Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

118 (U3.34)

砲床からぽんと飛び降りると、視線を送る相手をまじまじと見つめ、

第118投。3ページ、34行目。

 

 He skipped off the gunrest and looked gravely at his watcher, gathering about his legs the loose folds of his gown. The plump shadowed face and sullen oval jowl recalled a prelate, patron of arts in the middle ages. A pleasant smile broke quietly over his lips.

 

 —The mockery of it! he said gaily. Your absurd name, an ancient Greek!

 

 砲床からぽんと飛び降りると、視線を送る相手をまじまじと見つめ、ガウンのゆったりした裾を両足にまとい寄せた。逆光の、ふくら顔、憮然とした下膨れの顔立ちが、芸術の庇護者たる中世の高僧を思わせた。愉快そうな笑みが口元にそっと弾けた。

 

 ―ばかげた話さ、と陽気にさけぶ、へんてこな名前だぜ、古代ギリシャ風。

 

 

第1章の冒頭のすぐ後の部分。小説の主人公スティーヴンの住むマーテロー塔(ブログの第36回で説明)の屋上にいるのは、彼の同居人バック・マリガンで、マリガンはスティーヴンに話しかけている。

 

gunrest - gravely - gathering - gown が頭韻となっている。gaily とGreekもか。

 

gunrest は、辞書で調べると「木造船の外部腰板、船べり, 舷縁」(wale at the top of the side of boat)。しかしここは「砲床」(火砲を据えて置く台)の意味とおもわれる。普通英語では“emplacement”,“gun platform”と呼ばれる。

 

下の写真は、小説の舞台となるサンディ・コーヴのマーテロ塔だが、中心の円形の高くなった所が砲床。

"The top of the tower" by janetmck is licensed under CC BY 2.0.

マーテロ―塔の断面図

File:Martello tower diagram.png - Wikimedia Commons

 

「ふっくらした」”plump" は、マリガンを描写する、小説の第1文とつながっている。彼は寝間着に黄色いガウンを着ている。

 

 Stately, plump Buck Mulligan came from the stairhead, bearing a bowl of lather on which a mirror and a razor lay crossed. A yellow dressinggown, ungirdled, was sustained gently behind him on the mild morning air. He held the bowl aloft and intoned: (U3.1-)

 

黄色と言えば、だいだいユダは黄色い衣装を着ている。

 

フラ・アンジェリコの描くユダ。

File:Fra Angelico, The Betrayal of Jesus, 1436-45, detail; Convent of San Marco, Florence (1).jpg - Wikimedia Commons

 

キリストを裏切るユダはキリストに接吻するのだが、スティーヴンに対面するマリガンには、ひょっとしたらこの場面が反映しているのかもしれない。

 

マリガンはスティーヴンの名前  ”Stephen Dedalus" をからかう。

 

Stephenは、初期キリスト教の指導者の1人、ステファノ(35年-36年頃没)に結びつく。ギリシャ語を話すユダヤ人で、ユダヤ教を批判し、神を冒涜する者として石打ちの刑を受け、キリスト教会最初の殉教者となった。

 

Dedalusは、ダイダロスDaedalus)ギリシア神話に出てくる伝説上の名工ダイダロスとは「巧みに技を凝らした」との意。クレタ島の迷宮を設計した。ミノス王の怒りにふれて迷宮に幽閉されたが、人工の翼をつくって、その子イカロスとともに脱出した。

 

ジョイスは神による世界の創造を、芸術家による作品の創造と並行的にとらえる。この世界に匹敵する精緻な作品である『ユリシーズ』の作者である自分の分身、スティーヴンに、たぐいまれな古の工匠の名前を与えた。

 

マリガンの風貌は 中世の芸術のパトロン ”a prelate, patron of arts in the middle ages” を彷彿とさせた。

 

Giffordの注釈は、アレクサンデル6世(Alexander Ⅵ、1431年 - 1503年)を例に挙げている。

 

 File:Pope Alexander Vi adj.JPG - Wikimedia Commons 

 

しかし、芸術のパトロンでふくら顔の教皇としては、レオ10世(Leo X, 1475年- 1521年)といった人もいる。prelate は、高位聖職者との意味で、教皇とも限らないので、誰のこととは特定はできない。

 

File:Cardinal Giovanni de' Medici.jpg - Wikimedia Commons

 

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