Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

120 (U165.621)

ゴルギアスの弟子のアンティステネスは、スティーヴンは言った、

第120投。165ページ、621行目。

 

 —Antisthenes, pupil of Gorgias, Stephen said, took the palm of beauty from Kyrios Menelaus’ brooddam, Argive Helen, the wooden mare of Troy in whom a score of heroes slept, and handed it to poor Penelope. Twenty years he lived in London and, during part of that time, he drew a salary equal to that of the lord chancellor of Ireland. His life was rich. His art, more than the art of feudalism as Walt Whitman called it, is the art of surfeit.

 ゴルギアスの弟子のアンティステネスは、スティーヴンは言った、キュリオス・メネラオスの飼われ妻、眠れる数多の英雄たちを腹に入れたトロイの雌木馬アルゴーのヘレネより美の栄誉、棕櫚の枝を取り上げ、清貧のペネロペイアに与えた。20年ロンドンに住み、その間一時はアイルランドの大法官と同等の報酬をもらった。彼の生活は裕福だった。その芸術はウォルト・ホイットマンのいう封建貴族の、というより飽食健啖の芸術といえる。

 

第9章、図書館の場面。主人公のスティーヴン、図書館主任のウィリアム・リスター、副主任でエッセイストのジョン・エグリントン、副主任で学者のリチャード・ベスト、スティーヴンの友人バック・マリガンがシェイクスピアについて論議をしている。

 

ここは、スティーヴンの発言。例によって彼の言っていることをひも解くのは骨が折れる。調べてみたところでの理解は次の通り。

 

 

彼の説は、シェイクスピアは不貞の妻、アン・ハサウェイに苦しめられ、それがその作品に反映しているというもの。

 

ヘレネとペネロペイア

今回のところのセリフは、2時間ほど前、第7章、新聞社の場面で、マッキュー教授がスティーヴンに言ったセリフを借用している。教授は、まず、スティーヴンをアンティステネスみたいだと言い、アンティステネスはその著作で、ヘレネから美の栄誉を取り上げペネロペイアに与えた、と言っている。

 

 —You remind me of Antisthenes, the professor said, a disciple of Gorgias, the sophist. It is said of him that none could tell if he were bitterer against others or against himself. He was the son of a noble and a bondwoman. And he wrote a book in which he took away the palm of beauty from Argive Helen and handed it to poor Penelope.

(U122.1035)

 

ヘレネは、ギリシア神話でトロイ戦争の原因となった絶世の美女。不貞の代名詞。彼女にはギリシア中から求婚者が押し寄せたが、結局スパルタ王メネラオスの妻となる。そしてトロイの王子パリスに誘惑されてトロイへ出奔。トロイ遠征は、彼女を取り返すため、全ギリシアの英雄たちによって行われた。有名なトロイの木馬はこの戦争で使われた。

 

ペネロペイアは、ギリシア神話の英雄オデュッセウスの妻。ヘレネの従姉妹にあたり、貞女の代名詞。ペネロペイアは、オデュッセウスが出征してからトロイが陥落するまでの10年間、さらに彼がトロイからの帰国途上で海上を漂泊する10年、イタカ島で夫の留守を守った。

 

アンティステネス

アンティステネス(BC446年 - BC366年)は、古代ギリシアの哲学者、ソフィストとして知られるゴルギアス( BC487年 - BC376年)の弟子で、犬儒派キュニコス派)の祖。

 

ディオゲネス・ラエルティオスの『ギリシア哲学者列伝』  (加来彰俊訳、岩波文庫 1984年) のアンティステネスの章によると、確かに、彼の著作に「ヘレナとペネロペについて」というのがある。(中巻P.124)その内容は調べてもわからなかった。

 

ティーヴンは、マッキュー教授の台詞の受け売りをしているのでアンティステネスの著作の内容を知っているわけではないだろう。即興的に、不貞のヘレネシェイクスピアの妻になぞらえて、ハサウェイを非難している。

 

シェイクスピアの収入

「20年ロンドンに住み」とは、話がシェイクスピアのことに移っている。貞節なペネロペイアが故郷で夫を20年待った一方で、シェイクスピアは故郷に置いた不義の妻を避けて20年ロンドンに滞在した。

 

シェイクスピアの収入はいくらくらいだったのだろか。検索した記事によると(How rich was Shakespeare?)年収は£280程度だったよう。

 

まあ、£300として、Currency converter という換算サイトで1600年ごろの£300を現在の価値に置き換えると、約 £41,000、ということは約680万円。

 

アイルランド大法官 (Lord Chancellor of Ireland) とは、アイルランドの司法のトップ。スティーヴンが言っているのはシェイクスピアの時代のことか小説の現在(1904年)のことか定かでないが、いずれにしても、大法官の給料はもっと高額だっただろうと思われる。

 

ウォルター・ホイットマン

ウォルター・ホイットマン (Walter Whitman, 1819年 – 1892年) は、アメリカ合衆国の詩人、随筆家、ジャーナリスト、ヒューマニスト。詩集『草の葉』で知られる。

 

彼のシェイクスピアに関する著作をよむことは容易ではないが、幸い wikipedia に記述があった。

 

ホイットマンシェイクスピア別人説の支持者で、シェイクスピア作品の著者をストラトフォード・アポン・エイヴォンウィリアム・シェイクスピアに帰することに反対していた。1888年の「11月の大木」 (November Boughs) の中でシェイクスピアの劇作品について次のように述べている。

『ヨーロッパ封建制の躍動のただ中のなかから生み出された(中世の貴族社会を、その無慈悲で巨大な特権階級のそびえ立つ精神、その独特の空気と高慢さ(単なる模倣でなく)を無比な形で具現化している)これらの驚くべき作品(見方によっては文学史上較べるもののない優れた作品)は、劇作品群のそこかしこに現れる「狼のような伯爵」の一人、あるいは貴族の家に生まれてその世界を知っている人が、その真の作者であるように思われる。

 

シェイクスピアの文学は貴族にしか書けないもので、我々の知るシェイクスピアとは別人だ、との説だろう。スティーヴンはこれをふまえて、シェイクスピアの芸術は貴族のものではなかったが、裕福な男が書いたものだと言っている。

 

        

アントニオ・カノーヴァ作のヘレネの彫像

"File:Antonio Canova-Helen of Troy-Victoria and Albert Museum.jpg" by Yair Haklai is licensed under CC BY-SA 3.0.

 

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