Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

163(U515.652) ー アイルランドは各員に期待する

とはいえ事柄の詳細に立ち入るまでもなく

 

第163投。515ぺージ、652行目。

 

Nevertheless, without going into the minutiae of the business, the eloquent fact remained that the sea was there in all its glory and in the natural course of things somebody or other had to sail on it and fly in the face of providence though it merely went to show how people usually contrived to load that sort of onus on to the other fellow like the hell idea and the lottery and insurance which were run on identically the same lines so that for that very reason if no other lifeboat Sunday was a highly laudable institution to which the public at large, no matter where living inland or seaside, as the case might be, having it brought home to them like that should extend its gratitude also to the harbourmasters and coastguard service who had to man the rigging and push off and out amid the elements whatever the season when duty called Ireland expects that every man and so on and sometimes had a terrible time of it in the wintertime not forgetting the Irish lights, Kish and others, liable to capsize at any moment, rounding which he once with his daughter had experienced some remarkably choppy, not to say stormy, weather.

 

 

とはいえ事柄の詳細に立ち入るまでもなく海がその栄耀栄華を謳歌して存在することは事実が雄弁に物語ることであり事の自然な成り行き上誰か彼かは航海に出て無謀な危険に身をさらさねばならないがはっきり言えるのは地獄の概念や宝籤や保険といったしくみで常々人々はなんとかある種の重荷を他人に負わせようとするのだ詰まるところこれらは同工異曲のことでまさに他でもないその理由により救命艇日曜日運動は極めて称賛に値する制度であると一般大衆は場合によって内陸に住むにせよ沿岸に住むにせよしみじみそう自覚するものだそれは沿岸警備隊や港長の職務に対し感謝の意を表明すべきなのも同様で彼らはいかなる季節であれ自然の猛威のただなかに艤装船に人員を配置し出航させなければならない『アイルランドが各員に期待する』場合にはね誰しも冬季においては時にひどい目に会うので何時いかなる時であれ灯台船が転覆する危険性を忘れてはならないキッシュの灯台船をかつて娘と周回した時に嵐と言わないまでも相当に波立ち騒ぐ天候を経験したものだ。

 

第16章。真夜中。娼館を後にしたブルーム氏はスティーヴンを介抱するため馭者溜りへに来ている。ブルーム氏はそこにいた船乗りに質問をするがはかばかしい答えは得られず。そこで海についての妄想を繰り広げる。その一節。

 

ブルーム氏の妄想はとめどなく続くくねくねとした文でたどられ切れ目がないので長い一節になってしまった。

 

第16章の文体の常として、慣用句が不適切に多用されていて滑稽な味わいとなっている。今回の個所からあげてみると。

 

in all one's glory  得意の絶頂に,最盛期に

in the natural course of events  事の自然の成り行きで

fly in the face of Providence 危険を招く

It just only goes to show よくわかる まさによく証明されている.

brìng…home to a person      …を人に深く悟らせる, 強く思い知らせる

 

ブルーム氏は宝籤と保険が同じ仕組みだとの慧眼を示す。彼はハンガリーの富籤の商いをしてたことがあり、また保険屋に勤めていたこともあるので、これらについて詳しいのだ。

 

彼の言う “lifeboat Sunday” とは何か。検索しても見つからない。しかし“lifeboat Saturday” 「救命艇土曜日」というのは見つかった。

 

「救命艇土曜日」とは英国の綿紡績実業家、サー・チャールズ・ライト・マカラ(Sir Charles Wright Macara, 1st Baronet   1845-1929)が、1891 年に王立救命艇協会の後援のもと、溺死した乗組員の未亡人や孤児のために組織された慈善活動。王立救命艇協会(Royal National Lifeboat Institution: RNLI)は、英国周辺の沿岸や海における救命活動を行なう英国のボランティア組織。

→ RNLI Lifeboat 1891: First street collection

 

1886年 リザム・セント・アンズとサウスポートの救命艇が、嵐で遭遇したドイツの帆船メキシコ号の船員を救助しようとして27人の乗組員の命が失われた事件があり、サー・チャールズはこの事件をきっかけに慈善活動を組織したという。

 

Giffordの注釈も集成社版の邦訳の注釈も、”lifeboat Sunday” 「救命艇日曜日」があるように説明している。しかしおそらく「救命艇日曜日」は「救命艇土曜日」の誤りで、ブルーム氏が間違えているという設定だろう。「定かでない事実」はこの第16章の特徴だから。

 

Lifeboat Saturday, Manchester, England, October 1894

1894年10月マンチェスターの救命艇日曜日。街頭募金活動の様子

File:Lifeboat Saturday, Manchester, October 1894 (01).jpg - Wikimedia Commons

 

“Ireland expects that every man” は斜体になっていることから、引用であると分かる。

 

1805年のトラファルガー海戦の際、英国海軍の艦隊を率いるネルソン提督が艦隊を鼓舞するため掲げた有名な信号文。“England expects that every man will do his duty.”「英国は各員がその義務を尽くすことを期待する」がもとになっている。この文は信号旗を用いて各艦に伝達された。これをアイルランドを主語にしてもじったものである。

 

 

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Trafalgar_Mensanje.png

 

ネルソン提督はこのブログの第1回に出て来たのだが、この小説の重要なモティーフとなる人物だ。小説の現在(1904年)ダブリンの街の真ん中にはネルソン像の載った塔が立っていた。英国のアイルランド支配の象徴といえる。

 

第1章では、主人公のスティーヴンの同居人、マリガンがスティーヴンに金をせびる場面でこのセリフをもじって使っている。スティーヴンにとっての簒奪者マリガンがネルソンの言葉をつかうのは主題的にマッチしている。

 

 He turned to Stephen and said:

 —Seriously, Dedalus. I’m stony. Hurry out to your school kip and bring us back some money. Today the bards must drink and junket. Ireland expects that every man this day will do his duty.

(U13.465-)

 

キッシュの灯台船は第90回で触れた。ダブリン沖に設置されていた、灯台の役割をする船である。

 

 

'England expects every Man to do his duty. Lord Nelson explaining to the officers the Plan of Attack previous to the Battle of Trafalgar'(1806)
トラファルガーの戦いの前に、将校たちに攻撃計画を説明するネルソン卿

https://www.rmg.co.uk/collections/objects/rmgc-object-128887

 

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