Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

153(U612.212)  ー バイロン卿に扮した男

だってかれはとてもハンサムだったわ

第153投。612ページ、212行目。

 

because he was very handsome at that time trying to look like Lord Byron I said I liked though he was too beautiful for a man and he was a little before we got engaged afterwards though she didnt like it so much the day I was in fits of laughing with the giggles I couldnt stop about all my hairpins falling out one after another with the mass of hair I had youre always in great humour she said yes because it grigged her because she knew what it meant because I used to tell her a good bit of what went on between us 

だってかれはとてもハンサムだったわバイロン卿のまねをしようとしたときその人をわたしが好みだと言ったからでも美形すぎるんだからわたしたちがもうすぐ婚約する頃のことだったあの女はあんまり気に入らなかったんだけどわたしはくすくす笑いがこみあげて止まらなくなった私のかつらからつぎからつぎとヘアピンがぜんぶはずれてしまったからあなたたちはいつも陽気ねとあの女にいわれたわうんムカついたのねだってどういうことか気がついたからだってわたしたちのことはそこそこにおわせてあったから

 

最終章。第18章。ブルーム氏の妻のモリ―の寝床での心中の声。一つの章がピリオドもコンマもない単語の長大な連なり8つでできている。ここはその1つ目の終わりのほう。

 

モリーは、友人でブルーム氏の元カノだったジョージ―・ポーエルとブルーム氏と3人でいた場面のことを思い出している。この部分の始めの "he" はブルーム氏のこと。"she" はジョージ―。

 

バイロン卿ことジョージ・ゴードン・バイロン(George Gordon Byron, 1788年 - 1824年)は、19世紀ロマン派を代表する英国の詩人。このブログの第41回で一度触れた。

 

Richard Westall の描くバイロンの肖像(1813)

File:George Gordon Byron, 6th Baron Byron by Richard Westall (2).jpg - Wikimedia Commons

 



この箇所の少し前に、ブルーム氏はモリーバイロンの詩集と手袋を3組贈ったとある。

 

he made me the present of lord Byrons poems and the three pairs of gloves

(U612.185)

 

モリーはこの詩集でバイロンを知ったのだろう。

 

今回、”all my hairpins falling out one after another with the mass of hair I had” というところが引っかかった。集英社版の邦訳では、モリーは、大わらいして、髪からヘアピンがつぎつぎに落ちたとしている。普通はそうだろうと思う。

 

しかし “giggle” というのは辞書でみると「くすくす笑う」“to laugh with repeated short catches of the breath” Merriam-Webster。)とあり「大わらい」ではない。くすくす笑って、ヘアピンが落ちるというのが不自然だ。

 

これはブルーム氏の髪からヘアピンが落ちたので、モリーがくすくす笑ったということではないだろうか。つまりブルーム氏はモリーの鬘をかぶってペアピンで髪を巻いて(またはモリーに巻いてもらって)バイロンの扮装をしたということ。無理に留めたのでヘアピンが外れてしまったのだ。それで二人の親密さがジョージ―につたわって、彼女がやきもちをやいた、と考えるとここの文脈が通る気がする。

 

1行目の「ハンサム」も目を引く言葉だが、皮肉でいっているのだ。

 

ウィキペディア(英語版)の記事によると、バイロンは夜にカール・ペーパー(curl-paper)というものを髪に巻いてカールさせていたとある。 → George Gordon Byron

 

バイロンの成人時の身長は5フィート9インチ(1.75メートル)、体重は9.5ストーン(133ポンド、60キロ)から14ストーン(200ポンド、89キロ)の間で変動した。彼はその美しさで有名で、夜間は髪にカールペーパーを巻いていた。

 

 

カール・ペーパー(curl-paper)の使い方を示すイラスト

 

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