Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

98 (U549.205)

潟湖及び高原沼沢の穏定性、熱帯、温帯、寒帯の色彩漸変、

 

第98投。549ページ、205行目。

 

its imperturbability in lagoons and highland tarns: its gradation of colours in the torrid and temperate and frigid zones: its vehicular ramifications in continental lakecontained streams and confluent oceanflowing rivers with their tributaries and transoceanic currents, gulfstream, north and south equatorial courses: its violence in seaquakes, waterspouts, Artesian wells, eruptions, torrents, eddies, freshets, spates, groundswells, watersheds, waterpartings, geysers, cataracts, whirlpools, maelstroms, inundations, deluges, cloudbursts:

 

潟湖及び高原沼沢の穏定性、熱帯、温帯、寒帯の色彩漸変、大陸湖中渓流、海流河川の支流との合流、跨海洋性海流、湾流、南北赤道経路における運搬性分岐、海震、水龍卷、自流井、火山爆発、洪流、渦流、洪水、喷水、地涌、分水岭、分水界,間歇泉、大瀑布、漩渦、大漩流 淹没、暴雨、雲爆における暴力性

 

 

第17章。この章は初めから終わりまで、質問と答えの形で書かれている。夜中の2時過ぎ、ブルーム氏はスティーヴンを自宅につれて帰り、台所でスティーヴンのためにココアを入れようと水道の蛇口をひねった。

 

”What in water did Bloom … admire?”  と、ブルーム氏の「水」の特性に対する認識への問に対し、43項目にわたって答えが延々と列記される。

 

ブログの第66回はそのおしまいの所だったがここは、その中間の部分。4つの特性について切り取った。

  • 穏定性  imperturbability
  • 色彩漸変 gradation of colours
  • 運搬性分岐 vehicular ramifications
  • 暴力性 violence

 

難しい単語を並べているので漢語を多用して訳してみた。

 

最後から4つの単語 maelstroms,  は、エドガー・アラン・ポーの短編小説「メエルシュトレエムに呑まれて」(A Descent into the Maelström, 1841年)に出てくる。メエルシュトレエムは、ノルウェーのロフォーテン諸島は、モスケン島周辺海域に存在する極めて強い潮流とそれが生み出す大渦潮。

 

ハリー・クラークの描く「メエルシュトレエムに呑まれて」の挿絵

Illustration for Edgar Allan Poe's story "Descent into the Maelstrom" by Harry Clarke (1919)

File:Maelstrom-Clarke rotated.jpg - Wikimedia Commons

 

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97 (U179.1219)

キルデア通りに連なる建物の角が穏やかな大気の向こうにくっきり見えた。

 

第97投。179ページ、1219行目。

 

 Kind air defined the coigns of houses in Kildare street. No birds. Frail from the housetops two plumes of smoke ascended, pluming, and in a flaw of softness softly were blown.

 Cease to strive. Peace of the druid priests of Cymbeline: hierophantic: from wide earth an altar.

 

   Laud we the gods

 And let our crooked smokes climb to their nostrils

 From our bless’d altars.

 

 キルデア通りに連なる建物の角が穏やかな大気の向こうにくっきり見えた。鳥はいない。屋根からほのかにふた筋の煙がふんわり立ち昇り、やわらかな風に、やんわりなびいた。

 争うのはやめよう。シンベリンのドルイド僧の平和。秘教の祭司。広い大地の祭壇より。

 

   神々を讃えよ

 渦巻く煙を神々の鼻に至るまで立ち昇らせよ

 われらの聖なる祭壇より。

 

第9章の終結部。スティーヴンが、同居の友人マリガンのあとにつづいて図書館から出てきたところ。

 

      

Map of the city of Dublin and its environs, constructed for Thom's Almanac and Official Directory(1898)

 

 

若い藝術家の肖像

 

ここの少し前に次の一節がある。

 The portico.

 Here I watched the birds for augury. Ængus of the birds. They go, they come. Last night I flew. Easily flew. Men wondered.(U173.1205-)

 

ティーヴンは、以前、この図書館の柱廊 (portico) で鳥占い (augury) のことを考えたことを思い出している。このことは『ユリシーズ』に先立つ時代を描いた『若い藝術家の肖像』の第5章にでてくる。今回のブログの箇所を理解するにはここを読むと参考になる。

 

あの鳥は何だろう?彼は図書館の石段にたたずんで鳥を眺めながら、トネリコのステッキにものうくよりかかっていた。鳥たちは、モールズワース通りの建物の突き出た肩角のまわりを、ぐるぐる飛びまわっている。三月下旬の夕暮れの空気は、鳥たちの飛翔をはっきりと目立たせていたし、わななきながら突進する黒いものの姿は、まるでくすんだ薄青のやわらかな布を背景にするように、空を背景にしてくっきりと飛んでいた。 (丸谷才一訳 集英社文庫、2014年)

What birds were they? He stood on the steps of the library to look at them, leaning wearily on his ashplant. They flew round and round the jutting shoulder of a house in Molesworth Street. The air of the late March evening made clear their flight, their dark darting quivering bodies flying clearly against the sky as against a limp-hung cloth of smoky tenuous blue.

 

ぼくはどうして車寄せの石段から上を見上げ、鳥たちの甲高い二重の叫びを聞き、彼らの飛ぶのを見まもっているのだろう? 吉凶を占うためか?

Why was he gazing upwards from the steps of the porch, hearing their shrill twofold cry, watching their flight? For an augury of good or evil?

 

頭上の柱廊は、古代の神殿のことを漠然と考えさせたし、ものうく寄りかかっているトネリコのステッキは、占い師の曲がった杖を思い起こさせた。

The colonnade above him made him think vaguely of an ancient temple and the ashplant on which he leaned wearily of the curved stick of an augur.

 

 

Kind air defined the coigns of houses

 

今回のブログの箇所の冒頭 “Kind air defined the coigns of houses” 

ティーヴンらしい詩的な表現だがどういう意味なのか難解。

 

まず、”coigns of houses” は建物の角のことのよう → American Heritage Dictionary

 

   

 

『若い藝術家の肖像』の一節にある「突き出た肩角」“the jutting shoulder” に対応するのではないかと思う。

 

それでは、”Kind air defined coigns of houses” とは?

“define” は、普通は「定義する」だが、「輪郭を明瞭に示す」の意味がある。

 

『若い藝術家の肖像』の一節「三月下旬の夕暮れの空気は、鳥たちの飛翔をはっきりと目立たせていた」“The air of the late March evening made clear their flight” をふまえると、「穏やかな大気ごしに建物の角がはっきり見えた」ということかと思う。

 

キルデア通りは、図書館の前の通り。現在その向こうがわにある建物の様子はこの通り。

Kildare Street, Dublin 2, DUBLIN - Buildings of Ireland

 

並んだ建物のファサードは、フラットな平面になっておらず、角がある。

煙突も見える。

 

鳥占い

鳥占い (augury) とは、

 

古代ローマで国家の重要ごとを決定するため行われた儀式で、特別に任命された卜占官が複雑な方式に従い、鳥の飛翔,鳴声,餌をついばみ方などを観察して神意を探った。

 

ティーヴンは、図書館のポーチで、古代ローマの神殿、鳥占いから、古代アイルランドドルイド僧のことを空想。連想はシェイクスピアの『シンベリン』の最終場面に登場する占い師に至る。またキルデア通りの建物の煙突から登る煙は、占い師の祭壇の煙につながる。シンベリンの占い師はドルイド僧ではなくて、ローマの占い師だが。

 

「争うのをやめよう」、とはマリガンと争うのをやめようとの内心の声だろう。『シンベリン』で、古代のブリタニアケルトの時代の英国)とローマ帝国が和解したように。しかし、その思いは今日実現しなかった。第14章の産院と第15章の夜の町の場面の間で2人は喧嘩をしたようだ。

 

 

煙突の煙 

”two plumes of smoke ascended, pluming” plume があえて重ねられる。

”in a flaw of softness softly were blown.”   soft も重ねる。


”plume” には、①長い羽毛、羽飾り  ②煙や雲の柱 の意味がある。②は①からの派生。この小説ではどちらの意味でも使われている。どうも大事な単語としで意識的に使われている気がする。

 

面白いので②の煙の例をみてみよう。

 

第1章.『ハムレット』を不思議な物語といったイングランド人ハインズが眺める地平線、郵便船から立ち上る煙。

 

 ―It's a wonderful tale, Haines said, bringing them to halt again.

 Eyes, pale as the sea the wind had freshened, paler, firm and prudent. The seas' ruler, he gazed southward over the bay, empty save for the smokeplume of the mailboat vague· on the bright skyline and a sail tacking by the Muglins.

(U16.575)

 

第4章.台所で妻の紅茶をいれるため湯をわかすブルーム氏。ティーポットの口から蒸気が一筋立ち昇る。

 

On the boil sure enough: a plume of steam from the spout.

(U51.271)

 

第8章.オコンネル橋に差しかかったブルーム氏。イングランド向け黒ビールの荷船から立ち上る綿毛のような煙。

 

As he set foot on O'Connell bridge a puffball of smoke plumed up from the parapet. Brewery barge with export stout. England.

(U125.44)

 

第11章.ジェームズキャヴァナーのワインルームで葉巻を吸う副執行官ジョン・ファニングの口から一筋の煙が昇る。

 

Long John Fanning blew a plume of smoke from his lips.

(U203.113)

 

第15章.ミイラ風にくるまれたブルーム氏が崖から海へ落下。沖合を航行する観光船エリンズ・キング号がはき出す煙が広がる。

 

 THE DUMMYMUMMY:Bbbbblllllblblblblobschb!

 (Far out in the bay between Bailey and Kish lights the Erin's King sails, sending a broadening plume of coalsmoke from her funnel towards the land.)

(U449.3383)

 

立のぼる煙の柱は、イングランドおよび支配者に縁があるようだ。紅茶はイングランドのものだし、第90回で見た通り、エリンズ・キング号はリヴァプール製の船だから。

 

 

        


             アイルランド国立図書館の柱廊

File:Dublino, national library of ireland, 01.jpg - Wikimedia Commons

 

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96 (U629.972)

あれはきっと人がつけたあだ名ね

第96投。629ページ972行目。

 

I suppose the people gave him that nickname going about with his tube from one woman to another I couldnt even change my new white shoes all ruined with the saltwater and the hat I had with that feather all blowy and tossed on me how annoying and provoking because the smell of the sea excited me of course the sardines and the bream in Catalan bay round the back of the rock they were fine all silver in the fishermens baskets old Luigi near a hundred they said came from Genoa

あれはきっと人がつけたあだ名ね管をもって女から女へ渡り歩いたわけ塩水でだめになった白い靴を変えることもできなかったし風が強くでわたしの帽子の羽がふわふら揺れていらいらむしゃくしゃ潮の香りのせいもちろんイワシやタイも岩山の向こうあたりのカタラン湾できらきらぴちぴちルイジじいさんの魚カゴのなか歳は100近くで、ジェノバの出らしい

 

第18章。最終章。ブルーム氏の妻のモリ―の寝床での心中。ピリオドもコンマもない単語の長大な連なり、8つでできている。ここはその6つ目のなかの一節。

 

モリーがニックネームではないか、といっているのは、ポール・ド・コック(Charles-Paul de Kock, 1793 – 1871)のことで、フランスの作家。パリの生活を描いた小説は19世紀ヨーロッパで大変な人気を博した。英国でも「英国で最もよく知られるフランスの作家はポール・ド・コック氏である」といわれるほど人気があった。

 

モリーは第4章、朝の場面で、ブルーム氏に、ポール・ド・コックの本を借りてきてほしいと言っている。

 

 —Did you finish it? he asked.

 —Yes, she said. There’s nothing smutty in it. Is she in love with the first fellow all the time?

 —Never read it. Do you want another?

 —Yes. Get another of Paul de Kock’s. Nice name he has. (U53.358)

 

Kockはcockに通じて、cock は英語のスラングで男性器を意味する。それでモリーは通俗小説を書くポール・ド・コックはペンネームと思った。わたしもそう思っていた。しかし、バイオグラフィーをみると彼の父親の姓もド・コックなので本名である。

 

そのあと、なぜか、モリーは生まれ故郷のジブラルタルのことを回想している。

 

カタラン湾(Catalan bay)はジブラルタルの東岸の湾。ジブラルタル半島の真ん中にはザ・ロックとよばれる大きな岩山がある。ジブラルタルの市街地は半島の西側にあり半島の東側は急な崖となっている。“round the back of the rock” とあるのは市街から見てカタラン湾は裏にあるいうこと。

 

                           

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Map_of_Gibraltar_-_Places_mentioned_in_Simon_Susarte_episode_-_Adapted_from_W.H._Smyth_1831.jpg

 

カタラン湾とはカタルーニャ人の湾との意味になるが、1704年のスペイン継承戦争ジブラルタルを占領した英国、オランダ軍を支援したカタルーニャの軍人ここに定住したことからこの名があるという。

 

また17世紀から18世紀にかけて、イタリアのジェノヴァの漁師がこの湾に移住し漁業をしていた。ルイジ爺さんはジェノヴァの出というのはそういう背景。

 

                         

"Catalan Bay" by VisitGibraltar.gi is licensed under CC BY 2.0.

95 (U269.1314)

そんで、やつはパイントをぐっと飲み干した。

 

第95投。269ページ、1314行目。

 

 And he took the last swig out of the pint. Moya. All wind and piss like a tanyard cat. Cows in Connacht have long horns. As much as his bloody life is worth to go down and address his tall talk to the assembled multitude in Shanagolden where he daren’t show his nose with the Molly Maguires looking for him to let daylight through him for grabbing the holding of an evicted tenant.

 

 —Hear, hear to that, says John Wyse. What will you have?

 —An imperial yeomanry, says Lenehan, to celebrate the occasion.

 —Half one, Terry, says John Wyse, and a hands up. Terry! Are you asleep?

 —Yes, sir, says Terry. Small whisky and bottle of Allsop. Right, sir.

 

 

 そんで、やつはパイントをぐっと飲み干した。そんなアホな。牛の小便、馬の糞。あってもなくても猫の尻尾みたいな放言高論。狸の睾丸嘘八畳敷き。シャナゴールデンに集まった群衆の所へ出かけていって気炎を吐くような危ねえまねをする気はねえだろうがね、立ち退き食らった借地人の資産を横取りしたからって、やつのどてっ腹に風穴をあけようと狙っているモリー・マクガイア団の前に面を出すようなもんだから。

 

 ―傾聴、傾聴、とジョン・ワイズ。何を飲む。

 ―帝国義勇兵をひとつ、とレネハン、この日を祝して。

 ―ハーフひとつ、テリー、とジョン・ワイズ。それと挙手ひとつ、テリー寝てるのか。

 ―はいよ、とテリー。ウィスキー小とオールソップ一本だね。ただいま。

 

第12章。酒場バーニーキアナンで、「市民」というあだ名のナショナリストと客が会話している。レネハン(フリーのスポーツ新聞の記者)とジョン・ワイズ・ノーラン(どういう職業の人かわからない)が連れ立ってやってきたところ。テリーはバーテン。

 

彼らは、かつては世界に冠たる一等国だったアイルランドが落ちぶれていることを嘆く。「市民」は今ひとたびアイルランドの港を軍艦でいっぱいにするんだと息巻いた。その直後の場面。

 

ビールを飲みほしたのは「市民」。この章の謎の語り手が「市民」の大げさな発言を揶揄している。その内心のコメントはほかの人物に聞こえていない。ダッシュ ”ー” 以下は会話となる。

 

語り手はたいへんな口語体の使い手で、ここの読解はすごく面白いのだが、結局のところ意味が十分わからないのが残念。

 

 

Moya

”Moya” ゲール語の “Mar dhea” から来ている。“moryah”ともつづる。 “as were it”, “as if” の意味で「まさか(仮のはなしだよね)」。アイルランド英語の特徴的フレーズ。懐疑的な間投詞で、疑問、反対、嘲笑を投げかけるために使われるという。

 

All wind and piss like a tanyard cat

“All wind and piss” とはなにか。“piss in the wind” という言い方もあり「中身のない話、無駄話」。これと同じではないか。向かい風に小便をするような甲斐のないことということ。「屁と小便」ではない気がする。

 

牛溲馬勃(ぎゅうしゅうばぼつ、「牛の小便、馬の糞」) という熟語があって、価値のないもの、役に立たないもののたとえ。これを訳にあてた。

 

続いて、“a tanyard cat” がわからない。検索すると “big dog of the tanyard”「皮なめし工場の大きな犬」というスラングがあり、”an important or influential person or thing” 「重要な、影響力のある人または物」とのこと。由来はわからない。

 

しかし、驚くべきことに、犬の糞が皮なめし工場の原材料であるということが分かった。

 

19世紀まで、いや正確には第一次大戦まで、犬糞は皮なめし業の貴重な原材料だったから、街に落ちているのを血眼で拾ってあるく「犬糞屋」という小商いが存在していたのだ。

鹿島茂「「お犬さま」商売の繁盛」、『パリの秘密』(中公文庫、2010年)

 

それで「皮なめし工場の犬」は「重要」との意味になったのではないかと推測。語り手は、「皮なめし工場の猫」を「役に立たないこと、重要でないこと」との意味で言っているのではないか。

 

ブログで何度かふれたように、柳瀬尚紀さんは、第12章の語り手は「犬」であるとの説を述べておられる。(『ジェイムズ・ジョイスの謎を解く』 岩波新書、1996年)もし上の読みが正しければ、ここは犬説のサポート材料になる。語り手はわざわざ犬が出てくる言い回しをもじって、悪い意味で猫を使っているのだから。

 

コノートの牛の角は長い

“Cows in Connacht have long horns.”  「コノートの牛の角は長い」(コノートはアイルランドの北西部に位置する州)は "Far away cows have long horns"「遠方の牛の角は長い」 と同じで「大げさな話をする」との意味と思われる。

 

モリーマグワイア

シャナゴールデン “Shanagolden” 、はアイルランド南部、マンスター州リメリック郡にある小村。何か歴史的に有名な事件があったわけでもなく、なぜここにでてくるのか分からない。

 

モリーマグワイア ”Molly Maguires” は、18世紀初頭に結成されたアイルランドの秘密結社。地主に対する、農民の抵抗活動、例えば土地からの小作農の追い出しに対する対抗などを組織した。後に同じ名前の結社はアメリカにあらわれ、鉱山所有者たちの搾取に対し暴力的手段を用いて対抗したことで有名となる。

 

“as much as (one's) life is worth to do …” は、「…することは危険、リスクがある」という意味。それが命にかかわる、という意味からだろう。

 

「市民」は反地主、反プロテスタントの立場だろうが、なぜモリーマグワイアズに狙われるようなことをしているのか、分からない。

 

帝国義勇兵

ジョン・ワイズ・ノーランが注文をさそう。パブのルールでは、さそった人がおごることになっている。ノーランが聞いて、レネハンが注文している。

 

なぜ、帝国義勇兵というと、酒の注文になるのか。それが何の酒か、という問題。テリーのセリフからいうとノーランが頼んだのはウィスキーとオールソップというビール。そのどちらを意味するのか。

 

帝国義勇兵 “imperial yeomanry” とは。イギリス陸軍の義勇騎兵隊で、主に第二次ボーア戦争 (1899 - 1902。小説の現在である1904年の直近の英国の戦争) で活躍。アイルランドでも募集されたという。中流階級とヨーマンから募集された。ヨーマン”yeoman“とは、14世紀半ば以降に現れた独立自営農民。16世紀以降は,ジェントリと零細農民の間の中産的生産者を指したが、18世紀半ばごろから土地買収などにより,都市または農村の労働者に転落したという。

 

さんざん検索してみたところ、下のマッチ立てが見つかった。これは、アッシャーズ・オールド・ヴァッテド・グレンリヴェットUsher's Old Vatted Glenlivet)というウィスキーのノべルティーである。これに、負傷した英国のボーア戦争兵士が描かれている。

 

書かれている詩はイギリスの小説家、詩人ジョゼフ・ラドヤード・キップリング (Joseph Rudyard Kipling, 1865 - 1936) の「心うつけし物乞い」(The Absent-Minded Beggar)。これは第二次ボーア戦争で戦う兵士とその家族のために資金の募金のため、デイリーメール紙の求めで1899年に書かれた。このマッチ立てはそのキャンペーンにかかわるものかもしれない。

 

つまり帝国義勇兵とはウィスキーを意味した。きっとパブのカウンターにもこのマッチ立てがころがっていたのだろう。

 

 

          


集英社文庫版の『ユリシーズ』の注釈では、帝国義勇兵は「アルコールで勇気を鼓舞して出撃したとのそしりがあることから、おれも酒が欲しいとの意になる」(Gifford·の注釈と同じ)とあるが、このグッズをみれば、私の説が正しいと思う。

 

レネハンは、このブログの第47回にもあった通り、いつもおごってもらっている人である。厚かましくも、値段の高いウイスキーをたのんだのだが、ノーランはハーフにけちった。アイルランドのシングルは35.5 mlとのことでハーフはその半分になる。おそらくウィスキーのハーフが、ノーランの頼んだビール小瓶1本と同じくらいの値段だったのではないか。自分が飲むものより高いものを人におごらないだろうから。

 

A hands up

 

ということで、ジョン・ワイズが飲むのが、オールソップ ”Allsopp” 。歴史ある英国のビールで、1935年にいったん消滅したが、2017年に復活した。赤い手のトレードマークで知られる。ノーランが “a hands up” と言っているのは、オールソップビ―ルを表している。

 

           

                       

 

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94 (U382.1120)

ブルーム:(身震いし、縮こまり、両手を組み合わす。卑屈な物腰で。)

 

第94投。382ページ、1120行目。

 

 BLOOM: (Shuddering, shrinking, joins his hands: with hangdog mien.) O cold! O shivery! It was your ambrosial beauty. Forget, forgive. Kismet. Let me off this once. (He offers the other cheek.)

 

 MRS YELVERTON BARRY: (Severely.) Don’t do so on any account, Mrs Talboys! He should be soundly trounced!

 

 THE HONOURABLE MRS MERVYN TALBOYS: (Unbuttoning her gauntlet violently.) I’ll do no such thing. Pigdog and always was ever since he was pupped! To dare address me! I’ll flog him black and blue in the public streets. I’ll dig my spurs in him up to the rowel. He is a wellknown cuckold. (She swishes her huntingcrop savagely in the air.) Take down his trousers without loss of time. Come here, sir! Quick! Ready?

 

 BLOOM: (Trembling, beginning to obey.) The weather has been so warm. 

 

 

 ブルーム:(身震いし、縮こまり、両手を組み合わす。卑屈な物腰で。)ああ寒い。震える。貴方の神々しい美貌のせい。忘れて。許して。これも宿命か。でも今度ばかりは見逃して。(もう一方の頬を差し出す)

 

 ミセス・イェルバートン・バリー:(厳しく。)絶対に許さないで。ミセス・トールボイズ。うんと懲らしめて。

 

 ミセス・マーヴィン・トールボイズ閣下:(長手袋のボタンを勢いよく外し。)もちろん。生まれついての豚犬め。この私に言い寄るとは。表通りで青あざができるまで鞭で打ってやる。拍車の歯がめり込むほど蹴ってやる。天下の寝取られ男。(狩猟用の鞭をひゅっと荒っぽく鳴らす)今すぐズボンを脱がせて。こっちよ、あなた、早く。いいかい。

 

 ブルーム:(震えながら、従う動作。)このところとっても暖かくなってきましたし。

 

 

 

第15章。幻想と現実が交錯する。ブログの第87回のところで、夜警に尋問されたことをきっかけにブルーム氏の裁判が始まる。それに続く一場面。3人の上流婦人、ミセス・イェルバートン・バリー、ミセス・べリンガム、ミセス・マーヴィン・トールボイズが、ブルーム氏から卑猥な手紙を送られたことなどを告発する。

 

ブルーム氏が実際にそのようなことをしたわけでなく彼の深層心理が幻想場面に表れているのだろう。

 

ミセス・マーヴィン・トールボイズ閣下はこのようないで立ち。

 

 THE HONOURABLE MRS MERVYN TALBOYS: (In amazon costume, hard hat, jackboots cockspurred, vermilion waistcoat, fawn musketeer gauntlets with braided drums, long train held up and hunting crop with which she strikes her welt constantly.) …

(U381.1058)

 

アマゾンというはギリシア伝説で,黒海沿岸あたりに住むとされた女戦士の種族のことで、これにちなんで女性の狩猟用乗馬服amazon costume と呼ばれる。シルクハットに、拍車付ブーツ、長手袋、長い裾、狩猟用鞭

 

ネット上の辞書(https://www.finedictionary.com/)で amazon を検索すると下の画像が得られた。これはフランスのイラストレーター、ジョルジュ・バルビエ(George Barbier、1882 - 1932)のファッションプレート、「今日のモードと着こなし」 Modes et Manières d'Aujourd'hui(1922)の一葉。なんと、これがまさにミセス・マーヴィン・トールボイズの衣装と一致する。

 

             

 

この場面はわからないことが多い。

 

まず、なぜブルーム氏が寒がっているのか。小説の今は6月。

 

”Kismet” はオスマントルコ語に由来し「宿命、運命」の意。この小説に何回か出てくる。なぜブルーム氏がここで使うのかよくわからない。

 

彼が、頬を差しだすのは、「マタイ伝」(第5章39節)に基づく。

「されど我は汝らに告ぐ、惡しき者に抵抗ふな。人もし汝の右の頬をうたば、左をも向けよ。」

“But I say unto you, That ye resist not evil: but whosoever shall smite thee on thy right cheek, turn to him the other also.”

 

”pigdog” はスラングで「卑しむべき人物」 “A contemptible or worthless person”.

 

ブルーム氏が、さっきは寒いといっていたのに「お天気はこのところとても暖かい」といいだすのもよくわからない。ズボンを脱ぐのがいやということだろうか。

 

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93 (U331.773)

いやまったく横道にそれますが。

 

第93投。331ページ、773行目。

 

But indeed, sir, I wander from the point. How mingled and imperfect are all our sublunary joys. Maledicity! he exclaimed in anguish. Would to God that foresight had but remembered me to take my cloak along! I could weep to think of it. Then, though it had poured seven showers, we were neither of us a penny the worse. But beshrew me, he cried, clapping hand to his forehead, tomorrow will be a new day and, thousand thunders, I know of a marchand de capotes, Monsieur Poyntz, from whom I can have for a livre as snug a cloak of the French fashion as ever kept a lady from wetting.

 

いやまったく横道にそれますが。この世の喜びとはなんと不純にして不全なのでせう。烏滸なるべし、悔恨のあまり声をあげ、もし先見の明あらばわが外套を携帯せしものを。思うだにうち嘆かれる。さらば我ら七度雨に降られやうと微塵も濡れざらまし。愚かなるかな、額を手で打ち声高に、覆水盆に返らず、雷様よ、ムッシュー・ポインツなる舶来雨具商を知りたる故、淑女を雨より守る按配至極のフランス風外套をば1ルーブルにて購い得たものを。

 

第14章。舞台は、国立産科病院の談話室。スティーヴンとブルーム氏、医学生らが飲食し談笑している。スティーヴンの同居人マリガンは、マリンガ―からダブリンに帰ってきた友人アレック・バノン(Alec Bannon)と道で会い、いっしょにここへ入って来た。そのバノンの発言の一節。

 

第14章は、過去から現在に至る英語散文の文体史を文体模写でなぞる趣向となっている。この箇所は、長編小説『紳士トリストラム・シャンディの生涯と意見』で有名な18世紀英国の小説家ローレンス・スターン(Laurence Sterne, 1713 - 1768)の作品『センチメンタル・ジャーニーA Sentimental Journey through France and Italy(1768年)の文体のパロディという。これは、何度かフランスを旅をした作者の見聞をもとにした紀行文。

 

ブルーム氏の娘のミリーは15歳になったばかりだが、ウェストミーズ州(Westmeath)のマリンガ―(Mullingar) の写真館に住み込みで働いている。そしてバノンはミリーと付き合っている。

 

ティーヴンと同居のヘインズとマラカイ・マリガンの会話

 

 —Is the brother with you, Malachi?

 —Down in Westmeath. With the Bannons.

 —Still there? I got a card from Bannon. Says he found a sweet young thing down there. Photo girl he calls her.

 —Snapshot, eh? Brief exposure.

(U18.682)

 

ブルーム氏宛てのミリーの手紙の一節。

 

There is a young student comes here some evenings named Bannon his cousins or something are big swells・・・

(U54,407)

 

"Maledicity!" という語は調べたが分からない。"maledict" は、「危害を願う、呪われている」という意味なので、「呪われよ」“Curse it!” というくらいの意味か。

 

"Wóuld to God that …”  は文語文で「…であればなあ(if only)」。

 

"cloak" はマント、外套だが、ここはコンドームのことを遠回しに指している。

 

"Tomorrow is another day." は「明日は明日の風が吹く」だが「起こったことを後悔をしても仕方ない」との意味かと。覆水盆に返らずと訳した。

 

”thousand thunders” も辞書に載っていない。“by thunder!” とおなじで「まあ!、本当に!、まったく!、こん畜生」という感じかと。現在外は雷雨のようなので、雷が鳴ったのかもしれない。

 

"capote" はフランス語。①フード付きの軍用コート.②コンドーム、の意味がある。先の cloak とおなじく、裏の意味としてコンドームを指している。

 

知られているように、コンドームのことをイギリスでは「フランスの手紙」”French letter” といい、フランスでは「イギリスのコート」"capote anglaise"という。

 

この一節は、結局、「バノンが、コンドームを持ってたらミリーと関係を持てたのに、持っていなくて残念だったと悔やんでいる」ということを言っていると思われる。

 

ブルーム氏はここに同席しているが、この男がバノンで、つきあっているのが自分の娘であることに気づいていない。

 

さて、スターンの文章とはどういうもののか。『センチメンタル・ジャーニー』をパラパラ見てみた。下の一節など、本ブログの箇所に雰囲気が最も近そう。

 

さて僧侶やソルボンヌの博士たちがこの橋に對して難じ得る最大の缺點とはつぎのようなことである、パリーの内外にほんのさっと風が吹きすぎてさえ、この橋上では、全市のいかなる風の通い路でより一そう神をおそれぬ口調で、sacre dieu (えい、こん 畜生め!) と罵聲が發せられる ― いや、先生方がそう仰せられるのもご尤も至極なこと、garde d’eau (水にご用心!) との挨拶もなしに風は眞向から吹きつける、それも全く思いもかけずぱっと吹きつける。そこで、たまたま帽子をかぶってこの橋を渡るような者は、二リーヴル半ば充分する帽子を危險にさらさずにすむのは五十人に一人もない。

スターン「斷款 パリー」『センチメンタル・ジャーニー松村達雄訳(岩波文庫、1952年)

 

The worst fault which divines and the doctors of the Sorbonne can allege against it is, that if there is but a capfull of wind in or about Paris, ’tis more blasphemously sacre Dieu’d there than in any other aperture of the whole city,—and with reason good and cogent, Messieurs; for it comes against you without crying garde d’eau, and with such unpremeditable puffs, that of the few who cross it with their hats on, not one in fifty but hazards two livres and a half, which is its full worth.

Laurence Sterne, THE FRAGMENT PARIS, A Sentimental Journey through France and Italy

 

フランスの紀行なので、フランス語を交えるところは似ている。今回のブログの箇所にでてくる特殊ないい回しをスターンの作品中に検索してみたが、ほとんど使われていない。語彙や文体などはそれほど似ていないように思う。

 

岩波文庫の訳者解説にこうあった。

 

「最後にスターンの獨自性は何よりその文體に表れている。・・・外界の事物が人間の心理に投ずる微妙な陰翳や屈折に直接的であり親近であろうとするその表現は、非常に暗示的で、内面的な流動性に富んでいる。そしてこれが外形的にはおびただしいダッシュの使用、ピリオドの節約、會話體と地の文の融合など、獨自の文體となっている。」

 

会話文にダッシュを使用することや、会話と地の文の融合は、ジョイスの小説一般に共通する手法なので、これはスターンの影響があるのかもしれない。

  

       

          ローレンス・スターン(Laurence Sterne)

Joseph Nollekens | Laurence Sterne (1713–1768) | British | The Metropolitan Museum of Art (metmuseum.org)

 

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92 (U522.929)

男が周囲の状況を確かめる動作をしながら立ち上がった時、

 

第92投。522ページ、929行目。

 

While he was in the act of getting his bearings Mr Bloom who noticed when he stood up that he had two flasks of presumably ship’s rum sticking one out of each pocket for the private consumption of his burning interior, saw him produce a bottle and uncork it or unscrew and, applying its nozzle to his lips, take a good old delectable swig out of it with a gurgling noise. The irrepressible Bloom, who also had a shrewd suspicion that the old stager went out on a manœuvre after the counterattraction in the shape of a female who however had disappeared to all intents and purposes, could by straining just perceive him, when duly refreshed by his rum puncheon exploit, gaping up at the piers and girders of the Loop line rather out of his depth as of course it was all radically altered since his last visit and greatly improved.

 

 

男が周囲の状況を確かめる動作をしながら立ち上がった時、推定されるところでは船舶用のラム酒の瓶が二つ両ポケットから飛び出しておりそれは胃の腑の渇きを癒す私的な消費のため保有されていたものだが、それらに目を止めたブルーム氏は男が瓶を取り出して栓を抜くか捻るかし瓶の口に唇をあて、大層美味なのをごくりとやるのを見た。ブルーム氏は、その老練な男が女の姿をした反対方向からの誘引を追って、屋外へと作戦を展開したのではないかと、鋭敏な疑いを禁じえなかったが、女の影はいかなる点からみても消失してしおり、目を凝らしてようやく知覚し得たのは、男がラム一樽を飲み尽くし、すっかり活気を得て鉄道ループ線の橋脚と主桁をあっけに取られて見上げる姿であったが、それは男の理解をすっかり超えるものだった、というのも最後にここに来た時からそれは根本的に姿を変え、大幅に改良されていたからである。

 

第16章。真夜中。娼館を後にしたブルーム氏はスティーヴンを介抱するため馭者溜りへとやってくる。そこでマーフィーと名乗る船乗りの話を聞いている。船乗りがおもむろに席を立った場面。

 

第16章は悪文で書かれているが、ここも驚くほど読みにくい文章となっている。こんな小説ってあるだろうか。

 

常套句や外来語の無理な使用。接続詞や関係代名詞を多用して構文を複雑にしながら、節や句を挟んで主語と動詞の続きがわかりにくくなっている。単語を重ねる割に描写は曖昧で像はぼやけてしまう。

 

船舶用ラム酒 "ship’s rum" とあるのは、英国海軍が軍艦に積載して乗員に配給したラム酒のことと思われる。英国海軍とラム酒についての記事の概略は次の通り。

 

  • もともと英国軍艦には水が積まれていたが、長期保存に難があった。
  • そのため、水の代わりにビールやワインが、積まれるようになった。
  • さらには長期保存や調達の観点からブランデーのような蒸留酒が用いられた。
  • 1655年英国がジャマイカをスペインから攻略後、ジャマイカ産のラム酒を搭載し船員に配給するようになった。
  • 1740年には1/2パイントのラム酒と水を 1対4 の割合に薄め1日2回に分けて配給する事になった。)この飲み物はグロッグ“Grog” と呼ばれた。)
  • その後希釈割合や支給量は変化があった。
  • 英国海軍では1970年までグロッグが(ただし士官にはラムのまま)配給された。

 

船乗りは今朝11時にイングランド、ブリッジウオーターから煉瓦を運ぶ、ローズヴィーン号で入港したという。もちろん嘘かもしれないが。

 

 —We come up this morning eleven o’clock. The threemaster Rosevean from Bridgwater with bricks. I shipped to get over. Paid off this afternoon. There’s my discharge. See? D. B. Murphy. A. B. S.

(U511.450-)

 

彼が乗っていたのは海軍の船ではない。普通の船でもラム酒が支給されていたのか、軍から横流しの酒を保有していたということなのか、私の調べでは不明。

 

船乗りが追いかけていったと、ブルーム氏が思った女、とはしばらく前のところで、馭者溜まりをのぞき込んだ麦わら帽子の街娼であろうと思われる。

 

The face of a streetwalker glazed and haggard under a black straw hat peered askew round the door of the shelter palpably reconnoitring on her own with the object of bringing more grist to her mill.

(U517.704-)

 

“manœuvre” はフランス語由来の単語で、軍事用語として「軍隊・艦隊などの機動作戦, 戦術的展開」との意味がある。船乗りの動作なので船にまつわる用語を使って描写している。

 

船乗りが見上げたループ線とは、馭者溜まりの上を走る鉄道の高架橋、ループライン橋   the Loop Line Bridge

 

下の写真で、馭者溜まりは向こう岸の橋の下にあった。右端は税関の建物。

 

File:Loop line (Liffey) viaduct, Dublin - geograph.org.uk - 1754871.jpg - Wikimedia Commons

 

ループライン橋はリフィー川南岸のウェストランド・ロウ駅 Westland Raw Station (現Pearse Railway Station)と北岸のアミアンズ・ストリート駅 Amiens Street Station (現Connolly Station)の間を高架化して結んだ際、1889年から1891年にかけて建設された。

 

 

1908年出版の地図(Eason's new plan of Dublin and suburbs / Eason & Son, Ltd.)南北の駅を結んでいるのがループ線印のところに馭者溜まりがあった。

 

       

 

1883年出版の地図(Plan of the city of Dublin. Letts's popular atlas. Letts, Son & Co. Limited, London. )では駅はつながっていない。

 

       

 

彼が前にここに来たのは、1891年以前で、まだこの橋がなかったので、驚いているのだろう。彼は航海に出て7年女房に会ってないと言っている。(U510.421) 小説の現在は1904年であり、つじつまは合わない。

 

建設中から、この橋は、市の中心からのカスタムハウス(税関)の壮麗な眺めを損なうとして批判にさらされた。

 

       

       1930年代のループライン橋ごしのカスタムハウスのながめ

 

船乗りの見上げる、“pier” は「橋脚」、“girder” は「主桁」ー橋の側面に渡された部分を言う。→ 橋梁の構造と種類について

 

    

 

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