Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

59 (U23.161)

もうこの世にいない、アヴェロエスもモーゼス・マイモニデスも

 

第59投。23ページ、161行目。

 

Gone too from the world, Averroes and Moses Maimonides, dark men in mien and movement, flashing in their mocking mirrors the obscure soul of the world, a darkness shining in brightness which brightness could not comprehend.

 

 —Do you understand now? Can you work the second for yourself?

 

 —Yes, sir.

 

もうこの世にいない、アヴェロエスもモーゼス・マイモニデスも、その姿と行い冥々たる者ら、びっくり鏡に模糊とした世界霊魂を閃かす、暗黒が光中に輝く、光が悟らざる暗黒が。

 

 ―もうわかったかい。二問目は自分でできるね。

 

 ―はい、先生。

 

 

第2章。朝の10時ごろ。スティーヴンは私立学校で教員をしている。いま生徒の算数の宿題をみているところ。ここはスティーヴンの哲学的な夢想と生徒との会話。

 

アヴェロエス(1126年―1198年)は、中世スペインのコルドバ生まれのアラブ人の哲学者、医学者で、イブン・ルシュドのラテン名。膨大なアリストテレス注釈を書いたことで知られる。

 

モーゼス・マイモニデス(1135年 - 1204年)は、アヴェロエスと同時代、同じくスペインのコルドバの生まれのユダヤ神学者、哲学者、医学者。アリストテレスの哲学によってユダヤ教神学の合理的基礎づけを試みた。

 

ティーヴンは宿題の数字をみていて、数学はアラビアで発達してヨーロッパの数学に影響をあたえたことから、アラブ人のアヴェロエスと同時代のマイモニデスを思い浮かべたのだろう。

 

ティーヴンはイエズス会系の学校の教育を受けたことから、アリストテレスの哲学とトマス・アクィナス(1225年頃 - 1274年)の神学に通じている。アヴェロエスとマイモニデスはそのアリストテレスとトマスをつなぐ位置の思想家となる。

 

“soul of the world” は「世界霊魂」。宇宙は全体としてひとつの魂を有する生きものであり、その魂は宇宙に遍在する原理的なものとなっているという考え、とのこと。

 

世界霊魂はプラトンに由来し、ネオプラトニズムに用いられた概念で、アヴェロエスとマイモニデスもその影響下にあった。一方アリストテレスの学説やトマスの神学とは相容れない。スティーヴンはアリストテレス・トマスの学徒なので、世界霊魂につてはいかがわしいものととらえているのだろう。

 

“mocking mirrors”というのが何かわからない。Moses Maimonides に押し出されて、men, mien, movement, の頭韻から mocking mirrorsがでてきたのだ。mock とは「まねてあざける」「まねてばかにする」という意味なのだが。遊園地などにある、表面が湾曲していて姿がゆがんで映る鏡、のようなものではないか。

 

これは第15章にもう一回でてくる。

The hours of noon follow in amber gold. Laughing, linked, high haircombs flashing, they catch the sun in mocking mirrors, lifting their arms.(U470.4058)

 

 

“a darkness shining in brightness which brightness could not comprehend” は聖書のヨハネ伝の句(1.5)を逆転したもの。

「光は暗黒に照る、而して暗黒は之を悟らざりき。」

“And the light shineth in darkness, and the darkness did not comprehend it.”

 

ティーヴンはこの日、類似のイメージを何回か思考する。

 

今回の箇所の少し前のところ。

Fed and feeding brains about me: under glowlamps, impaled, with faintly beating feelers: and in my mind’s darkness a sloth of the underworld, reluctant, shy of brightness, shifting her dragon scaly folds. Thought is the thought of thought. Tranquil brightness. The soul is in a manner all that is: the soul is the form of forms. Tranquility sudden, vast, candescent: form of forms.(U21.73-)

 

第3章。海辺でのスティーヴンの思考。

His shadow lay over the rocks as he bent, ending. Why not endless till the farthest star? Darkly they are there behind this light, darkness shining in the brightness, delta of Cassiopeia, worlds.(U40.410)

 

第10章、宝石屋の前でのスティーヴンの思考。ここは逆転していないが。

Born all in the dark wormy earth, cold specks of fire, evil, lights shining in the darkness. Where fallen archangels flung the stars of their brows. Muddy swinesnouts, hands, root and root, gripe and wrest them.(U198.806)

 

アヴェロエスとマイモニデスも、この小説に何回か顔を出す。

 

第16章。産科医院にて、スティーヴンが妊娠の原因についての学説を紹介して、

Then spake young Stephen …  peradventure in her bath according to the opinions of Averroes and Moses Maimonides.(U319.247)

 

 

第15章の幻想場面。ユダヤ人を父に持つブルーム氏が真似る歴史上の有名人のリストにおいて、

(Bloom … contracts his face so as to resemble many historical personages, Lord Beaconsfield, Lord Byron, Wat Tyler, Moses of Egypt, Moses Maimonides, Moses Mendelssohn, Henry Irving, Rip van Winkle, Kossuth, Jean Jacques Rousseau, Baron Leopold Rothschild, Robinson Crusoe, Sherlock Holmes, Pasteur,….)(U404.1846)

 

 

第17章。ブルーム氏が挙げる史上で高名な人物の一人として、

Three seekers of the pure truth, Moses of Egypt, Moses Maimonides, author of More Nebukim (Guide of the Perplexed) and Moses Mendelssohn of such eminence that from Moses (of Egypt) to Moses (Mendelssohn) there arose none like Moses (Maimonides).(U563.711)

 

      f:id:ulysses0616:20211023221326j:plain

       ラファエロが『アテネの学堂』に描いたアヴェロイス

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Averroes_closeup.jpg

 

(2023年7月26日追記)

ブログの133回のところを書いていて知ったのだが、西洋の中世絵画には『聖トマス・アクィナスの勝利』という画題がある。大抵はトマスが中央にいて、両脇にアリストテレスプラトンを従えている。そして足下にはアヴェロエスが踏まれたように横たわっている。

 

これはトマスがその神学理論においてアヴェロエスを論破したことを表しているという。スティーヴンのアヴェロエス観はこういう関係がもとになっているのかもしれない。

 

      

ゴッツオリによる『アヴェロエスに対する聖トマス・アクィナスの勝利』(1471年)

File:Benozzo Gozzoli 004a.jpg - Wikimedia Commons

 

 

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58 (U124.28)

バトラーのモニュメントハウスの角から

 

第58投。124ページ、 28行目。

 

 From Butler’s monument house corner he glanced along Bachelor’s walk. Dedalus’ daughter there still outside Dillon’s auctionrooms. Must be selling off some old furniture. Knew her eyes at once from the father. Lobbing about waiting for him. Home always breaks up when the mother goes. Fifteen children he had. Birth every year almost. That’s in their theology or the priest won’t give the poor woman the confession, the absolution. Increase and multiply. Did you ever hear such an idea?

 

 バトラーのモニュメントハウスの角からバチェラーズウオークのほうへ目をやった。デッダラスの娘がディロンの競売場の前にまだいる。古い家具でも売りに来ているに違いない。目が父親似だからすぐ分かる。父親を待ってぶらついている。家ってものは母親がいなくなると瓦解する。15人子供をつくった。ほとんど毎年生まれていたわけだ。それが彼らの神学。産まないと司祭は哀れな女に告解と赦罪を与えてくれない。生めよ増やせよ。こういうの聞いたことあるかい。

 

第8章。前回のブログの少し前の場面。ブルーム氏は新聞社を出てサックヴィㇽ通りを南下しているところ。地図の星印のあたりにいる。サックヴィㇽ通りとバチェラーズウオークの角にあるのが楽器メーカー、バトラー家のモニュメントハウス(円で囲った所)。バチェラーズウオークには、ディロンの競売場(楕円で囲った建物)がある。

 

      f:id:ulysses0616:20211017174319j:plain

 

ブルーム氏が「デッダラスの娘がディロンの競売場の前にまだ(still)いる。」といっているのは、さっき、新聞社から広告の仕事の件で一度ディロンに行ったからで、そのときにサイモン・デッダラスの娘、ディリーを見かけたのだろう。ジョイスのこういう細かいところを整合する書き方には驚嘆する。

 

—I’m just running round to Bachelor’s walk, Mr Bloom said, about this ad of Keyes’s. Want to fix it up. They tell me he’s round there in Dillon’s. (U106.430)

 

 

なぜサイモン(小説の主人公スティーヴンの父でもある)は競売場にいるのか。デッダラス家は子だくさんのうえサイモンは零落し貧乏である。おまけに妻が昨年病気で亡くなった。そのため家財を競売に出して金策しているのだ。と、ブルーム氏は思ったのだ。

 

小説中の情報では、デッダラス家には、スティーヴンを長男とし、その弟(U173.977)とディリー、ケイティ、ブーティー、マギー(第10章の第4、第11、第13断章)という妹がいる。15人子供がいたのかはわからない。

 

ブルーム氏は、ディリーの目が父親似であるという。ブログの第30回でふれたとおり、この小説には「父と子が同一実体である」というテーマがあるが、その変奏で「親と子の目または声がそっくり」というテーマがある。

 

①スティーヴンは、自分と父は、声と目が同じと思う。

Wombed in sin darkness I was too, made not begotten. By them, the man with my voice and my eyes and a ghostwoman with ashes on her breath.(U32.45)

 

②パリにて、亡命者ケヴィン・イーガンは、留学中のスティーヴンの声が父に似ているという。

 You’re your father’s son. I know the voice.(U36.230)

 

③新聞社から酒場へむかうところで、編集長クロウフォードが、スティーヴンは父親にそっくりという(chip of the old block)。 

—Lay on, Macduff!

—Chip of the old block! the editor cried, clapping Stephen on the shoulder. Let us go.(U118.900)

 

④図書館の場面、スティーヴンは、シェイクスピアの娘のスーザンが父にそっくりだった(chip of the old block)という。

It repeats itself again when he is near the grave, when his married daughter Susan, chip of the old block, is accused of adultery.(U174.1005)

 

ベッドフォード小路の古本屋で、スティーヴンは、妹のディリーと自分は同じ目をしていると人にいわれたことを想起する。

—I bought it from the other cart for a penny, Dilly said, laughing nervously. Is it any good?

 My eyes they say she has. Do others see me so? Quick, far and daring. Shadow of my mind.(U200.866-)

 

さて、本文にもどって。

“lobbing about” の lob  の意味がわからない。

普通は「(ボールを)弧を描くよう投げる」との意味。辞書によると “to move slowly and heavily” (Merriam-Webster Dictionary) との意味もあり、とりあえず「ぶらつく」とする。

 

“absolution”は、赦免、赦罪。カトリックでは,司祭以上の聖職だけがもつ権能で,罪を痛悔した者のために,罪とその罰のゆるしをキリストに代って告知する行為とのこと。

 

“Increase and multiply” は、旧約聖書の創世記(9.1)をふまえている。

 

「神ノアと其の子等を祝して之に曰ひたまひけるは生めよ増殖よ地に滿てよ。」

“And God blessed Noe and his sons. And he said to them: Increase and multiply, and fill the earth.

 

ブルーム氏はとかく宗教的なことに反感をもっているようだ。

 

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1900年ごろのサックヴィㇽ通り

いちばん左端の建物がバトラーのモニュメントハウス

 

"Sackville Street & O'Connell Bridge, Dublin, Ireland, ca. 1899" by trialsanderrors is licensed under CC BY 2.0

 

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57 (U133.412)

巡査の一隊がカレッジ通りから単列縦隊で流れ出してきた。

 

第57投。133ページ、412行目。

 

 A squad of constables debouched from College street, marching in Indian file. Goosestep. Foodheated faces, sweating helmets, patting their truncheons. After their feed with a good load of fat soup under their belts. Policeman’s lot is oft a happy one. They split up in groups and scattered, saluting, towards their beats. Let out to graze. Best moment to attack one in pudding time. A punch in his dinner. A squad of others, marching irregularly, rounded Trinity railings making for the station. Bound for their troughs. Prepare to receive cavalry. Prepare to receive soup.

 

 巡査の一隊がカレッジ通りから単列縦隊で流れ出してきた。鵞鳥足行進。ほか弁顔、汗だくヘルメット、警棒ぱたぱた。脂っこいスープをベルトの下にたっぷり注入済み。警官は気楽な稼業ときたもんだ。グループに分れ、敬礼、持ち場に向かう。放牧に放出。飯時は襲撃にもってこい。ご馳走に一発。別の一隊が不揃いに行進して来る、トリニティーの柵の湾曲に沿って警察署へ。飼葉桶直行。騎兵突撃に身構えよ。スープを待ち構えよ。

 

 

第8章。昼過ぎ。ブルーム氏はウェストモアランド通りを南下して、アイルランド銀行(元アイルランド議会)の前まで来たところ(下の地図の星印)。彼は昼飯前であり、頭の中は食べることにまつわる妄想であふれる。

 

1904年当時、カレッジ通りの東端に警察署があった。下の地図の赤丸のところ。警察署は、1915年その東の向かい側に移転して現在に至る。

 

          f:id:ulysses0616:20210924195840j:plain

 

この一節は簡単なようだが、日本人の身としては意味が分かりにくい。辞書を引き引き意味を取る。

 

“Indian file” とは単列縦隊。 アメリカ先住民は一列になって進むことから、だそうだ。

 

“Goosestep”とは、ひざを曲げないで足をまっすぐに伸ばした行進の歩調。

 

“Policeman’s lot is oft a happy one. ” はアーサー・サリヴァン作曲、ウィリアム・S・ギルバート台本によるコミックオペラ『ペンザンスの海賊』(The Pirates of Penzance; or, The Slave of Duty)のなかの曲、巡査部長と警官が歌う「警官の歌」の一節をもじったもの。⇒♪

 

  Sergeant. Our feelings we with difficulty smother –

  Police.  'Culty smother,

  Sergeant. When constabulary duty's to be done –

  Police.  To be done.

  Sergeant. Ah, take one consideration with another –

  Police.  With another,

  Sergeant. A policeman's lot is not a happy one.

  Police.  Ah!

 

“Pudding time”とは、食事時の意味。コース料理のはじめにブディングを食べたから。

おやつ時ではない。

  Pudding time The time of dinner, pudding being formerly the dish first eaten.

                  Webster's Revised Unabridged Dictionary

 

英国の ”dinner” は、その日の主要な食事の意味。必ずしも夕食ではない。

 

食事時が襲撃に適しているとは、どういうことだろう。警察が手薄だから犯罪に適しているということか。警官が油断しているので、警察を襲うのに適しているということだろうか。

 

“Trinity”  は警察署の南側にある、トリニティー大学。

 

“Prepare to receive cavalry.” は「騎兵突撃に備えよ」という号令。歩兵が騎兵隊を迎え撃つとき下のような陣形を取った。これはワーテルローの戦いの英国軍の構え。

 

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File:Butler Lady Quatre Bras 1815.jpg - Wikimedia Commons

 

この一節あとに、ブルーム氏は昔警察に追いかけられたことを想起する。ブルーム氏はことのほか警察が嫌いなようだ。

 

警察署があった場所には、今は、Doyle’sというパブがある。

    

           f:id:ulysses0616:20210924214510j:plain

 

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56 (U541.1814)

素晴らしい変奏曲について彼は説明していた

 

第56投。541ぺージ、1814行目。

 

 Exquisite variations he was now describing on an air Youth here has End by Jans Pieter Sweelinck, a Dutchman of Amsterdam where the frows come from. Even more he liked an old German song of Johannes Jeep about the clear sea and the voices of sirens, sweet murderers of men, which boggled Bloom a bit:

 

   Von der Sirenen Listigkeit

   Tun die Poeten dichten.

 

 

 素晴らしい変奏曲について彼は説明していた、歌曲『青春はここにて終われり』の主題によるヤンス・ピーター・スウェーリンクの曲、アムステルダムのオランダ人、ふしだらな女で知られる地の人。もっと好きなのはヨハンネス・イェープ作曲の古えのドイツ語の歌曲、澄んだ海とセイレーン、美しき声の人殺しについての歌という、これにブルームはいささかぎょっとした。

 

   セイレーンのたくらみを

   詩人はかく歌えり

 

 

第16章。夜中の2時近く。ブルーム氏はスティーヴンを自宅に連れて行こうと、馭者だまりを出たところ。ブログの第51回のすぐ後の箇所。乱数をもとに読むところを決めているのだが、このあたりによく当たる。

 

2人は音楽について会話しており、スティーヴンが自分の好みの音楽について語っている。

 

ヤン・ピーテルスゾーン・スウェーリンク(Jan Pieterszoon Sweelinck, 1562- 1621)は、オランダの作曲家・オルガニスト。なお、名前はヤンス・ピーター Jans Pieter ではない。

 

“Youth here has End” とは、正式には "Mein junges leben hat ein end" 『わが青春はすでに過ぎ去り』。英語なら"My Young Life Has An End"。このへんはジョイスはわざとすこしずつ間違って書いているのだろう。曖昧さは16章の属性だ。

 

これは当時のドイツ民謡を主題とする器楽による変奏曲。⇒ ♪

                                 

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                                                スウェーリンク(Sweelinck) 

                            File:Jan Pieterszoon Sweelinck.png - Wikimedia Commons

 

“frow” は辞書を見ると

 ‐A woman; a wife, especially a Dutch or German one.

 ‐[Cf. frowzy] A slovenly woman; a wench; a lusty woman.

Century Dictionary and Cyclopedia

 

ヨハンネス・イェープ(Johannes Jeep 1581/1582 – 1644) は、ドイツのオルガ二スト、合唱団長、作曲家。

 

セイレーンは、ギリシャ神話の海の魔物。美しい歌声で船人を惑わして、破滅させたという。『ユリシーズ』のモティーフ元となっているホメロスの『オデュッセイア』もに登場し、第16章の主題のひとつ、船乗りに縁がある。

 

    セイレーンのたくらみを

    詩人はかく歌えり

 

工人ダイダロスの姓をあたえられた詩人スティーヴンが好む一節、またこの小説自体を言い表したフレーズとして、ふさわしいもの。

 

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                                 ヨハンネス・イエープ(Johannes Jeep) 

File:JohannesJeep from Studentengartlein2.jpg - Wikimedia Commons

 

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55 (U586.1563)

例えば。鰻捕、蝦罠、釣竿、 

第55投、586ページ、1563行目。

 

   

 As?

 

 Eeltraps, lobsterpots, fishingrods, hatchet, steelyard, grindstone, clodcrusher, swatheturner, carriagesack, telescope ladder, 10 tooth rake, washing clogs, haytedder, tumbling rake, billhook, paintpot, brush, hoe and so on.

 

 例えば。

 

 鰻捕、蝦罠、釣竿、手斧、竿秤、砥石、砕石機、草条翻晒機、飼葉袋、伸縮式脚立、十歯熊手、洗濯用木靴、干草翻転機、巻上集草機、鉈鎌、塗料容器、刷毛、鍬、等々。

 

 

第17章は、始めから終わりまで。問いと答えの形式により進行する。

 

ブルーム氏は、ダブリン郊外の田園に茅葺きバンガロー型の二階建て住宅を所有することを夢想している。ここは、その邸宅に付属する物置小屋に収納されている道具とは何か、という問いと答え。

 

どういうものか分かりにくいものの画像を検索してみた。

 

鰻捕 Eeltraps

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        "Eel traps River Test Leckford" by Ashley Basil is licensed under CC BY 2.0

 

蝦罠 lobsterpots

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       "Lobsterpots on the Dock" by amiefedora is licensed under CC BY-ND 2.0

 

竿秤 steelyard

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                                                       File:Steelyard.jpg - Wikimedia Commons                                     

砥石 grindstone

           f:id:ulysses0616:20210910223316j:plain

                              File:Museumsdorf Trattenbach Museum in der Wegscheid 21.jpg - Wikimedia Commons

 

砕石機 clodcrusher

           f:id:ulysses0616:20210910223432p:plain 

File:Crosskill's self-cleaning clod crusher and roller (Great London Expo 1862 catalogue).png - Wikimedia Commons

 

carriagesack がわからない。馬の飼葉袋Feedbagではないか。

           f:id:ulysses0616:20210910224336j:plain

        "Feed Bag Time" by photonooner is licensed under CC BY-NC-ND 2.0

 

telescope ladder は 「望遠鏡の梯子」ではなく「伸縮式の梯子」

 

washing clogs もわからない。 やむをえず洗濯用の木靴とした

 

鉈鎌 billhook

           f:id:ulysses0616:20210911113814j:plain

             "Billhook" is licensed under CC BY-NC-SA 4.0

 

さて、その他の、干草用の農業機械類が難しい。

 

刈り落した牧草などの乾燥を促進させるために、草を反転・拡散する作業機械がヘイテッダー(hay tedder)で、反転・拡散した草を寄せ集める作業機械をヘイレーキ(hay rake)という。

 

まず、swatheturner。

swathは、ついこの前ブログの51回にでてきた。鎌や機械で刈り取った草の一条の帯ということ。だから swatheturner はヘイテッダー hay tedderと同じものではないかと思われる。中国語を援用し「草条翻晒機」とした。

 

haytedder のほうは同じく中国語をもってきて「干草翻転機」に。

 

          f:id:ulysses0616:20210910224506j:plain

"The Bullard Improved Hay Tedder (front)" by Boston Public Library is licensed under CC BY 2.0

 

tumbling rake はヘイレーキ hay rake であろうと思う。「巻上集草機」とする。

 

          f:id:ulysses0616:20210910224715j:plain

"Monitor Rake (front)" by Boston Public Library is licensed under CC BY 2.0

 

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54 (U77.249)

一行は外套をまとった解放者の巨像の足下を通り過ぎた。

 

第54投。77ぺージ、249行目。

 

 They passed under the hugecloaked Liberator’s form.

 

 Martin Cunningham nudged Mr Power.

 

 —Of the tribe of Reuben, he said.

 

 A tall blackbearded figure, bent on a stick, stumping round the corner of Elvery’s Elephant house, showed them a curved hand open on his spine.

 

 

 一行は外套をまとった解放者の巨像の足下を通り過ぎた。

 

 マーティン・カニンガムがパワー氏をつついた。

 

 ―あそこにルベンの末裔が。

 

 背の高い黒ひげの人物が杖にすがってとぼとぼと、エルヴァリーのエレファントハウスの角を曲がった。指を曲げた手を背に、掌をこちらへ向けて。

 

 

第6章。午前11時ごろ。ブルーム氏は友人のディグナム氏の葬儀に参列するため、ダブリンの南東に位置するディグナム家から、馬車で市の北西のはずれ、グラスネヴィン墓地まで街を縦断しているところ。馬車には、スティーヴンの父サイモン・デッダラス、警察隊に勤務するジャック・パワー、アイルランド総督政庁に勤務するマーティン・カニンガム、そしてブルーム氏の4人が乗っている。

 

この箇所はブログの35回の直前のところ。ここのことはそこですでにふれた。

 

「解放者」とは、アイルランド解放運動の指導者ダニエル・オコンネル(Daniel O'Connell 1775 - 1847)英国下院議員としてカトリック解放令を成立させるなど、議会を通じてアイルランド独立の達成に努めた。銅像の立つダブリンの目抜き通りは小説の当時(1904年)サックヴィル通りといったが、現在はオコンネル通りと呼ばれる。

 

さて、カニンガムがパワーを “nudge” する、というのがどういう意味なのか、に突き当たった。

 

ブログの35回49回で、「4人は向かい合って座っており。進行方向にむかって、左前方に後ろ向きにサイモン、その隣にパワー氏、その向かいに前向きにカニンガム氏、その隣にブルーム氏が座っていると考えられる。」と書いた。つまり下の図の通り。      

                                f:id:ulysses0616:20210924222056p:plain                                       

これで正しいのか。見直してみなければならなくなった。

 

では、まず前提情報として。

  1. 馬車は4人乗り。
  2. 2人は後ろ向きに、2人は前向きに向かい合って座る。
  3. 馬車の扉は両側に一つずつあり、蝶番は後ろ側に、取手は前にある。(下図参照)
  4. 道路は左側通行。
  5. 第6章はおもにブルーム氏の視点で語られている

                        f:id:ulysses0616:20210829221743j:plain

"Coach - State Landau, Hooper & Co, London, 1897" by Photographer: Michelle Stevenson is licensed under CC BY 4.0

 

①馬車にはカニンガム、パワー、サイモン・デッダラス、ブルームの順に乗る。

4人は左から入ったのか右から入ったのかわからない。しかしはじめに乗る人は奥に座るのが普通なので、カニンガムとブルーム氏は真正面で向かい合っていない。パワーとサイモンも同じ。

 

Martin Cunningham, first, poked his silkhatted head into the creaking carriage and, entering deftly, seated himself. Mr Power stepped in after him, curving his height with care.

—Come on, Simon.

—After you, Mr Bloom said.

(U74.1-)

 

②ブルームはウォータリー小路を歩くスティーヴン(サイモンの息子)を見つけている。ウォータリー小路は進行方向の左なので、ブルーム氏は左側に座っている可能性が高い。サイモンが stretching over across するので、右側にいるように思われる。

 

The carriage swerved from the tramtrack to the smoother road past Watery lane. Mr Bloom at gaze saw a lithe young man, clad in mourning, a wide hat.

—There’s a friend of yours gone by, Dedalus, he said.

—Who is that?

—Your son and heir.

—Where is he? Mr Dedalus said, stretching over across.

 (U73.38-)

 

③ブルームは、怒ったサイモンの髭から、パワーの顔、カニンガムの目と鬚へ視線を移している。この順で並んでいる可能性が高い。

 

He ceased. Mr Bloom glanced from his angry moustache to Mr Power’s mild face and Martin Cunningham’s eyes and beard, gravely shaking.

(U73.72-)

 

④公立高校、ミード、客待場(hazard)、これらは進行方向の左側にある。馬車の客待場の描写が詳しいのでブルーム氏は左側にいる可能が高い。

 

National school. Meade’s yard. The hazard. Only two there now. Nodding. Full as a tick. Too much bone in their skulls. The other trotting round with a fare. An hour ago I was passing there. The jarvies raised their hats.

(U76.171-)

 

クイーン座も左にある。ポスターの描写が詳しく、ブルーム氏は左側の可能性が高い。

 

They went past the bleak pulpit of saint Mark’s, under the railway bridge, past the Queen’s theatre: in silence. Hoardings: Eugene Stratton, Mrs Bandmann Palmer. Could I go to see Leah tonight, I wonder. I said I. Or the Lily of Killarney? Elster Grimes Opera Company. Big powerful change. Wet bright bills for next week. Fun on the Bristol.

(U76.183-)

 

カニンガムが、レッドバンク亭(進行方向右側)の前にいるボイランに気が付く。カニンガムは右側にいる可能性が高い。サイモンがbent acrossして挨拶するので、サイモンは左側にいるようだ。

 

—How do you do? Martin Cunningham said, raising his palm to his brow in salute.

—He doesn’t see us, Mr Power said. Yes, he does. How do you do?

—Who? Mr Dedalus asked.

—Blazes Boylan, Mr Power said. There he is airing his quiff.

Mr Dedalus bent across to salute. From the door of the Red Bank the white disc of a straw hat flashed reply: spruce figure: passed.

 (U76.193)

 

⑥ブルームが「通りのこちら側は死んだよう」といって列挙する、土地代理人事務所 land agents 以下はすべて通りの左にある。ブルーム氏は左側にいると考えられる。

 

Dead side of the street this. Dull business by day, land agents, temperance hotel, Falconer’s railway guide, civil service college, Gill’s, catholic club, the industrious blind. Why? Some reason.

(U79.316)

 

⑦ブルームは、白馬がロータンダの手前の角(前方左)を曲がって来て、すれ違うのを見ている。ブルーム氏は後ろの席にいると考えられる。

 

White horses with white frontlet plumes came round the Rotunda corner, galloping. A tiny coffin flashed by.

(U79.321-)

 

⑧ブルームはカニンガムの大きな目をみる。カニンガムは目をそらす。カニンガムはブルームの反対側にいる可能性が高い。

 

—It is not for us to judge, Martin Cunningham said.

Mr Bloom, about to speak, closed his lips again. Martin Cunningham’s large eyes. Looking away now.

(U79.342-)

 

⑨角を曲がるときに、ダンフィーの角だ、と、パワーが皆に知らせる。パワーは後ろに座っている可能性が高い。

 

—Dunphy’s, Mr Power announced as the carriage turned right.

(U81.427)

 

カニンガム、パワー、サイモン、ブルームの順に降りる。乗ったのと反対側から降りているということ。カニンガムは取手をひねって膝で押して扉を開ける。この動作から前に座っているものと思われる。

 

The felly harshed against the curbstone: stopped. Martin Cunningham put out his arm and, wrenching back the handle, shoved the door open with his knee. He stepped out. Mr Power and Mr Dedalus followed.

(U83.490)

 

以上を総合すると、進行方向にむかって、左前方に後ろ向きにサイモン、その隣にカニンガム、その向かいに前向きにパワー、その隣にブルーム氏が座っている。カニンガムとパワーの位置が反対だった。これが正解と考える。

                                            

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サイモンがブルームの向かいだとすると、サイモンは左側にいるので、②のサイモンの動作 Mr Dedalus said, stretching over across がつじつまが合わないように思える。
“across” は人越しに、ではなく、馬車の窓枠越しに、ということと思う。馬車の窓は開いているのだ。

 

He passed an arm through the armstrap and looked seriously from the open carriagewindow at the lowered blinds of the avenue.

(U72.10-)Heはブルーム。

 

③のつじつまは合わない。しかしいちばん整合的なのは上の配置だと思う。

 

さてそうすると、今回の箇所、カニンガムがパワーを “nudge” する、というのはどういう意味か。nudgeは、肘でつつくという意味だが、カニンガムとパワーは並んでいないので肘でつつけない。困ったな。

 

しかし、辞書を見るとこうあった。

 

nudge To touch gently, as with the elbow; give a hint or signal to by a covert touch with the hand, elbow, or foot. (Century Dictionary and Cyclopedia

 

なるほど、足でつつくのも nudge なのか。カニンガムは向かい合わせのパワーを足でつついたのだ。

 

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ダニエル・オコンネル像

File:OConnellMonument.JPG - Wikimedia Commons

 

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53 (U282.1877)

高名なる王室および治安書記官ジョージ・フォットレル閣下

第53投。282ページ、1877行目。

 

 

An article of headgear since ascertained to belong to the much respected clerk of the crown and peace Mr George Fottrell and a silk umbrella with gold handle with the engraved initials, crest, coat of arms and house number of the erudite and worshipful chairman of quarter sessions sir Frederick Falkiner, recorder of Dublin, have been discovered by search parties in remote parts of the island respectively, the former on the third basaltic ridge of the giant’s causeway, the latter embedded to the extent of one foot three inches in the sandy beach of Holeopen bay near the old head of Kinsale.

 

高名なる王室および治安書記官ジョージ・フォットレル閣下の所有物であることが確認された被り物一件ならびに博学にして敬虔なる四季裁判所長官、ダブリン市判事長、フレデリック・フォーキナー卿のイニシャル、家紋、紋章および家屋番地がその金の柄に刻印された絹の傘一本、それらは捜索隊によりこの島国の遠く隔絶した場所にて発見されたのであるが、前者はジャイアンツ・コーズベイの3番目の玄武岩隆起上にて、後者はキンセールはオールドヘッド岬近辺のホールオープンビーチの砂中に1フィート3インチの深度で埋まっていたのである。

 

 

第12章は語り手の語るストーリーに、さまざまのパロディ的断章が突然さしはさまれながら進行する。そのパロディ断章の一節で、この章の一番おしまいの部分。

 

バーニーキアナンの酒場。主人公のブルーム氏は、ナショナリストの「市民」と口論になる。激怒した「市民」は立ち去るブルーム氏にビスケットの缶を投げつけた。

 

ここは、ビスケットの缶の落下を、隕石かなにかの落下による大地震の報告文のパロディにしている。

 

震源地は裁判所のようである。バーニーキアナンのすぐ近くには、グリーンストリート裁判所があったからだろう。

 

ジョージ・フォットレル氏(1849-1919)の地位について「王室および治安書記官」と訳したが  clerk of the crown and peace とはどんな役職なのか。検索すると記述はあるが、英国の司法制度(しかも1904年の)は難しすぎてよくわからない。どうも刑事裁判手続きをサポートする行政官のようである。

 

フォットレル氏は、15章のブルーム氏の裁判の幻想場面にも登場する。U376.895)

 

フレデリック・フォーキナー氏 (1831 – 1908) は裁判官、弁護士、文筆家。

 

ブルーム氏は、今日フォーキナー氏がフリーメイソン会館へ入っていくの目撃している。(U149.1151) ブルーム氏はフォーキナーのことを悪しざまに空想している。フォーキナー氏は反ユダヤ主義で有名だったとのことで、ユダヤ系の父をもつブルーム氏は、彼に反感をもっているのだろう。

フォーキナー氏は12章のもう少し前のところでも話題に登っている。(U264.1096-1121)さらに、15章のブルーム氏の裁判の幻想場面にも登場し(彼は傘を持っている!)ブルーム氏に死刑判決を下す。(U384.1162-)

 

四季裁判所 Quarter Sessions は、定期的に行われた刑事事件処理のための司法機関および地方行政機関。地方の中小犯罪を扱う刑事裁判所で、大陪審とともに治安判事が裁いた。

 

ダブリン市判事長と訳したRecorder of Dublinは、主席の治安判事(magistratesまたは justices of the peace )で、民事・刑事の様々な事件を審理した。

 

フォーキナー氏の傘の柄に刻まれていた、コートオブアームズ coat of arms とは、厳密にはこういった紋章の盾の部分ことだけを指すという。

 

クレスト crest は、兜の上に置かれる紋章の構成要素の1つ。

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両法曹の持ち物はアイルランドの北端と南端で発見された。

 

ジャイアンツ・コーズウェイは、北アイルランドにある、火山活動で生まれた4万もの六角形の石柱群が連なる奇観。

 

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"Bushmills NIR - Giant’s Causeway 01" by Daniel Mennerich is licensed under CC BY-NC-SA 2.0

 

 

♦ ジャイアンツ・コーズウェイ

★ オールドヘッド

 

オールドヘッドは、アイルランドの南端、コーク州キンセール近くの岬で、岬の付け根にある湾がホールオープンビーチ。

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"From Garrettstown to the Old Head of Kinsale" by Rici86 is licensed under CC BY-NC-ND 2.0

 

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