Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

76 (U245.231)

アイリッシュすべてはアイルランドのためのインデペンデント』

 

第76投。245ページ、231行目。

 

Listen to the births and deaths in the Irish all for Ireland Independent, and I’ll thank you and the marriages.

 And he starts reading them out:

 —Gordon, Barnfield crescent, Exeter; Redmayne of Iffley, Saint Anne’s on Sea: the wife of William T Redmayne of a son. How’s that, eh? Wright and Flint, Vincent and Gillett to Rotha Marion daughter of Rosa and the late George Alfred Gillett, 179 Clapham road, Stockwell, Playwood and Ridsdale at Saint Jude’s, Kensington by the very reverend Dr Forrest, dean of Worcester. Eh? Deaths. Bristow, at Whitehall lane, London: Carr, Stoke Newington, of gastritis and heart disease: Cockburn, at the Moat house, Chepstow...

 

 

アイリッシュすべてはアイルランドのためのインデペンデント』の出生訃報欄をご清聴あれ。謹んで婚姻欄もだ。

 と、読み上げる。

 ―ゴードン、エクスター市バーンフィールド・クレセント。レッドメイン、セント・アンズ・オン・シー市イフリー。ウィリアム・T・レッドメインに男子。はぁ。ライトとフリント。ヴィンセントとジレット、ストックウェル・クラパムロード179番地、ローザと故ジョージ・アルフレッド・ジレットの娘ローサ・マリオンと。プレイウッドとリズデール、ケンジントン、セント・ジュード教会にてウスター首席司祭ドクター・フォレスト師により。へえ。訃報。ブリストウ、ロンドン、ホワイトホール・レーン。カー、ストーク・ニューイントン、胃炎および心臓病にて。コックバーン、チェプトウ市モート・ハウス…

 

第12章。酒場バーニーキアナンで、「市民」というあだ名のナショナリストとジョー・ハインズらの酔客が会話している。

 

「市民」は本日1904年6月16日の『アイリッシュ・デイリー・インデペンデント』紙の出生、婚姻、訃報欄を読み上げる。

 

ブログの65回で触れた通り、アイルランド自治運動の指導者パーネルが同僚議員の妻であるキャサリン・オシェアと長年にわたって関係を持っていたことが発覚し、アイルランド議会党は分裂。『アイリッシュ・デイリー・インディペンデント』紙は、パーネル派を推進するために1891年に創刊された。1905年『アイリッシュ・インデペンデント』紙として再編され今日まで発行されている。

 

アイルランド独立のための新聞でありながら。出生婚姻欄に掲載されているのは英国人ばかりであることを「市民」は嘆く。

 

「市民」が、わざわざ出生婚姻欄を読みあげるのは、驚いたことに、これが新聞の第1面の冒頭に載っているから。第1面はすべて広告だ。

 

「当時の新聞というのは、ニュースとかオピニオンの伝達機関であったと同時に、読者の通信・連絡手段をも提供していた。」 『われらはロンドン・シャーロッキアン』河村幹夫(ちくま文庫 1994)

 

ちなみに、主人公のブルーム氏も『アイリッシュ・タイムズ』紙にタイピストの求人広告を出して、文通相手マーサと交信している。彼は新聞の広告欄が犯罪の通信に利用されていることを空想している。

 

He passed the Irish Times. There might be other answers lying there. Like to answer them all. Good system for criminals. Code. … O, leave them there to simmer. Enough bother wading through fortyfour of them. Wanted, smart lady typist to aid gentleman in literary work.(U131.323)

 

データベースで1904年6月16日の『アイリッシュ・デイリー・インデペンデント』を検索してみた。新聞の画像(下に添付)を元に読解すると。

 

出生欄

①ゴードン(エクセター市バーンフィールド・クレセント)に男児誕生

 エクセターは、イングランド南西部、デヴォン州の都市

②ウィリアム・T・レッドメイン(セント・アンズ・オン・シー市イフリー)に男児誕生

 セント・アンズ・オン・ザ・シーはイングランドランカシャー州ブラックプールの南、リブル川河口にあるマリン・リゾート地

 

婚姻欄

③ライトとフリント夫妻

④ヴィンセントとジレット夫妻

 ローザと故ジョージ・アルフレッド・ジレット(ロンドン市ストックウェル・クラパムロード179番地)の娘ローサ・マリオン・ジレットとヴィンセントの結婚。

⑤プレイウッドとリズデール夫妻。

 ロンドン市ケンジントン、セント・ジュード教会にてウスター首席司祭ドクター・フォレスト師により

 

死亡欄

⑥ブリストウ氏(ロンドン市、ホワイトホールレーン)

⑦カー氏(ロンドン市ストーク・ニューイントン)

 死因は胃炎および心臓病

⑧コックバーン氏(チェプトウ市のモート・ハウス)

 チェプトウはウェールズの南部、モンマスシャー州の都市

 

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Giffordの注釈によると、「市民」はアイルランド人の名前を飛ばして英国人の名前だけ読み上げているという。新聞を見る限り、住所から、掲載されているのはほぼ英国在住の人たちだけとわかる。姓でルーツがアイルランドか英国かがわかるのだろうか。婚姻欄の O‘Neilさんは別として、私には「市民」が読み飛ばしている Bennett, Carr, Coghillといった姓がアイルランド系とは思われないのだが。

 

出生欄冒頭の Bennett と Carr はジョイスがこの小説で不名誉な役回りの人物に与えた姓なのだが偶然だろうか。(ブログの39回

 

また、⑤は新聞では Playwood でなく Haywood、⑦は Carr でなく Cann となっている。ジョイスが活字を読み間違えたか、書き間違えたのか、あるいは、誤植か。

 

この小説『ユリシーズ』と『オデュッセイア』との対応では、「市民」は一つ目の巨人キュークロプスであり、第12章は「目が悪いこと」「見間違い」を一つのテーマにしている。だからジョイスはわざと間違えているのかもしれない。

 

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                  セント・アンズ・オン・シー  (Saint Anne’s on Sea) の桟橋

"St Annes Pier 3" by Bay Photographic is marked with CC BY-NC 2.0.

 

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