―ナナンも行くって、ジョウが言う。
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—Nannan’s going too, says Joe. The league told him to ask a question tomorrow about the commissioner of police forbidding Irish games in the park. What do you think of that, citizen? The Sluagh na h-Eireann.
―ナナンも行くって、ジョウが言う。連盟から明日、警察長官が公園でアイリッシュ・ゲームを禁止した件を質問するように言われたんだ。あれどう思う、市民よ。「アイルランド軍団」のこと。
第12章。酒場バーニーキアナンで、「市民」というあだ名のナショナリストとジョー・ハインズらの酔客が会話している。
ナナンはナネッティのあだ名。実在の人物、ジョーゼフ・ナネッティをモデルにする。彼は新聞社の印刷所主任。ダブリン市会議員でかつ英国下院議員だった。
1904年当時、アイルランドは英国の一部なので、アイルランド選出の議員というのは英国下院の議員ということになる。質問とは英国議会での質問のことをいっている。
19世紀末ごろから英国の支配に反発する民族主義運動が盛んになる。この文脈でさまざまの団体が形成された。
「連盟」とは、「ゲール語連盟」(The Gaelic League)。ゲール語は古くアイルランドで話されていた言語。ゲール語とゲール文化の復興を掲げてアイルランドで活動した団体。
「アイルランド軍団」(ゲール語で Sluagh na hÉireann 英語ではThe Legion of Ireland あるいはThe Irish Brigade) はゲーリック体育協会 (Gaelic Athletic Association) とゲール語連盟を結合するために設けられた。ゲーリック体育協会 はアイルランドの古来のスポーツと習慣の復活を促進した愛国団体、
「市民」はゲーリック体育協会の創始者マイケル・キューザックをモデルにしている。
ナネッティは、実際に1904年6月16日(この小説では翌日の17日とされている)ロンドンの英国議会で質問している。
彼は、「フェニックス公園ではポロの試合をすることは許されているが、アイルランド軍団のメンバーがアイリッシュ・ゲームをすることは禁止されている。警察長官にその権限があるのか」と質問している(英国議会議事録)。
アイルランド長官 (Chief Secretary for Ireland)は「芝生が傷つき近隣に迷惑が出るため禁止命令が出された。また公園は王立公園であり、王室の所有物で、禁止は正当である」との趣旨の答弁をした。
当局は実際は民族主義の影響力を制するためこのような禁止を行ったのだろう。
アイルランドのトップは英国君主の名代であるアイルランド総督 (the Lord Lieutenant of Ireland)で、実質的な権力者は総督に下属するアイルランド長官 (Chief Secretary for Ireland) だった。
また当時のダブリンには、2つの警察組織があった。非武装のダブリン首都警察(The Dublin Metropolitan Police)と武装警察部隊の王立アイルランド警察隊(Royal Irish Constabulary)。警察長官(the commissioner of police)とは前者のトップのことだろう。警察長官は(U252.535)に言及がある。(U243.127), (U254.656)にでてくるのは王立アイルランド警察隊のほう。
アイリッシュ・ゲームとはアイルランドで行われている伝統スポーツで、代表的なものとしてゲーリックフットボールとハーリングがある。
"Hurling Team, 1907-1908." by stmunchins is licensed under CC BY 2.0
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