Ulysses at Random

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』をランダムに読んでいくブログです

167(U89.781) ー 肥料とチーズと不死

おそらくここの土地はよく肥えているのだろうな、死体の肥しで。

 

第167投。89ページ、781行目。

 

 I daresay the soil would be quite fat with corpsemanure, bones, flesh, nails. Charnelhouses. Dreadful. Turning green and pink decomposing. Rot quick in damp earth. The lean old ones tougher. Then a kind of a tallowy kind of a cheesy. Then begin to get black, black treacle oozing out of them. Then dried up. Deathmoths. Of course the cells or whatever they are go on living. Changing about. Live for ever practically. Nothing to feed on feed on themselves.

 

 おそらくここの土地はよく肥えているのだろうな、死体の肥しで。骨とか肉とか爪とか。納骨堂。ぞっとするね。分解して緑やピンクになる。湿った地中では早く腐敗する。痩せた老人はなかなかしぶとかろう。で、脂っこく、チーズっぽくなる。で、黒くなる。黒い糖蜜が染み出てくる。で、干からびる。髑髏蛾。もちろん細胞とかなんとかは生き続ける。次々と変化していく。結局は永遠に生きているわけ。自分が食われて食われていくわけじゃない。

 

 

第6章。午前11時過ぎ。ブルーム氏はグラスネヴィン墓地で友人のディグナムの葬儀に参列している。遺体の埋葬の直前、死についてさまざまな妄想が彼の頭のなかに巻き起こっている。ここにはブルーム氏が今日何度も意識することになる、肥料のテーマ、チーズのテーマ、不死のテーマが結びついて現れている。

 

肥料のテーマ。

 

彼は第4章で、外便所に用足しに行くのに、裏庭へ出る。裏庭を菜園にしようと思いつくが肥しをやっていないので土地が痩せていてだめだと思う。

 

Want to manure the whole place over, scabby soil. A coat of liver of sulphur. All soil like that without dung. Household slops. Loam, what is this that is?

(U55.76-)

 

第103回ですでに触れたように、第15章では便所で溺死し肥しにまみれる妄想をしている。

 

チーズのテーマ

 

第6章、ここの後の場面で彼は墓地の石の地下室で鼠を見かけて鼠が死体を食べる場面を空想する。「腐った肉が死体なら、チーズはミルクの死体だ」と、空想する。死体“corpse”と身体“corpus”(ラテン語)はこの小説の重要なワードだ。

 

One of those chaps would make short work of a fellow. Pick the bones clean no matter who it was. Ordinary meat for them. A corpse is meat gone bad. Well and what's cheese? Corpse of milk.

(U94.980-)

 

第8章。デイヴィ・バーンの店で昼食を注文しようとして、チーズのことを思い出す。「チーズは自分以外のものを消化する」「ダニのチーズ(“mity cheese”=ダニ“mite”のついたチーズ)」と連想する。ダニのチーズはダニの力で熟成するミモレットのこと。結局、青カビのゴルゴンゾーラチーズのサンドウィッチにする。

 

Cheese digests all but itself. Mity cheese.

 —Have you a cheese sandwich?

 —Yes, sir.

・・・・

 —Wife well?

 —Quite well, thanks... A cheese sandwich, then. Gorgonzola, have you?

 —Yes, sir.

(U141.754-)

 

彼が昼にチーズサンドを食べるのは墓場でチーズのことを思ったことが影響しているにちがいない。

 

不死のテーマ

 

第4章。妻のモリーが、ブルームに、読んでいる本『ルービー、曲芸団の花』に出てくる難しい単語の意味を聞く。霊魂輪廻 ”metempsychosis”。 霊魂の転生という意味。この言葉はこのあとブルーム氏の頭に何度も想起されることになる。

 

 —Show here, she said. I put a mark in it. There’s a word I wanted to ask you.

・・・・

 —Met him what? he asked.

 —Here, she said. What does that mean?

 He leaned downward and read near her polished thumbnail.

 —Metempsychosis?

 —Yes. Who’s he when he’s at home?

 —Metempsychosis, he said, frowning. It’s Greek: from the Greek. That means the transmigration of souls.

(U52.331-)

 

ブルーム氏は、人の霊魂の転生は信じないようだが、彼の科学知識において、細胞レベルでみれば不死であると思っているようだ。

 

”Deathmoths”とは「骸骨蛾」とも呼ばれるメンガタスズメ。成虫の背面に髑髏に似た模様が見られる蛾。英語では Death's-head Hawkmoth と呼ばれ、不吉や不幸、死の象徴とされている。映画化された小説『羊たちの沈黙』で、犯人が被害者の口にサナギを押し込めるのがこの種類の蛾だった。

 

 

ヨーロッパメンガタスズメ

"Zygaena filipendulae (Six-spot burnet), Acherontia atropos (Death's-head Hawkmoth), Syntomis phegea (Nine-spotted moth)" by Free Public Domain Illustrations by rawpixel is licensed under CC BY 2.0.

 

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