいジャイなあの子

  腰がすらりと細くって

  グレーの瞳はきらきらと

  でも一番好きなのは・・・

 

 

→ ♪ Youtube

 

第15章。今回の個所の少し前の部分で、ゾーイは、嘘か真か、イングランドのヨークシャーの生まれと言っている。この曲が出てきたのはそれに関連があると思う。

 

 BLOOM: (Repentantly.) I am very disagreeable. You are a necessary evil. Where are you from? London?

 

 ZOE: (Glibly.) Hog’s Norton where the pigs plays the organs. I’m Yorkshire born. (She holds his hand which is feeling for her nipple.) I say, Tommy Tittlemouse. Stop that and begin worse. Have you cash for a short time? Ten shillings?

(U407.1979)

 

また、この曲は第10章に登場していて、カレッジ公園でハイランドの若者のブラスバンドが演奏していた。

 

As they drove along Nassau street His Excellency drew the attention of his bowing consort to the programme of music which was being discoursed in College park. Unseen brazen highland laddies blared and drumthumped after the cortège:

 

  But though she’s a factory lass

  And wears no fancy clothes.

  Baraabum.

  Yet I’ve a sort of a

  Yorkshire relish for

  My little Yorkshire rose.

  Baraabum.

(U208.1246-)

 

時の踊り

 

すると4組の時間の化身の少女たちが現れて踊りだす。朝の時間たち、昼の時間たち。今回の個所は、黄昏の時間たちが現れたところ。つづいて夜の時間たちが現れる。時間たちの登場には、この小説が朝から夜中までの1日を描いていることが反映していると思う。黄昏の時間の少女は、第13章で浜辺にいた少女たちに対応する。

 

時が踊るといえば、バレエ音楽『時の踊り』La danza delle oreを思わずにはいられない。イタリア作曲家、アミルカレ・ポンキエッリ(Amilcare Ponchielli , 1834年 - 1886年)のオペラ『ラ・ジョコンダ』La Gioconda, 1876年)の第3幕で演奏される有名な音楽。

 

ディズニーの映画『ファンタジア』(1940年)ではこの曲がダチョウやカバや象により踊られた。

→  ♪  Youtuibe

 

蝙蝠袖

 

黄昏の時間たちの衣服の “bat sleeves” は、第13章で飛んでいた蝙蝠に由来するが、蝙蝠の羽を模した袖、ということではないように思う。

 

バットウィング・スリーブ “Batwing sleeve” という服飾用語があり、これではないか。バットウィング・スリーブとは、「ドルマン」‘Dolman’ または「マジャル」‘Magyar’とも呼ばれ、袖ぐり(袖のつけ根)が深く、手首が細くなっている長い袖を言う。

 

https://witness2fashion.wordpress.com/tag/bat-wing-batwing-sleeves-1926-1920s/

 

 

イタリアの象徴主義の画家、ガエターノ・プレヴィアーティ(Gaetano Previati、1852年 – 1920年)の『時の踊り』 (1899 年頃)。同曲 にインスピレーションを得て描かれた。

 

File:Artgate Fondazione Cariplo - Previati Gaetano, La Danza delle Ore.jpg - Wikimedia Commons

 

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