Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

70 (U139.666)

おや、骨まで。

 

ユリシーズ』は100年前の今日、2月2日、パリのシェイクスピア・アンド・カンパニー書店から刊行されました。この記念の日に第70投を投擲。


第70投。139ページ、666行目。この小説らしい箇所に当たりました。

 

O! A bone! That last pagan king of Ireland Cormac in the schoolpoem choked himself at Sletty southward of the Boyne. Wonder what he was eating. Something galoptious. Saint Patrick converted him to Christianity. Couldn’t swallow it all however.

 

 —Roast beef and cabbage.

 

 —One stew.

 

おや、骨まで。アイルランド最後の異教の王、コーマックは、学校で習った詩じゃあ、ボイン川の南、スラッティで喉に詰まらせた。何食べたんだっけ。激ウマな何か。聖パトリックが王をキリスト教に改宗した。でもごくりとはいかなかった。

 

 ―ローストビーフとキャベツ。

 

 ―シチューおくれ。

 

 

 

第8章。ブルーム氏は昼食を求めてデューク通りのバートン食堂に入った。ブログの第3回の直前の箇所。客の下品な食べ方を眺めている所。客が骨にしゃぶりついた。

 

赤く囲ったのがデューク通り18番地のバートン。彼はここが気に入らず、青く囲った21番地のデイヴィ・バーンで食事をした。

 

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コーマック・マカート(Cormac mac Airt)は、中世アイルランドの伝説で語られるアイルランドの上王。彼の治世は2世紀の初めから4世紀の終わりまで、伝説によってさまざまな年代で語られている。

 

ブルーム氏が学校で習った詩として思い出しているのは、19世紀のアイルランドの詩人、サミュエル・ファーガソン卿(Sir Samuel Ferguson,1810 – 1886) の詩、『コーマック王の埋葬』The Burial of King Cormac と考えられる。

 

  Anon to priests of Crom was brought —

  Where, girded in their service dread,

  They minister'd on red Moy Slaught —

  Word of the words King Cormac said.

  They loosed their curse against the king;

  They cursesd him in his flesh and bones;

  And daily in their mystic ring

  They turn'd the maledictive stones,

  Till, where at meat the monarch sate,

  Amid the revel and the wine,

  He choked upon the food he ate,

  At Sletty, southward of the Boyne.

  High vaunted then the priestly throng,

  And far and wide they noised abroad

  With trump and loud liturgic song

  The praise of their avenging God.

 

コーマックはドルイド教からキリスト教に改宗したため、ドルイド僧に恨まれ、呪いによってサーモンの骨をのどに詰まらせて死んだという。この詩ではなんの骨か書かれれていないのでブルーム氏はなんの骨だったかと疑問におもっているのだろう。

 

聖パトリック(387年? - 461年)は、アイルランドキリスト教を広めた修道士、司教で、アイルランド守護聖人。コーマックとは時代が合わないので、彼がコーマックをキリスト教に改宗させたわけではない。

 

アイルランドの上王はキリスト教を完全にうけいれたわけでなく、骨を詰まらせたことに掛けて、呑み込めなかったと、ブルーム氏は言っている。

 

“galoptious” はみなれない語だが、galumptious,  galuptious,  galloptious,  galluptious,  goluptious,  golopshus などいろいろなつづりがある奇妙な単語だ。「すばらしい」とか「おいしそう」との意味。ラテン語の "voluptuous"「 快楽的」から転じたものといわれる。

 

シチューをたのんでいるのはバートンの客の声。これは当然ながらアイリッシュシチューでしょう。

 

この一節を含む一段落は、汚い食べ方を描写していて、『ユリシーズ』出色の読みどころ。

 

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"Mmm... Irish stew" by jeffreyw is licensed under CC BY 2.0

 

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