Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

36 (U10.315)

塔の中の薄暗い穹窿天井の居室で、

第36投。10ページ、315行。

 

 

 

In the gloomy domed livingroom of the tower Buck Mulligan’s gowned form moved briskly to and fro about the hearth, hiding and revealing its yellow glow. Two shafts of soft daylight fell across the flagged floor from the high barbacans: and at the meeting of their rays a cloud of coalsmoke and fumes of fried grease floated, turning.

 

 塔の中の薄暗い穹窿天井の居室で、バック・マリガンのガウン姿が暖炉のあたりをせわしなく行き来し、黄色い光が見え隠れする。高所の銃眼から二筋の柔らかい陽光が床の敷石に射す。光線の交点で石炭の煙の雲と脂を炒めた蒸気がたゆたい、渦巻く。

 

 

第1章。『ユリシーズ』は、後半の大胆な実験に気を取られて初めの方は読み飛ばしがち。しかしこんな目立たない一節も実に凝った美しい文章になっている。

 

gloomy domed livingroom Mulligan mの連続

hearth, hiding hの頭韻

yellow glow lowの脚韻

flagged floor from,  fumes fried floated    fの頭韻

cloud coalsmoke cの頭韻

 

第1章は朝の場面であり、光が主導的。この一節にも光が溢れる。

 

サンディコーヴのマーテロー塔。英国政府は民間人にこの塔を賃貸しており、ジョイスと、友人のオリバー・セント・ジョン・ゴガティが1904年にそこに住んでいた。

 

マーテロー塔は、19世紀始め、ナポレオン統治のフランスの侵攻から、英国およびその植民地の海岸線と戦略拠点を守るため、英国政府が、各地に築いた防御砦。

 

ユリシーズ』では、主人公のスティーヴンとゴガティをモデルにするバック・マリガンも、このマーテロー塔に住んでいる設定となっている、

 

現在マーテロー塔は「ジェイムス・ジョイスタワーと博物館」となっている。内部に再現された居室の写真は下の画像の通り。

 

ドーム dome とあるが、写真のとおり、日本語の「ドーム」のイメージである半球状の天井ではない。

 

辞書で調べてみると、domeに次の説明がある。

 In architecture, a cupola; a vault upon a plan circular or nearly so; a hemispherical or approximately hemispherical coving of a building.
(Century Dictionary and Cyclopedia)

 

dome にはカマボコ型の屋根、つまり vault の意味もあるようだ。vault の日本語は穹窿とされる。

 

barbacans も辞書で調べると、普通は「城などの楼門,橋楼」という意味だが、ここはそれでは意味が通らない。英語の辞書を検索すると、次の語義もあった。
An opening in the wall of a fortress, through which missiles were discharged upon an enemy.
(Webster's Revised Unabridged Dictionary)

だから銃眼とした。しかし写真で見る限り、これは銃眼ではなさそうだ。

 

塔の壁は曲線なので、窓から射し込む朝日は交差するのだろう。

 

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マーテロー塔(Martello Tower)

 "File:James Joyce Tower and Museum, living area (1).jpg" by Rrburke is licensed under CC BY-SA 4.0

 

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